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第6話

Author: 天野琴
「ありえない」

宗也は、一拍の迷いもなく言い切った。

――あの女を好きになったと?

冗談じゃない。

生まれ変わってもありえない。

雅代はさらに何か言おうとしたが、宗也が淡々と遮った。

「もういいだろ、母さん。

俺は音を好きなわけじゃない。

けど、離婚する気はない」

「......今、なんて言ったの?」

雅代の目が細くなる。

「宗也。

あなた、あの子と一生一緒にいるつもりなの?

藤堂家の面子はどこへ行くのよ。

最初から、あの子と結婚したのは藤堂家の体裁のためだったでしょう?

三年前はそうよ。

おじいさまが、あなたを無理やり結婚させたの。

でも今は違う。

あの人はもう口出しできない。

あなたまで、自分の人生を耳の悪い子に縛られることはないでしょう?」

雅代は立ち上がり、彼の肩に手を置いた。

「宗也。

自分の幸せは、自分でつかむのよ。

くだらない義理とか、きれいごとなんかに縛られちゃだめ」

宗也は黙り込んだ。

長い沈黙のあと、短く答える。

「分かった」

それ以上は何も言わず、踵を返して部屋を出た。

宗也は車を走らせ、青葉の別邸へ戻った。

広い邸は、昨夜と同じように真っ暗だった。

明かりも、人影もない。

あの、見慣れた気配も。

彼はシャツのボタンを外しながら階段を上がり、主寝室に入る。

視界の端に、粉々になったままの結婚写真が飛び込んできた。

本当なら使用人の清美に片づけさせるところだった。

だが、彼は止めた。

――彼女が戻ってくる。

――そして自分から折れて、写真をきれいにして壁にかけ直す。

――それでもう一度「藤堂家の妻」に戻る。

宗也は、当然のようにそう思っていた。

今夜彼女が戻ってくる。

そう信じていた。

しかし、音は戻らない。

連絡すら寄越さない。

胸の奥にあった苛立ちは膨らむ一方だった。

いっそ何かを蹴り飛ばしたい衝動が、足先まで来ていた。

ジャケットをソファに投げ捨てると、タバコに火をつけた。

深く吸い込んでから携帯を取り上げ、助手の篠原亮(しのはら りょう)に電話をかける。

すぐに出た。

「藤堂社長、こんな時間に......ご用件は?」

「音は、どこにいる」

「えっ?」

亮は一瞬、言葉の意味が分からなかった。

――こんな時間に電話してきて、それ?

――しかも奥さまの居場所?

そもそも彼女は、いつだって従順で、まるで手のかからない機械みたいに生活を整えてきた。

宗也の機嫌を損ねるような真似だってしない。

宗也のほうも、彼女をまともに見ることなんてほとんどなかった。

その事実に、自分でも気づいたのか、宗也はわずかに声を落とした。

「ここ数日、あいつが拗ねてる。

お前から連絡してくれ」

「......え」

亮はまたしても驚かされた。

――奥さまが拗ねてる?

そんなことがあるのか?

ようやく状況を飲み込むと、慌てて頭を下げるような声になった。

「し、失礼しました、藤堂社長。

驚いてしまいまして。

すぐに探して、ご報告します!」

「いや、いい」

宗也は煙をゆっくり吐き、輪をひとつ浮かせた。

「彼女に伝えろ。

三日以内に戻らななければ、もう一生戻ってくるな、と」

「承知しました。

明日お伝えします」

――つまり、自分から「帰ってこい」とは言わない。

藤堂社長はそういう男だ、と亮はよく分かっていた。

音は、ここ数年ほとんど表には出ていなかった。

だが、まったく何もしていなかったわけではない。

親友の彩羽のブランドを手伝い、デザイン画を描き、新作の案も出してきた。

だから、現場に戻ること自体は難しくない。

翌朝。

音が電動バイクでアトリエに向かうと、入り口の前で亮が待っていた。

「奥さま。

藤堂社長からの伝言です」

彼はこの五年間ずっと宗也のそばにいて、音に対しても礼儀を欠かさなかった。

音は落ち着いた表情でうなずく。

「どうぞ」

「ええと......」

亮は少し言いにくそうに、それでもそのまま伝える。

「三日以内に戻らなかったら、もう帰ってこなくていいそうです」

音は、やっぱりね、とでもいうように特に驚かなかった。

少しだけ間を置き、静かに言った。

「じゃあ、藤堂さんに伝えて。

離婚届は、寝室のテーブルの上に置いてあるって」

「......え?」

亮は一瞬、言葉を失った。

――離婚届?

――しかも奥さまの方から?

音はそれ以上言わず、丁寧に微笑んでアトリエの中へ入っていった。

亮は青葉の別邸へ戻ると、そのまま報告した。

「藤堂社長。

奥さまは、『離婚届は寝室のテーブルの上に置きました』と仰っていました。

あの......取りに参りましょうか?」

顔を上げた瞬間、宗也の表情は真っ黒だった。

まるで煤で塗りつぶしたような色だ。

「えっ、藤堂社長......大丈夫ですか?」

「問題ない。

俺は目が見える」

宗也は、押し出すように言った。

離婚届なら、もうとっくに見ている。

そして、とっくに破り捨てている。

それでも亮は、恐る恐る続けた。

「奥さまが離婚に同意されたわけですし......本来なら、喜ばしいことでは......?」

宗也の顔色はさらに悪くなる。

――周りはみんな、そう言う。

――よかったですね、離婚してくれるそうですよと。

――なのに、なぜこれほど気分が悪い?

「......俺が、喜ぶとでも思うのか」

「い、いえ、そういう意味では......!」

亮は慌てて言葉を継いだ。

宗也のプライドを傷つけてはまずい、と直感したのだ。

「ご安心ください。

奥さまはきっと本気ではありません。

これはきっと駆け引きです。

突き放すふりをして、引き戻すやり方ですよ。

三日もすれば、きっと帰ってきますから」

宗也の表情は、少しだけ和らいだ。

彼自身、同じように考えていたからだ。

――どうせ戻ってくる。

――あの女は、俺なしで生きられない。

だが、誰も知らなかった。

三日という時間が、こんなにすぐ過ぎるなんて。

三日後。

駆け引きの真っ最中のはずの音は、戻らなかった。

一本の電話すら寄越さなかった。

最初のうちは、宗也も気にしなかった。

だが少しずつ、胸の底にざらついた苛立ちが溜まりはじめた。

何もかもが気に障る。

視界に入るものすべてが腹立たしい。

朝っぱらから、探していた紺のネクタイが見つからないというだけで、ゴミ箱を蹴り飛ばし、数メートル先まで吹っ飛ばした。

清美は肩を震わせた。

しかし、どうすることもできない。

おそるおそると口を開いた。

「旦那さま......奥さまに、お電話なさってみたらいかがでしょうか。

いつもクローゼットを整えていらしたのは奥さまですし......」

「必要ない」

そう言いかけて、宗也は言葉を飲み込んだ。

しばらく黙ったまま、大きな窓のほうへ歩く。

片手を腰にあて、もう片方の手にスマホを握った。

――音が家を出てから、一週間が経った。

彼が初めて、自分から彼女に電話をかけた。

電話はすぐにつながった。

宗也の口もとに、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。

――ほら。

――強がってはいても、俺からの連絡を待っていたんだろう。

「音、なかなか上手に駆け引きするじゃないか。

あまり調子に乗ると、戻るタイミングを失うぞ」

ちょうどそのころ、音は外出の支度をして靴を履いているところだった。

電話の声に一瞬だけ動きを止め、それから落ち着いた声で返す。

「藤堂さん。

こんな朝早くに、何かご用?」

その静けさは、宗也の想像と違っていた。

口元の笑みがすっと消える。

「俺の紺のネクタイ、どこにしまった?」

「ネクタイは全部、ネクタイボックスにまとめて入れてるわ。

自分で探してみて。

見つからないようなら、清美さんにお願いして」

音はすでに部屋を出て、エレベーターへ向かっていた。

ちょうど扉が閉まりかけているのが見え、慌てて駆け寄る。

「すみません、待ってください」

扉が再び開き、彼女は身を滑り込ませた。

中の人に向けて、にこりと頭を下げる。

「ありがとうございます」

電話越しでも分かるほど、彼女の声は軽かった。

宗也の胸が、ぞわりと逆立った。

嫌な感覚だった。

「音」

低い声で、彼は彼女の名前を呼ぶ。

出勤ラッシュの時間帯なので、エレベーターの中は混み合っていた。

音はようやく立ち位置を確保し、携帯を耳に当て直す。

「藤堂さん。

ほかに用はある?」
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