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第107話

Author: レイシ大好き
紗雪は目の前のパソコンを見つめながら、ひとつひとつの企画やアイデアを頭の中で整理していった。

そんな中、紗雪が進めている企画と林檎に関する件は、緒莉と二川母・美月の耳にも入っていた。

同時刻、二川家。

この日、美月は会社に行かず、緒莉と家で過ごしていた。

前回、辰琉の件で緒莉は怒って家を飛び出した。

そのため、こうして美月と二人きりになるのは、どこか気まずさが残る。

緒莉は、目の前で優雅にコーヒーを飲みながら本を読んでいる美月の顔をじっと見つめた。

手入れが行き届いており、年齢を感じさせないその顔には、何の感情も浮かんでいない。

彼女は拳をそっと握りしめた。

前回の件については、すでに辰琉が美月に説明している。

しかし、そのとき美月は表向きには何も言わなかったものの、緒莉にはわかっていた。

たとえ彼女が辰琉を許したとしても、美月が納得するにはまだ時間がかかるだろう。

なにせ紗雪の手元には録音があるのだ。

それを考えると、美月の立場としても簡単には流せないはずだった。

「お母さん、聞いたんだけど、紗雪が会社で誰かをクビにしたらしいわ。浅井林檎っていう人」

緒莉がそう言うと、美月はコーヒーを飲む手を一瞬止め、彼女に目を向けた。

かけているメガネのチェーンが、わずかに揺れる。

「そう......その話なら、少しだけ耳にしているわ」

「ええ、それなら特に言うことはないけれど......」

緒莉は何か言いたげに言葉を濁し、不安げな表情を浮かべた。

その様子を見て、美月は少し興味を引かれる。

「どうしたの?緒莉、気になることがあるなら遠慮せずに言いなさい」

美月は、生粋の女実業家だ。

これまでの人生で、ありとあらゆる人間を見てきた。

緒莉のような人間など、珍しくもない。

だが、彼女は娘を甘やかしてきた自覚があるため、あえて口を挟まず、ただ話を促した。

すると、緒莉は少し躊躇った後、ため息混じりに口を開く。

「ただ、ちょっと気になったの。紗雪が会社でああいうことをするのって、少し目立ちすぎじゃないかしら」

「何しろ、彼女は二川家の次女よ?そんなことをしたら、『二川家が権力を振りかざしている』なんて噂が立つかもしれないわ」

彼女の言葉に、美月はすぐには同意しなかった。

むしろ、静かに考え込むような表情を見せる。

彼女は、
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