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第9話

Penulis: 天野琴
花火はまだ夜空を彩っていた。

しかし、あの一幕のあとでは、もう心から楽しむことはできなかった。

音の胸の奥に残ったのは、ただ冷たい痛みだけ。

毎年、花火の季節になるたび、彼女は宗也にお願いしていた。

「悠人を連れて、川辺で花火を見たい」と。

けれど宗也は、いつも同じ理由で断った。

「子どもがまだ小さすぎる」と。

――でも、今夜はどうだろう。

その「小さすぎる」はずの子を連れ、彼は美咲と一緒に、ここに来ている。

つまり、本当の理由は悠人が小さいからではなかった。

自分と一緒に来たくなかっただけなのだ。

心の奥で何かが崩れ落ちていく。

冷たい湖に沈むように、呼吸さえ苦しくなる。

――離婚しよう。

そう思う気持ちは、もはや迷いのないものになっていた。

花火ショーが終わり、人々の波がゆっくりと引いていく。

音は彩羽の腕を取って、宗也たちとは反対の方向へ歩き出した。

二人を避けて通れると思っていたのに、角を曲がった先で、ばったりと出くわしてしまった。

一瞬、足が止まる。

顔を上げると、宗也の視線がまっすぐこちらを射抜いた。

その目には、明らかな不機嫌さが滲んでいる。

なぜ彼が怒るのか。

愛人を連れて出てきたのは彼のほうなのに。

怒る権利なんて、どこにもない。

彼の考えていることは、昔から分からなかった。

今さら、知ろうとも思わない。

音はかすかに唇を上げて、いつものように静かに言った。

「藤堂さん、偶然ね」

宗也は悠人を抱きかかえたまま、冷たい目で睨む。

「ふてくされて、息子のことまで放ったらかしか?」

音は悠人に視線を向けた。

その瞬間、小さな眉がきゅっと寄る。

そして――その子は、母親のもとではなく、隣に立つ美咲の胸に体を寄せた。

「ママ、いらない。

ママじゃなくて......美咲ママがいい」

幼い顔に浮かぶのは、真剣そのものの表情だった。

そこに、母を気遣うような影は一つもなかった。

「悠人くん、そんなこと言っちゃだめ。

ママがいちばん悠人くんを大事にしてるんだから」

美咲は優しく抱きとめ、柔らかい声で諭した。

「いい子だから、ママのところに行こう?」

「いらない、ママいらない......」

悠人は小さな体を必死に彼女の腕の中へと押し込んだ。

美咲は困ったように笑い、視線を音へと向ける。

「音さん、すみませんね。

久しぶりだから、人見知りしてるみたいで」

「気にしないでください」

音は小さく答え、伸ばしかけた手をそっと下ろした。

「......じゃあ、私は先に帰ります」

「待て」

宗也が腕をつかむ。

その声には、拒ませない圧があった。

「一緒に帰るぞ」

一緒に?どこへ?

藤堂家の本邸か、それとも婚姻届の住所にある家か。

どちらにせよ、もう戻る気はなかった。

音は力を込め、少しずつ腕を抜き取った。

「結構よ。

あなたは美咲と悠人を送ってあげて」

踵を返して歩き出す。

「音、いい加減にしろ」

宗也が追ってきて、腕をつかもうとした、その時――

「藤堂さん!」

彩羽がすっと彼の前に立ちはだかった。

「いい加減にして。

音はもうあんたのものじゃないわ。

あんたは新しい愛人とかわいい息子さんを連れて、どうぞご自宅でごゆっくり」

宗也の目が鋭く光った。

美咲は思わず声を荒げる。

「今、誰のことを愛人なんて呼んだんですか?」

「人の夫を横取りした女のことを言ってるの。

心当たりがあるなら、自分のことでしょ?」

彩羽の言葉には、刺があった。

視線を上から下までゆっくりとなぞる。

「どうして怒ってるの、夏川さん?

――まさか、図星だった?」

「......っ!」

美咲は顔を赤くしたが、すぐに表情を取り繕った。

唇をかすかに噛み、わざとらしくうつむく。

「誤解です。

私はただの教育係です。

悠人くんの語学教育の先生をしてるだけですから」

「教育係、ね?」

彩羽は冷ややかに二人を見やり、「ふん」と鼻で笑ってから、吐き捨てるように言った。

「――あんたたち、最低ね」

宗也の顔がさらに険しくなる。

彼はもう彩羽に言葉を返す気もなく、ただ音の背中に向かって低く呼びかけた。

「音。

いい加減、俺の言うことを聞け。

家に帰るんだ」
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Komen (2)
goodnovel comment avatar
森康子
面白いです!!頑張ってください!
goodnovel comment avatar
山下正子
宗也バカなの?音に息子を返せばいいこと。...美咲と一線超えない関係なら?なぜ息子に美咲ママと呼ばせてるの?可笑しいって。明らかに悪女は、貴方を誘惑してるし、悠人も手懐けて、悪女と母の意図わかっている筈なのに~プライド捨て音の気持ちに寄り添って...️
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