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第24話

last update Last Updated: 2025-03-16 19:23:30

翌朝、不思議なことが起きた。

「どこへ行く気ですか。いま皇羽さんは熱があるんですよ?」

「熱だけだろ。大したことない」

朝の七時。アパートと一緒に燃えてしまったため制服がないものの、とりあえず私は学校へ行く準備をしていた。そんな私の横を、顔を真っ赤にした皇羽さんが横切ったのだ。おかしいと思ってオデコに手を当てると、明らかに発熱している体温!それでも皇羽さんは玄関へ向かい、いつもの身バレ防止グッズを体にまとっていく。赤い顔に、黒いマスク。見た目は「完璧に病人」だ。

「やっぱり風邪を引いたんですね。濡れた体で外へ出るから……」

昨日、寒すぎてガタガタ震えていたもんね。それなのにマンションへ帰る時に皇羽さんは「今からスマホを買いに行くぞ」なんて言うから、慌てて止めたんだ。ブーブー文句を言う皇羽さんを引っ張って帰るの、本当に大変だった。

「ん?」

昨日を振り返っていると、驚くことに皇羽さんが靴を履こうとしている。どうやらお出かけらしいけど、マスクの下で聞こえる「はぁはぁ」という荒い息。既に限界を超えているのに外へ行こうとするなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない。熱で正常な判断が出来ないんだ!

「皇羽さん、あなた今日は学校へ行けませんよ?家にいてください。まずは熱を測ります。あとは薬を飲まないと」

すると皇羽さんは、熱で潤んだ瞳を私へ寄こす。そして「ない」と首を振った。

「今まで風邪ひいた事ないから、そんな物はウチにない」

「えぇ。本当に人間ですか?」

「お前なぁ……」

はぁとため息を吐いた皇羽さん。近くにいたから分かるけど、吐息さえすごい熱さだ。猫毛の黒髪が少し濡れているのも、発熱による汗だろう。こんな状態でどこかへ出かけようとするなんて、倒れに行くようなものだよ。何がなんでも止めなくちゃ!

「いま皇羽さんは外に行ける状態じゃありません。家で寝てないとダメです」

「じゃあ萌々が添い寝してくれんのかよ」

「そこは甘えないでください」

「……チッ」

眉間にシワを寄せた皇羽さんが靴を履き終える。そして何の根拠もなく「心配するな」と、よろめきながら立ち上がった。

「体温計と風邪薬を買ってくるだけだ。萌々は学校だろ?制服やカバン一式はもう部屋に届いてるから、好きに使えよ」

「へ?」

「じゃな。遅れずに行けよ」

バタンッ

閉められた玄関を見て、しばらく固まる。だって皇羽さん、いま何
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    ◇ ドサッ「あー疲れた……」 帰ってきて、一番にソファへ寝転ぶ。疲れない靴で行ったはずなのに、足がジンジンして痛い。それにむくみもすごくて、一回り厚みを増している。まるで私の足じゃないみたいだ。「コンサートって体力勝負なんだね……」 喋りながら、意識が遠のいていくのが分かる。どうやら疲れすぎたらしい。眠気を我慢できない。今にも目を瞑ってしまいそう。「皇羽さん、今日は帰ってくるよね……ふわぁぁ」 お昼から始まったコンサートは二時間ほどで終わり、もう夕方。いま寝たら夜に眠れなくなってしまうからダメなのに――そう思うも体がソファへ沈んでいく。夕寝待ったなしだ。 だけど目を閉じると、瞼の裏に今日の皇羽さんが浮かび上がる。 家にいる時は誰でもない、ただの皇羽さん。 だけど今日の皇羽さんは、皆の「レオ」だった。 皆から注目されて、熱い視線を向けられて……。「しっかりしてよ玲央さん。あなたが頑張ってくれないと、皇羽さんはずっと〝皆のレオ〟だよ……」 代打でもピンチヒッターでもなく、本物のレオになってしまう。そうしたら、もうこの家に帰って来ない気がする。そう思うと不安で仕方がない。……私だっていつまでこの家にいるか分からないくせに。 そのくせ自分がココにいる間は、皇羽さんにそばにいてほしいと思う。ワガママだなぁ私。ここまで〝こじらせちゃう〟なら、人のぬくもりなんて覚えなければ良かったのに。 でも覚えてしまった。皇羽さんと一緒に過ごす時間が、あまりにも心地よくて――「ふー……ダメだ。ちょっと落ち着こう。せっかくクウちゃんとコンサートに行ったんだし、変なことばかり考えて終わっちゃダメだよね。もったいないよ」 コンサートに行って、良かったことがある。 今まで皇羽さんと玲央さんの見分けがつかなかったけど、今日のコンサートで何となくレオの特徴を掴んだ。 いつもキラキラして王子様のような、玲央さんのレオ。 たまにダークな笑みや雰囲気を纏う、皇羽さんのレオ。 今日は圧倒的に、皇羽さんのレオが多かった。 玲央さんはダンスの激しくない曲に戻ってきて、一曲歌ってまた暫く引っ込むという行為を繰り返していた。そんな玲央さんに、私が不満を抱いたのはいうまでもなく……。「しんどくない時ばかりに出てくるんだから。全くもう。次に会ったらクレームをいれてや、る……ス

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第54話

    驚いたレオが瞳孔を開いた瞬間、中の人物がどちらか分かった。あの目つき、今のレオは皇羽さんだ。いつ入れ替わったのか分からないけど、あれは皇羽さんで間違いない。「萌々ー! レオがヤバい! 服を脱いでる! 一枚ずつ脱いでる!」「う、うん……」「暑いんだねぇ、それなら仕方ないねぇ!私がその服を受け止めますー!レオ、こっちに投げてー!!」「……」私のすぐ近くに、一週間ぶりの皇羽さんがいる。一緒に住んでいるのにろくに会えなくて、その会えなかった日数が不思議と寂しさを募らせて……。そう、私は寂しかったんだ。皇羽さんの姿が見えなくて声も聞けなくて、少しだけ凹んでいた。だからこそ今日は皇羽さんに会えるのを、ちょっとだけ楽しみにしていたのに。それなのに……「まだまだいくよ、ハニーたち!ついてきてるー⁉」「キャアあぁ!」「レオ―!」「投げてー!」「服でいいから抱きしめさせてー!!」「……っ」あの広い部屋で一人過ごした私のことなんて忘れてしまったように、目の前で皇羽さんは楽しそうに笑っている。歌って踊り、アイドルとしての自分を無遠慮に見せつけてくる。これでもかっていうほどに。彼の輝きは、暗い観客席にいる私とはすごく対照的だ。まるで光と影、決して交わらない二つ。そんなことを考えていると、今日埋まるはずだった胸の穴は、なぜか大きくなった。それがさっきから切なく軋んで……あぁ、なんでだろう。皇羽さんを、すごく遠くに感じるよ。「~っ!!」なんか、無理!限界を超えた私は静かに席を立ち、トイレへ直行した。会場ではいよいよ皇羽さんが服を投げたのか「キャアアア!」と大歓声が響いている。なんだ皇羽さんってば、ちゃんとレオをやれているんじゃん。そりゃそうか。家に帰るのは短時間、学校よりも練習が優先なんだから、ちゃんと出来て当然だ。そう思いつつ、洗濯カゴに積まれた大量の服を思い出す。汗をかいて何枚も着替えたんだろう。「これを本当に一日で着たの?三日じゃなくて?」って量だった。彼の努力は理解している。玲央さんの代役なのに、充分すぎるほど頑張っている。それなのに心の隅で黒い塊が出来て、意地悪なことを言っちゃうのは、きっと――「もうやだ、何も聞こえない……っ」 耳を塞いでトイレへ急ぐ。だけどいくらキツく耳を塞いだって、ファンたちの熱い声は簡単に私の手を突き抜け鼓

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第53話

    ファンの熱気にあてられてか、なんだか私もザワザワしちゃって落ち着かない。皇羽さんへ抱く気持ちがなんなのか分からない。それなのに皇羽さんと距離が遠のく度、言いようのない寂しさに襲われる。今だって今日会えるかどうかわからないのに、「皇羽さんに会いたい」と願ってしまっている。あぁダメだ。こんなの変だ……っ。だってさ。これじゃあ、まるでさ。私が皇羽さんのファンみたいじゃん。早く会いたい・声を聞きたいって思う、そういうキラキラした温かい気持ち。その気持ちが、いつの間にか私にもある。ここにいる Ign:s ファンの人達と、全く同じだ。「レオ、ううん。皇羽さん……」なんでだろう。早く、早くあなたに会いたいの――胸を高鳴らせているうちにオープニング、そして一曲目が終わっていく。歌い切った後、メンバーはマイクを持ってステージに並んだ。そして、「お待たせ、ハニーたち!!」レオが、その口を開いた。「きゃあああああ!」「レオー!!」「もっと呼んで―!!」割れんばかりに歓声!メンバーが一人ずつ挨拶する度に拍手喝采!会場の熱量が、秒ごとに温度を上げていく。一方の私はというと、メンバー全員の挨拶が終わって分かったことがある。それは、一番人気はやっぱりレオだということ。彼が口を開く度にファンは絶叫していた。すさまじい声量にレオは何度もマイクを離し、喋るタイミングを測っている。だけど……「ん?なんかレオが……」Ign:s のメンバーを見ていると、レオだけ肩で息をしているように見える。まるで疲れているような……。なんで?一番よく喋ってるから?それで呼吸が追い付かないとか?でもコンサート終盤ならまだしも、一曲目が終わったばかりだ。今から呼吸が乱れているようでは、二曲目から心配すぎるよ、レオ……。クウちゃんが「 Ign:s のコンサートは10曲くらいある」と言っていた。笑っているけど、レオは明らかに疲弊している。あと九曲もあるのに体力が持つの?きっと、今のレオは玲央さんだ。雰囲気が柔らかいもん。皇羽さんの家に来て、ダラダラと過ごした日を思い出す。「体調が悪い時や気分がノらない時に皇羽さんにピンチヒッターを頼む」って自分で言っていたし、あの日もきっと練習をサボっていたんだろうな。もう!仮病を使って家でのんびりしているから本番に弱いんだよ。真面目に練習して

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第52話

    こういうこと、皇羽さんに聞きたいよ。直接「どういう事ですか?」って聞いてみたい。私に対する皇羽さんの思いを聞いたら、ソワソワした私の心も少しは落ちつく気がするから。「だけど家にいないんだから、聞きようがないよね」気になった事を放置するのは性に合わないんだけどな――と。ここで何気なくテーブルに転がる物を見る。そういえば、この前からずっと転がっている。どこかで見たような。何だっけ?もしや皇羽さんの物?と、少しワクワクしながら手に取る。目に入ったのは「バイト」という文字。そこでスゴイ速さで記憶が戻って来た。「これ、私が貰って来たバイトの情報誌だ!」なにが「気になったことを放置するのは性に合わない」だ。思いっきり放置している物があるじゃん!クウちゃんにコンサートのチケット代を返さないといけないし、皇羽さんには言わずもがな色々買ってもらってるし、そして玲央さんにも!仮病でウチにいた日にお金を借りている!私、かなりの人に借金しているヤバい人だよ! 「バ、バイト!バイトしなきゃ!時給の高いバイト~!!」再びリビングに戻り、ペンを片手にハイスピードで情報誌をめくる。自分に合いそうな求人を見つけ、片っ端から丸をしていった。「スマホがあって良かった!スグに電話ができる!」皇羽さんのことで憂う余裕は一気になくなり、情報誌とスマホを行ったり来たりと大忙し。気になるバイトはいくつかあったけど、夜遅くまでの勤務だったり、保護者の同意が必要だったりと。様々なことが原因で自ずと絞られていった。「これが最後の一件だ!」意を決して電話をかける。そのお店の採用方法は「電話で軽い面接をする」だった。つまり電話が繋がった瞬間から選考が始まるってこと!ガチャと音がして、男の人の声がする。私は頭が真っ白になりながらも、一生懸命受け答えをした。すると……「明日から?本当ですか、ありがとうございますッ!」結果は、なんと採用!明日、一応履歴書を持ってお店へ行き、そのまま働くことになった。「何とかバイトを見つける事が出来たよ~……」良かった、まずは一安心だ!スマホをテーブルに置いて、ほぅ~と脱力する。あ、皇羽さんに「バイト決まりました」って報告した方がいいよね?皇羽さんが帰ってきた時に私が家にいなかったら、絶対に心配するし。「メールで言うのもいいけど、直接いいたいなぁ」バイ

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第51話

    『え⁉』「え⁉」私と司会者の反応が同じだったことはさておき。ニコリと笑うレオを、他のメンバーさえも驚いた顔で見ている。あの黒髪の人は〝かげろう〟って名前だったかな?あの人だけは無表情。だけどその他のメンバーは、これでもかと目を見開いている。『ちょ!またまた爆弾発言だよレオくん!じゃあズバリ聞いちゃおうかな⁉そのお相手とは⁉』興奮する司会者の隣で、焦った様子のリーダー・ミヤビが「まぁまぁその辺で」と穏便に済ませようとしている。だけどミヤビの努力もむなしく、愛想よく笑うレオがパカッと口を開いた。『それはですね、ウチに住み着いている野良猫です!』 『は……はは。なーんだ、野良猫かぁ~』明らかに残念そうな司会者と、やや顔に青線が入ったミヤビ。しかし当の本人はというと「驚きました?」って、悪気なしにケラケラと笑っている。これには、さすがの私もミヤビに同情しちゃう。『すみません司会者さん、ウチのレオはヤンチャなもので、ははは』「……ははは」つられて乾いた笑いが出る。無意味にドキドキしちゃった。口から心臓が出るかと思ったよ。「と言っても、私が焦る必要なんて全くないんだけどね……」だけど今日のレオがやたらと皇羽さんに見えて、変にドキドキしちゃう。告白の件以来、自分のペースを狂わされっぱなしだ。「でも野良猫の話なら良かったよ。これで安心してテレビを見られる……ん?」そう言えば――と、いつか玲央さんと話したことを思い出す。 ――野良猫? ――そ、萌々ちゃんのこと ということは、さっきレオが言った「野良猫」って……。「つまり私の事だ!じゃあレオは〝私に必要とされたい〟と思っているの?な、なんでぇ?」顔を青くしたり赤くしたり。オロオロと一人で百面相をする私に、レオは容赦なかった。まるで「私が混乱している事はお見通し」と言わんばかりに、一瞬だけカメラへ目を向ける。そして―― 『今、家で俺の事を見てくれていたら、帰ってたくさんヨシヨシしてあげるからね』 「!!」名前を呼ばれたわけじゃないのに、いきなり名指しされたかのような勢いのあるストライク。その破壊力の大きさに、バックンバックンと心臓が唸り始める。ここまで言われて、気が付かない私じゃない。そんな表情で言われて、分からない私じゃない。いま画面越しに目が合った人。その正体に、やっと気づいた

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