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第6話:禁断の扉

مؤلف: Misa
last update تاريخ النشر: 2026-04-18 20:51:43

ヴィラ・ディ・カリゴラの夜は、深い海の底のように静まり返っていた。

窓から差し込む青白い月光が、部屋の隅々に鋭い陰影を落としている。緋色のドレスを脱ぎ捨て、用意されていた薄手の寝衣を纏った私は、ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。右足首を締め付ける黄金の足枷は、ダンテが手当てを施してくれたおかげで、皮肉にも今は私の肌を優しく保護するように、熱を持った脚を冷やしていた。

――いったい……なんなの?

ダンテのあの優しさと表情を思い出すたびに、私の心が掻き乱されていく……。

パーティでは大勢の前で私を『所有物』として扱い、私の家門を嘲笑い、そして監獄では慈悲を乞う老人の命を無残に奪っていた。その同じ男が、なぜ私の小さな傷に、あのような痛ましい表情を浮かべたのか……。

様々な思いが脳裏をよぎり、どんどん頭が冴えていく。

こんな状態で、眠りに就けるはずもない。

思考が迷宮の中を彷徨い、閉塞感に耐えきれず、私はベッドを抜け出した。動くたびに鉄の鎖が、大理石の床の上でジャラジャラと耳障りな音を立て、重い抵抗を脚に感じさせる。その音は、私がどれほど足掻こうとも、この檻から逃げ出すことはできないという現実を、一音ごとに突きつけてくる。

その時、壁の奥から、低く掠れた声が聞こえてきた。 それは、言葉というよりは、苦痛に耐える獣の呻きに近いものだった。

――隣の部屋……。バルコニーから覗けないかな?

私は息を潜めてバルコニーの掃き出し窓を開け、音のする隣の部屋へと足を進めた。もちろん、鎖が音をたてぬよう、慎重に……。

鎖は十分に長く、隣の部屋との境界近くまで辿り着くことができた。

その部屋のバルコニーに続く掃き出し窓は、夜の冷えた空気を入れるためなのか、薄く開けられていた。

思い切り身体を伸ばして、その窓から室内を覗き込む。

そこは、ダンテの私室、あるいは書斎のようだった。

室内は明かりこそ灯いていなかったが、窓から差し込む月明かりが、暗い部屋を青白い光で照らしだしていた。

隙間から覗いた光景に、私は呼吸を忘れた。

そこには、漆黒のシルクシャツのボタンを外したダンテが、古びたソファに身を沈めて横たわっていた。

休んでいるのだろうが、その姿はいつものダンテとは違っていた。

彼は、冷酷な「死神」の仮面を被っていなかった。

額には大粒の汗が浮かび、その美しい顔は、逃れられない悪夢に苛まれているかのように激しく歪んでいる。

「……違う……俺が……殺したんじゃない……」

彼のうわ言が、静寂を震わせて漏れ聞こえてくる。その声は、昼間の冷徹な命令を下していたものとは別人のように、弱々しく、幼い響きを湛えていた。彼は、右手首にあるあの三日月形の傷跡を、自ら爪を立てるようにして強く握り締めている。

「……行かないでくれ……リリー……」

自分の名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。なぜ、あなたがその名を呼ぶの。私を地獄へ突き落としたあなたが、なぜそんなにも悲痛な声で、私を求めるの?

混乱が頂点に達したその時、部屋を彷徨わせていた私の視線は、ダンテの傍らにあるサイドテーブルで留まった。そこには、小さな銀のトレイが置かれ、その上に、場違いなほど質素で古ぼけたものが鎮座していた。

ダンテは深い悪夢の底に沈んでおり、私に気づいた様子はない。

私はもう少し身を乗り出して、それを確認しようとした。

トレイの上に置かれていたものは、見覚えのある輝きを放っていた。

――そんな……まさか……。

それは、十五年前まで、私が肌身離さず身につけていた、母の形見であるレモンを象った小さなペンダントだった。

金色の表面には、長い年月の経過を感じさせる無数の傷が刻まれてはいたが、間違いなく母の形見だった。

記憶の奔流が、一気に私を飲み込んでゆく。

雨の日の泥濘。震える少年の指先。そして別れ際に彼が私の首から奪い去った、この小さな重み……。

彼は、ずっとこれを持っていた。

私を憎み、復讐を謳いながら、その一方で、この小さな思い出を血に汚れたマフィアの巣窟の中で、唯一の聖域のように守り続けてきたというの……。

――あなたは……あの時の……少年?

手首の傷痕。

柑橘系の香りの記憶。

そして時折見せるあの悲しげな瞳……。

すべての欠片が、一つの残酷な真実として形を結ぼうとした、その時だった。

「……見てはいけないものを見たな、リリー……」

氷の礫を投げつけられたような、冷酷な声が室内に響いた。

反射的に顔を上げた瞬間、私の視線がダンテの凍り付くような冷たい視線と交差した。

――ここにいてはいけない!

逃げなくちゃいけないと思っても、思うように身体は動かない。

次の瞬間、私は部屋に引き込まれ、窓際の柱に背中を強く押し付けられていた。

視界を塞ぐのは、冷たい月光を浴びて青白く輝くダンテのそのもの。彼の瞳からは、底なしの闇のような殺意が溢れ出していた。

逃げようとする私の顎に、硬質な金属の感触が押し当てられる。

微かな火薬と機械油の匂いから、それがなにかなんて簡単に想像がつく。ダンテが持つ、あのチェコ製の自動拳銃Cz75。その黒く冷たい銃口が、私の肌を通して直接魂を凍りつかせてゆく。

「……お前はなにを見た?」

彼の静かだが強い声は、もはや人間のそれではなく、深淵から這い出してきた魔物の声音だった。 銃口がさらに強く押し込まれ、鈍い痛みが走る。

「答えないのなら、ここでお前を終わりにする。……ヴァレンティーノの血を引く者は、一人残らずこの世から消え去ることになる」

彼の瞳の奥に宿る、狂気と、それ以上に深い『ナニ』かが揺らめいていた。その正体を口にしようにも、私の唇は恐怖でわななき、ただの一言も発することができない。

月光に照らされた彼の右手首の傷跡が、まるで嘲笑うかのように脈打って見えた。

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  • オルメタの檻~血染めのウエディング・アイル~   第1話:血塗られたウエディング

    シルクをふんだんに使った天使の衣のような純白のウエディング・ドレスは、私にとって死装束と同じだった。聖ロザリア大聖堂の高い天井から降り注ぐ光は、残酷なほどに美しい。だけど私の手を取る男――ロレンゾ――の指先は爬虫類の硬質な皮のようにざらつき、冷たく、どこか湿っていた。「リリー、笑え。さあ、笑えよ。お前の父親が作った借金は、この結婚で帳消しになるんだからな。くくくく……」ロレンゾが嘲笑を含んだ耳障りで汚らわしい声を、私の耳に注ぎ込んでいく。「今夜から三日間は寝かせやしないさ。俺無しじゃ生きられない身体に躾けてやる。娼婦のように悶え続ける女にな。ヒヒヒヒヒ……」「………」下卑た言葉がどんどんとつづられていく。だが、どれほど耳障りで汚らわしかろうと、私にはその汚された耳をぬぐうことが許されなかった。彼の言葉通り、この結婚で一族に科せられた莫大な借金が帳消しとなる。私は今日、家門を救うための「生贄」として、この男に売られた。彼は父を裏切り、我が家を没落させた成金のマフィアだった。騙されていたと言っても、証文もあり、借用書も存在している。まともに働いたとしても、借金の返済に何百年かかるかわからないし、当然、一族の臓器を売っても足りる金額じゃない。私は精一杯の反抗として、無表情を保とうと努めた。式を進める司祭の声が遠くから聞こえる。 「……汝、この男を夫とし、病める時も健やかなる時も――」司祭が言葉を紡げば紡ぐほど、私の魂が死んでいく音が心の中で響いていく。「――誓いますか?」私の魂を殺す、最後の言葉。この誓いが、私を永遠の檻に幽閉する契約の言葉となる……。 「……はい。誓い――」その時だった。重厚な大聖堂の扉が、凄まじい衝撃と轟音と共に吹き飛んだ。参列者の悲鳴が渦巻き、ステンドグラスの破片がダイヤモンドの雨のように降り注ぐ。薄れゆく爆煙の中、砕け散ったガラスの破片が煌めくウエディング・アイルを、一人の男がゆっくりと歩いてくるのが見えた。漆黒のオーダーメイド・スーツ。彫刻のように整った、しかし氷のように冷徹な顔立ち。その手には、男の眼差しと同じくらい冷たく黒い光を放つ細身のチェコ製自動拳銃が握られている。「き、貴様は……ダンテ!」その男が誰か分かったのだろう。ひきつった声を漏らしたロレンゾの顔から血の気

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