ログイン「そうね。だから、さっき京弥が言ってた案で進めましょう」その一言を聞いた瞬間、京弥の目が輝いた。胸いっぱいに込み上げる喜びが、一気に全身を駆け巡る。「本当にいいのか?」今になっても京弥は信じられなかった。これまでの紗雪は、一度もこの件で折れたことがなかった。彼との関係を公表すれば、多くの人が彼とのつながりを理由に便宜を図るようになり、仕事も楽になる。そうなれば、それは自分の実力ではなくなる。周囲は自分の能力ではなく、背後にいる京弥という存在しか見なくなる。彼女はずっとそう考えていた。だが今になってようやく気づいた。努力だけで状況を変えられると思っていたが、現実はそう単純ではなかった。しかも、その隙を利用して付け込む人間まで現れてしまった。千弦の得意げな顔を思い浮かべるだけで、胸の奥がざわついて仕方がない。「うん、もう決めたから」紗雪は決意を固めたように言う。「今はネットでも大騒ぎになっている。このまま私たちが表に出なければ、篠塚さんがこれから何をしでかすか分からない。だったら、今度こそはっきりさせて、京弥と彼女の噂を完全に断ち切ったほうがいいと思う」京弥は思わず笑みをこぼした。「やっと分かってくれたんだな、さっちゃん」あまりに嬉しくて、思わず彼女の愛称で呼んでしまう。実は今日この電話をかける前から、どこかで紗雪は承諾してくれる気がしていた。それでも彼は独断で決めることはしなかった。何よりも紗雪の気持ちを尊重したかったからだ。もし自分の思い描いた通りにならなかったらどうするのか。そんな可能性も考えていた。素性を打ち明けて以来、京弥は以前のように何でも独断で決めることはなくなった。話し合うことの大切さを、ようやく理解したのだ。今の二人は夫婦だ。何かあれば二人で相談して決めるべきで、一方が勝手に結論を出すものではない。もし何でも一人で決めるのなら、結婚した意味などどこにあるのだろう。ただ一緒にいる相手が増えただけで、互いの意見を聞く必要もないというのなら、それは夫婦とは呼べない。「わかった。今すぐ手配しよう」京弥は口元を緩めた。紗雪との関係をようやく世界中に公表できると思うと、躍り上がりたいほどの歓喜がこみ上げていた。「なんだか、すごく嬉
千弦は容姿も悪くない。京弥の隣に立てば、誰が見てもお似合いの二人だった。以前二人が仕事で共演していた頃から、ネットでは「理想のカップル」といった言葉で語られていた。今回の記事も、そのときに築かれた印象を土台に、人々の憶測を「事実」と思い込ませるのが目的だ。京弥の話を聞きながらも、紗雪の心はまだ揺れていた。一方、彼女が長い間黙っていることで、何を考えているのか京弥にも伝わっていた。彼は小さくため息をつく。「時には考え方を変えてみてもいいんじゃないか。俺は君の後ろ盾であり、人脈でもあるんだ。なのにどうしてそれを活用しようとしない?これらは使うためにあるんだ。そうでなければ、どうして皆必死になって上を目指すと思う?本当に、成功した人間はみんな何の後ろ盾もなくここまで来たと思っているのか?」その言葉を聞いた瞬間、紗雪は呆然と立ち尽くした。まるで頭の中が真っ白になったようだった。自分には京弥という大きな後ろ盾がある。それほどの力を手にしているのに、どうして活用せず、わざわざ苦労ばかり選んできたのだろう。もしそうだとしたら、自分は一体何を追い求めていたのだろう。しかも、京弥の力を借りたからといって、自分の夢を叶えられなくなるわけではない。ただ、その道のりが少し楽になるだけだ。自分にも実力はあるのに、どうして彼の力を借りることを恐れていたのだろう。そこまで考えて、紗雪は自分がおかしく思えてきた。どうして今まで、京弥との関係を公表することをあれほど拒んでいたのだろう。人生には近道もある。自分はその道を選べばいい話。関係を公表しなかったからこそ、千弦に付け入る隙を与え、自分を踏み台にしてのし上がる機会まで与えてしまったのだ。それでも紗雪が黙ったままだったため、京弥は再びため息をついた。「もしこの対応策に賛成できないなら、別の方法を考える。この件はもう気にするな」最後に彼は優しく付け加える。「君は番組の収録に集中してくれ。全部俺が片付ける」そう言って電話を切ろうとした。紗雪がこの案に同意しない以上、匠と改めて今後の対応を相談するしかない。もちろん、力づくでネット上の話題を押さえ込むこともできる。だが、トレンドを消せても、人々の口や好奇心まで封じることはできない。「待って、京弥
ただ、今日千弦と直接対峙したことで、紗雪にはよく分かった。彼女の態度ははっきりしている。自分の非を認めるつもりなど、最初からないのだ。しかもネット上の騒動についても、千弦は自分の関与を完全に切り離していた。案の定、京弥は口を開いた。「ああ。ただ、君にも関わる方法だから、まず君の意見を聞きたい」その言葉を聞いた瞬間、紗雪はすでに答えを察していた。今回の件は京弥まで巻き込み、会社の株価にも影響を及ぼしかねない。となれば、解決策は正式に二人の関係を公表することしかない。京弥と千弦は何年も仕事を共にしてきた。それだけ長く協力関係にありながら交際に発展しなかったということは、お互いに恋愛感情がなかった証拠だ。それなのに今、ネットでは二人の親密な合成写真まで出回り、会社にも悪影響を及ぼしている。会社の株価に悪影響を及ぼすような事態だけは、何としても避けなければならない。紗雪も、その程度のことはよく理解していた。しかもネット上の野次馬たちの狙いはは明らかだった。京弥を標的にし、千弦と結び付けて騒ぎを大きくしたいだけなのだ。「つまり......私たちの関係を正式に公表するってこと?」紗雪の問いに、京弥は少しも驚かなかった。彼はずっと知っている。紗雪はとても聡明で、一歩先どころか三歩先まで見通せる人だ。どんな問題でも、自分の中では答えにたどり着いている。ただ、最後の一歩だけ誰かに背中を押してもらう必要があるだけなのだ。だから彼女がここまで察していたことにも、何の意外さもなかった。もちろん、紗雪に迷いがあることも理解している。だが今の状況では、もう意地を張っている余裕はない。不安やわだかまりがあるなら、それは二人だけで話し合うべきことだ。しかし今は、その問題がすでにネット上へ持ち出されてしまっている。このまま逃げ続ければ、会社の株価に大きな影響が出る。京弥は小さくため息をつき、正直に話した。「井上とも相談した。その結果、今の状況では関係を公表するのがお互いにとって一番いいという結論になった」「それなら、すぐ公表すればいいのに......」その一言に、京弥は苦笑するしかなかった。紗雪が皮肉を言っていることくらい、すぐに分かった。以前、自分が本当の身分をすぐに
匠は、京弥と千弦の間に何の関係もないことを知っていた。二人は長年一緒に仕事をしてきた。もし本当に恋愛関係だったのなら、とっくに付き合っていたはずだ。今になって突然そんな話になるほうがおかしい。そんな話を信じるほうが無理がある。ネット上に出回っている親密そうな合成写真を見た京弥の表情は、ますます険しくなっていった。まさか千弦がここまで図々しい真似をするとは思わなかった。こんなことをするのに、今では事前に自分へ一言の相談すらない。勝手に話を進めるばかりか、そのやり方もますます度を越していた。「先に出ていてくれ。少し考えたい」ネット上の騒ぎを見た瞬間、京弥が思い浮かべた解決策は、匠とほとんど同じだった。これだけ大騒ぎになっている以上、今のまま放置するわけにはいかない。このままでは、自分の妻まで別の人間にされかねない。紗雪ではなく、千弦が自分の相手だと思われるなど、受け入れられるはずがなかった。匠も空気を読んで部屋を出ると、静かにドアを閉めた。「かしこまりました。では失礼します」実のところ匠は今でも理解できずにいた。なぜ二人はこれほど仲が良く、関係も安定しているのに、公表しないのだろうか。正式に発表すれば、会社の株価にとってもプラスになるはずだ。そうすれば、こんな人間につけ入る隙など与えなかっただろう。千弦が京弥の交際相手を利用して話題作りができるのも、「椎名家の妻」という立場が世間に明かされていないからだ。もし正式に公表されていれば、彼女もこんなことはできなかった。なぜなら、その場で「それは違う」と証明できる人がいたからだ。今は紗雪もこの件をあまり気にしていない。だからこそ、千弦はますます増長しているのだ。だが京弥は何度考えても、このまま千弦の好きにさせておくわけにはいかないと思った。放置すれば、自分と紗雪の関係にも少なからず影響が出る。それに会社の株価も下がるだろう。千弦は、自分の知名度を利用して世間の注目を集めている。言い換えれば、自分の知名度をダシにして話題を作っているのだ。このまま好き放題させれば、自分が世間からどう見られるかなど、容易に想像がつく。京弥は愚かではない。千弦の狙いなど最初から分かっていた。自分と紗雪を怒らせ、世間の視線を集
清那の心配そうな表情は、やがて困惑へと変わった。さっきまで紗雪は足を引きずり、本当に歩けないほど重傷に見えたのだ。あのときは怪我がかなりひどいのだと思い、救急車を呼ぼうとまで考えていた。それなのに部屋へ戻った途端、普通に歩けるようになっている。その光景に、清那の頭は完全についていけなかった。そんな彼女に、紗雪は真剣な表情で説明する。「ごめん。さっきのは、実はわざとだったの」紗雪は小さく鼻を鳴らした。「彼女はもともと気が強いし、ああいう状況ならカメラの前でも手を出す人だって分かっていたの。だから、わざと怒らせたのよ」「どうしてそんなことを?」清那は紗雪の考えを理解できなかった。そんなやり方は、まさに相手に大きなダメージを与える代わりに、自分も大きな代償を払うようなものだ。危険すぎる。少なくとも清那なら、絶対にこんな危ない方法は勧めない。しかし紗雪は気にした様子もなかった。「気づかなかった?スタッフたちの私を見る目があの後、全部変わったでしょう。効果あったってこと」その言葉を聞いて、清那もようやく腑に落ちた。先ほどの皆の態度は、彼女もずっと見ていた。最初は千弦の肩を持つ人までいた。けれど、「大勢の人とカメラの前でさえ手を出した」という一点が示されると、皆の考えは一気に変わった。そこまで考えて、清那はようやく紗雪の狙いを理解した。確かに、自分を弱い立場に置くことにはなった。だが、その代わりに得られたものも大きかった。清那は思わず親指を立てて見せた。「さすが紗雪だよ。見事だった」「でも、これはその場しのぎにすぎない。いつまでも逃げ続けるわけにはいかないわ」紗雪の笑みは少し薄れた。自分のやり方が、しょせんは目くらましにすぎないことも分かっている。今の自分と千弦を比べれば、実力差はあまりにも大きい。今の自分では、相手に到底及ばない。何をどう考えても、自分が劣勢なのは間違いない。だから今やるべきことは一つ。できるだけ早く自分の力を伸ばし、いつまでも受け身の立場に甘んじないことだ。「そうだね。でも大丈夫。何かあったら、今度は私に任せて」清那は真剣な顔で胸を叩き、力強く言った。その姿を見て、紗雪は胸が熱くなる。幼い頃からずっと自分のそばにいてくれ
「さすが二川さん。篠塚さんとは大違い」「二川さんのほうがずっと度量があるよ。こんなことくらいで根に持たない」「これがもし篠塚さんの立場だったら、どれだけ大騒ぎになっていたか......」その言葉を聞き、皆は互いに顔を見合わせた。その意味するところは、誰もがよく分かっていた。皆この業界で生きている人間だ。口にできないだけで、本当は何がどうなのかくらい、それぞれ分かっている。ただ、誰かに口を封じられているから、軽々しく話せないだけだった。紗雪は改めて皆に微笑みかける。「私のことはもうここまでにしましょう。こうしてちゃんと皆さんの前に立っていますし、皆さんもおっしゃったように、今はカメラの前ですから。それぞれ自分の役目を果たせば、それで十分です。これから番組でも、どうぞよろしくお願いします」こうして紗雪は、この一件をきっかけに、あっという間にスタッフや出演者たちの輪へ溶け込んでいった。彼女の言葉を聞き、先ほどの痛々しい姿を思い出した皆は、次々とうなずく。「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」「二川さんはまだ番組では新人なんですから、困ったことがあれば何でも聞いてください」「私たちも全力でサポートしますから」その言葉を聞き、紗雪もようやく安心した。清那に肩を貸してもらいながら、足を引きずるように部屋へ戻る途中、周囲には「少し薬を塗って、一晩休めば大丈夫ですから」と伝え、心配しないようにと笑顔で告げた。こうして二人は、大勢の心配そうな視線に見送られながらホテルの部屋へ戻った。部屋に入るなり、清那は紗雪の怪我が気になって仕方なく、彼女の上着をめくって傷の具合を確かめようとした。紗雪は慌ててその手を押さえる。「ちょっと、何してるの?」「怪我の場所を確かめるの!」清那は当然と言わんばかりに答えた。さっき千弦が突き飛ばしたときの勢いは決して軽くなかった。その瞬間を、彼女はすべて見ていたのだ。むしろ、自分がもっと早く飛び出して止められなかったことを悔やんでいた。油断していた。もし間に入れていたら、少しは紗雪への衝撃を和らげられたかもしれない。しかし紗雪は困ったように笑う。「大げさだよ。そんなにひどい怪我じゃないから」清那は納得できず、頬を膨らませた。「また無
結局、こういうことは自分みたいな女が口を挟むべき話じゃない。女は目元を細めて笑った。「そんなことで悩まないで、今は楽しいことを優先しましょう。きっとうまくいくに決まってる」その言葉を聞いて、敦も一理あると思った。彼は立ち上がり、女を横抱きにして別の部屋へ移る。女も事情はよく分かっていた。あの部屋に何がいるのか、十分承知だ。だからこそ、敦には徹底して気に入られなければならない。敦についていけば、得られるものは多い。けれど、常に気を配り、逆らわず、機嫌を損ねないようにしないと。そうしなければ、本当のお得は手に入らない。確かに敦はどこか普通ではない。け
加津也がそんなふうに思い悶々としている一方で、紗雪はまだ何も知らなかった。吉岡はアポを取ると、その足で紗雪のオフィスへ向かい、状況を報告した。紗雪はぱっと笑みを浮かべる。「よくやった。明日、あなたも一緒に来て」彼女はこのプロジェクトに関わり始めたばかりで、吉岡ほど詳しくない。だから意見を聞きながら進めた方が安心だ。二重の保険になる。吉岡も意欲満々だ。「お任せください。こういう仕事は慣れてますし、横でしっかりサポートします」紗雪は軽く頷く。「ええ。信頼してるわ」「柿本社長は......ちょっと特殊な趣味のある年寄りだから。対症療法でいけばいい」吉岡
美月は鼻で冷たく笑い、そのままズカズカとソファに腰を下ろした。「こっちにも限界があるの。さっさと本人を呼びなさい。無断で家に踏み込んだって言いたいなら、警察でも誰でも呼べばいいわ。最後まで付き合ってあげる」彼女はもともと事を恐れない性格だが、無駄に騒ぎを起こすタイプでもない。だが今は、相手にここまで頭ごなしに踏みつけられている状況だ。黙って引き下がるつもりなどなかった。彼女には何より大事な子どもが二人いる。その二人ともが、相手の息子に傷つけられた。まさか本気で、とぼけて逃げ続ければ済むと思っているのだろうか。息子が使い物にならなくなっても、父親も母親も健在。
心咲は思いがけない抜擢に、むしろ嬉しさのほうが勝っていた。彼女は何度も初芽に深く頭を下げ、「必ず全力でやり遂げます」と繰り返した。石橋の件がなければ、このポジションが自分に回ってくることなんて絶対になかった――そのことも十分理解している。「ご安心ください。細かいところまできっちり管理します!わからないことがあったら、すぐにご相談しますから!」初芽は薄く笑って、それ以上は何も言わなかった。今この立場は、彼らにとってかなり魅力的なポジションだ。ここに座るかで、国内での発言力すら変わってくる。それを心咲に任せた以上、多少敬意を示される程度は当然だし、初芽自身も受け止め







