もう以前のような態度を取らない。二度と同じことはしないはずだ。今回のことで、美月は自分の過ちを心の底から痛感していた。彼女も愚かではない。娘はやはり、大切にしなければならない存在なのだ。その時、突然誰かが大きな声をあげた。「見つかったぞ!」皆が一斉にその方向へ視線を向ける。美月でさえ思わず数歩駆け寄ってしまった。探査機を手にした川島先生は、まるで三歳児のように嬉しそうに跳ねていた。「ここです!生命反応が!」その言葉に、人々は興奮して駆け寄ろうとした。しかし救援隊員たちにすぐに制止される。「落ち着いてください!今は一分一秒が命取りです。もし救助の妨げになって誰かが助からなかったら、その責任が取れますか?」その言葉に誰一人前へ進めなくなった。命がかかっているのだ、冗談半分で動けるはずもない。場所が特定されると、皆はその一点を集中して掘り進めていった。どれほど時間が経ったのか分からない。京弥は頭上にかすかな物音を感じ取り、ゆっくりと目を開けた。唇は乾ききり、顔色もひどく青白くやつれている。それでも、上から響く音に気づくと、瞳がかすかに揺れた。けれど彼がまず思い浮かべたのは、やはり紗雪のことだった。若い紗雪は、彼から少し離れた場所にいた。瓦礫や建物の壁に隔てられているため、こちらの音には気づいていない。京弥は小さく咳き込んだ。声を出すと喉が痛んだが、すぐにそれを押し隠した。そして、眠っている彼女を呼び覚まそうと声を張った。「紗雪、起きて......大丈夫か?しっかりして。声が聞こえたら返事をしてくれ」若い紗雪の身体は冷え切り、体温がどんどん奪われていた。ぼんやりとした意識の中、名前を呼ばれるのが聞こえたが、その声は遠く近く、現実感がなかった。頭が重く、夢か幻のように思えた。彼女は小さく「ん......」と漏らす。顔は不自然に赤みを帯び、全身は灰にまみれている。わずかな声だったが、京弥は確かに聞き取った。そして彼女の状態が良くないことを悟る。体力を使い果たしてしまっているのだ。考えてみれば、若い彼女がここまで耐え抜いてきただけでも奇跡だ。これ以上を望むのは酷というものだろう。だが頭上の音はますます近づいている。助かるの
しかも服装もバラバラで、どう見ても三つのグループに分かれている。その様子を見て、局長は首をひねった。「なんだこれは、救援隊がこんなに多いのか?」校長はおどおどしながら答える。「わ、私にもよく分からないんです。あまりにも早く来すぎて......考える間もなく、一人二人と次々に現れて」言いながら、校長の声には少し涙声のような悔しさも混じっていた。それを見た局長は、心の中で大きくため息をつき、白い目を向ける。まったく、情けないやつだ。こんな時になっても、自分の責任が分かってないのか?「いいから黙れ。役立たずが」局長は吐き捨てるように言った。この校長には本当に呆れるばかりだ。これだけの時間が経って、何一つ学んでいない。下に誰が埋まっているのか分からないのか?あの男子生徒にもしものことがあれば、全員ただでは済まないのだ。それくらい、少し考えれば分かるはずだろうに。校長は、局長がそわそわと落ち着かずに歩き回っているのを見て、不思議に思った。意を決して、おそるおそる尋ねる。「......局長、どうされたんですか?そんなに焦ったご様子で......何か特別な事情でも?」実のところ、局長が現場に来た瞬間から校長は違和感を覚えていた。普段なら局長がわざわざ動くことはない。だが今回は、事故が起きてすぐに駆けつけてきた。きっと、もっと上から強い圧力がかかっているに違いない。局長は、間の抜けた笑みを浮かべる校長を見て心底うんざりしたが、少し考えた末に、せめて現実を理解させることにした。「そんなことより、まずは救出だ。生きてるか死んでるかも分からんのだからな。それと覚えておけ。下にいる生徒の一人――あの男子生徒の家柄は、我々には絶対に逆らえない。絶対にだ」その言葉を聞き、校長は口を開けたまま凍りついた。男子生徒?瓦礫の下にいる五人の家は、どこも普通の家庭のはず。特別な家柄なんてあったか?どうしても思い出せず、思わず口にする。「で、でも局長......私の記憶では、あの五人の家庭はどこもそこまでではないはず。とても『逆らえない家柄』なんて思えませんが......」局長は心底呆れたように校長を睨みつけた。外部の自分ですら下の状況と人数を把握しているのに、こ
美月は首を横に振った。「これまで母親としての責任を果たしてこなかったのに、休むなんて......できるはずがないでしょう?」その言葉を聞いた伊藤は、それ以上は何も言わなかった。彼には分かっていた。紗雪と美月の性格は、驚くほど似ているのだ。いったん心に決めたことは、絶対に曲げない。本当に、二人はそっくりだ。だから、これ以上余計なことを言って自分が嫌われても仕方がないと、伊藤は黙って寄り添うだけにした。二人はただ静かにその場に立ち、良い知らせが届くことを祈りながら待ち続けた。一方その頃、校長は内心冷や汗をかきっぱなしだった。最初は、瓦礫の下にいる生徒たちなどどうでもいいと思っていた。だが、こうして次々と「大物」が現場に集まってくるのを見て、さすがに焦り始める。どうやら、埋まっている生徒の中には相当な家柄の子どもがいるらしい。しかも、その後ろ盾はかなり大きい。そうでなければ、こんなに大掛かりな救援が動くはずがない。そんな空気の中、美月の車の隣に、またしても高級車が一台停まった。思わず美月も目を見張った。どういうこと?一体今日は何人集まってくるの?この学校が、こんなに「人気」だったなんて聞いたこともない。それは校長も同じだった。完全に頭の中は混乱していた。次から次へと、信じられないような人物が現れる。普段なら、この地方の一介の高校になど絶対に足を運ばないような人たちばかりだ。こんな光景を見るのは初めてだった。緊張で膝が震え、校長は今にもその場にひざまずきそうになる。必死にこらえながら、慌てて数歩前へ出て頭を下げた。「局長!本日はどうしてわざわざお越しに......?せめて事前にお知らせくだされば、お迎えに参りましたのに......」現れたのは、いかにも堅物そうな男だった。教育局の局長である。無表情のまま、だが冷たい声で返す。「つまり私が来るのに、いちいちお前に報告しなきゃならん、という意味か?」その言葉に校長は全身が震えあがった。「い、いえ!滅相もありません!」額の汗をぬぐいながら、慌てて弁解する。「ただ......ただ、事前にお伺いできれば、こちらも準備を整えられたのではと。決して、来ていただきたくないなどという意味ではありません
美月は眉をひそめた。あの先頭に立っている人、どこかで見た顔のような......いったい、いつどこで会ったのだろうか。誰も何も言わず、その一隊の人間を止めることもせずに、黙って作業へと入らせた。校長は額の汗をぬぐいながら、困惑していた。いったい、今度はどこの関係者だ......?今日は本当に散々だ。政府からの圧力、あの女の強烈な追及......そこにさらに、無言で現れた新しい救援隊。ということは、瓦礫の下には相当な家柄の子どもが埋まっているということか。見ただけで分かる、この人たちの動きは訓練されたプロだ。背後にはきっと強力な後ろ盾があるに違いない。校長の額からは大粒の汗が流れ落ち、心はすっかり乱れていた。はっきり理解してしまったのだ。自分の校長としてのキャリアは、彼らが救い出された瞬間に終わる。もはや先ほどまでの横柄さは影も形もなく、顔色も暗く沈んでいく。これは天災だ。すべてを自分の責任にされたら、不公平だろう......そう心の中で呟きながらも、もう言い訳の余地がないことも悟っていた。ため息をひとつ。もはや川島先生が必死に探査を続けていることにさえ、注意を払う余裕はなかった。あの人にはまだ教師という仕事がある。だが自分は終わりだ。そんな校長の様子に、周囲の誰ひとり同情を寄せる者はいなかった。このホールこそ、彼が校長に就任した際の目玉事業だったのだ。学校の宣伝のために、華美で豪勢に作らせた建物。だが、そのせいで基礎工事はおろそかにされ、工期も強引に早められ――結果が、今の惨状である。救援に没頭する人々の姿を見ながら、美月の胸の内は焦燥でいっぱいだった。彼女は紗雪に厳しくしてきた。だが、間違いなく大切な娘なのだ。どうして心配しないでいられようか。たったひとりの娘。まだ十代、未来が輝いているはずの年頃。こんな場所で命を落とすなんて、絶対にあってはならない。そう考えるだけで、美月の胸は自責の念で押し潰されそうになった。自分は母親失格だ。母親になる資格なんてない。子どもが成人しかけているのに、母としての責任を果たしてこなかった。なんて不甲斐ない母親なのだろう......その苦しみを察した伊藤が、そっと寄り添った。
校長はついさっきまで自分の世界に浸っていたので、突然背後から声をかけられ、心臓が飛び出そうになった。思わず胸を押さえ、後ずさりを数歩。振り返った先で、険しい表情を浮かべる美月を見て、少しだけ胸をなで下ろす。この人は誰だ?見覚えがない。娘?どの子の親だ?ここに閉じ込められているのは女の子が二人だが、たしか両家とも平凡な家庭だったはずだ。そう考えた瞬間、校長の表情は一変した。「保護者の方、お気持ちは分かります。しかし今は落ち着いてください。閉じ込められているのはあなただけのお子さんじゃないんですよ」無責任とも言える態度に、美月の胸の奥に苛立ちが込み上げてきた。口調も自然と鋭くなる。「それで?校長としての説明は?」声はどんどん冷え込んでいく。「この建物が崩落した原因は?責任を負うべきなのは、校長であるあなたでしょう?」その一言に、校長は言葉を失い口ごもった。「な、なにを分かったようなことを......これは純粋な天災です!学校に非があるわけじゃない。物事の道理も分からないんですか!」その開き直りに、美月は逆に笑い出しそうになる。態度が悪いどころではない。根本的に責任感が欠けているのだ。「校長ともあろう者が、そんな言い草しかできないの?」呆れを通り越し、怒りが冷たく燃え上がる。こんな人物に、校長の椅子を任せておいていいのか。長く座りすぎて、もう麻痺しているのだろう。校長も売り言葉に買い言葉で強気に出た。「君はいったい何者ですか。私の言い方に口を出す権利があるとでも?だいたい、ここに埋まっているのは一人の子どもじゃない!いくら焦っても無駄です。嫌なら自分で工事業者でも雇えなさい!」その瞬間、美月はもう完全に見切りをつけた。大きく手を振り払い、冷たく言い放つ。「そう。待機していた人たち、入ってきて。今すぐ作業を始めなさい。それから、ここは私の場所よ。ここに残りたいなら、大人しく黙っていなさい」校長は一瞬呆気にとられた。視線の先、美月の背後に並ぶ屈強な施工隊員たちを目にすると、思わずごくりと唾を飲む。「そ、そうですか。どうぞ。必要なことがあれば、いつでもお申し付けを......」急に態度を変えた校長を、美月は冷ややかに一瞥するだけで、何も返さ
現場に着くと、美月は迷わず車を降り、ヒールの音を響かせながらホールの方へと歩いていった。かつて緒莉もこの学校に通っていたので、建物の配置にはそれなりに覚えがある。そのことを思い出した瞬間、美月の胸にさらに強い自責の念が湧き上がる。結局、緒莉のことばかり気にかけていたから、この学校の印象も鮮明なのだ。では紗雪のことは?自分はあの子をどこに置いてきてしまったのだろう......彼女は無意識にバッグを強く握りしめ、罪悪感で胸が締めつけられていった。そんな美月の様子を見て、伊藤も胸が痛んだ。少なくとも、自分の過ちに気づき始めているのは確かだ。それが本気であってほしい――そう願わずにはいられない。そうでなければ、この後も紗雪にとっては救いがないのだから。ご主人を亡くして以来、美月はあまりに孤独で、哀れだった。もし松尾さんがそばにいなければ、本当に寄る辺のない身になっていただろう。あの頃の彼女の目には、緒莉しか映っていなかった。伊藤は思う。だからこそ紗雪は、あまりにも報われない。だが当の美月は、そんな執事の気持ちを察する余裕もなく、頭の中は紗雪のことでいっぱいだった。愛していないわけではない。ただ、どう愛していいのか分からなかっただけ。長い年月が経つうち、それが習慣のようになってしまったのだ。緒莉だけを気にかけ、紗雪には「放っておく自由」を与える――そんな不自然な形で。だが、改めて考えれば、これはやはり間違いだ。外から見れば、二人とも自分の娘。なのにどうしてこんなに差をつけるのか。それは本当に正しいことなのか?美月は拳を握りしめ、ホールにたどり着いた。そこにはすでに人だかりができていて、胸の奥で嫌な音がした。かつて威容を誇っていた建物は、今や無残な瓦礫の山に変わり果てている。記憶にある姿とは、あまりに違っていた。伊藤もその光景に足がすくみ、心臓が沈み込むような思いがした。それでも、必死に気を取り直す。今、ここで自分が崩れてしまってはならない。もし何か役に立てることがあるなら、動けるように備えなければ。彼は自分の役割をわきまえていた。美月は瓦礫の山を見つめ、涙をこらえても目の縁が赤く染まっていく。その視線はやがて人混みの中の校長を捉え