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露見

Auteur: 雫石しま
last update Dernière mise à jour: 2025-07-09 13:29:30

 賢治がアルファードをグラン御影503号室の駐車スペースに後方発進しようとギアを入れ替えた瞬間、激しい衝突音と何かを引き摺る振動が車体後部から響いた。耳をつんざく金属音に心臓が跳ね、賢治は慌てて運転席から飛び降りた。駐車場の薄暗い照明の下、アルファードの後部バンパーが隣のコンクリート柱に食い込み、擦り傷が痛々しく走っていた。引き摺られたゴミ箱が転がり、中身が散乱している。賢治は額に汗を滲ませ、周囲を見回した。如月倫子の入れ知恵が頭をよぎる。

 「備えあれば憂いなし」。この事故は単なる不注意か、それとも何か仕組まれたものか?湊の事故の記憶が重なり、賢治の胸に不穏な影が差す。

「な、なんだよ!これ!」

 自宅の駐車場に置かれたコンクリートの三角錐に、賢治は呆然と立ち竦んだ。

「ち、畜生!」

 賢治は三角錐を移動させようと屈んでみたが、コンクリートの塊は微動だにしなかった。賢治は怒りに任せてそれを蹴った。革靴を跳ね上げるコンクリート。

「い、痛ぇ!くそ!」

 賢治は自慢の車を路上に放置し、マンションのエントランスへと向かった。先ほどの無駄な行為で傷ついた右足の親指が痛い。賢治は思わず顔を顰めた。

「な、なんだ、なんだこれ」

 見上げると、大理石の階段や辰巳石のフロアには、青いビニールシートが養生テープで固定されていた。

「はい、こっち」

「オーライオーライ」

 エレベーターからはカバーに包まれた家電製品が運び出され、路肩に駐車した引越し業者のトラックに積み込まれている。

(引越予定者は居ない!申請義務違反だ!違約金を徴収してやる!)

 次々と運び出される大型家具。到着するエレベーターには段ボールが満載で、賢治は肩で息をしながら非常階段を使い5階まで上らなければならなかった。

「オーライオーライ、ストップはい、ストップ」

「そっち持ち上げて、はい、OK!」

(505号室か506号室のババァだな)

 賢治は、家賃の支払いが滞りがちだった、高齢入居者の顔を思い浮かべながら廊下の角を曲がり愕然とした。

「な、なんだよ、これ、何だよ!」

 複数の引越し作業員が、503号室とエレベーターの間を忙しなく出入りしていた。

「おい!待てよ!何を勝手に!戻せよ!」

 賢治が慌ててその袖に縋り付くと、引越し作業員は訝しそうな顔をした。

「はーい、これが最後」

「オーライ、オーライ」

 次々と
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