「〝今度は俺が幸せにしてやる〟って……何を言ってるんですか皇羽さん。お金がたまって住むところが決まれば、すぐマンションから出て行きます。いつまでも皇羽さんに頼るつもりはありませんよ」混乱した頭の風通しを良くするよう一息つく。落ち着きを取り戻した後、また話を続けた。「第一さっきの言葉、まるでプロポーズみたいでしたよ?もし私が生涯路頭に迷ったら、墓場まで一緒に行ってくれるんですか?絶対にしないですよね?さっき無意識に発言しましたよね?あ~あ、これだからモテる男の人は困ります」……うそ、全然落ち着いてない。その証拠に、自分でもビックリするくらいペラペラと喋ってしまう。口が勝手に動いてしまう。皇羽さんの「俺がお前を幸せにしてやる」発言が、頭の中をグルグルと回る。思いもしない言葉を聞いたせいで混乱が八割、トキメキが二割。このまま皇羽さんと一緒にいたらどうなるんだろうって、ありもしない未来を一瞬だけ想像しちゃった。だけど私はただの居候で、期間限定の同居人だ。それなのにロマンティックなセリフを聞いただけで流されるなんて……危ない危ない。きっと皇羽さんは「俺がお前を幸せにしてやる」=「俺の家にいる間はのんびり過ごせ」って言いたかったんだよね?きっとそうだ。自分の納得いく答えが出てスッキリする。すると食欲が増し、再びパスタをフォークに巻き付けた。その間、皇羽さんはじっと私を見つめる。頼んだコーヒーは冷めたらしく、湯気が消えていた。「皇羽さん?」 「……まぁ萌々なら〝自力で幸せを掴む〟って言うよな」ポツリと一言こぼすと、皇羽さんは今までの真剣な表情から一変。脱力した様子で、コーヒーを喉へ流し込む。「じゃあ俺からアドバイス。自分には何もないって思っている奴の方が意外と色んなモンを持っている。世の中そんなもんだ」 「つまり、どういうことですか?」 「萌々はスゴイってこと」いやいや分からないよ。もしかして励ましてくれている?小首をかしげていると、皇羽さんが「てかさ」と眉間にシワを寄せる。どうやらさっきの話を深堀りする気はないらしい。私も私で改めてパスタの美味しさに気付けたので、黙って皇羽さんの話を聞く。「 Ign:s を嫌うのはお門違いだぞ。作詞家の名前を見たのか?」 「見ていません。 Ign:s が書いているんですよね?」 「ちがう。大体の楽曲は提供される
「よく作詞家の名前を覚えていましたね?皇羽さんは Ign:s のファンなんですか?」 「そんなわけないだろ。むしろレオと間違われて嫌気がさしてるっての」「じゃあどうしてmomosukeのことを知っていたんですか?」 「……たまたまテレビで見て知っただけだ。珍しい名前だしな」珍しいと言われたらそれまでだけど、本当にそれだけ?質問したかったけど、外を見る皇羽さんの横顔が強張っているから聞きにくい。……意図が読めない表情をするのはやめてほしいな。「もしかして何か隠している?」って疑っちゃうよ。ただでさえ Ign:s のレオと瓜二つなんだから、怪しい言動は控えてよね。「あの、皇羽さん」気にしないようすればするほど気になるから、やっばり「何か隠しています?」って聞こうとした。だけど視線を下げた時、皇羽さんと一緒に回った数々のショップバッグが目に入る。久しぶりの買い物はとても面白くて、楽しかった。下着屋さんではひと悶着あったけど、それでも今日は本当に楽しかったんだ。火事で何もかもを失いぽっかり空いた心を皇羽さんと一緒に埋めていく、そんな日だった。今日は心がずっと温かい。「なんだよ萌々」「……いえ、何でもありません」今日が楽しかったから、深く質問するのはやめよう。水をさすことはしたくないし、〝きっと皇羽さんは何も隠していない〟って今なら信じられるから。私は残りのパスタを、一気にフォークに巻き付ける。そしてにっこりと笑って見せた。「パスタがとても美味しいです。皇羽さんも一口どうですか?」 「食わせてくれんの?」パカッと口を開けた皇羽さんが、笑いながら私を見る。今更だけど、家にいる時とは違う雰囲気が(悔しいほど)カッコイイ。いや家にいる時もカッコイイけど、ビシッと私服を着こなしている分〝さらに〟だ。頭上にぶらさがる照明も、いい塩梅に彼を照らしている。「〝あーん〟なんてしませんよ?恥ずかしいじゃないですか」「恥ずかしい?萌々がしてくれるなら大歓迎だけどな」そんな調子のいいことを言う、一般人とは程遠いイケメンの皇羽さん。私を見る眼差しが優しい。というか妙にソワソワして色めき立って見えるのは気のせい?「なぁ萌々」 「ん?」「夜の下着、さっき買った中のどれにする?想像すると楽しみで何にも手につかねー」 「……」それが原因で、お昼時だというのにコ
その後。いつもの雰囲気に戻った私たちはパスタを食べ終え、あいも変わらず口喧嘩しながら家へ帰った。口喧嘩の内容はというと……。「どうして皇羽さんはヘンタイ発言しか出来ないんですか!」 「逆に、どうしてその発想に至らないのか不思議だな」事の発端はこうだ。ショッピングから帰宅後、皇羽さんに用事があったけど姿がなかったため彼の部屋をノックした。でも返事がないから「寝ているのかな?」と思い、静かにドアを開けようとしたのだ。だけど私の背後から、ニュッと骨ばった手が伸びる。『待て。そこはダメだ』 『わ!』どうやら自室ではなく寝室にいたらしい皇羽さんが、まるで狩りをする獣のごとく光の速さで駆け寄った。そして頑なに自室への入室を拒否したのだ。そんなことをされたら〝部屋の中に何があるのか〟気になって仕方がない。だから「部屋に入ってみたい」とド直球に〝お願い〟してみた。だけど皇羽さんは「ダメだ」の一点張り。それでも引き下がらない私に、皇羽さんはとある約束を(半ば強制的に)とりつけた。『俺との生活で約束してほしいことは一つだけ。絶対に俺の部屋に入らない事、いいな?』 『もし破ったら?』『俺の目の前で、今日買った下着を順番につけてもらう』 『ヘンタイ!!』そうして冒頭の口喧嘩へ繋がる、というわけだ。でも侮れないのが、皇羽さんは「やると言ったらやる男」だということ。もし私が皇羽さんの部屋に入ったら、確実に生着替えをさせられる。だから絶対に入らない!でも、どうして入ったらダメなんだろう。ここまでして私から自室を遠ざけるなんて、中に〝とびきりヤバい物〟があるに違いない。それって何だろう。気になる。腕を組んでうなる私。そんな私を見た皇羽さんはとびきり大きなため息を吐きながら、買い込んだショップバッグを床へ置く。次におもむろにシャツを脱ぎ始め、たくましい腕に引っ掛けた。「ギャ!いきなり何ですか!」「汗かいたんだよ。風呂に行ってくる」「まだ夕方ですよ?」「いい。それより早くスッキリしたいんだ」すれ違いざま、皇羽さんが持つシャツから香水の匂いがする。皇羽さんも香水をつけるらしく、玄関にいくつか瓶が置いてあった。今日ショッピングに行く前、興味本位で嗅いだらいい匂いだったからよく覚えている。「だけど、さっき匂ったのは違う香りだよね?」きっとショッピング中、ナンパされ
きっと重かっただろうな。それでも顔色一つ変えずに、私がお店を気にしたら「入るか」といろいろ寄ってくれたんだよね。遠くにあるお店が気になった時も、すかさず「行くぞ萌々」って。私のどんな仕草も見逃さない皇羽さん。裏を返せば、それだけ私のことをたくさん見ているのかな?気にしているってこと?それは居候の身としては有難い。だけど「過保護すぎない?」とも思ったり。いや絶対に過保護だ。だって……「このショップバッグの数が物語っているよね。明らかに買い過ぎだよ」いち、に、さん……すごい。十を超えている。というか二十までいきそうだ。でも考えてみれば妥当だ。だって回ったショップのほとんどで買い物をしたのだから。遠慮する私に、皇羽さんがどんどん買う物を運んで来たんだ。「萌々はこっちが似合う」とか「これ必要だろ」って。あれこれ口を出されすぎて、まるで皇羽さんの買い物に行ったみたいだったよ。やっぱり皇羽さんは過保護だ。「でも全部のお金を出してもらっちゃった……アルバイトして絶対に返さないと!」意気込んだけど足が疲れたから、少しだけソファへダイブする。三キロくらい体重が減ったかも?って思うほど、すごい運動量だった。「ふー」と息を吐きながら目をつむる。すると頭の中に、一日一緒にいた皇羽さんの顔が浮かんだ。過保護の皇羽さん。だからといって侮れない皇羽さん。パスタのお店で私がトイレへ行く時、あの質問をされた時はビックリした。――一年前、この辺りで何か買った?――例えば〝ドキドキするもの〟みたいなあれは一体どういう意味だったんだろう。「心当たりがない」と完璧に言えないから返答に困った。だから「知りません」とあいまいに返したけど、あれで良かったかな。でも「だよな」とアッサリ引き下がった皇羽さんを見るに、深く考えずに質問したことだったかな?「皇羽さんが優しいのは分かったけど、それでも〝まだまだよく分からない人〟なんだよね」どういう理由があって私を部屋へ置くのか。どうしてここまで尽くしてくれるのか。何か考えがあるのか、それとも全くないのか。「むしろヘンタイな考えしか頭になかったりして」チラリと下着屋さんのショップバッグを見る。今日の夜から着るわけだけど、まさか「見せろ」とは言わないよね?あぁ、まさか自分の身を二十四時間ずっと気にする日が来るとは……。皇羽さんって基本はいい人なんだ
迷いながらもようやく辿り着いたのは、太い柱さえも炭になり黒焦げと化した私のアパート。屋根も壁面も無くなり、柱しか残っていない。想像したよりもヒドイ惨状に生唾を飲む。ここへ踏み込む勇気を、急いで心の中で練り始めた。「どうか見つかりますように」幸いにも私の部屋は少しだけ原型が残ってる。一階の一番端。震える足に鞭を打ち、黄色の規制線をくぐる。そして私の部屋があっただろう場所へ近づいた。砂利と炭を踏み潰しながら、まだ煙たい空気の中やっとのことで辿り着く。「ここが私の部屋……」もう全て燃えているかもしれない。だけど捨てきれない希望を抱いて、近くにあった木の棒で黒い炭をよけていく。もしかして埋もれているかもしれない。そう思い、ガリガリと音を鳴らしながら掘り進める。「うぅ、けっこう力がいるなぁ……」同じ作業の繰り返しで手がしびれてきた。木の棒を握ったままの形で、指が固まっている。それでも諦めず何度も掘った。誰かに見つかると怒られるから、夕日の明かりだけを頼りにして。だけど掘れど掘れど収穫ゼロ。やっぱり何も出て来ない。虚しい時間だけが過ぎていく。使い過ぎた手が限界を訴えるように、か弱く震え始めた。「は〜ちょっと休憩。うわ!手も服も真っ黒!どうしよう。これ皇羽さんの服なのに……」勢いで行動したことが裏目に出た。火事現場へ行くなんて汚れるに決まっているのに〝自分の服に着替える〟って考えに至らなかった。 はー、私ったら何をやっているんだか。やるせないため息が出る。「探し物は見つからないし服は汚れるし。勝手にアパートを出たこともいけなかったよね。まだ皇羽さんはお風呂中かな?帰ったらきちんと謝ろう」自分の無力さに悲しくなる。ピュウと心に北風が吹き込んだみたいだ。寒くて寂しくて、ちょっぴり泣いてしまいそう。ズズッと鼻を鳴らした、その時だった。「萌々!!」 「……え?」遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。炭の中から立ち上がって遠くを見ると、一人の男性が私に向かって走ってきていた。あの声と姿、間違いない。皇羽さんだ!「萌々!」 「皇羽さん、どうして……」皇羽さんは「立ち入り禁止」のテープを軽々と飛び越えて私の所へ来た。ガッと私の両腕を握り、物凄い剣幕で睨んでくる。「どうした、何があった!」 「な、何も……」「何もないのに、こんな焼け跡に来るわけないだろ!」あまりの
「ちょっと、苦しいです!」 「俺に何も言わず、一人でこんな所へ来た罰だ」「罰って……」 「うるさい。人の気も知らないで……。いいから、お前は黙ってこうされていろ」顔を上げると、ギュッとかたく目をつむる皇羽さんの顔が見えた。長いまつ毛が少し震えている。もしかして寂しかったのかな?それとも「何か事件に巻き込まれたかも」って怖かった?私が思っているよりも、皇羽さんに心配かけちゃったのかもしれない。小さな声で「ごめんなさい」と呟くと、私を抱きしめる皇羽さんの力がフッと緩む。するとさっきよりも隙間なく二人の体が密着した。大きな体に抱きしめられると安心する。まるで自分の心も体も全て、包み込んでくれる気がするからだ。〝私を必要としてくれる人がいる〟って思えるからだ。「……」ぶっきらぼうで口が悪くて、そして強引。私の言う事は聞かないくせに、自分のいう事は何が何でも聞かせようとする。そんなとんでもない人が私の同居人なんて「前途多難」だと思っていた。だけど……――萌々!!さっき焼け焦げたアパートから私を見つけて駆け寄った皇羽さんが、本当の王子様に見えた。絶望の淵に立たされた私を救いに来た〝運命の人〟だって……あぁ違う。そうじゃなくて。ダメだ、いま色んな感情が混ざっている。……そう。ただ私は、迎えに来てくれたことが嬉しかった。私を心配して探しに来てくれたことが嬉しかったんだ。これからの生活「前途多難だけじゃないかも?」って思えて、皇羽さんとの生活が楽しみになったんだよ。でもこんなことを本人に言ったら、有頂天になった皇羽さんがますます過保護になりそうだからやめておく。今だって過保護だよ。もう私は子供じゃないから、こんなに心配しなくて良いのに。だけど……少し見たかったな。〝私がいない〟と知った時の皇羽さんの慌てっぷりは、どんなものだったんだろう。想像すると、不謹慎だけどニヤニヤしちゃう。その時、抱きしめ合う皇羽さんの異変に気付いた。「なんだか皇羽さん震えていませんか?」ふと意識を戻すと、尋常ではない震え方で皇羽さんが揺れている。抱きしめられているから私も一緒に揺れ始めた。バイブみたいな振動がずっと続いている!慌てて体を離すと、顔面蒼白の皇羽さんが半眼で虚無を見つめている。「なんか寒ぃんだけど……」 「そう言えば皇羽さん、ついさっきまでお風呂に入っていました
*皇羽side* 萌々と買い物から帰ってすぐ、ナンパしてきた奴らの香水の匂いが気になったからシャワーへ向かう。どれほど香水をまけば、あの距離で俺に匂いが移るんだよ。もし萌々が匂いをかいだら、変な誤解をされるだろうが。やや乱暴に服を洗濯機の上に置き、バスルームへ入る。熱いほどの温度で、頭からシャワーをかけた。「それにしても……」さっき萌々が俺の部屋へ入ろうとした。それだけはダメだと急いで制止したが、強く言いすぎたか?萌々の顔が若干くもったのが気になる。だけど、悪い萌々。あの部屋だけは見せてやれねーんだ。「はぁ……ん?」萌々へ申し訳なく思っていると、何やら音が聞こえた。急いでシャワーを止めて耳を澄ませる。すると聞こえてきたのは廊下を走る音。続いて、玄関ドアの開閉音。もしかしなくてもドアを開けたのは萌々だよな?なにか荷物が来たのか?俺、何かネットで買い物したっけ?「いや、宅配だとしてもマズイだろ」もしも配達員が萌々を見たら、絶対に惚れるに決まっている。そこで萌々が目をつけられたらどうする?なにか危ないことに巻き込まれたら――「まだ途中だけど出るか」体を流しただけだが、四の五の言ってられない。風呂はいつでも入ればいい。萌々の身の安全を一番に考えろ。「萌々!」バスルームを出て、バスタオル一枚を腰に巻き付ける。すぐに捜索を開始するも、リビングに萌々の姿はなかった。じゃあ玄関?ぬれた足で廊下を走り、玄関へ到着する。だけど姿はない。届いた荷物があるわけでもない。ということは配達は来てないのか。「萌々……?」痛いくらいに心臓がドクドクと音を立てる。海が時化(しけ)た時みたいだ。強風で海が荒れる時化、まさに今の俺と瓜二つ。「おい萌々、萌々!」姿が見えない時間が長ければ長い程、不安で声が大きくなる。早く萌々の顔を見て安心したいのに、ちっとも姿が見えやしない。寝室やキッチンも、さっき忠告したばかりだから入らないとは思うが一応俺の部屋も探した。だけどやっぱりいなかった。「そうだ、靴は……⁉」再び玄関へ戻って確認すると、萌々の靴だけがキレイになくなっている。ということは俺の部屋から出て行ったんだ。萌々は自ら俺から離れたんだ。「うそだろ、なんでだよ。萌々……」信じられない事実に頭は真っ白、その場に立ち尽くす。そんな俺に喝をいれるように、玄関に置いたままだ
勢いよく部屋を飛び出す。なりふり構わず走ったところで、玄関の施錠忘れに気付く。でも、もういい。家の中の物、何を盗まれても構わない。俺にとって大事なものは他にあるんだ。「……あーくそ!」なんで俺、今日の買い物で〝萌々専用のスマホ〟を買わなかったんだ。スマホなんて、下着より必要な物だろ。萌々を見つけたら、その足ですぐ買いに行ってやるからな。考えの回らなかった自分を恨みながら、必死に足を動かす。まだ寒い季節だ。夕日が沈んでいくと同時に気温も下がる。ハッハッと吐く息は、だんだんと白さを増していった。だけど寒さは感じない。唯一感じたのは焦り、それだけだ。ドクドクとうるさいくらい心臓が鳴っている。頭の片隅で「アパートに萌々がいなかったらどうする?」と嫌な想像をしてしまった。「頼む……萌々!」それらの恐怖を振り払いながら、やっとのことでアパートに到着する。そしてようやく見つけるんだ。一面まっ黒な灰のなか、一人ぼっちで佇む萌々を。荒野の中心に一輪だけ花が咲いているような、どこか神秘的な光景だ。俺を見た萌々が眉を八の字にした。そんな顔を見てたまらず「萌々!」と叫ぶ。無事な萌々を見て〝不安から解放された反動〟か、意図せず声が大きくなった。それにビックリしたのか、今度は萌々が不安そうに俺の名前を呼ぶ。『皇羽さん』その時の萌々が少しだけ嬉しそうで、今すぐにでも泣きそうで……なんだよ。出て行ったのは萌々の方だろ?それなのに、どうしてお前が泣きそうになっているんだよ。萌々がいなくて焦って不安になって、むしろ泣きそうなほど心細くなったのは俺の方なんだぞ。「くそ……」濡れた体に、冷たい風が容赦なく吹き付ける。寒さからか怒りからか、ぶるりと大きく体が震えた。あームカつく。いつも振り回されるのは俺だ。腹が立つことこの上ない。だけど〝まるで俺の登場を待っていたような萌々の顔〟を見たら全て許してしまう。……俺の希望的観測かもしれないけど。でも少なくとも俺の目には、萌々が嬉しがったように見えたんだ。だから、もういいや。怒りなんてなくなった。萌々が無事なら、俺はそれでいいんだ。「は~仕方ないな」黙って家を抜けたことはチャラにしてやる。だからもう黙っていなくなるな。またお前を見失うのは懲り懲りなんだよ。これ以上は許してやれないからな。二人して規制テープを出て、萌々についた灰を払って
◇「いらっしゃいませ~」「今日も元気だねぇ萌々ちゃん! でも、ちょっと顔が赤くない? 大丈夫?」「あはは……! 大丈夫です!」 現在、バイト中。 皇羽さんがコンサートで家に帰らない間に私はバイトを見つけ、借金返済のためにせっせと働いている。ちなみに何のバイトかと言うと……「にしても、娘の作った服がこんなに似合うなんてねぇ。娘の趣味に付き合ってくれてありがとうねぇ、萌々ちゃん」「いえ! 私こそこんな可愛い服で働けるなんて嬉しいです!」 ここは小さな喫茶店『Lotory』(ロトリー)。店長は60代後半の優しい紳士な男性で、真島 正浩(まじま まさひろ)さん。娘さんは秋奈(あきな)さん。 秋奈さんは服を作るのが趣味だけど、その趣味を活かせる機会がなかったらしい。 その時に店が軌道に乗り、人手不足を解消するため私を雇ったのだけど「作った服を制服にしちゃえばいいんじゃない?」と秋奈さんが提案。 よって私は、毎日ちがう服を着てお仕事をしているというわけです。「秋奈さん天才ですよね。こんなにかわいい服が作れるなんて!」「モデルがいいんだよ。可愛い萌々ちゃんだから着こなせるんだろうね」「またまた〜。秋奈さんの腕がいいんですよ!」 秋奈さんが作る服のテイストは「不思議の国のアリス」のアリスが着ているような服に近い。女の子なら憧れちゃうような、可愛いがギュッと詰まった服。何枚もレースのヒラヒラが重ねてあって、バイト服とは思えない可愛さ! コスプレさせて貰ってる気分だよ。「今まで作り貯めてたからねぇ。今年一年、同じ服を着ないと思うよ」「い、一年!?」 つまり365着はあるって事!? どこに収納しているの⁉ っていうか、そんなに服を作るお金があるんだ!「どうりでお店もお家も広いと思った。真島家、お金持ち……!」 ほぅと感心する私に、店長は優しく笑ってくれた。「よかった、本当に元気そうだ」と安心した顔でお店の奥へ入っていく。「(もしかして店長……)」 私の顔が赤いから、体調が悪いのに無理して働いてないかと心配してくれたのかな? 優しい。店長、ありがとうございます! そして、すみません……!「顔が赤いのには理由があって……っ」 思い出すのは昨日のこと。 皇羽さんとバスルームで色々あった後。 あれから私たちがどうなったかというと――・
私の足の間に、皇羽さんの足が強引に割り込まれる。背中に手を回され、ギュッと隙間なく抱きしめられた。その密着感たるや。どちらともない息遣いが、熱気のこもったバスルームに艶やかに響く。 「なぁ萌々、さっきから服が透けて下着が見えている。まさか、わざと?」 「え! 違いますよ……!」「ふぅん? でも俺に〝嫌いじゃない〟とか言うし。どうだかな」「ひゃっ!」 私を抱きしめたまま、皇羽さんは器用に手を動かす。スタート地点は私の太もも。そこからツツツと上がっていき、腰、お腹、おへそと蛇のように左右へ這う。 だけど胸まであと一歩というところで。時間が止まったように動かなくなった。 「あ……な、にっ?」 「なぁ萌々、自分の顔がどうなってんのか分かるか?」 「え?」 鏡に目をやると、モクモクと湯気が立ち込める中。顔を真っ赤にして、物欲しそうな表情を浮かべる私がいた。「これが、私……?」 しかも同じような顔つきの皇羽さんと鏡越しに目が合ってしまう。ぎらついた視線を浴びて、ようやく意識が戻った。「 や!」 恥ずかしくて両手で顔を覆う。だけど皇羽さんは「問題ない」と言わんばかりに、冷静に私の指へ順番にキスを始めた。親指、人差し指、中指……まるで一つずつ鍵を開けていくみたいだ。 皇羽さんの唇の感触がくすぐったくて、ついに顔から手を退ける。すると彼の興奮した顔が真正面にあって――熱っぽい皇羽さんの視線が、私の顔の隅から隅まで突き刺さる。 「もっと見せろ、俺を欲しがるその顔を」 「欲しがって、なんか……っ」「じゃあキスしなくていいのか?」 「ッ!」 トントンと。まるでノックするみたいに、皇羽さんは私の唇を指でつついた。「素直になれ、萌々。どうしてほしい?」「~っ」「キスしてほしい? それとも、キスしないでほしい?」「わ、私は……っ」 答えなんて簡単だよ。「キスしないで」。この答え以外にない。 絶対に、間違えようがない。 そう思っているのに―― 「皇羽、さん……」 「ん?」「キスして、お願い」 「……了解」 あぁ、間違えちゃった。なんで、どうして――そんなことを思っていると、皇羽さんが顔を近づけて、私のソレと重ねた。柔らかくて、温かくて、どうしようもないくらいヤミツキになりそうなキス。 気持ちいいと、そう思ってしまった。もっと
あの皇羽さんが素直に謝るなんて。まるで天然記念物を見たような衝撃が走る。「萌々を一人にさせた。悲しい思いをさせた。後は、コンサートのことも。全部悪いと思っている」「そんなにスラスラと謝られると、逆に〝悪い〟と思っているように聞こえません」「……」眉を下げて「手厳しいな……」と、困った顔をした皇羽さん。私を抱きしめたまま、はぁと短くため息をつく。「コンサートの後、ミヤビに怒られた。脱ぐのは〝ミヤビのキャラだから勝手にキャラブレするな〟って。確かに、今まで一度も脱いだことなかった。今日が初めてだった。萌々が見えたから、つい……」「私?」「そーだよ。まさか萌々がいるなんて思わないだろ。あれだけ Ign:s を嫌っているのにコンサートを見に来てくれてるなんて、夢にも思わないだろ。 だけど萌々がいた。俺を見てくれていた。手作りのうちわまで持って」「あ、あれは友達が!」 言い訳をする私を、皇羽さんは更に強く抱きしめた。そして「知ってるよ」と。本当に全ての事を知ってるような、落ち着ついた声のトーンで話す。「萌々がどういう経緯でコンサートに来てくれたか、何となく分かっている。まだ Ign:s を嫌っているのも分かるし、レオの代役を務めている俺を好きになるわけないって分かっている。 分かっている、つもりだけどな」 皇羽さんは私を引きはがす。切れ長の瞳を細め、眉を下げて笑った。「己惚れるつもりはない。だけど萌々が〝嫉妬した〟なんて言うから、俺は嫌でも期待してしまう。萌々は俺に気があるんじゃないか?ってな」「え……、あっ」 急いで自分の口に蓋をした私の手を、皇羽さんは上から握る。そしてちゅッと、控えめにキスを落とした。「今この場で、俺の事を〝嫌い〟って言え。じゃないと俺は、またお前に告白してしまう。飽きずに何度だって伝えるぞ。この口から〝好き〟って言葉を聞くまで、萌々を離さないからな」「!」 瞳を揺らす皇羽さんを見て、改めて自分が犯した過ちに気付く。 私を好きだと言ってくれた皇羽さんに、「嫉妬した」と言ってしまった。その言葉は、裏を返せば「好き」と言っているようなものだ。でも私は……皇羽さんの告白に応える気はない。まだ皇羽さんを〝恋愛対象として〟見られていない。 ファンに嫉妬したのも、連日一人だった寂しさから来る怒りからかもしれないし。再び一
「皇羽さん、シャワーがもったいないので早くバスタブを洗いたいのですが……」「……たのか?」「え?」 シャワー音で、皇羽さんの声がかき消される。何を言っているのか聞こえない。 皇羽さん、いつもの大きな声を出してよ。そして私を解放してください! 壁ドンされたままだと落ち着かないんです……っ。 だけど皇羽さんは私の願いとは裏腹に、シャワーのホースを指でつまんで意図的に回した。するとホース先のヘッドまで回ってしまい、今までバスタブめがけていたシャワーが私たちの頭上から降って来る。 これにより私と皇羽さんは、着衣のままお湯をかぶる羽目に。「わあ⁉ ちょっと皇羽さん何をしているんですか、服がビショビショじゃないですか! 退いてください、タオルをとりますからっ」 皇羽さんの両腕から強引に抜け出し、バスルームの端を通って出ようとした。だけど皇羽さんに手をつかまれ、されるがまま彼の腕の中へ戻る。 しかも、それだけじゃなく。 気づけば私は、後ろからギュッと皇羽さんに抱きしめられていた。絶妙な力加減により、私の力では振りほどけない。例えもがいても、力を入れて静止させられる。 キツく抱きしめられると、皇羽さんの体のラインをいやでも意識してしまう。ゴツゴツした筋肉が、私の体の至る所で当たっていた。しかも服までずぶ濡れだから、余計に……!「皇羽さん、せめてお湯を止めてください。もったいないです……っ」 どんどんと温かくなるバスルームにつられて、私の顔も赤みを増す。この〝のぼせていく感覚〟。まるで大きな湯船につかっているみたい。現実は、服ごとずぶ濡れなのに。 異様な空間が、私の意識を勝手に操作している。これでもかと皇羽さんを意識してしまう。「なあ萌々、聞いて良い?」「な、なんですか……?」 クルリと向きを変えられ、皇羽さんと向かい合う。 その時に見た皇羽さんは髪がシャワーで濡れていて、いつもと違う見た目になっていた。服を着たまま濡れているからか、お風呂あがりとも違う色っぽい顔だ。 水もしたたるいい男、なんていうけど。もともと爆発的にいい男が水(シャワー)に濡れたら、一体どうなるのか。その答えは、バスルームに設置されている鏡にあった。 鏡に写っているのは、真っ赤な顔をした私。今まで見たことないほどの赤みを帯びている。これが本当に私の顔? まるで全力で皇羽さ
◇ ドサッ「あー疲れた……」 帰ってきて、一番にソファへ寝転ぶ。疲れない靴で行ったはずなのに、足がジンジンして痛い。それにむくみもすごくて、一回り厚みを増している。まるで私の足じゃないみたいだ。「コンサートって体力勝負なんだね……」 喋りながら、意識が遠のいていくのが分かる。どうやら疲れすぎたらしい。眠気を我慢できない。今にも目を瞑ってしまいそう。「皇羽さん、今日は帰ってくるよね……ふわぁぁ」 お昼から始まったコンサートは二時間ほどで終わり、もう夕方。いま寝たら夜に眠れなくなってしまうからダメなのに――そう思うも体がソファへ沈んでいく。夕寝待ったなしだ。 だけど目を閉じると、瞼の裏に今日の皇羽さんが浮かび上がる。 家にいる時は誰でもない、ただの皇羽さん。 だけど今日の皇羽さんは、皆の「レオ」だった。 皆から注目されて、熱い視線を向けられて……。「しっかりしてよ玲央さん。あなたが頑張ってくれないと、皇羽さんはずっと〝皆のレオ〟だよ……」 代打でもピンチヒッターでもなく、本物のレオになってしまう。そうしたら、もうこの家に帰って来ない気がする。そう思うと不安で仕方がない。……私だっていつまでこの家にいるか分からないくせに。 そのくせ自分がココにいる間は、皇羽さんにそばにいてほしいと思う。ワガママだなぁ私。ここまで〝こじらせちゃう〟なら、人のぬくもりなんて覚えなければ良かったのに。 でも覚えてしまった。皇羽さんと一緒に過ごす時間が、あまりにも心地よくて――「ふー……ダメだ。ちょっと落ち着こう。せっかくクウちゃんとコンサートに行ったんだし、変なことばかり考えて終わっちゃダメだよね。もったいないよ」 コンサートに行って、良かったことがある。 今まで皇羽さんと玲央さんの見分けがつかなかったけど、今日のコンサートで何となくレオの特徴を掴んだ。 いつもキラキラして王子様のような、玲央さんのレオ。 たまにダークな笑みや雰囲気を纏う、皇羽さんのレオ。 今日は圧倒的に、皇羽さんのレオが多かった。 玲央さんはダンスの激しくない曲に戻ってきて、一曲歌ってまた暫く引っ込むという行為を繰り返していた。そんな玲央さんに、私が不満を抱いたのはいうまでもなく……。「しんどくない時ばかりに出てくるんだから。全くもう。次に会ったらクレームをいれてや、る……ス
驚いたレオが瞳孔を開いた瞬間、中の人物がどちらか分かった。あの目つき、今のレオは皇羽さんだ。いつ入れ替わったのか分からないけど、あれは皇羽さんで間違いない。「萌々ー! レオがヤバい! 服を脱いでる! 一枚ずつ脱いでる!」「う、うん……」「暑いんだねぇ、それなら仕方ないねぇ!私がその服を受け止めますー!レオ、こっちに投げてー!!」「……」私のすぐ近くに、一週間ぶりの皇羽さんがいる。一緒に住んでいるのにろくに会えなくて、その会えなかった日数が不思議と寂しさを募らせて……。そう、私は寂しかったんだ。皇羽さんの姿が見えなくて声も聞けなくて、少しだけ凹んでいた。だからこそ今日は皇羽さんに会えるのを、ちょっとだけ楽しみにしていたのに。それなのに……「まだまだいくよ、ハニーたち!ついてきてるー⁉」「キャアあぁ!」「レオ―!」「投げてー!」「服でいいから抱きしめさせてー!!」「……っ」あの広い部屋で一人過ごした私のことなんて忘れてしまったように、目の前で皇羽さんは楽しそうに笑っている。歌って踊り、アイドルとしての自分を無遠慮に見せつけてくる。これでもかっていうほどに。彼の輝きは、暗い観客席にいる私とはすごく対照的だ。まるで光と影、決して交わらない二つ。そんなことを考えていると、今日埋まるはずだった胸の穴は、なぜか大きくなった。それがさっきから切なく軋んで……あぁ、なんでだろう。皇羽さんを、すごく遠くに感じるよ。「~っ!!」なんか、無理!限界を超えた私は静かに席を立ち、トイレへ直行した。会場ではいよいよ皇羽さんが服を投げたのか「キャアアア!」と大歓声が響いている。なんだ皇羽さんってば、ちゃんとレオをやれているんじゃん。そりゃそうか。家に帰るのは短時間、学校よりも練習が優先なんだから、ちゃんと出来て当然だ。そう思いつつ、洗濯カゴに積まれた大量の服を思い出す。汗をかいて何枚も着替えたんだろう。「これを本当に一日で着たの?三日じゃなくて?」って量だった。彼の努力は理解している。玲央さんの代役なのに、充分すぎるほど頑張っている。それなのに心の隅で黒い塊が出来て、意地悪なことを言っちゃうのは、きっと――「もうやだ、何も聞こえない……っ」 耳を塞いでトイレへ急ぐ。だけどいくらキツく耳を塞いだって、ファンたちの熱い声は簡単に私の手を突き抜け鼓
ファンの熱気にあてられてか、なんだか私もザワザワしちゃって落ち着かない。皇羽さんへ抱く気持ちがなんなのか分からない。それなのに皇羽さんと距離が遠のく度、言いようのない寂しさに襲われる。今だって今日会えるかどうかわからないのに、「皇羽さんに会いたい」と願ってしまっている。あぁダメだ。こんなの変だ……っ。だってさ。これじゃあ、まるでさ。私が皇羽さんのファンみたいじゃん。早く会いたい・声を聞きたいって思う、そういうキラキラした温かい気持ち。その気持ちが、いつの間にか私にもある。ここにいる Ign:s ファンの人達と、全く同じだ。「レオ、ううん。皇羽さん……」なんでだろう。早く、早くあなたに会いたいの――胸を高鳴らせているうちにオープニング、そして一曲目が終わっていく。歌い切った後、メンバーはマイクを持ってステージに並んだ。そして、「お待たせ、ハニーたち!!」レオが、その口を開いた。「きゃあああああ!」「レオー!!」「もっと呼んで―!!」割れんばかりに歓声!メンバーが一人ずつ挨拶する度に拍手喝采!会場の熱量が、秒ごとに温度を上げていく。一方の私はというと、メンバー全員の挨拶が終わって分かったことがある。それは、一番人気はやっぱりレオだということ。彼が口を開く度にファンは絶叫していた。すさまじい声量にレオは何度もマイクを離し、喋るタイミングを測っている。だけど……「ん?なんかレオが……」Ign:s のメンバーを見ていると、レオだけ肩で息をしているように見える。まるで疲れているような……。なんで?一番よく喋ってるから?それで呼吸が追い付かないとか?でもコンサート終盤ならまだしも、一曲目が終わったばかりだ。今から呼吸が乱れているようでは、二曲目から心配すぎるよ、レオ……。クウちゃんが「 Ign:s のコンサートは10曲くらいある」と言っていた。笑っているけど、レオは明らかに疲弊している。あと九曲もあるのに体力が持つの?きっと、今のレオは玲央さんだ。雰囲気が柔らかいもん。皇羽さんの家に来て、ダラダラと過ごした日を思い出す。「体調が悪い時や気分がノらない時に皇羽さんにピンチヒッターを頼む」って自分で言っていたし、あの日もきっと練習をサボっていたんだろうな。もう!仮病を使って家でのんびりしているから本番に弱いんだよ。真面目に練習して
こういうこと、皇羽さんに聞きたいよ。直接「どういう事ですか?」って聞いてみたい。私に対する皇羽さんの思いを聞いたら、ソワソワした私の心も少しは落ちつく気がするから。「だけど家にいないんだから、聞きようがないよね」気になった事を放置するのは性に合わないんだけどな――と。ここで何気なくテーブルに転がる物を見る。そういえば、この前からずっと転がっている。どこかで見たような。何だっけ?もしや皇羽さんの物?と、少しワクワクしながら手に取る。目に入ったのは「バイト」という文字。そこでスゴイ速さで記憶が戻って来た。「これ、私が貰って来たバイトの情報誌だ!」なにが「気になったことを放置するのは性に合わない」だ。思いっきり放置している物があるじゃん!クウちゃんにコンサートのチケット代を返さないといけないし、皇羽さんには言わずもがな色々買ってもらってるし、そして玲央さんにも!仮病でウチにいた日にお金を借りている!私、かなりの人に借金しているヤバい人だよ! 「バ、バイト!バイトしなきゃ!時給の高いバイト~!!」再びリビングに戻り、ペンを片手にハイスピードで情報誌をめくる。自分に合いそうな求人を見つけ、片っ端から丸をしていった。「スマホがあって良かった!スグに電話ができる!」皇羽さんのことで憂う余裕は一気になくなり、情報誌とスマホを行ったり来たりと大忙し。気になるバイトはいくつかあったけど、夜遅くまでの勤務だったり、保護者の同意が必要だったりと。様々なことが原因で自ずと絞られていった。「これが最後の一件だ!」意を決して電話をかける。そのお店の採用方法は「電話で軽い面接をする」だった。つまり電話が繋がった瞬間から選考が始まるってこと!ガチャと音がして、男の人の声がする。私は頭が真っ白になりながらも、一生懸命受け答えをした。すると……「明日から?本当ですか、ありがとうございますッ!」結果は、なんと採用!明日、一応履歴書を持ってお店へ行き、そのまま働くことになった。「何とかバイトを見つける事が出来たよ~……」良かった、まずは一安心だ!スマホをテーブルに置いて、ほぅ~と脱力する。あ、皇羽さんに「バイト決まりました」って報告した方がいいよね?皇羽さんが帰ってきた時に私が家にいなかったら、絶対に心配するし。「メールで言うのもいいけど、直接いいたいなぁ」バイ
『え⁉』「え⁉」私と司会者の反応が同じだったことはさておき。ニコリと笑うレオを、他のメンバーさえも驚いた顔で見ている。あの黒髪の人は〝かげろう〟って名前だったかな?あの人だけは無表情。だけどその他のメンバーは、これでもかと目を見開いている。『ちょ!またまた爆弾発言だよレオくん!じゃあズバリ聞いちゃおうかな⁉そのお相手とは⁉』興奮する司会者の隣で、焦った様子のリーダー・ミヤビが「まぁまぁその辺で」と穏便に済ませようとしている。だけどミヤビの努力もむなしく、愛想よく笑うレオがパカッと口を開いた。『それはですね、ウチに住み着いている野良猫です!』 『は……はは。なーんだ、野良猫かぁ~』明らかに残念そうな司会者と、やや顔に青線が入ったミヤビ。しかし当の本人はというと「驚きました?」って、悪気なしにケラケラと笑っている。これには、さすがの私もミヤビに同情しちゃう。『すみません司会者さん、ウチのレオはヤンチャなもので、ははは』「……ははは」つられて乾いた笑いが出る。無意味にドキドキしちゃった。口から心臓が出るかと思ったよ。「と言っても、私が焦る必要なんて全くないんだけどね……」だけど今日のレオがやたらと皇羽さんに見えて、変にドキドキしちゃう。告白の件以来、自分のペースを狂わされっぱなしだ。「でも野良猫の話なら良かったよ。これで安心してテレビを見られる……ん?」そう言えば――と、いつか玲央さんと話したことを思い出す。 ――野良猫? ――そ、萌々ちゃんのこと ということは、さっきレオが言った「野良猫」って……。「つまり私の事だ!じゃあレオは〝私に必要とされたい〟と思っているの?な、なんでぇ?」顔を青くしたり赤くしたり。オロオロと一人で百面相をする私に、レオは容赦なかった。まるで「私が混乱している事はお見通し」と言わんばかりに、一瞬だけカメラへ目を向ける。そして―― 『今、家で俺の事を見てくれていたら、帰ってたくさんヨシヨシしてあげるからね』 「!!」名前を呼ばれたわけじゃないのに、いきなり名指しされたかのような勢いのあるストライク。その破壊力の大きさに、バックンバックンと心臓が唸り始める。ここまで言われて、気が付かない私じゃない。そんな表情で言われて、分からない私じゃない。いま画面越しに目が合った人。その正体に、やっと気づいた