「さて、ついたぞい」
クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」
「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」
アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」
クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。
「ここからは強引にいくぞ!」
クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。
白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」
フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」
ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」
草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。
殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」
「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」レイさんの反論にアレンさんも腕を組んで目を瞑る。確かに僕は何の力も持たないただの一般人だ。いや、一般人どころか学生でしかない。そんな奴が魔神との戦いに参戦した所で何の役にも立たないだろう。「でも彼はボクらにはない情報がある。何も前線に出すわけじゃないさ」「しかし共に行動するのはリスクが付きまといます。こちらの世界に骨を埋める覚悟をしている者もいますが、元の世界に戻りたいと考えている団員の方が多いのですよ?そんな彼らにとってこの子は救世主そのもの。少しでもリスクは減らすべきです」レイさんの言い分は理解できる。僕に何かあればそれこそ永遠に元の世界へ戻る方法は失われてしまうと考えているに違いない。しかし僕以外にも優秀な頭脳を持った人達はいる。五木さんに僕の研究論文を共有しておけば、いずれ異世界ゲートを作り出すことも可能だろう。「レイの言い分は分かったよ。でも魔神の情報は必須だ。少なくとも彼から情報は貰わないといけない。だからこの話はまた今度にしよう」レイさんは渋々ながらアレンさんに同意する。上の立場の者にそう言われたらまあ頷くしかないのが組織というものだ。「魔神を探すにも時間はかかると思うけど、とりあえずカナタ君には色々と奴の情報を教えてもらいたい。可能であれば明日もここに来てくれるかい?」僕は断るわけもなく頷いた。レイさんは僕が関わることに難色を示していたが、アレンさんとしては僕の持っている情報を欲しがっている。一度団員同士で話し合うと言われてしまえば僕が口出しするのも変な話だ。だから今日はパーティーを普通に楽しんで帰路についた。――――――「おかえり〜、今日はどうだった?」「あ、まあそれなりに、かな」家に帰ると早々姉さんから今日の発表はどうだったかと質問が飛んでくる。適当に誤魔化したが、姉さんは変な所で勘がいいから気をつけないといけない。「いや〜今日は疲れたよ〜。聞いてよ、それがさ――」姉さんの愚痴をご飯のお供に夜は過ぎていった。
アカリとの再会を果たした後は二人で宿り木へと戻った。アレンさんはニコニコ笑顔で出迎えてくれて、仲間に紹介すると中へと入れてくれた。「さてと、さっきも話した通り彼が魔神を倒すための中心人物になる。だから新たなメンバーを快く迎え入れてあげよう!」どうやらアレンさんは僕が戻って来る前に仲間へと話をしておいてくれたようで、誰も僕を怪訝な表情で見つめる者はいなかった。「あっ!」どこからともなく聞き覚えのある懐かしい声が僕の耳へと入ってくる。仲間を押し退けて前へと出てきたのは、異世界に行く時に僕を守って死んだ春斗だった。「おいおいカナタ!そんな面白そうな話、なんで先に言ってくれねぇんだよ!」「春斗……」「ん?どうした?昨日も一緒に遊びに行った……ああ、そうか。カナタの記憶で俺は死んだんだっけ?安心しろよ!この時間軸の俺は生きてるから!」「ああ……そうだな。いや、悪い悪い。次は絶対に死なせないからな」満面の笑みの春斗を見るとなんだかどうでも良くなってきた。「俺がそう簡単にくたばるかよ!って言いたい所だけど、魔神に殺されたんだったか?そうだ!団長、これからその魔神を倒すために話し合うんすよね?」「そうだよ春斗。まずは親睦を深めようと思ってね。出前を頼んでるからカナタ君は好きな席に座るといいよ」だから"黄金の旅団"のメンバーが全員揃ってるのか。それなら再会を喜んでいる暇はないな。僕が分かる魔神の能力や使っていた魔法もみんなに伝えないと。「てかアカリ泣いてね?」「うるさい」「おいおい!泣いてんじゃねぇか!カナタが泣かせたのか!?女を泣かせるなんてなかなかやるなぁ!!優れているのは勉強だけじゃなくて女の扱いもお手の物ってか!?」
アレンさんに礼をした後僕は教えてもらった東京タワーへと急いだ。上から見つけられるというのはいまいち理解できなかったが、多分魔法的なもので探しているんだろうと無理やり納得しておいた。東京タワーまで走っていける距離ではなかったため、途中でタクシーを拾った。念の為財布だけは持っておいて助かった。東京タワーまで来ると人の多さに視線を彷徨わせる。多分下にはいないだろう。いるとすれば最上階だ。入場券を買いタワーの中へと入るとちょうどエレベーターが来ており駆け込んだ。よく考えたら東京に住んでいるのに初めて登ったな。ぐんぐんと小さくなっていく家を見ていると、相当な高さなのだと実感できる。エレベーターが最上階に達すると扉が開いた。最上階はそれほど広いわけではない。すぐに見つかるだろうとうろついているとすぐにアカリらしき姿が視界に入った。黒い髪に整った顔立ち、それでいて身長は僕と同じくらい。間違いなくアカリだ。僕は駆け寄ってアカリへと声を掛けた。「アカリ!」名前を呼ばれたからかアカリは振り向いたが怪訝な表情だ。まあ当然の反応だ。初対面の相手にいきなり名前を呼ばれたら誰だって同じ反応をする。「あ、えっと、僕のことは……覚えてない、よな」「……誰?」相変わらず冷たい反応だった。流石に心にくるものがあったがそれでも僕はめげずに話を続ける。「城ヶ崎彼方、僕の名前だよ」「……カナ、タ」
「邪法……凶悪な力ですね」アレンさんから説明を受けたレイさんとレオンハルトさんはどちらも難しそうな表情で唸る。「そんな魔法聞いたことがない。名前からして普通の魔法ではないが、それにしても代償が必要な魔法か……」「その代償を払ったから今君がここにいるんだね?」僕はその言葉に重く頷く。実際今の寿命がどうなっているかなど調べる方法はない。時が戻ったからといって僕の寿命も元通りになっているとは限らないのだ。「それにしても異世界に行くための手段があるとはね。ボクとしてはそれが一番の驚きだよ」「ただ、作ってしまうとまたあの悲劇を繰り返してしまうので……」かといって作らない、という選択肢を取ればアレンさん達は二度と故郷の土を踏めずにその人生を終えるだろう。それはそれで何とかしたいという気持ちはある。「異世界に行けることがわかれば十分さ。とりあえず魔神とその取り巻きをなんとかすればいいって話だろう?」「はい。でもこっちの世界では十全に力を使えないのでは?」「まあそれはそうだけどね。でもそれは魔神も同じことだよ。どこかに潜んでいる魔神を探し出してレオンハルトの聖剣で斬り伏せれば倒すことは可能さ」どれだけ力が弱っていても聖剣の力というのは絶大なものらしい。魔の者からすれば聖剣というのは劇薬のようなもので、触れることすらできないそうだ。「それでえっと確かもう一つの質問はアカリの所在が知りたいだっけ?」「はい。前に出会ったのはこの宿り木だったので所在が分からず……」「ふむ。まあそれは分かるけど。でもいいのかい?君は確かに記憶を引き継いでいるようだけどボクもレオンハルトも君とは初対面だと思っている。ということはアカリも当然君のことを覚えていないよ?」
喫茶店レーベを後にし、レオンハルトさんに連れられて僕は宿り木の前までやってきた。建物を見ると思い出してくる。ここに"黄金の旅団"の方々がいるんだ。「着いてこい」レオンハルトさんが玄関をくぐり僕も同じように宿り木の住宅へと足を踏み入れる。連れてこられたのは客間だった。誰もいない客間で待っていろと僕は一人にされる。見覚えのある家具に懐かしさを感じていた。そういえばここでちょっとしたパーティーをしたな。わちゃわちゃしていたけど、あれも今思えばいい思い出だ。しばらく待っているとアレンさんが客間へと入ってきた。そのすぐ後ろにはレオンハルトさんとレイさんもいた。「君がボクらの事を知っている謎の人間、かな?」アレンさんも当然僕のことを覚えてなどいない。分かってはいたがこうやって直接初対面の対応をされると少しだけ辛い。「あ、どうもはじめまして。城ヶ崎彼方です」「ふむ、カナタ君か。それで?レオンハルトの名前といいこの宿り木の事といい、少し知りすぎている気がするんだけど理由を教えてくれるかい?」どっから話せば納得するだろうか。いざこういう場面に遭遇するとなんて言ったらいいのか難しいな。「あー、えっと、信じて貰えるか分かりませんが僕は失われた未来の記憶を持っています」「失われた記憶、ね。ふむ、続けてくれるかい?」そこから僕が異世界ゲートを作ったこと、それに伴う死者は数多くでたこと、そして異世界で魔神を倒したことまで、全て話した。アレンさん達は黙って話を聞いてくれていた。「――それで世界樹の精霊の力を借りて僕はこの平和だった時間軸へと戻ってきたんです」「ふむふむ……なるほど。荒唐無稽な話だったけど、ボクらしか知らない情報も握っているとなると信じざるを得ないか」流石にすぐに信じては貰えなさそうだったが、魔神の見た目とか魔族国の地形や滅多な事では会うことすら難しいクロウリーさんの事まで話すと、どうやら嘘ではない
家を飛び出たのはいいが、アカリの所在が分からない。恐らく近辺に住んでいるだろうけど、闇雲に探すにはあまりに範囲が広すぎる。どうしたものかと足が止まってしまった。「どこに行けばいいだろう……あ、そうだ。喫茶店レーベ」記憶が完全に引き継げていないのか朧気ながら喫茶店レーベという名前が浮かんできた。確かレオンハルトさんだったはず。それすらも薄れた記憶だが、こっちの世界での名前は何だったかな。「ん?」レーベの近くまで来ると見慣れた顔の男性が丁度喫茶店へと入っていくのが見えた。なんとなくだが、多分今の人がレオンハルトさんに違いない。鐘の音をカランコロンと鳴らしながら扉を開けるとまばらに人がいた。レオンハルトさんはカウンターで一人座っている。僕が隣の席に座るとちらっとこちらを見た。多分、店はガラ空きなのにどうして自分の真隣に座るのかと思っていることだろう。「ご注文は?」「コーヒーを一つお願いします」注文を終えると店員さんがバックヤードへと入っていく。よし、今がいいタイミングだ。意を決して僕は隣の男性へと話し掛けた。「あの……レオンハルトさん、ですよね?」「ッッ!?」僕が名前を呼ぶと同時に勢いよくこちらを振り向いた。その顔色には驚愕の色が見える。「貴様……何故その名前を知っている」「話せば長くなりますが、ええっと……確か宿り木?まで案内してもらえませんか?」「なんだと?宿り木まで知っているのか&h