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第3話:血の制裁

مؤلف: Misa
last update تاريخ النشر: 2026-04-03 22:32:42

翌日、目覚めた時から、ヴィラ・ディ・カリゴラの空気は静かな嵐の到来を予感させるような、肌を刺す緊張感に包まれていた。

――いったいなにが……?

そう思ったものの質問しようにもダンテは朝から姿を見せず、質問してもなにひとつ応えない人形のようなメイドしかおらず、私は訝しんだ気持ちのまま時を過ごしていた。

黄昏時、私の部屋に数人の無言のメイドたちが現れ、続いてダンテが姿をみせた。

彼は昨日とは趣を変え、完璧に着こなしたスリーピースのタキシードを纏っている。その佇まいは、血塗られたマフィアのボスというよりは、むしろ領地を統べる冷徹な貴公子のようだった。

「着替えさせろ。そうだな……足枷を残したまま鎖は外してやれ。客人の目に触れぬよう、足枷は完璧に隠すことを忘れるな」

ダンテが拒絶を許さない口調で命令を下すと、メイドたちが一斉に私を取り囲み、機械的な手つきで身支度を始めた。私の自由を奪っている鎖は外されたものの、右足首に嵌められた黄金の足枷から解放されることはなかった。それは長い絹のストッキングと、幾重にも重なるドレスの裾の暗がりに、冷たく潜まされた。

これじゃ、はしたなくスカートをたくし上げでもしない限り、足枷の存在が他人に知られることはないだろう。

彼が私に宛がったのは、昨日の純白とはあまりに対照的な、鮮烈な緋色のドレス――ヴェスティート・ロッソだった。鏡の中に映る私は、自らの鮮血で全身を染め上げたかのような、痛々しくも妖艶な姿をしていた。

「……似合っているな」

返事をする代わりに私は鏡越しにダンテを射抜くように睨んだけど、彼は気にした様子もなく、私にゆっくりと近づき、背後から私の髪を掬い上げた。

そのひんやりとした指先が、剥き出しになった首筋に触れる。

革手袋越しではない、彼の素肌の指先の冷たさが伝わってくる。

だが、その瞬間に私の心臓を跳ねさせたのは、恐怖だけではなかった。

至近距離になった彼の身体から、昨日感じた白檀の香りの奥に、微かに別の芳香を感じ取った。それは、爽やかで、けれどどこか胸を締め付けてくる懐かしさを感じる香り。そう、柑橘系の香りだ。

どこかで嗅いだことのある香り……。

私の記憶の奥底にある香りだった。だが、なぜそんな古い記憶とダンテがつながるのか?

彼の手首についた傷痕……。

そして、この微かな柑橘系の香り……。

私は過去に、ダンテに会っている。

そう確信した私は振り返り、彼の手に触れようと指を伸ばした。

「ダンテ、あなた――」

しかし、私の言葉が形を成すより早く、平穏は暴力的に引き裂かれた。

重厚なドアが激しく叩かれ、険しい顔をした男性が蒼白な面持ちで室内に飛び込んできた。

「アントニオ。慌てているのは分かるが、ノックをしたら返事を待て」

「す、すみません! だが、ボス、緊急事態なんだ! やっぱりトラディトーレがいたんだ!」

トラディトーレ……裏切者のことだ。

アントニオの報告に、ダンテの表情から一瞬にして人間味が消え失せて氷のような冷徹さに包まれた。その瞬間、私に向けられていた微かな執着も、懐かしい記憶を呼び起こした柑橘系の香りも、すべてがその中で凍りついていく。

「それは……誰だ」

「……ペドロです。リリー様の父親の元側近だった」

「……ッ!?」

その名を聞いた瞬間、私は息を飲み、全身から血の気が引いくのを感じた。

ペドロ。幼い頃の私を膝に乗せて絵本を読んでくれた、父に忠実だったはずの心優しい老人。その彼が……裏切り者だったなんて?

「なにをしたか、もう吐かせたか?」

「ええ……。武器庫の電子ロックの暗号を外部に漏らしていました。あと、今夜、忍び込んでくる奴らの侵入を手助けする予定だったらしいです」

「ヤツと話せるか?」

「ここで……ですか? できますが……」

アントニオは私に視線を向けながら、言葉を濁した。

でも、ダンテはお構いなしに壁に埋め込まれた大型のモニターのスイッチを押した。

「ここに映せ」

「分かり……ました……」

アントニオがスマートフォンを操作すると、部屋の大型モニターに映像が映し出された。

そこは薄暗い部屋だった。モニターの前には、全身ずぶ濡れになった裸の老人が、両手を縛られて鎖で天井からぶら下げられた姿が見えた。ただ、ずぶ濡れなだけで、身体に傷ひとつない。そう安堵したのも束の間、彼の全身が映されるや、その異形さに私は息を飲み凍り付いた。

膝から下が……まるで、巨大な茄子にでもなったかのような、赤紫色のブヨブヨとした何かに変わっていた。

「拷問を見るのは初めてか? 自白をさせる場合、話すのに支障をきたす腹部より上をあまり痛めつけないのが鉄則だ」

老人の隣に立ったダンテの手下の手には、大量の血がこびりついた金属製のハンマーが握られており、手下はそれを振り上げて老人の脛を叩いた。

「ぐあああああああああっ!」

モニターのスピーカーから絶叫が響いてきた。

「ダンテ、やめて! 彼はただの老人よ、何かの間違いだわ!」

私は彼に縋り付き、必死に訴えた。だけど、彼は私の腕をつかみ、そっけなく振り払った。その瞳には、冷酷さ以外微塵も残されていない。

「リリー。間違いは……ない」

「だって……」

「これが我々の世界の、唯一にして絶対の規律だ。裏切りには、死。それ以外に、テスタ・ネーラを統べる術はない」

ダンテは私の顎を強引に掴み、逃げ場を奪うようにモニター画面を直視させた。

「よく見ておけ。これは、お前に対する裏切りでもあるんだぞ」

「私に対する……裏切り……」

お前が俺の下にいることは、ペドロも知っている。それでも敢えて裏切ったという事実は揺らがない」

「それは……」

「ペドロ。お前のお嬢様もここにいるぞ。なにか言い残すことはないか?」

お嬢様と聞き、ペドロの苦痛に満ちた顔にそれ以外の感情が見えた気がした。

「お嬢様……。お許しを……」

「許しを請う相手が違うだろう? お前が漏らしたのは武器庫の暗唱番号と襲撃の手引きだけか?」

モニターの中でペドロの唇が、何かを許しを乞うように動いたが、それは声にはならなかった。

「裏切りには死を」

ダンテが冷たく言い放った直後、銃声が暗い室内に轟いた。

モニターの向こう側で、大口径の拳銃で頭を撃ち抜かれたペドロの身体が振り子のように激しく揺れた。画面越しであっても、飛び散った鮮血の熱さが伝わってくるようだった。

「……あ、ああ……っ!!」

私は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。溢れ出す涙が、緋色のドレスをさらに深く、暗く染め上げていく。過去の記憶は瞬時に硝煙と死の記憶に掻き消されていった。

ダンテは私の前に跪き、咽び泣く私の頬を、再び冷たい革手袋の手で撫で上げた。

「さあ、リリー。コンヴィーヴィオの時間だ。泣くのは止めろ。お前は今日、テスタ・ネーラの女王として、俺の隣に立つ」

彼の声は、もはや深淵から響く呪いのようだった。

「俺以外の誰かが、お前を傷つけることは許さない。……だが、俺の意志に背くならば、お前の周囲は、この老人のように消え失せることになる」

彼は私を強引に抱き起こした。

私は、より逃れようのない漆黒の闇の中に踏み込まされていた。

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