トップモデルの幼なじみと、ひみつの関係

トップモデルの幼なじみと、ひみつの関係

last updateDernière mise à jour : 2025-10-31
Par:  藤永ゆいかComplété
Langue: Japanese
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長年の恋人に裏切られ、夢も居場所も一瞬で失った大学生の寧々。 絶望のどん底にいた彼女の前に現れたのは……幼なじみで人気モデルの神崎律だった。 「もし良かったら、一緒に住むか?」 律の突然の提案とともに、寧々は都心の超高級マンションへ。そこで始まったのは、誰にも秘密の同居生活。 完璧な優しさ、独占するような視線、触れたら戻れなくなる距離感……。 けれど、律の瞳の奥に隠されていたのは、昔から寧々にだけ向けられた、甘く危険な執着だった。 「大丈夫だ、寧々。これからは、俺がいるから」 二人の幼なじみが織りなす、甘く切ない再会の物語──。

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Chapitre 1

第1話

彼氏がおかしいと初めて感じたのは、彼を迎えにバスケコートへ行ったときだった。

金曜の午後。私、一条いちじょう寧々ねねはゼミがあった。そして、私の婚約者――佐伯さえき拓哉たくやはバスケ部の定期練習がある日だ。

私と拓哉は高校時代からの同級生で、その頃からずっと付き合っている。

同じ大学に進学するのと同時に彼と始めた同棲は、この春でもう丸2年になる。

拓哉の練習が終わったら校門前のカフェで待ち合わせをして、一緒に帰るのがいつものルーティンだった。

『大学を卒業したら、結婚しよう』

拓哉とそう約束した私は、毎週金曜日のこの流れを欠かしたことは一度もなかった。

この幸せが、これからもずっと続くと思っていたのに……。

***

今日はゼミが30分早く終わったので、私はそのままバスケコートへ向かった。

肌寒さの残る春風が、私の頬をそっと撫でていく。

夕暮れに染まり始めた空の下、バスケコートの周りには練習を見守る学生たちが大勢集まり、活気に満ちていた。

私は人波の一番外側に立ち、時折、人混みの間から拓哉の姿を探した。

「拓哉、どこだろう……」

探し求めた彼の姿を見つけた途端、胸の奥がきゅっと締めつけられるような甘い痛みを感じた。

彼のしなやかな動き、真剣な眼差し。やっぱり、拓哉はどこから見てもかっこいい。

しばらく彼を見つめていると、私のすぐ前にいた二人の女子が、甲高い声で話し始めた。

「拓哉くん、今日もかっこいいねー!」

左の背の低い子が夢見心地な声で言うと、右の茶髪の子が興奮気味に頷いた。

「うんうん!さっきのスリーポイント、ジャンプしたとき胸筋見えたのやばかった!」

彼女たちは確か、いつも拓哉を追いかけている熱烈なファンだったはずだ。

すると、左の子が斜め前を指さし、さらに声を弾ませた。

「莉緒ちゃん、今日もめっちゃ可愛い~」

右の茶髪の子もすぐさま同意する。

「ほんとほんと。拓哉くんと並んでるとマジでお似合い!バスケ部のキャプテンとチア部のリーダーとか、漫画みたいだよね!」

彼女たちの視線の先にいたのは、山下やました莉緒りお

山下さんは透き通るような白い肌に、肩まで伸ばした黒髪がよく似合う、清楚な雰囲気の女の子だ。私や拓哉と同じ学年で、時々キャンパスでも見かける顔だった。

チア部の衣装に身を包んだ彼女は他の部員たちと一緒に、コートの端で拓哉の動きに合わせて、軽やかに手拍子を打ち、時折、小さく跳ねながら熱心に応援していた。

山下さんは瞬きもせず、コートの中でボールを追う拓哉を真っ直ぐに見つめている。

先ほどの華麗なスリーポイントシュートに興奮したのか、頬をほんのりと赤らめている。その表情は、まるで恋する乙女そのものだった。

拓哉が彼女たちの前を通り過ぎるとき、ふと足を止め、持っていたバスケットボールを投げ渡すような仕草をした。

もちろん、実際に投げたわけではないけれど……

「わーっ!」

その一連の動作に、周囲の観客たちからは興奮したような歓声が上がった。

まもなくハーフタイムになり、選手たちが休憩に入る。私は拓哉のもとへ歩み寄ろうか、一瞬迷った。

しかし、その躊躇いよりも早く、山下さんが小走りに拓哉へと駆け寄っていくのが見えた。

「拓哉くん、お疲れ様!はい、これ」

彼女は目を輝かせながら、冷たい炭酸水のペットボトルを拓哉に差し出した。

「サンキュー」

拓哉は爽やかな笑顔でそれを受け取り、ゴクゴクと一気に飲み干す。

その光景を見た瞬間、私の胸に冷たいものが広がった。

いつも拓哉が練習後に飲むのは、甘くないレモン水だったはずだ。

それなのに、炭酸水?しかも、あの嬉しそうな笑顔は何なの?私の心臓が、ざわりと波立つ。

バスケ部員たちの熱気と、観客たちの盛り上がる声が遠のいていく。

「まさか……いや、ありえないよね」

そう自分に言い聞かせようとしても、募る不安に足元がぐらついた。

私はその場に立ち尽くすこともできず、背を向けて校門前のカフェへと足を進めた。

冷たい風が頬を撫でるけれど、私の心の熱が冷めることはなかった。

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第1話
彼氏がおかしいと初めて感じたのは、彼を迎えにバスケコートへ行ったときだった。金曜の午後。私、一条寧々はゼミがあった。そして、私の婚約者――佐伯拓哉はバスケ部の定期練習がある日だ。私と拓哉は高校時代からの同級生で、その頃からずっと付き合っている。同じ大学に進学するのと同時に彼と始めた同棲は、この春でもう丸2年になる。拓哉の練習が終わったら校門前のカフェで待ち合わせをして、一緒に帰るのがいつものルーティンだった。『大学を卒業したら、結婚しよう』拓哉とそう約束した私は、毎週金曜日のこの流れを欠かしたことは一度もなかった。この幸せが、これからもずっと続くと思っていたのに……。***今日はゼミが30分早く終わったので、私はそのままバスケコートへ向かった。肌寒さの残る春風が、私の頬をそっと撫でていく。夕暮れに染まり始めた空の下、バスケコートの周りには練習を見守る学生たちが大勢集まり、活気に満ちていた。私は人波の一番外側に立ち、時折、人混みの間から拓哉の姿を探した。「拓哉、どこだろう……」探し求めた彼の姿を見つけた途端、胸の奥がきゅっと締めつけられるような甘い痛みを感じた。彼のしなやかな動き、真剣な眼差し。やっぱり、拓哉はどこから見てもかっこいい。しばらく彼を見つめていると、私のすぐ前にいた二人の女子が、甲高い声で話し始めた。「拓哉くん、今日もかっこいいねー!」左の背の低い子が夢見心地な声で言うと、右の茶髪の子が興奮気味に頷いた。「うんうん!さっきのスリーポイント、ジャンプしたとき胸筋見えたのやばかった!」彼女たちは確か、いつも拓哉を追いかけている熱烈なファンだったはずだ。すると、左の子が斜め前を指さし、さらに声を弾ませた。「莉緒ちゃん、今日もめっちゃ可愛い~」右の茶髪の子もすぐさま同意する。「ほんとほんと。拓哉くんと並んでるとマジでお似合い!バスケ部のキャプテンとチア部のリーダーとか、漫画みたいだよね!」彼女たちの視線の先にいたのは、山下莉緒。山下さんは透き通るような白い肌に、肩まで伸ばした黒髪がよく似合う、清楚な雰囲気の女の子だ。私や拓哉と同じ学年で、時々キャンパスでも見かける顔だった。チア部の衣装に身を包んだ彼女は他の部員たちと一緒に、コートの端
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第2話
カフェに向かう道すがら、頭の中はひどく混乱していた。あれこれ考えているようで、実は何も思考できていない。ただ漠然とした不安だけが、私の心を支配していた。気を紛らわせるようにスマホを取り出すと、ニュースの通知が目に飛び込んできた。【今注目のイケメンモデル・神崎律が本日、海外での活動を終え羽田空港に凱旋。長時間のフライトにも関わらず、駆けつけたファンへ神対応で魅了した。】画面に表示された律の写真は、ガッチリと帽子とマスクで顔を隠していたが、それでも彼の独特のオーラは隠しきれていない。瞬く間にファンに囲まれている様子が写し出されていた。現代社会にプライバシーなんてないんだな……と、ぼんやりため息が出た。律か……懐かしいな。そんなことを考えていると、少しだけ胸のざわつきが収まるのを感じた。カフェに着き、いつものようにレモンティーを注文する。氷が溶けていくカラン、という音が妙に耳につく。グラスの中でレモンがゆっくりと沈んでいくのを眺めながら、私はぼんやりと今日の出来事を反芻していた。思考が中断されたのは、入口のドアに取り付けられたベルがカラン、と鳴ったときだった。──拓哉だ。運動後の熱気を帯びた彼の体から放たれる、いつもの陽気な雰囲気が、今日はなぜかひどく冷たく感じられた。以前なら、こうやって練習後の意気揚々とした拓哉に会うと、それだけで顔が赤くなり、心臓がドキドキしたものだ。けれど今は、胸の奥が冷え切っているような感覚しかなかった。拓哉は私の向かいの席に座ると、目の前のレモン水をゴクゴクと一気に半分飲み干す。グラスをテーブルに置き、満足そうに息を吐き出した。「やっぱり運動後の冷たいレモン水って、疲れた体にしみるよな。ほんと最高だよ」私が何も返せないでいると、拓哉はわずかに首を傾げて続けた。「今度はさ、レモン水にちょっと炭酸入れてみるのもいいかもよ?寧々も試してみなよ」炭酸……か。彼の言葉に、私の脳裏に過去の記憶が蘇る。私は曖昧に頷き、「うん、わかった」とだけ答えた。──でも、拓哉は昔言っていたはずだ。『運動後は炭酸なんていらない、シンプルな冷たいレモン水が一番だ』って。いつもこのカフェに来ると、私たちは軽く挨拶してから、二人揃って一気にレモン水を飲み干していた。なのに、ここ最近――先月くらいからだろ
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第3話
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第4話
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第5話
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第6話
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第7話
翌朝。ゆっくりと瞼を開くと、清潔なシーツの香りが鼻腔をくすぐった。昨夜の記憶は、ひどく朧げだった。ただ、グラスを握りしめていた手の震えと、誰かに抱きかかえられたような温かい感触だけが、記憶の断片として残っていた。重い頭を抱え、その温かい感触の持ち主を思い浮かべた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、見慣れない真っ白な天井だった。「えっ……ここ、どこ……うっ!」頭の奥がガンガン痛み、二日酔いのせいで吐き気がこみ上げてくる。ゆっくりと体を起こすと、肌に触れるシーツが清潔で心地よかった。私は、くるりと辺りを見回す。白を基調とした部屋には、余計なものが一切なく、置かれた家具はどれもスタイリッシュなデザインで統一されている。窓の外は、見慣れない都心の景色が広がっていた。東京タワーも見えるし、私のアパートとはまるで別世界だな……って、外の景色に見とれている場合じゃなかった。「そもそも私、どうしてここに……まさか」嫌な予感がして、心臓がドクンと跳ね上がった。もしかして私、どこか怪しいところにでも連れてこられたんじゃ……。恐る恐るベッドから降り、部屋のドアを開けた。すると視界に飛び込んできたのは、さらに広々とした空間だった。ガラス張りの窓から差し込む朝日に、部屋全体がキラキラと輝いている。キッチンからは、淹れたてのコーヒーのいい香りが漂っていた。その匂いにホッと安堵しかけた、そのときだった。「目が覚めたか」「ひっ!?」突然、誰かに声をかけられ、肩がビクッと跳ねる。振り返ると、一人の男性がこちらに歩いてきていた。シャワーを浴びたばかりなのだろうか。色素の薄いブラウンの髪は少し濡れていて、白いバスローブを羽織っている。鍛えられた胸板がわずかに覗き、引き締まった身体のラインがバスローブ越しにも分かった。その完璧なプロポーションは、まるで彫刻のようだった。あれ?この人、どこかで会ったことがあるような……その整った顔立ちに、私は思わず息をのんだ。「寧々、気分はどうだ?昨夜はずいぶん、泥酔していたみたいだからな」『寧々』って……。「うそ。あなた、もしかして……律!?」かつての幼なじみで、今や日本を代表する人気モデルを目の前にした私は、びっくり仰天して固まってしまう。「なんだよ。なにも、そこまで驚くことないだろ?」律は、呆れたように、だけどどこ
last updateDernière mise à jour : 2025-08-28
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第8話
律の言葉は、私の心の奥底を見透かすようだった。私の喉がひゅう、と鳴る。そうだ。律の言うとおり、拓哉がいるあの家にはもう帰れない……帰りたくない。行くあても、お金も、気力さえも、今の私にはなかった。「……寧々?」律が心配そうな顔つきで、私の名前を呼ぶ。けれど、どうしたら良いのか分からず、何も答えられない。「……っ」私は、唇を噛みしめる。「大丈夫。今日のところは、俺の家にいればいいよ。無理に動かなくてもいい。疲れているだろうから、まずはゆっくり休んでくれ」律はそう言って、私に温かいコーヒーを淹れてくれた。「ありがとう……」差し出されたマグカップを両手で包むと、温かさがじんわりと指先に広がる。その温かさが、まるで凍りついた心をゆっくりと溶かすようだった。今はただ、目の前の律の優しさに甘えたい。そう思いながら、私は温かいコーヒーを一口、口に含んだ。この温かさは、いつか失われるのだろうか。今は彼の優しさに身を委ねるしかないけれど、明日になれば、私はまた一人、帰る場所のない現実に引き戻される。律の優しい眼差しに、私は静かにマグカップをテーブルに置いた。「……寧々。良かったら、シャワー浴びるか?」律が、バスルームを指さす。「えっ、でも……そこまで甘えるわけには……」「遠慮するなって。俺ら、幼なじみだろ?」律の優しさに甘えていいのか迷ったけれど、今の自分にはその優しさが何よりも嬉しかった。この場所にいることへの戸惑いと、律の存在への安堵。複雑な感情を胸に抱えながらも、私は彼の言葉に身を委ねることにした。「……それじゃあ、お言葉に甘えて」***シャワーを浴びてリビングに戻ると、律はすでに外出の準備をしていた。「あれ?律、どこか行くの?」「ああ、買い物だ。寧々も、何かいるか?」「え、あっ……それじゃあ、私も一緒に行く!」思わずそう言ってしまったけれど、すぐに後悔した。芸能人の律と一緒に買い物に行くなんて、軽率すぎたよね。「あの、やっぱり私……」「いいよ。一緒に行こう。はい」断ろうとした私に、律はグレーのパーカーを渡してきた。「せっかくシャワーを浴びたんだ。寧々もさっぱりしたいだろ?」あ……。着替えがなくて、仕方なくバーのときと同じ服を着ていたけれど。前夜のバーで着ていたシャツもスカートも、すっかり疲れきってしまって
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第9話
買い物に行くため、律の部屋を出てマンションのエレベーターを降りると、彼は黒の深めのキャップを被り、大きなマスクで顔を隠す。そっか、律は人気モデルなんだ。だから、素顔のまま堂々と外を歩けないんだな。律の隣に立つと、彼に向けられる視線が、まるで私にまで降りかかってくるようで、思わず下を向いてしまう。ていうか、もう少し律から離れて歩いたほうがいいのかな?そう思い、私が律から距離を取ろうとすると。「寧々。そっちは危ないよ」律は、車道側を歩く私をさりげなく内側へと誘導してくれた。彼のマンションから歩いて5分ほどの場所に、洗練された雰囲気のスーパーマーケットがあった。午前中にも関わらず、スーパーは活気に満ちている。「ここ、駅前のスーパーと比べて、品揃えがめちゃくちゃ良いんだよな」律がカゴを手に取り、慣れた様子で食材を選んでいく。彼は、私の知らない高級な食材を迷うことなくカゴに入れていった。「寧々、これ好きだっただろ?」律は、私の好きなドレッシングを、当たり前のようにカゴに入れてくれる。驚いて律の顔を見ると、彼は『どうした?』とでも言うように、不思議そうに首を傾げた。「いや、どうして律が私の好きなものを知っているのかなって……」私の言葉に、律は少しだけ視線を泳がせたが、すぐに笑顔に戻った。「そりゃあ、幼なじみだから。寧々のことくらい、だいたい分かるよ」そう言って彼は、私の苦手な食材を避け、好きなものを多めにカゴに入れていく。嬉しいな……。拓哉は、いつも自分のことで精一杯で、私の好きなものなんてちっとも覚えてくれていなかったから。律のさりげない気遣いに、私の心が少しずつ温まっていくのを感じる。まるで、凍りついていた心がゆっくりと溶かされていくかのように。私は、律の横顔をちらりと見つめる。律のこの優しさは、幼なじみだから?それとも……。カゴを持つ彼の大きな手や、帽子とマスクの隙間から覗くまっすぐな瞳。私は、彼の真意を確かめたくて、じっと律を見つめるけれど。律はただ、穏やかに微笑むだけで、何も語ろうとはしなかった。***夜。律のマンションのリビングは、暖かい光に包まれていた。二人で夕食を済ませ、ソファでくつろいでいると、律が唐突に切り出した。「あのさ、寧々。この先、どうするんだ?」律の真剣な眼差しに、私はごくりと唾を飲み込む。
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第10話
「えっ」律の突然の提案に、私は息を呑んだ。心臓がドクンと高鳴る。『一緒に住むか?』って……。人気トップモデルである律が、どうして私のような、何もかも失って絶望の淵にいるような人間を?頭の中に、いくつもの疑問符が浮かび上がる。彼の申し出はあまりにも唐突で、私の心をざわつかせた。「無理にとは言わない。だけど、寧々が困っているなら俺は助けたい。君が安心できる場所を、俺が用意する。俺が、寧々の居場所になるから」律の真剣な眼差しに、私の心は大きく揺れた。律の言葉が、まるで魔法のように私を包み込む。こんな素敵な場所に住めるなんて、夢みたい。けれど、同時に背筋が凍るような感覚も覚えた。いくら幼なじみとはいえ、なぜ律は私にそこまでしてくれるのだろう。彼の輝かしい世界に、私のような人間が入って良いものなのか。罪悪感と、新しい生活への期待と、そして何よりも目の前の現実から逃れたいという切実な願いが、様々な感情となって頭の中でぐるぐると渦巻く。「あの……どうして、そこまで私に?私、律に何かできるわけでもないのに……」私の問いに、律は少しだけ視線を逸らし、すぐに私の目を見つめ返した。彼の瞳は、何かを隠しているように見えたけれど、その奥には強い意志が宿っているように感じられた。「理由は、今は話せない。だけど、寧々のことを放っておけない。ただそれだけだ」律の言葉には、真剣な響きがあった。とても嘘をついているようには見えない。『早く帰れよ、莉緒。寧々に見られたらまたややこしくなる』拓哉に裏切られたあの夜の絶望が、脳裏に再び蘇った。私にはもう、帰る場所なんてない。私はもう、誰にも頼れない。そんなふうに思っていたときに、差し伸べられた律の手。彼の庇護は、何よりも心強かった。「……あの、私、もしここに住まわせてもらえるなら、家事とか、できることは何でもします。迷惑はかけたくないし……」震える声で精一杯の意思表示をすると、律は静かに頷いた。その表情には、ほんの少しの笑みが浮かんでいるようにも見えた。「分かった。じゃあ、まずは君が落ち着けるように、必要なものを揃えよう。そして、いくつかルールも決めたい」彼の言葉に、私は安堵のため息をついた。律の優しさに触れ、心が少しずつ溶けていくのを感じた。私にはもう、他に選択肢がないことも分かっていた。「不束者ですが、ど
last updateDernière mise à jour : 2025-09-05
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