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第982話

Author: レイシ大好き
何しろ、相手はただの競争相手であって、上司でもなんでもない。

だから、殊更に敬意を払う必要なんてない。

ましてや、あんな人間に尊重される資格はない。

人が病んでいる隙に命を取りに来るような真似を思いつくなんて。

せっかく多くの案件がまとまりかけていたのに、西山グループは一体何を考えているのか。

紗雪はゆっくりと化粧を直し、それから車を走らせて「酔仙」へ向かった。

その店、商談やプロジェクトの話をする際に選ばれることが多い。

静かで邪魔が入らないからだ。

約束していた個室に着くと、加津也はすでに中で待っていた。

部屋の壁は彫刻風の仕切りになっており、内側の様子がうっすらと見える。

紗雪は迷いなど一切見せず、堂々と扉を押し開けた。

加津也はちょうどスマホを見ていて、初芽からの返信を待っていたところだった。

だが扉の音に顔を上げる。

女は身体のラインを際立たせる和服を身にまとい、その曲線美は隠しようもなく、輪郭は見事に整っている。

髪はすべて後ろでまとめられ、一本の簪で留めている。

歩みに合わせて簪の飾りが揺れ、その姿はまるで古画から抜け出してきたようだった。

人ならざる美しさ。

一方の紗雪は、自分の装いが男にどれほどの破壊力を持つかなど意に介していない様子で、そのまま加津也の正面に腰を下ろした。

唇に笑みを浮かべ、軽く顎を引いて会釈する。

加津也はなおもその美貌に囚われ、なかなか現実に戻れない。

視線は紗雪に貼り付き、離れる気配がない。

あまりに生き生きとしたその姿に、思わず生唾を飲み込む。

喉仏が上下に揺れた。

その様子を見て、紗雪は堪えきれず笑い声を漏らす。

「もう戻っていいわよ。今日来たのは、ビジネスの話をするためだから」

その一言に、加津也の首元が一気に赤く染まる。

慌てて視線を逸らし、これ以上じっと見つめることはしなかった。

紗雪は、自分の強みを十分に理解している。

相手がかつてケチくさい元彼なのだから、情けをかける理由などない。

惹き込むだけ惹き込めばいい。

女というものは、誰かに遠慮して自分の美しさを隠すべきではない。

心地よくあるのが一番だ。

加津也は咳払いをひとつし、視線を彷徨わせながら、まともに彼女の顔を見ることすらできない。

曖昧な目線のまま、向かいの紗雪に言った。

「そ、それは当
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