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第447話

Author: ラクオン
三浦家の屋敷にて。

一連の騒動が終わり、彰俊と敬子はすっかり疲れ果てていた。

梨花と竜也が去った後、彰俊は二人の孫に客を順次帰らせるよう言いつけた。

屋敷内の空気は、徐々に重苦しくなった。

彰俊は淳平を一瞥した。

「一応は当主なのだから、物事を決める時に優柔不断であってはいかん。どうしても無理なら、千鶴の言う通りにしておけばいい」

かなり遠回しな言い方だ。

だが、この場にいる者は皆察しが良く、彰俊の真意を理解した。

「お前は当主だが頼りない。大事なことは長女に従え」ということだ。

淳平は面目を潰された形になったが、反論はしなかった。

「分かっていますよ。それより、父さんこそ疲れたでしょう? 先に上でお休みになったらどうですか」

確かに時間も遅い。

彰俊もこれ以上息子の顔を潰すのは忍びなく、頷いた。

「ああ」

桃子は検体採取の後、すぐに警察に連行され、事情聴取を受けることになった。

会議室の外には、真里奈、千鶴、雅義、千遥の四人だけが残された。

千遥が突然、お腹を押さえて身を屈めた。

「母さん、姉さん、雅義さん、ちょっと気分が悪いので、お手洗いに行ってきます」

そう言うと、彼女はきびすを返して二階へと上がっていった。

彼女は潔癖で、他人とトイレを共有するのを嫌がり、家では自室のトイレしか使わない。

そのため、誰も不審には思わなかった。

真里奈がふと顔を上げると、雅義の視線がチラチラと千鶴の方を気にするように彷徨っているのに気づいた。

そこで助け舟を出した。

「雅義君、今日はわざわざ悪かったわね」

雅義は薄い唇を引き結んだ。

「家族なんですから、当然のことです」

真里奈は頷き、千鶴に言いつけた。

「千鶴、私も少し疲れたわ。雅義君を見送ってあげて」

「ええ」

千鶴は承諾した。

真里奈がエレベーターに乗り込むと、千鶴は雅義の連れている部下を一瞥し、視線を雅義に戻して淡々と言った。

「少し、話していい?」

まるで仕事のような口調だ。

離婚届を出す寸前の夫に対するものではなく、まるで職場の同僚に対する態度のようだ。

傍らにいた部下の風間絵里(かざま えり)は、自分が邪魔者扱いされていることに気づき、気まずそうに雅義を見た。

だが、雅義は伏し目がちに彼女を一瞥しただけだった。

「車で待っててくれ」

千鶴の口
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