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第2話:黄金の鎖と最初の晩餐

Author: Misa
last update Petsa ng paglalathala: 2026-04-01 23:38:04

「う、うん……」

意識に霞がかかったように、視界がぼやけていた。

ゆっくりと意識が戻ってくると、今度は割れるような頭痛がこめかみを突き、思考の断片をかき乱す。

「くっ……。ここは……」

見知らぬ暗い天蓋に覆われたベッドに調度品のおかれた部屋。

ゆっくりと辺りを見回すと、天蓋から滴り落ちるように垂れ下がる最高級の絹の飾りが、柔らかな陰影を描き出している。部屋の隅々には、かつてヴァレンティーノ家が没落の道を辿る前ですら目にしたことがないほど、贅の限りを尽くしたアンティークの調度品が整然と並んでいた。

寝かされていたベッドのシーツも肌触りがよく、清潔さが感じられた。

落ち着いた大人の部屋……と言ったらいいんだろうか?

ただ、鉛のような重苦しい沈黙が部屋のすべてを支配しており、せっかくの調度品が醸し出す雰囲気のすべてを台無しにしている気がしてならない。

頭痛を堪えながら上半身を起こすと、ふわりと鼻腔をくすぐったのは、高貴な白檀と古い紙が混ざり合った、静謐でいてどこか威圧的な香りだった。

そうした中で一番異質なものは、私の身体から微かに漂う赤錆びた鉄の匂い。血の匂いだ……。

それだけで、あの大聖堂での惨劇が現実だったと思い起こさせる。

「……夢では、なかったのね」

心を落ち着かせるために漏らした声は掠れていた。さらに身体を動かそうとした瞬間、右の足首に覚えのない不快な重みと耳障りな金属音を感じた。

引きずられるような違和感に、私は頭痛を忘れ、震える手で掛け布団を跳ね除けた。

その刹那、視界に飛び込んできたのは、私の細い足首を無慈悲に締め付ける、鈍く光る黄金の足枷とそれをつなぐ鉄の鎖だった。

昨日までの私を縛っていたのは、一族を救うための「生贄」という目に見えない契約の鎖だった。だが、今この肌を蝕んでいるのは、冷たく硬質な、物理的な支配の象徴の鉄の鎖だ。

鎖の端は大理石の床を蛇のように這い、光の届かない部屋の奥深くに吸い込まれていた。ただ、どこかに繋がれて固定されていることくらい想像がつく。

指先でその冷徹な金属に触れると、指から伝わる温度の低さが、これが決して覚めることのない悪夢であることを冷酷に突きつけてきた。

全身から血の気が引いていくのが分かる。

「そうだ……私は、ダンテに囚われたんだ……」

ダンテは「お前は今日から、俺の檻の中で過ごすんだ。一生、出られない檻の中で」と言っていた。

「つまり……。これが、彼が私に与えた檻……」

これから何をされるのか分からない。不安と恐怖がないまぜとなり、私は震える自分の身体を抱きしめた。

そうしている間にどれほどの時間が過ぎただろう?

重厚な黒檀のドアが、軋む音も立てずに開かれた。

現れたのは、返り血を浴びた漆黒のタキシードを脱ぎ捨て、深い濃紺のシルクシャツを纏ったダンテだった。捲り上げられた袖口からは、荒事の数々を潜り抜けてきたであろう逞しい前腕が覗いている。

「起きていたか……。失礼した。以後、入室時はノックをするようにしよう」

そう言いつつ、彼は私の絶望を品定めするかのようにしながら、ベッドの傍らまで歩み寄ってきた。その足音は厚手の絨毯に吸い込まれ、逆に私の中の恐怖を増幅させた。

「ここは……どこ?」

私の問いは、あまりに無力に室内の静寂に吸い込まれた。

ダンテは答えの代わりに、優雅な所作で私の前に跪いた。彼の手が私の足首に伸び、黄金の鎖を愛おしそうに指先でなぞる。その時、大聖堂の爆煙の中で目撃した、右手首の古い傷痕が再び視界をかすめた。

三日月のような形をした、小さな歪み。

それは、どこかで見覚えのある傷痕だった。

でも、どこで……? それがどうしても思い出せない。

目の前にいる、ロレンゾの眉間を容赦なく撃ち抜いた『死神』に会った記憶は、当然、私にはない。じゃあ、その傷痕を見た覚えがあるというのは私の思い違いなのか?

「ここは、ヴィラ・ディ・カリゴラだ。と言ってもお前には分からないだろうな……」

ヴィラ・ディ・カリゴラ――

噂に聞く、警察すら見つけ出せていないテスタ・ネーラのアジトだった。

「今日からお前の世界は、この部屋と、その鎖が許す範囲だけになる」

ダンテの声は、深淵の底から響くように低く、しかし驚くほどに甘美だった。

「私を鎖に繋いで監禁するつもりなの?」

彼がそれに答えようとした時、小さくドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

現れたのはタキシードを着た初老の男性。彼は銀のクロッシュを載せたワゴンをベッドの傍らまで押してくると、無言で一礼して去っていった。

彼が部屋から立ち去るのを見送り、

「すでに鎖に繋いでいるのだから、説明の必要があるか?」

そう冷たく言い放ってから、ダンテは銀のクロッシュを静かに持ち上げた。

その瞬間、芳醇で温かな香りがふわりと広がり、鼻孔くすぐった。

そこには、黄金色に透き通った『コンソメ・ディ・カルネ』が鎮座していた。

「式の前からなにも食べていないのだろう? 少しは栄養をつけろ。今、お前が倒れられては、復讐の興が削がれる」

ウエディング・ドレスのコルセットが締め付けてくるせいで、式の準備中から水すらまともに飲めていなかった。空腹を思い出し、胃がキュッとなるのが分かる。お腹が鳴っていたら、どれほど恥ずかしい思いをしただろう?

だけど、ある一点が脳裏をかすめていて、添えられていた純金のスプーンに手を伸ばすことができなかった。

「飲めないわ。毒が入っているかもしれないもの……」

私が精一杯の拒絶を込めて顔を背けると、視界の端に、ダンテの瞳にわずかな、しかし鋭い光が宿るのが見えた。

彼は自らスプーンを手に取り、スープを一口飲み込んでみせた。テスタ・ネーラのボス自らが毒見をしてみせるなんて……。

「毒殺など、そんな生易しく簡単な方法でお前を殺すものか……」

「毒殺が……生易しいって……」

「死にたければ、そのままハンストでも勝手にするがいい。だが、お前が死ねば、生き残ったお前の父親がどうなるか……。まぁ、見物だな……」

その『父親』という言葉は、私から抵抗力を奪い去るものだった。

父を没落させたのがこの男であり、今はその命すら彼の掌中にあるのというのだ。

屈辱に震え、込み上げてくる怒りを抑えながら、私は彼の手からスプーンを奪い取り、温かな液体を飲み込んだ。

その瞬間、言いようのない感覚が喉の奥を通り過ぎた。

洗練されているのに、どこか家庭的で安らぐような風味。それは、遠い昔、母に教わって一度だけ誰かに作ったことのあるスープの味に似ているような……。

思い出そうとすればするほど、脳内に白い霧が立ち込め、確かな形を結ぼうとするが、目の前にいるダンテの冷たい視線によって霧散していく。

「……味は悪くないはずだ。俺が直々に選んだシェフだ」

ダンテは満足げに唇の端をわずかに歪めて冷笑を浮かべると立ち上がり、立ち去ろうとしてドアの前で足を止めた。

「明日の夜、この屋敷で宴――コンヴィーヴィオを催す」

彼は振り返り、夕闇を背負った顔で冷酷に告げた。

「お前には、テスタ・ネーラの『新しい所有物』として列席してもらう。その時は、その鎖を隠すための最高のドレスを用意させよう。ヴァレンティーノ家の娘に相応しい、真紅のドレスをな」

扉が閉まり、錠がかけられる重い音が室内に響き渡った。

私は黄金の鎖に繋がれたまま、自分を抱きしめながらベッドに顔を伏せた。

ダンテ。彼は私の人生を奪って夫となるはずだった男を殺し、私を救ってくれた。だが、そのまま私を永遠の檻に閉じ込めた男。

絶望が、新たな絶望に塗り替えられただけだ……。

私は、魂を殺して生きていく。そのことに変わりはなかった……。

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    「う、うん……」意識に霞がかかったように、視界がぼやけていた。ゆっくりと意識が戻ってくると、今度は割れるような頭痛がこめかみを突き、思考の断片をかき乱す。「くっ……。ここは……」見知らぬ暗い天蓋に覆われたベッドに調度品のおかれた部屋。ゆっくりと辺りを見回すと、天蓋から滴り落ちるように垂れ下がる最高級の絹の飾りが、柔らかな陰影を描き出している。部屋の隅々には、かつてヴァレンティーノ家が没落の道を辿る前ですら目にしたことがないほど、贅の限りを尽くしたアンティークの調度品が整然と並んでいた。寝かされていたベッドのシーツも肌触りがよく、清潔さが感じられた。落ち着いた大人の部屋……と言ったらいいんだろうか?ただ、鉛のような重苦しい沈黙が部屋のすべてを支配しており、せっかくの調度品が醸し出す雰囲気のすべてを台無しにしている気がしてならない。頭痛を堪えながら上半身を起こすと、ふわりと鼻腔をくすぐったのは、高貴な白檀と古い紙が混ざり合った、静謐でいてどこか威圧的な香りだった。そうした中で一番異質なものは、私の身体から微かに漂う赤錆びた鉄の匂い。血の匂いだ……。それだけで、あの大聖堂での惨劇が現実だったと思い起こさせる。「……夢では、なかったのね」心を落ち着かせるために漏らした声は掠れていた。さらに身体を動かそうとした瞬間、右の足首に覚えのない不快な重みと耳障りな金属音を感じた。引きずられるような違和感に、私は頭痛を忘れ、震える手で掛け布団を跳ね除けた。その刹那、視界に飛び込んできたのは、私の細い足首を無慈悲に締め付ける、鈍く光る黄金の足枷とそれをつなぐ鉄の鎖だった。昨日までの私を縛っていたのは、一族を救うための「生贄」という目に見えない契約の鎖だった。だが、今この肌を蝕んでいるのは、冷たく硬質な、物理的な支配の象徴の鉄の鎖だ。鎖の端は大理石の床を蛇のように這い、光の届かない部屋の奥深くに吸い込まれていた。ただ、どこかに繋がれて固定されていることくらい想像がつく。指先でその冷徹な金属に触れると、指から伝わる温度の低さが、これが決して覚めることのない悪夢であることを冷酷に突きつけてきた。全身から血の気が引いていくのが分かる。「そうだ……私は、ダンテに囚われたんだ……」ダンテは「お前は今日から、俺の檻の中で過ごすんだ。一生、出られない檻の中で」

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