Share

第281話

Author: ラクオン
綾香は片手で指ハートを作った。「あなたを愛する心だよ」

「……」

不意打ちのあまりのダサさに、梨花は思わず噴き出した。

「はいはい、ちゃんと受け取った。これで安心して寝られるんじゃない?」

梨花はとっくに、綾香が眠くてたまらないことに気づいていた。

それでも、日付が変わる瞬間に「お誕生日おめでとう」と自分に伝えるため、無理して起きていたのだ。

綾香は梨花の腕に抱きついた。「今夜は主役と一緒に寝たいな」

クリニックではここ数年、梨花の誕生日に診察の予定を入れることはなかった。

梨花は目を覚ました後、しばらくベッドでぐずぐずしてから、ようやく綾香と一緒に家を出た。

一人は研究所へ、一人は法律事務所へ。

それぞれ、自分の仕事に向かうのだ。

梨花は、綾香、それから和也と、今夜一緒に食事をして誕生日を祝う約束をしていた。

昼間は家にいてもやることがない。それなら仕事に行った方がいい。

研究室で彼女の姿を見つけた和也は、思わず苦笑した。

「やっぱり、家で大人しく休むわけないと思ったよ」

「少しでも早くプロジェクトを終わらせたいんですから」

梨花はにっこり笑い、バッグとコートを置くと実験台に向かった。

昼休み、梨花が和也と階下で軽く食事を済ませて戻ると、実験室の入り口で菜々子が待っているのが見えた。

梨花に気づくと、菜々子は遠くから微笑みかけ、持っていた紙袋を振ってみせた。

梨花は早足で近づいた。「これは何でしょう?」

「お誕生日おめでとう」

菜々子はにこやかに言うと、親しげに紙袋を梨花に手渡した。

「プレゼントよ」

梨花は、中身が一流ブランドのバッグだと一目で分かり、断ろうとした。

「こんな高価なもの……」

「私の誕生日に、同じくらいの値段のものをくれればいいじゃない」

菜々子は梨花の言葉を意に介さず遮ると、細い眉を軽く上げ、世慣れた様子で言った。

「私たち、友達になれると思うの。友達って、お互いこういうものでしょ」

そうやって貸し借りしてるうちに、友達になる。

「分かりました。じゃあ、遠慮なくいただきます」

梨花は少しずつ警戒心を解き、プレゼントを受け取ると、軽く笑って尋ねた。

「どうして今日が私の誕生日だって知ってるんですか?」

「黒川の社員じゃないけど、研究室に入る前に、個人ファイルを提出したでしょう?」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第485話

    篤子は反射的に鋭い声で制した。「だめだ!」今はまだ、貴之に出生の秘密を知らせるべき時ではない。あの子は竜也ほど冷静沈着ではないのだ。こんなに早く真実を伝えることは、事態を悪化させるだけだ。篤子は顔を上げ、竜也を見た瞬間、激しい後悔の念に襲われた。あの時、彼を両親と一緒に死なせておくべきだった。一時の情けが、まさかこんな怪物を育ててしまうとは。だが今は、彼と完全に決裂するわけにはいかない。篤子は奥歯を噛み締め、屈辱をすべて飲み込み、引きつった笑みさえ浮かべてみせた。「どうして私があの人に会ったことを知っているの?」つまり、竜也はいつ彼女と石黒の関係を知ったのか。隠し通せていると思っていたのに。竜也の表情は淡々としていた。「聞かれたことだけに答えろ」「……」篤子は憤死しそうだ。このろくでなしは、自分が誰に向かって口を利いているのか分かっているのか。たとえ実の祖母ではないにせよ、大旦那様が正式に娶った妻なのだ。親の顔を知らずに育った人間は、これだから躾が悪い。彼女は深く息を吸い込んだ。「何も話してないわ!ただ会っただけ。目上の人間が誰と会おうと、いちいち報告が必要なわけ?」「以前なら必要なかったが」竜也は薄く笑い、さらりと言った。「これからは、一言挨拶してからにするんだな」言い捨てると、篤子が気絶しようがお構いなしに、彼女がサインと拇印を押した契約書を掴み、大股で部屋を出て行った。竜也が出てくるのを見て、黒川家の面々は緊張しつつも、ほっと胸を撫で下ろした。緊張したのは、竜也の機嫌を損ねて難癖をつけられるのを恐れたからだ。安堵したのは、彼がこんなに早く出てきたということは、篤子と大した話――例えば遺産の話などはしていないという証拠だからだ。孝宏は竜也の視線を受け、一歩脇へ下がると、彼の後に続いて立ち去った。竜也の傍若無人な態度に、当然面白くない者もいる。美嘉は眉をひそめた。「竜也のあの性格、ますます……」「よしなさい、滅多なことを言うもんじゃないわ」黒川由美(くろかわ ゆみ)が静かに口を開く。「お母さんの様子を見てきましょう」貴之は目ざとかった。「叔母さん、見た? さっき竜也が何か書類みたいなものを持ってなかったか?」由

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第484話

    病室で、竜也はヒステリックに叫ぶ篤子を冷ややかに見つめているが、やがて一枚の書類を放り投げた。「これを見てみろ」「何なの、これは?」篤子は書類を開いた瞬間、全身の血が凍りつき、頭が真っ白になった。鑑定結果にはこう記されていた。【黒川竜也氏と黒川貴之氏の間に、血縁関係は認められない】竜也はペンのキャップを外して彼女の手に握らせると、オーバーテーブルを指先で軽く叩いた。「これでサインする気になったか?」我に返った篤子は、憎悪をたぎらせて彼を睨みつけた。「こんな紙切れ一枚で、何が証明できるっていうの?あんたの方こそ、黒川家の血を引いていない偽物かもしれないじゃないか!」「そう思うか?」竜也は焦る様子もなく、もっともらしく頷いてみせた。「ならば、黒川家の人間をもう一人連れてきて、貴之と鑑定させれば済む話だ。誰がいいかな……叔母さんたちじゃ意味がない。あの人たちは叔父さんと同じで、お前が腹を痛めた子供だからな」「ああ……」竜也は少し考え込むふりをして、不敵に笑った。「そうだ、健太郎がいい」そう言うと、彼は笑っているようで笑っていない瞳で、しばらく篤子を見つめた。「そう、健太郎なら一番確実だ」何しろ、健太郎はとうの昔に男としての機能を失っている。篤子が不貞を働こうにも、健太郎にはどうすることもできないのだから。その言葉の裏に含まれた意味を悟り、篤子は血を吐きそうなほどの屈辱に震えながら、歯を食いしばった。「書くわよ!書けばいいんでしょう!」言われなくとも、状況は理解できていた。このタイミングで貴之の出生の秘密が暴かれれば、黒川グループの実権を取り戻す可能性は完全に断たれる。今は、石神も出所している。それに貴之の手元にはまだ三パーセントの株がある。命さえあれば、再起のチャンスはあるはずだ。頭では分かっていても、いざペンを走らせようとすると体が震えて止まらない。篤子は竜也の体に穴が開くほど睨みつけた。だが竜也は素知らぬ顔で、彼女が書き終えるのを待ってから朱肉を差し出した。拇印が押されると、彼は満足げに契約書を回収したが、すぐに立ち去ろうとはしなかった。篤子は一秒たりとも彼の顔を見ていたくなかった。「まだ何か用なの?さっさと出て行って」「考えていたん

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第483話

    病室にいる人間は、事態を完全に飲み込めていない者など一人もいない。自分たちがこの「生き閻魔」を恐れているだけでなく、篤子もまた、心底から彼を恐れているのだ。意識は戻っているはずなのに、彼女が狸寝入りを決め込んでいるのがその証拠だ。誰も竜也と揉めたくはない。皆、空気を読んで彼に話す場所を譲り、そそくさと退散した。どうせ篤子はまだ生きているし、医者もただの突発的な失神で、大した問題ではないと言っていたのだ。遺産云々の話は、そうすぐに竜也の手に渡るものでもない。まさか祖母を脅して無理やり契約書にサインさせるような、非道な真似はしないだろう。何より、相手はあの一筋縄ではいかない篤子なのだから。病室に竜也と篤子の二人だけになると、彼は椅子に座ったまま動こうともせず、不機嫌そうに言い放った。「いつまで芝居を続ける気だ?」篤子の瞼がぴくりと動いた。目を開けなければ、このろくでなしは諦めないだろう。彼女は観念して、今目覚めたばかりといった風情を装い、弱々しく彼を見つめた。「竜也、忙しいのによく来てくれたわね」竜也は口の端を冷ややかに歪めた。孝行息子の真似事をする気などさらさらなく、返事もしない。彼女が目を開けたのを確認すると、彼はおもむろに立ち上がり、ベッドのリモコンを手に取った。そして、気絶から目覚めたばかりの人間の体調などお構いなしに、容赦なくベッドの背を起こし始めた。篤子は驚愕した。本来なら何ともないはずが、急に頭の位置が高くなったせいで眩暈が襲ってくる。「な、何をするつもり?」竜也は無言のまま、可動式のオーバーテーブルを引き寄せ、彼女の目の前に突きつけた。次の瞬間、白黒はっきりとした書類が目の前に投げ出された。竜也の瞳は氷のように冷たい。「息があるうちに、さっさとサインしろ」表紙には、「株式譲渡契約書」という文字がまざまざと躍っている。その文字を目にした瞬間、篤子の血圧は急上昇した。彼女は竜也を睨みつけ、怒声を上げた。「どういうつもり?私はまだ死んでないのに、もう株を奪う気なの?」かつて黒川家の大旦那様が亡くなった時、遺言書で財産分与は明確にされていた。大旦那様は昔から長男を溺愛していたため、財産の大部分は当然、竜也の両親の手に渡った。篤子でさえ、手持

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第482話

    綾香は唐揚げを口に運びながら、梨花の様子がどこかおかしいことに気づいた。「先生たちが帰っちゃって、寂しいの?」「まさか」 梨花は力なく笑った。 先生の家はここから目と鼻の先だ。車ですぐの距離なのに、名残惜しむほどのことではない。綾香は食べながら、眉を上げて聞いた。「じゃあ、どうしたの?」「竜也に知られたの」 梨花はそう言ったものの、言葉足らずだと感じて付け加えた。「私の養父母の死が、お祖母様の仕業だってことが、彼にバレたのよ」綾香は箸を止め、食べるのも忘れて聞き返した。「で、彼はなんて?」 これが梨花の胸に刺さったままの、最大の棘だということを彼女は誰よりもよく分かっている。この棘が抜けなければ、二人の関係は終わりだ。梨花は俯き、自分の考えが甘かったのだと自嘲した。「何も言わなかったわ。篤子が倒れたって連絡が入って、すぐに出て行ったもの」竜也が篤子と自分のどちらかを選ぶとしたら、自分を選ぶはずがない。 所詮、血の繋がった家族には勝てないのだ。黒川グループの私立病院。 竜也が到着した時、篤子はすでにVIP病棟に運ばれていた。美嘉や貴之たちが、病室に詰めかけている。彼らの物々しい様子を見て、竜也は病室に入りながら軽く眉を上げた。「遺言書の作成待ちか?」「……」 その場にいた全員が凍りついた。 誰もが心の片隅で考えてはいても、口に出せるはずがない。特に貴之は、長年篤子に溺愛されてきた孫だ。いくら竜也が怖くても、こればかりは黙っていられなかった。「兄さん、まだお祖母様は死んでないぞ。呪い殺す気かよ?」「呪う?」 竜也は笑っていない目で笑みを浮かべ、ベッドの脇に立った。横たわる篤子を一瞥し、貴之に淡々とした視線を向ける。「呪って死ぬようなら、この人はとっくに死んでる」……なんという罰当たりな言葉だ。美嘉がたまらず口を挟んだ。「竜也、いくら不満があるからって、あなたの祖母なのよ……」竜也は聞き返した。「本当に俺の祖母かどうか、お前たちが一番よく知ってるんじゃないか?」その一言で、病室の空気が凍りついた。 親族たちは顔を見合わせ、誰も言葉を発せない。心拍モニターの電子音だけが、目に見えて早くなっている。彼らが黙り込むの

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第481話

    事情の経緯がはっきりしてから、梨花は何度も心の底でこう思った。 もし、竜也が黒川家の人間でなければよかったのに。 もし、竜也が篤子の孫でなければよかったのに。そうすれば、何度も躊躇う必要はない。竜也に自分と家族のどちらかを選ばせようとするなんて、自分の身の程を知らなすぎる。しかし、その言葉は竜也にとって皮肉にしか聞こえない。 篤子の孫でなければ、黒川家の人間ではないと言えるのか?自分の体には、相変わらず黒川家の血が流れているのだから。そしてお祖母様が梨花の両親の命を奪ったのも、黒川家の権力を使ったからに他ならない。 彼は目の前の女をじっと見つめ、「お祖母様には報いを受けさせる」と言いたい。だが、親の命を前にしては、その言葉はあまりにも軽い。 償わせたところで、梨花が幼くして両親を失ったという事実は変えられないのだ。それでも、言うべきことは言わなければならない。 どう選ぶかは梨花次第だ。 竜也の瞳が暗く沈み、薄い唇を開きかけたその時、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が間の悪いタイミングで鳴り出した。梨花は心得たように半歩下がった。「先に出て」 二人の間の問題は、二三言で片付くような話ではない。 電話一本分の時間を惜しむ必要はない。竜也は携帯を取り出し、画面に目を走らせた。 ――健太郎だ。 よほどのことがない限り、彼が直接連絡してくることはない。竜也は眉をひそめ、通話ボタンを押した。声は冷ややかで淡々としていた。「どうした?」「竜也様」 健太郎の声には焦りが滲んでいた。「大奥様が倒れられました!今、病院へ搬送中です……」廊下は針が落ちる音さえ聞こえそうなほど静まり返っていた。 そのため、健太郎の言葉は一言一句漏らさず梨花の耳に届いた。彼女は反射的に竜也を見た。男の表情が引き締まり、即断即決で告げるのが見えた。「すぐに行く」 普段は情が薄そうに見える祖母と孫だが、こういう時、血の繋がりというものは嫌でも露呈する。通話を切ると、竜也は彼女に視線を向けた。「病院へ行ってくる……」「うん」 彼が言い終わるのを待たず、梨花は平然と、そして冷ややかに言葉を遮り、きびすを返して家に入った。家に戻ってシャワーを浴びて出てくると、残業を終

  • もう遅い、クズ夫よ。奥さんは超一流ボスと再婚して妊娠中!   第480話

    「確認しました」 孝宏は少し記憶を辿ってから、確信を持って答えた。「間違いありません。当時、担当者に掛け合って調書も確認させましたが、結論はあくまで事故でした」竜也は何かを考え込むように沈黙した後、低い声で命じた。「もう一度、紅葉坂でその点を徹底的に洗い直すんだ」「まさか、旦那様は……」 そこまで言って、孝宏も意図を察した。「分かりました。すぐに手配します。それと、もう一つ報告があります」 孝宏は危うく重要な報告を忘れるところだった。「今夜、大奥様が郊外にある別荘へ出向かれました。健太郎以外の供の者も連れずに、です」長期間の監視を続けてきたが、石神が出所して以来、篤子が不審な動きを見せたのはこれが初めてだった。竜也は冷ややかに笑った。「石神に会いに行ったのか?」「まだ断定はできません」 孝宏は続けた。「大奥様が帰られた直後、入れ替わりで五十代半ばの中年男が中から出てきました。ただ、相手はかなり警戒心が強く、天ぷらナンバーの車を使っていました。途中で車を乗り捨てられ、我々の追跡を撒かれてしまいました」竜也の表情が凍りついた。「五十代半ば、だと?」 石神はそんなに若くないはずだ。「ええ」 孝宏も首を捻った。「それに、潮見市であの男の痕跡は過去に一切ありませんでした。今夜、別荘地の監視カメラに映ったのが、潮見市での初観測と言っていいでしょう。潮見市の監視システムはこれほど発達しているのに……」「お前たち、担がれたな」 竜也が一言で切り捨てた。その瞳はさらに冷たさを増している。「その男、間違いなく石神本人だ」孝宏は驚愕した。「石神ですって?」 だが、外見も年齢も、何一つ一致しない。 問いかけた直後、孝宏はハッと気づいた。「まさか、変装していたと?」そうだ。 変装だ。なぜ今まで気づかなかったのか。 国内には二人の変装の達人がいる。一人は警察の協力者だが、もう一人は……裏社会に身を置き、法外な報酬で仕事を請け負う人物だ。 彼らの手にかかれば、短時間で外見を変え、年齢さえも欺くことが可能だ。先生夫婦を見送って自室のフロアに戻った梨花は、エレベーターのドアが開いた瞬間、ホールに佇む竜也の姿を見て足を止めた。 彼の様子が、どこかお

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status