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第23話

Penulis: またり鈴春
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-15 21:59:22

勢いよく部屋を飛び出す。なりふり構わず走ったところで、玄関の施錠忘れに気付く。でも、もういい。家の中の物、何を盗まれても構わない。俺にとって大事なものは他にあるんだ。

「……あーくそ!」

なんで俺、今日の買い物で〝萌々専用のスマホ〟を買わなかったんだ。スマホなんて、下着より必要な物だろ。萌々を見つけたら、その足ですぐ買いに行ってやるからな。

考えの回らなかった自分を恨みながら、必死に足を動かす。まだ寒い季節だ。夕日が沈んでいくと同時に気温も下がる。ハッハッと吐く息は、だんだんと白さを増していった。だけど寒さは感じない。唯一感じたのは焦り、それだけだ。ドクドクとうるさいくらい心臓が鳴っている。頭の片隅で「アパートに萌々がいなかったらどうする?」と嫌な想像をしてしまった。

「頼む……萌々!」

それらの恐怖を振り払いながら、やっとのことでアパートに到着する。そしてようやく見つけるんだ。一面まっ黒な灰のなか、一人ぼっちで佇む萌々を。荒野の中心に一輪だけ花が咲いているような、どこか神秘的な光景だ。

俺を見た萌々が眉を八の字にした。そんな顔を見てたまらず「萌々!」と叫ぶ。無事な萌々を見て〝不安から解放された反動〟か、意図せず声が大きくなった。それにビックリしたのか、今度は萌々が不安そうに俺の名前を呼ぶ。

『皇羽さん』

その時の萌々が少しだけ嬉しそうで、今すぐにでも泣きそうで……なんだよ。出て行ったのは萌々の方だろ?それなのに、どうしてお前が泣きそうになっているんだよ。萌々がいなくて焦って不安になって、むしろ泣きそうなほど心細くなったのは俺の方なんだぞ。

「くそ……」

濡れた体に、冷たい風が容赦なく吹き付ける。寒さからか怒りからか、ぶるりと大きく体が震えた。あームカつく。いつも振り回されるのは俺だ。腹が立つことこの上ない。だけど〝まるで俺の登場を待っていたような萌々の顔〟を見たら全て許してしまう。……俺の希望的観測かもしれないけど。

でも少なくとも俺の目には、萌々が嬉しがったように見えたんだ。だから、もういいや。怒りなんてなくなった。萌々が無事なら、俺はそれでいいんだ。

「は~仕方ないな」

黙って家を抜けたことはチャラにしてやる。だからもう黙っていなくなるな。またお前を見失うのは懲り懲りなんだよ。これ以上は許してやれないからな。

二人して規制テープを出て、萌々についた灰を払って
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  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第57話

     あの皇羽さんが素直に謝るなんて。まるで天然記念物を見たような衝撃が走る。「萌々を一人にさせた。悲しい思いをさせた。後は、コンサートのことも。全部悪いと思っている」「そんなにスラスラと謝られると、逆に〝悪い〟と思っているように聞こえません」「……」眉を下げて「手厳しいな……」と、困った顔をした皇羽さん。私を抱きしめたまま、はぁと短くため息をつく。「コンサートの後、ミヤビに怒られた。脱ぐのは〝ミヤビのキャラだから勝手にキャラブレするな〟って。確かに、今まで一度も脱いだことなかった。今日が初めてだった。萌々が見えたから、つい……」「私?」「そーだよ。まさか萌々がいるなんて思わないだろ。あれだけ Ign:s を嫌っているのにコンサートを見に来てくれてるなんて、夢にも思わないだろ。 だけど萌々がいた。俺を見てくれていた。手作りのうちわまで持って」「あ、あれは友達が!」 言い訳をする私を、皇羽さんは更に強く抱きしめた。そして「知ってるよ」と。本当に全ての事を知ってるような、落ち着ついた声のトーンで話す。「萌々がどういう経緯でコンサートに来てくれたか、何となく分かっている。まだ Ign:s を嫌っているのも分かるし、レオの代役を務めている俺を好きになるわけないって分かっている。 分かっている、つもりだけどな」 皇羽さんは私を引きはがす。切れ長の瞳を細め、眉を下げて笑った。「己惚れるつもりはない。だけど萌々が〝嫉妬した〟なんて言うから、俺は嫌でも期待してしまう。萌々は俺に気があるんじゃないか?ってな」「え……、あっ」 急いで自分の口に蓋をした私の手を、皇羽さんは上から握る。そしてちゅッと、控えめにキスを落とした。「今この場で、俺の事を〝嫌い〟って言え。じゃないと俺は、またお前に告白してしまう。飽きずに何度だって伝えるぞ。この口から〝好き〟って言葉を聞くまで、萌々を離さないからな」「!」 瞳を揺らす皇羽さんを見て、改めて自分が犯した過ちに気付く。 私を好きだと言ってくれた皇羽さんに、「嫉妬した」と言ってしまった。その言葉は、裏を返せば「好き」と言っているようなものだ。でも私は……皇羽さんの告白に応える気はない。まだ皇羽さんを〝恋愛対象として〟見られていない。 ファンに嫉妬したのも、連日一人だった寂しさから来る怒りからかもしれないし。再び一

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第56話

    「皇羽さん、シャワーがもったいないので早くバスタブを洗いたいのですが……」「……たのか?」「え?」 シャワー音で、皇羽さんの声がかき消される。何を言っているのか聞こえない。 皇羽さん、いつもの大きな声を出してよ。そして私を解放してください! 壁ドンされたままだと落ち着かないんです……っ。  だけど皇羽さんは私の願いとは裏腹に、シャワーのホースを指でつまんで意図的に回した。するとホース先のヘッドまで回ってしまい、今までバスタブめがけていたシャワーが私たちの頭上から降って来る。 これにより私と皇羽さんは、着衣のままお湯をかぶる羽目に。「わあ⁉ ちょっと皇羽さん何をしているんですか、服がビショビショじゃないですか! 退いてください、タオルをとりますからっ」 皇羽さんの両腕から強引に抜け出し、バスルームの端を通って出ようとした。だけど皇羽さんに手をつかまれ、されるがまま彼の腕の中へ戻る。 しかも、それだけじゃなく。 気づけば私は、後ろからギュッと皇羽さんに抱きしめられていた。絶妙な力加減により、私の力では振りほどけない。例えもがいても、力を入れて静止させられる。 キツく抱きしめられると、皇羽さんの体のラインをいやでも意識してしまう。ゴツゴツした筋肉が、私の体の至る所で当たっていた。しかも服までずぶ濡れだから、余計に……!「皇羽さん、せめてお湯を止めてください。もったいないです……っ」 どんどんと温かくなるバスルームにつられて、私の顔も赤みを増す。この〝のぼせていく感覚〟。まるで大きな湯船につかっているみたい。現実は、服ごとずぶ濡れなのに。 異様な空間が、私の意識を勝手に操作している。これでもかと皇羽さんを意識してしまう。「なあ萌々、聞いて良い?」「な、なんですか……?」 クルリと向きを変えられ、皇羽さんと向かい合う。 その時に見た皇羽さんは髪がシャワーで濡れていて、いつもと違う見た目になっていた。服を着たまま濡れているからか、お風呂あがりとも違う色っぽい顔だ。 水もしたたるいい男、なんていうけど。もともと爆発的にいい男が水(シャワー)に濡れたら、一体どうなるのか。その答えは、バスルームに設置されている鏡にあった。 鏡に写っているのは、真っ赤な顔をした私。今まで見たことないほどの赤みを帯びている。これが本当に私の顔? まるで全力で皇羽さ

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第55話

    ◇ ドサッ「あー疲れた……」 帰ってきて、一番にソファへ寝転ぶ。疲れない靴で行ったはずなのに、足がジンジンして痛い。それにむくみもすごくて、一回り厚みを増している。まるで私の足じゃないみたいだ。「コンサートって体力勝負なんだね……」 喋りながら、意識が遠のいていくのが分かる。どうやら疲れすぎたらしい。眠気を我慢できない。今にも目を瞑ってしまいそう。「皇羽さん、今日は帰ってくるよね……ふわぁぁ」 お昼から始まったコンサートは二時間ほどで終わり、もう夕方。いま寝たら夜に眠れなくなってしまうからダメなのに――そう思うも体がソファへ沈んでいく。夕寝待ったなしだ。 だけど目を閉じると、瞼の裏に今日の皇羽さんが浮かび上がる。 家にいる時は誰でもない、ただの皇羽さん。 だけど今日の皇羽さんは、皆の「レオ」だった。 皆から注目されて、熱い視線を向けられて……。「しっかりしてよ玲央さん。あなたが頑張ってくれないと、皇羽さんはずっと〝皆のレオ〟だよ……」 代打でもピンチヒッターでもなく、本物のレオになってしまう。そうしたら、もうこの家に帰って来ない気がする。そう思うと不安で仕方がない。……私だっていつまでこの家にいるか分からないくせに。 そのくせ自分がココにいる間は、皇羽さんにそばにいてほしいと思う。ワガママだなぁ私。ここまで〝こじらせちゃう〟なら、人のぬくもりなんて覚えなければ良かったのに。 でも覚えてしまった。皇羽さんと一緒に過ごす時間が、あまりにも心地よくて――「ふー……ダメだ。ちょっと落ち着こう。せっかくクウちゃんとコンサートに行ったんだし、変なことばかり考えて終わっちゃダメだよね。もったいないよ」 コンサートに行って、良かったことがある。 今まで皇羽さんと玲央さんの見分けがつかなかったけど、今日のコンサートで何となくレオの特徴を掴んだ。 いつもキラキラして王子様のような、玲央さんのレオ。 たまにダークな笑みや雰囲気を纏う、皇羽さんのレオ。 今日は圧倒的に、皇羽さんのレオが多かった。 玲央さんはダンスの激しくない曲に戻ってきて、一曲歌ってまた暫く引っ込むという行為を繰り返していた。そんな玲央さんに、私が不満を抱いたのはいうまでもなく……。「しんどくない時ばかりに出てくるんだから。全くもう。次に会ったらクレームをいれてや、る……ス

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第54話

    驚いたレオが瞳孔を開いた瞬間、中の人物がどちらか分かった。あの目つき、今のレオは皇羽さんだ。いつ入れ替わったのか分からないけど、あれは皇羽さんで間違いない。「萌々ー! レオがヤバい! 服を脱いでる! 一枚ずつ脱いでる!」「う、うん……」「暑いんだねぇ、それなら仕方ないねぇ!私がその服を受け止めますー!レオ、こっちに投げてー!!」「……」私のすぐ近くに、一週間ぶりの皇羽さんがいる。一緒に住んでいるのにろくに会えなくて、その会えなかった日数が不思議と寂しさを募らせて……。そう、私は寂しかったんだ。皇羽さんの姿が見えなくて声も聞けなくて、少しだけ凹んでいた。だからこそ今日は皇羽さんに会えるのを、ちょっとだけ楽しみにしていたのに。それなのに……「まだまだいくよ、ハニーたち!ついてきてるー⁉」「キャアあぁ!」「レオ―!」「投げてー!」「服でいいから抱きしめさせてー!!」「……っ」あの広い部屋で一人過ごした私のことなんて忘れてしまったように、目の前で皇羽さんは楽しそうに笑っている。歌って踊り、アイドルとしての自分を無遠慮に見せつけてくる。これでもかっていうほどに。彼の輝きは、暗い観客席にいる私とはすごく対照的だ。まるで光と影、決して交わらない二つ。そんなことを考えていると、今日埋まるはずだった胸の穴は、なぜか大きくなった。それがさっきから切なく軋んで……あぁ、なんでだろう。皇羽さんを、すごく遠くに感じるよ。「~っ!!」なんか、無理!限界を超えた私は静かに席を立ち、トイレへ直行した。会場ではいよいよ皇羽さんが服を投げたのか「キャアアア!」と大歓声が響いている。なんだ皇羽さんってば、ちゃんとレオをやれているんじゃん。そりゃそうか。家に帰るのは短時間、学校よりも練習が優先なんだから、ちゃんと出来て当然だ。そう思いつつ、洗濯カゴに積まれた大量の服を思い出す。汗をかいて何枚も着替えたんだろう。「これを本当に一日で着たの?三日じゃなくて?」って量だった。彼の努力は理解している。玲央さんの代役なのに、充分すぎるほど頑張っている。それなのに心の隅で黒い塊が出来て、意地悪なことを言っちゃうのは、きっと――「もうやだ、何も聞こえない……っ」 耳を塞いでトイレへ急ぐ。だけどいくらキツく耳を塞いだって、ファンたちの熱い声は簡単に私の手を突き抜け鼓

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第53話

    ファンの熱気にあてられてか、なんだか私もザワザワしちゃって落ち着かない。皇羽さんへ抱く気持ちがなんなのか分からない。それなのに皇羽さんと距離が遠のく度、言いようのない寂しさに襲われる。今だって今日会えるかどうかわからないのに、「皇羽さんに会いたい」と願ってしまっている。あぁダメだ。こんなの変だ……っ。だってさ。これじゃあ、まるでさ。私が皇羽さんのファンみたいじゃん。早く会いたい・声を聞きたいって思う、そういうキラキラした温かい気持ち。その気持ちが、いつの間にか私にもある。ここにいる Ign:s ファンの人達と、全く同じだ。「レオ、ううん。皇羽さん……」なんでだろう。早く、早くあなたに会いたいの――胸を高鳴らせているうちにオープニング、そして一曲目が終わっていく。歌い切った後、メンバーはマイクを持ってステージに並んだ。そして、「お待たせ、ハニーたち!!」レオが、その口を開いた。「きゃあああああ!」「レオー!!」「もっと呼んで―!!」割れんばかりに歓声!メンバーが一人ずつ挨拶する度に拍手喝采!会場の熱量が、秒ごとに温度を上げていく。一方の私はというと、メンバー全員の挨拶が終わって分かったことがある。それは、一番人気はやっぱりレオだということ。彼が口を開く度にファンは絶叫していた。すさまじい声量にレオは何度もマイクを離し、喋るタイミングを測っている。だけど……「ん?なんかレオが……」Ign:s のメンバーを見ていると、レオだけ肩で息をしているように見える。まるで疲れているような……。なんで?一番よく喋ってるから?それで呼吸が追い付かないとか?でもコンサート終盤ならまだしも、一曲目が終わったばかりだ。今から呼吸が乱れているようでは、二曲目から心配すぎるよ、レオ……。クウちゃんが「 Ign:s のコンサートは10曲くらいある」と言っていた。笑っているけど、レオは明らかに疲弊している。あと九曲もあるのに体力が持つの?きっと、今のレオは玲央さんだ。雰囲気が柔らかいもん。皇羽さんの家に来て、ダラダラと過ごした日を思い出す。「体調が悪い時や気分がノらない時に皇羽さんにピンチヒッターを頼む」って自分で言っていたし、あの日もきっと練習をサボっていたんだろうな。もう!仮病を使って家でのんびりしているから本番に弱いんだよ。真面目に練習して

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