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第7話

ผู้เขียน: 天野琴
「ふざけるな。

まだ俺の前でしらばっくれるつもりか」

宗也は、押し殺した声で言った。

「言ってる意味が分からないわ」

音は落ち着いた声で返す。

「ほかに用がないなら、切るわ」

「待て」

宗也が呼び止めた。

「本当に、言うことはそれだけか?」

今日の彼は、いつもとどこか違っていた。

しつこい、と音は思った。

彼はふだん、必要最低限のことしか口にしない男なのに。

エレベーターの壁面モニターでは、美咲の特集が流れていた。

舞台の映像のあと、画面がインタビューの映像に切り替わる。

彼女は柔らかく笑いながら言う。

「今回、最後に歌う曲は子どもの歌なんです。

私が、ある特別な子のために書いた曲で」

司会者がたずねる。

「その特別な子とは、どんな関係なんですか?」

美咲は、意味ありげに唇を弧にした。

「私の、かわいい息子みたいなものですね」

音は視線を画面から外し、携帯に戻した。

通話はまだ切れていなかった。

その向こうで、宗也の声が苛立ちを帯びて荒くなる。

「音。

とぼけるのはやめろ」

音は静かに息を吸うと、淡々と口を開いた。

「藤堂さん、明日、時間ある?」

やっと折れてきたか――

宗也の口元に、ようやく勝ち誇った色が戻る。

「ない」

「じゃあ、時間のあるときでいいわ。

離婚の手続きに行きましょう」

「......何だと?」

「離婚の手続きを進めたいと言ってるの」

言い終えると、音は一切ためらわずに通話を切った。

「......」

宗也はしばらく、その場で言葉を失った。

音は、ある意味でとてもまっすぐだった。

離婚したいと願い続ければ、いつかそれが叶うと、本気で思っている。

しかし、その素直さはすぐに打ち砕かれることになる。

間もなく、音の携帯に真恵子から電話が入った。

挨拶も労りもない、いきなり責め口調だった。

「聞いたわよ。

あんた家出してるんですって?」

「音。

自分の立場を分かってないの?

藤堂家に嫁げたのは、先祖代々の運だと思いなさい。

それを自分から放り出すなんて、よくそんな図々しいことができるわね。

あんたは――」

「お母さん」

音は遮った。

「まず、『どうして出たの』って聞いてくれてもいいんじゃないの?」

「聞くまでもないでしょ。

美咲が原因でしょ。

宗也のそばに置かれて、何がいけないの?

それで、あんたが食べるものに困った?

着るものがなくなった?

全く困ってないでしょ」

「音、あんたは耳をちゃんと治すことだけ考えてればいいの。

あとは宗也のお世話をきちんとしてれば、それでいいのよ」

「もしその子に宗也を取られるのが怖いなら、もう一人つくりなさい。

男の子も女の子もそろえば、妻としての地位なんて揺るがないわよ」

「......」

真恵子はさらに何かを続けていた。

だが、音は補聴器を外した。

聞かない。

考えない。

揺らがない。

そうでもしなければ、本当に一生この冷たい結婚に閉じ込められる。

補聴器を外したせいで、彼女は背後から近づいてくる車の音に気づかなかった。

かすかにバランスを崩し、そのまま路肩に倒れ込む。

キキッ、とブレーキの音。

車が止まり、運転席から若い男が飛び出してきた。

「大丈夫か?」

背の高い男だった。

顔立ちも整っている。

音は声が聞こえないので、表情の慌てぶりから事情を察した。

彼女は膝を押さえ、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。

私が前をよく見ていませんでした」

彼にはその声が届いていなかった。

「ケガしてる。

病院に行こうか?」

男は彼女の膝に目を落とし、不安げに言った。

音には聞き取れない。

ただ、困らせてしまったと感じて、控えめに微笑んだ。

「もしかして......話せないのかい?」

男は思わず口にした。

音は動じなかった。

補聴器を耳に戻し、落ち着いて言い直す。

「すみません、今の言葉、聞き取れませんでした」

ああ、耳が聞こえないのか――

男はそう理解したように見えた。

その視線には、同情まじりのやわらかさが浮かんでいた。

こんなに若くて、こんなにきれいなのに、と思っているのが分かる。

「大したことじゃないけど、膝、少し擦りむいてるよ」

彼はそう言って、眉を寄せた。

「もしよければ手当てさせてくれ。

車に救急箱がある」

音は遠慮しようとしたが、もう彼は車へ戻って救急箱を取ってきていた。

そこまでされると、断るのも失礼に思えた。

彼女は歩道の段差に腰を下ろし、手当てを受けることにした。

白い脚は細く、傷は浅いが痛々しく見える。

男はそっと消毒をしながら、ふと口を開いた。

「俺は立花雅人(たちばな まさと)。

あなたは?」

「藤堂音です」

「このあたりで働いてるのか?」

「ええ。

あの建物で」

音は前のビルを指す。

「偶然だな。

俺はその隣」

彼はあごで、ひときわ高いビルを示した。

音もそちらを見る。

そこは立花グループの本社ビルだった。

そして彼の苗字は――立花。

立花雅人、立花グループの次男である。

音は反射的にスカートの裾を引き下ろし、傷ついた膝を隠した。

「ありがとうございます、立花さん。

もう大丈夫です」

「藤堂さん、そんなに急いでるのか?」

「これから仕事なので」

「じゃあ連絡先、交換しない?

友達ってことで」

「お気持ちは嬉しいんですけど......本当に大丈夫です。

たいしたケガじゃありませんので」

彼のほんの少し残念そうな顔を置き去りに、音はビルの中に入っていった。

エレベーターに乗り込み、乱れた髪と膝の擦り傷を見下ろしていると、ふいに三年前の記憶が胸の底から浮かび上がった。

――あの日は、自分の誕生日だった。

母は「痩せすぎよ、少しは体を大事にしなさい」と言い、温めた牛乳を差し出してきた。

音は母と争うのが嫌で、大人しく飲んだ。

それから、体の奥が熱く燃え上がるような違和感に襲われた。

問いつめると、母は平然と告げたのだ。

「これはあんたのためよ」

立花家の次男は、生まれつき家の都合で兄の影として扱われるような立場だという。

でも立花家は金もあるし、体面もある。

嫁に入れば衣食に困らず、十分な支度金も出る。

そうなれば桐谷家も救われる。

だから、この縁談は悪くないのだと。

音は激しく反発した。

だが、薬で体の自由が利かなくなっていくなかで、母と実の弟に担がれるようにして、立花家の次男の部屋へ運び込まれた。

ただ――

夜が明けて目を覚ましたとき、隣にいたのは立花家の次男ではなく、宗也だった。

なぜそうなったのか、音には分からない。

母も分からないと言った。

けれど母は、それを「幸運」と呼んだ。

立花家よりも、藤堂家のほうがはるかに上。

宗也は青浜で誰も逆らえない存在。

娘がその男と結びついたのなら、それは望外の幸運なのだと。

こうして生まれた間違いは、音と母と弟以外、誰も知らない。

音は心底ほっとしていた。

雅人は、彼女を覚えていない。

あの夜のことも、知らない。

それは、まだ救いだった。

その頃。

亮はやっと気づき始めていた。

ここ二日ほどの藤堂社長は、明らかに不安定だ。

特に今日はひどい。

仕事上の確認だけで、もう十回は「頭が悪いのか」と罵られている。

社長が男じゃなかったら、生姜湯でも淹れて落ち着かせてやるところ。

そんな気分だった。

またしても「バカか」と怒鳴られたあと、亮は半ば命がけで口を開いた。

「藤堂社長。

今夜、川端通りで大きな花火ショーがあるそうです。

その......奥さまと、ご子息さまもご一緒にいかがでしょうか」

――奥さまが戻らなければ、この修羅場は終わらない。

自分の仕事のためにも、なんとか連れ戻してほしい。

だが、その提案を聞いた宗也の表情は、さらに冷えた。

ものを見る目が、一瞬で「お前は正気か」という色になる。

「俺に頭を下げろってことか?

妻に?

それで一緒に花火見ろと?」

「い、いえ、そういうつもりでは――」

「失せろ」

宗也は手元のファイルを、躊躇なく亮の顔めがけて投げつけた。
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