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Author: 三重秋
翌朝早く、私の機嫌を取るためだけに、恭平は予定をすべてキャンセルした。

車で向かったのは街で最も有名な高層階のレストランだった。店に入ると、色とりどりの花で作られたハート形の飾りが目に飛び込んできた。

この店は以前、私が何度も予約したことがある。だがそのたびに恭平は仕事が忙しいと言って、約束をすっぽかしていた。

今回は私を喜ばせようと、わざわざ店を貸し切りにしてくれたらしい。でも今さらそんなことをされても、賞味期限の切れたお菓子を口にしたような、言いようのない切なさと苦さが胸に広がるだけだった。

店内では私たちが付き合い始めた頃によく聴いていたピアノ曲が流れていた。

その旋律を耳にした瞬間、記憶が高校時代へと引き戻された。文化祭で私がダンスを披露し、恭平がピアノで伴奏してくれた日のこと。周囲のみんなが、お似合いの二人だと囃し立てていた。

そして高校を卒業したあと、恭平はあの曲を弾きながら、私に告白してくれたのだ。

私たちは4年間付き合い、結婚して3年になる。その間に恭平の会社はどんどん大きくなり、彼の帰宅時間も次第に遅くなっていった。

いつからだろう。シャツの襟についた口紅の跡、スーツのポケットに紛れ込んだいちごのヘアピン、書類の間に挟まっていた、私のものではない長い髪。そんな些細なものにまで、私は神経を尖らせるようになっていた。

昨夜恭平は、最近私の機嫌を取るのが難しくなった、と言った。彼は忘れているのだ。昔の私は、恭平が飴を一つくれるだけで、すぐに笑顔になれる女の子だったことを。

料理が運ばれてきたときだった。若い女性店員がトレーを持ち損ね、熱いスープを私の脚にこぼしてしまった。

思わず悲鳴を上げ、勢いよく椅子から立ち上がったその瞬間、私が目にしたのは、真っ先にその店員を支える恭平の姿だった。恭平の目には隠しきれない心配の色が浮かんでいた。

今日のスカートは薄手だったため、熱いスープがあっという間に染み込み、太ももから湯気が立ち上った。

火傷した場所が、針で何度も刺されるように痛む。だがそのときの私には、脚の痛みよりも胸の痛みのほうが、何百倍も何千倍もつらかった。

私はポニーテールの店員に目を向けた。すると恭平が、慌てて私の視線を遮るように立ちはだかった。

私の火傷に気づいた彼は、心配そうな表情を浮かべ、すぐに店の責任者を呼んだ。

私は立ち去っていく店員の後ろ姿をじっと見つめていた。その姿が昨日グループチャットで見た写真の女と重なったのだ。

ああ、そういうことだったのか。あの子が恭平の愛人だったんだ。

医師が私の傷を手当てしている間、恭平は自分が痛みを感じているかのように顔をしかめていた。

私が眉をひそめると、彼は優しい声で医師に頼んだ。

「先生、もう少し優しくお願いします。妻は痛いのが本当に苦手なんです」

その声を聞いていると、思わず目に涙がにじんだ。

ところが、私が何か言うより先に、恭平は目の前にしゃがみ込んで口を開いた。

「美緒、さっきの店員のこと、ちょっと聞いてみたんだ。あの子、大学を卒業したばかりなんだって。お前も社長夫人なんだから、若い子の失敗くらい大目に見てやれよ」

私は何も答えず、太ももに広がる痛々しい赤い跡を見つめていた。

恭平は知っているはずだ。私が見た目を気にする性格で、痛みにも弱いことを。顔にニキビが一つできただけで、何日も落ち込んでしまうことだって。

それなのに今回は、太ももにこんな大きな火傷を負ってしまった。もう二度と、好きだったミニスカートを穿けなくなるかもしれない。それでも恭平は、私に大目に見ろと言うの?

さっきまで彼の優しい言葉に揺れかけていた心が、再び冷え切っていった。

そんな私の気持ちなど知らず、恭平は勝手に話をまとめ始めた。

「見たところ、そこまでひどい火傷でもなさそうだし、今回はこれで許してやろう。社長夫人のお前が、若い女子大生をいじめたなんて噂が広まったら、外聞が悪いだろ?」

恭平の言葉は、どれも私を気遣っているように聞こえた。けれどその一言一言が、あの若い愛人をかばうためのものだった。

私を見つめる彼の優しさも、愛情も、きっと嘘ではないのだろう。ただもう彼の心は、私一人のものではなくなっていた。

急に何もかもが嫌になった。これまで何度も嫉妬し、必死に引き止めようとしてきた自分が、ひどく滑稽に思えた。

私は恭平の目をまっすぐに見つめ、静かに告げた。

「恭平、私、もう社長夫人じゃなくなってもいいのよ」

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