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第709話

Author: レイシ大好き
こうしていては、まったく割に合わない。

紗雪はようやく悟った。

ここを出たら、自分だけの生き方を持ち、何よりも自分の命と時間を大切にしなければならない、と。

そう考えられるようになってから、彼女は未来にいっそう期待を寄せるようになった。

一本しかない道を、真っすぐに歩いていく。

歩みは先ほどよりもずっと力強かった。

もう迷いも、ためらいもない。

曖昧なまま生きるくらいなら、むしろ真実を知りたい。

あのとき自分が経験したことが、いったい何だったのか確かめたい。

紗雪は唇をきゅっと引き結び、前へと進んだ。

その道を抜けたとき、ようやくここがどこなのかが分かった。

これは、自分の高校じゃないか?

目の前の光景に、紗雪は立ち尽くした。

この場所を鮮明に覚えている理由は一つ。

高校時代、彼女はそこで事故に遭ったのだ。

そしてそのとき、自分を救ってくれた「お兄さん」に心を動かされ、胸の奥に感謝の種を静かに植えた。

そう思い出した瞬間、胸が少し高鳴る。

なぜ、急にここに現れたのだろう?

ということは、これから真実を知ることになるのか?

それなら、まもなく自分を救った人が誰なのかも分かるはず。

紗雪の顔に、抑えきれない喜びと興奮が浮かんだ。

ここで過ごす時間があまりにも長く、外の世界の様子をほとんど忘れかけていた。

足取りは自然と速くなり、外の世界へと向かう。

やがて道を抜けた瞬間、彼女は再び立ち尽くした。

どうりで見覚えがあるはずだ。

ここはやはり自分の高校で、周囲の建物の様子からして、事故が起きて間もない時期のようだ。

その光景に、紗雪の目には涙がにじんだ。

ついに真相を知るチャンスが巡ってきたのだろうか?

今度こそ、この世界に感謝しなければならない。

もしかすると、過去の出来事をやり直す機会が与えられたのかもしれない。

心の奥で半信半疑ながらも、それが本当かどうかを考えていた。

しかし、時間は彼女に考える余裕を与えなかった。

何かをする間もなく、足元の地面が突然揺れ始めたのだ。

一瞬、彼女は戸惑う。

そういえば、事故のあったあの日は、こんなに穏やかな晴天ではなかったはず。

つまり、何かがおかしい――

だが、結局は考えすぎだった。

顔を上げると、ただ高校が放課後を迎えただけだった。

ほっと息をつく。

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