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第427話

Author: レイシ大好き
結局、彼には何の身分も立場もなかった。

それを理解した瞬間、日向の瞳に一瞬だけ寂しさがよぎった。

口を開こうとしたが、結局、何も言葉にはならなかった。

「言いたいこと、わかったよ」

日向は伏し目がちにそう言った。

さっきまでの奔放さなどどこにもなく、まるで別人のようだった。

彼はようやく完全に悟ったのだ。

今ここに自分がいるのは、場違いだと。

身分だけではなく、立場さえも違っていた。

もし本当に美月会長を見舞いたいのなら、ここの職員たちが手すきの時に、彼らに同行する以外ない。

それ以外に、自分には何の資格もないのだから。

日向は持ってきた物を全て置き、京弥に渡してくれるように示した。

「君の言う通りだ。僕はこれで失礼するよ。機会があれば、また二川会長に会いに来るよ」

京弥は何も言わなかったが、わずかに頷いた。

それで十分だった。

物は預かり、彼の気持ちも伝えると、ちゃんと理解できる態度だった。

結局、日向はその場を去った。

きっと、また会える日が来る、

彼はそう信じた。

陽の光の下で、日向の後ろ姿はどこか寂しげに見えた。

だが、京弥にはそんなことは関係なかった。

この男が紗雪に気を向けている時点で、情けをかける理由などない。

同じ男として、日向の気持ちは痛いほど分かっていた。

だからこそ、そんな不安要素を放置するわけにはいかなかった。

自分がいつも紗雪の傍にいられるわけじゃない。

もし少しでも油断すれば、日向に付け入られる隙を与えてしまう。

それだけは、絶対に許せない。

京弥は立ち去る日向には一切構わず、そのまま病室へと歩みを進めた。

一方、背を向けて去る日向の姿は、夕陽の下でこの上なく寂しげだった。

まるで世界に一人取り残されたかのようだった。

日向が家に戻ると、ソファの上に妹の姿があった。

テレビではアニメが流れていたが、妹はただ人形を抱いて、動かずじっと画面を見ていた。

「千桜、ただいま」

疲れがにじむ声だったが、日向は妹・千桜の前では感情を抑えた。

悪い気分を、妹にまで伝えたくなかった。

だが、兄が帰ってきても、千桜の反応は薄かった。

ただ静かに人形を抱きしめて、テレビを見つめているだけだった。

日向はため息をついて彼女の隣に座り、そっと抱き寄せた。

「千桜......僕は、ダメなお
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