第291話

深雪は答えず、黙ってラーメンを延浩の前に差し出した。

彼が夢中になって食べる姿を見つめながら、自然と口元に安堵の笑みが浮かんだ。

「ゆっくり食べて、熱いから」

彼女は柔らかく声をかけた。

その姿はまるで優しい妻のようだ。

「うん」

延浩は頷きながら口を動かし、もぐもぐとしながら言った。

「君の作る麺は本当に美味しいな」

「好きなら、もっと食べて」

深雪は笑みを浮かべた。

「これから毎日でも作ってあげる」

「本当か？」

延浩は顔を上げ、深い情を込めて彼女を見つめた。

「じゃあ約束だ」

深雪はその視線に思わず赤くなり、うつむいて小声でつぶやいた。

「約束なんて......」

それを聞いて、延浩は明るく笑った。

「君はいつも強がりだな」

深雪の頬は赤らみ、彼を睨むように見て言った。

「先に食べなさい、冷めちゃうから」

「わかった、君の言う通りにするよ」

延浩は笑って再び箸を進めた。

遥太がわざとらしく咳払いをし、二人の甘い空気を断ち切った。

「そろそろ本題に入ろう」

深雪は我に返り、頷いた。

「ええ。もう大介には命じてあるわ。静雄と芽衣の動きを密かに監視している」

「大介？」

延浩は顔を上げた。

「信用できるのか？」

「うん、信用できる」

深雪は即座に答えた。

「元は静雄の部下だったけど、今は完全にこちら側についている。どう動くべきかも分かっている」

「それならいい」

延浩は頷いた。

「とはいえ、慎重に動かないとな。静雄は何をしでかすかわからない」

「ええ、気をつけるわ」

深雪の目は鋭さを帯びていた。

その時、遥太が口を開いた。

「さっき情報が入った。静雄は芽衣を連れて会社を離れ、あるリゾートに向かったらしい。芽衣の病状悪化を理由に、療養するそうだ」

「やっぱり......」

深雪の眉がわずかに吊り上がった。

「芽衣の病は芝居だったのね」

「その通り」

遥太は肩をすくめた。

「あの女、本当に演技がうまい」

「ふん、せいぜいその程度の芝居だわ」

「どうする？」

遥太が聞いた。

「今がチャンスだ。静雄に致命的な一撃を与えるべきじゃないか？」

「もちろん」

深雪の目が冷たく光った。

「静雄がいない時こそ、松原商事の市場を奪う好機。スピードを上げるわ」

「承知した。すぐに段取り