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第92話

Auteur: 天野琴
雅人は笑った。

美咲を見た瞬間から、こうなることは分かっていた。

この女もまた、周囲の人間たちと同じだ。自分を見下し、都合よく使える存在だと思っている。

「悪いが、夏川さん」

雅人は静かに言った。

「俺が欲しいものは、君のそれとは違う。そもそも、君と組む必要もない」

長い脚に力を込め、ソファから立ち上がる。

美咲は言葉を失った。

喉元まで出かけていた計画は、そのまま飲み込むしかなかった。

音は手元の仕事を片づけると、夕食を取る暇もなく、彩羽の腕を引っ張って劇場へ向かった。

引きずられながら、彩羽は文句を言う。「立派なVIPチケットなんだから。立ち見席みたいに走る必要ないでしょ。もう少し落ち着きなさいよ!」

音はそんなこと気にしなかった。

そのまま彩羽をパン屋に引きずり込み、パンを一つ買って夕食代わりにした。

――案の定、早すぎた。

劇場は、まだ入場できる時間ではなかった。

彩羽は逆に音の腕を引っ張り、劇場前で写真を撮り、SNSに投稿し、楽しそうにはしゃいでいる。

そして、午後六時半。

黒いビジネスカーが、ゆっくりと劇場前に停まった。

待ち構えていたファンとメディアが、「ヴィヴィアンだ!」と声を上げながら、一斉に押し寄せる。

音は耳への負担を気にして人混みに入らず、遠くからじっと見つめていた。

車のドアが開き、背が高く、洗練された装いのヴィヴィアンが姿を現した。

笑顔で手を振り、観衆に応えている。

音はテレビや雑誌でしか見たことがなかったが、実物は画面越しより、はるかに美しかった。

「……きれい」

思わず、小さく声が漏れる。

彩羽も頷く。「ほんとね。あの服、彼女自身がデザインした春の新作でしょ?モデルが着るより、本人が着たほうが映えるなんて本当に反則だわ。行こ、早く中に入ろう」

彩羽が音の手を引き、二人は列に並んで入場した。

ヴィヴィアンの講演は、さすがと言うべき内容で、彼女の実力に十分見合うものだった。

音は最初から最後まで真剣に聞き入り、さらにレコーダーで内容を録音し、帰ってからもう一度聞き直すつもりでいた。

講演が終わり、大きな収穫を得た二人は、打ち上げに夜食でも食べに行こうと話していた。

音がスマホを開いた瞬間、画面に並んだ未着信の数に息をのんだ。

着信は数十件、メッセージも同じくらい届いていた。

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