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第979話

Autor: レイシ大好き
でも、それがどうしたというのだろう。

今、美月が可愛がっているのは自分だ。

この家で上に立ちたいなら、あるいはもっと注目を集めたいなら、

その決定権は結局のところ美月の手の中にある。

緒莉はその点を誰よりも理解していた。

紗雪よりも早く動き、遠くまで見てきたのもそのためだ。

それに、今の美月は健康そのもの。

ただ仕事の成果を積み上げるだけでは、大した評価にも繋がらない。

彼女の心を得ることこそ、最優先事項。

そのほかのことを、緒莉はこれ以上口にしなかった。

度というものを弁えているからだ。

そう思いながら、緒莉はふわりと笑った。

「お母さんの料理、本当に美味しいよ。海外にいた時も、この味が恋しくてたまらなかったの」

娘にそんなふうに褒められ、美月の胸の内は一気に温かくなる。

さらにおかずを取り分けながら、目を細めて笑う。

「美味しいならもっと食べなさい。今度また作ってあげるから」

「うん、ありがとう、お母さん」

二人は和気あいあいと談笑し、さっきひとりで出て行った紗雪のことなど、頭の片隅にもなかった。

その様子を横で見ていた伊藤は、どうにも胸の奥がざわついて仕方がなかった。

この母娘、少し度が過ぎてはいないか。

とくに美月。

実の娘に対して、あれでよく平然としていられる。

紗雪はあんなに嬉しそうに帰ってきたのに、返ってきたのは皮肉と突き放しだけ。

伊藤は大きく息をのみ込み、どうにも気持ちが治らない。

何か言いたくても、自分の立場では簡単に口を出せることではない。

余計なことを言えば、この家に居場所を失いかねない。

長く仕えてこられたのには理由がある。

空気を読む力――

何を言うべきで、何を黙るべきか、誰より心得ている。

薄い唇をきゅっと結び、そのまま一歩退いて俯く。

この、あまりに仲睦まじい母娘の食卓を、これ以上直視したくなかった。

一方その頃の紗雪は、家を出た瞬間、自嘲にも似た虚しさに襲われていた。

ひと月以上も病床で苦しみ、しかも被害に遭ったのは自分なのに、加害者だったはずの人間が、母と並んで笑いながら食事をしている。

――母は本当に自分を愛したことがあったのか?

夢で見た光景と、これも同じなのだろうか。

自分は駒の一つに過ぎなかったのか。

母はまるで、父への憎しみをすべて自分に投影している
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