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2、束の間の安息

Author: kgn_neko
last update Petsa ng paglalathala: 2026-08-22 16:01:31

さて、この世界に、食屍鬼、いわゆるゾンビとして生を受けてから、はや数週間。

集めた情報をここで整理してみよう。

まず、私が爆誕した、この屋敷、この場所について。

私が今いる屋敷は、『ヴェルヴァン邸』と呼ばれる、吸血鬼が住んでいる大きな家だ。

家主の吸血鬼なる者が、あの燕尾服男。

読んで字のごとく、燕尾服男の種族は吸血鬼、またはヴァンパイア。

ヴァンパイアが住む土地柄とあって、この辺りはいわゆる魔物系が統治する国々が連なっているのだとか。

私の住んでいた現代で言うところの、連邦というやつ。

そして、上流階級は基本、人間ではなくそういう人外達が大半らしい。

実にファンタジックである。

あの燕尾服男は、かなり悪趣味な性悪である代わりに、仕事なら出来るらしい。仕事だけなら。

なので、格式のある貴族の立ち位置なのだと、メイドさん達が話しているのを聞いた。

ちなみに、私をおんぶしてあっちこっちに仕事しに行ってる件の優しいお姉さんメイドは、『モニカ』という名前らしい。

私と違って、モニカはちゃんとした人間。

というか、あの吸血鬼は綺麗な娘の血が好きなので、メイド兼、それ用に雇われているらしい。

はっきり言おう、キモイね。

良い歳こいて綺麗な娘の血が好きって言う、この部分。

健康な人間の血とかじゃダメなの?って聞きたい。

「はぁ…全く、人使いが荒いこと。子守りに掃除に、買い出しなんて…ったく。」

モニカは相変わらず私をおんぶして、ぶちぶち文句を呟きながらも、しっかりとやることはこなしていた。

出来るメイドというヤツである。

なんつーか、モニカは姉御肌気質な所がある。

面倒見が良いのだ。

多分、買い出しに応じたのも、半分は外に出ることで、私というエケチャンの発達を促すためだろう。

買い出しがてら、外の景色を見せることで、刺激になるからエケチャンの成長にちょうどいい。

しかも、中身が成人女性なら、屋敷外がどんな感じかが分かるチャンス。

未だ文句を垂れながら、行きつけの商店街で買い物をしているモニカの背中に揺られ、私はキョロキョロと周りを見渡していた。

当たり前だが、異世界なので、見たこともない食べ物や雑貨、洋服など、様々なモノが売られている。

モニカはその中で、お菓子作りに使う果物や、粉を買っていた。

「メイドさん、珍しいの連れてるね。主さんの子かい?」

不意に、カラフルな果物を売っていた八百屋のオッサンが、モニカに呟いてくる。

食屍鬼である私が珍しいらしく、じろじろと視線を寄越してくる。

「冗談はよしとくれ、食屍鬼の赤子なんざ、せいぜい成長しても“ランクの低い雑兵”さね。しかも女だ、屋敷でメイドするしか道はないだろうさ。」

ン…?

なんか、奇妙な話というか、雑兵…?

何かに必要だったから生み出されたのか、私?

「あれまぁ、今どき食屍鬼なんざ、どこも欲しがらんだろうに、なんでまた?」

「本気で聞いてるなら疎いね、オヤジ。アタシんトコの旦那様は悪趣味で有名なんだ。今度は知性を持ったゾンビがいたら面白いかも!だとさ。」

「うひゃ〜…もう聞きたくないよ。いくらお国に貢献してるとはいえ…どこからそんなに、“ブツ”を仕入れてるんだい…。」

「さあね。触らぬ神に祟りなしだよ、国から旦那様へ支給される分以外にも、入手ルートがあるんだろう。アタシは知らないよ、あんなとこさっさと辞めてやるんだから。」

ヤバい、一ミリも会話が理解出来ん。

とにかく、あの吸血鬼がヤバそうなことに手を出してるんじゃね?的なことは分かった。

ただ、それが何なのかは分からないまま。

モニカと親父は、それ以上話題を広げることなく、果物の取り引きを終えると、さっさと別れてしまった。

もうちょいこの世界の事が知りたいのだが、なんかずっと、決定的な部分は知れないままでいる。

モヤモヤしたまま、答えが出ない。

小さい頭で、うんうん悩んでいると、急にため息を着く声が聞こえてきた。

「はぁ〜…アンタ、不気味なくらい大人しいね。育ててやってから、一度も泣きやしない。ひょっとして、聞こえてるんじゃないだろうね。」

買い物を終えてからも、ずっと大人しくおんぶされている私を、訝しげに見つめるモニカ。

そらアンタ、一日中おんぶして、オムツもミルクも与えてくれる人がいたら、泣くもんも泣けないでしょうよ。

不安になったり、怖いと思うことがないんだから。

「噛み付くんじゃないよ、吸血鬼と違って、アンタに噛まれたら私まで食屍鬼になっちまうんだ。勘弁しとくれ。」

噛み付くも何も、まだ私、乳歯すら生え揃ってませんけどね。

ぶに、と私の頬を突つきながら、モニカはメイド服のエプロンから、小型の折りたたみナイフを取り出す。

え、何する気?と一瞬不安になったが、モニカは果物が入ったカゴの中から、すっごいキモイ形の果物を取り出した。

なんか、形は洋ナシによく似てるんだけど、ヘタの部分が窄めた唇みたいな形をしてる…。

形容しがたいキモさをしてるし、色自体もドギツイ紫色だし…。

このキモイ果物を何に使う気なのかと思えば、モニカはナイフでヘタの部分を簡単に切り落とた。

かと思えば、少しだけ皮を剥いて、切り口に口を付けて、果汁を吸い出し始めた。

「うぇ…最初が苦いのよね、これ。」

渋い顔をしながら、ぺっ!と果汁を吐き出し、

「ほら、オヤツだよ。食べな。」

と、なんでもないように私に差し出してきた。

エッ?

食べるの?コレ?

エケチャンが食べて大丈夫?

いや、モニカがさっき、なんか処理してくれたから大丈夫だとは思うんだけどさ。

「切り口の所がストロー代わりになってる。果肉は食えたもんじゃないから、齧るんじゃないよ。中の汁だけ吸い出すんだ。」

そう言って、モニカは私の口元に、キモイ洋ナシを押し付けてくる。

「ぐふぅ…っ」

モニカが渡してきたとはいえ、ちょっと抵抗感がある…。

だが、すぐに唇に着いた甘酸っぱい果汁に、私は目が点になった。

ナニコレ、キモイクセにめっちゃ美味い。

ナシとぶどうを足して二で割ったみたいな、スッキリした甘さ。

オマケになんか、しゅわしゅわしてる。

微炭酸のジュースみたい。

ちゅーちゅーと、夢中でキモイ洋ナシを吸い出した私の様子を見て、モニカは鼻を鳴らす。

「しばらくは、乳代わりにソレ吸ってな。コイツは見た目が悪い上に、果汁しか飲めないから単価も安いんだ。気に入ったならオヤツに出来るよ。」

はぇ〜、そうなんだ。

確かに見た目キモかったけど、美味しいならオールOKです。

「ヨウシュナシって言ってね、果肉にも果汁にも毒があるんだ。でも人間には無害な毒さね。食屍鬼のアンタになんかもっと効きやしないよ。」

ほえ〜。ヨウシュナシっていうのか、このキモイ果物。

「ヨウシュナシは、野生だと動物にしか効果がない毒なんだ。人間に見つからなけりゃ、生物としては成功だったんだろうけどね。」

そう呟きながら、モニカは、カゴの中からもうひとつのヨウシュナシを取り出す。

どうやら自分も、ヨウシュナシを飲むつもりらしい。

切り口から最初に出てくる渋い汁さえ吸い出せば、あとはジュース代わりになる。

「あんなとこのメイドなんか辞めて、果物農園でもやろうかね。」

辞めたいけど、その後のことは考えてないんだ。と、モニカはヨウシュナシを飲んでいる。

「アンタも来るかい?あんなとこで、メイドとして一生を終えるくらいなら、アタシと二人三脚も悪かないだろ?」

こちらを振り向きながら、モニカはニヤリと笑う。

姉御…!と呼びたくなった。

エケチャンなので呼べないけど。

「金と生きる知恵さえありゃ何とかなる。あとはそうだね…与えられるのを待つより、与えた方が手っ取り早いってもんよ。」

ぢゅッ!とヨウシュナシの果汁を飲み切り、モニカはペロリと唇を舐める。

「こっちから先に恩を売ってやるんだ。仇で返してくるヤツはぶっ飛ばしても正当防衛になるし、借りを返そうとしてくるヤツはそれだけで利用出来る。」

「む〜。」

「アンタを育ててやってるんだ。この借りは先の未来で返してもらうよ。」

さ、帰るよ。と、ヨウシュナシのガラをカゴにしまい、足早に歩き出すモニカ。

ぜひ大きくなったら、姉御とお呼びしたい。

元の世界から、ゾンビの赤ちゃんとしてこの世界へ転生を遂げ、最初は混乱していた。

だが、モニカという頼もしい姉貴がいたことで、大分、この先の不安が払拭されつつある。

就職先も今んとこ大丈夫そうだし、何とかやれそう。

密かに胸の内で安堵しながら、私は屋敷までの道のりを揺られて行くのだった。

■■

あれから月日は流れ、私は五歳になった。

驚いたことに、私には食屍鬼の血が流れているため、成長も著しく早いのだとか。

だから、五歳なのにもう体が、ちょっと小柄な女性って感じの体になってる。

外見だけなら、十六歳ぐらいの女の子かな。

それに、五年もありゃ、異世界での暮らしも慣れたもんである。

エケチャンから、すっかり大きくなった私は、現在ヴェルヴァン邸の見習いメイドとして働いている。

「おお〜」

そんな折、見習いとして働き始めてから、私は初めてバカンスなるものを経験していた。

理由は、あの吸血鬼が仕事で出張に出向かなければならなかったため、私も連れて行かれたのだ。

なぜ見習いなのに、わざわざ私を要請したのかといえば、メイドの世話をさせるためだろう。

メイドが連れて行かれるのは、あの吸血鬼がお世話係兼、綺麗な女の血を欲しているからだ。

現に、一緒に連れていかれたモニカは、五年の月日が経っても、綺麗な女性のままだし、あの通り姉御肌で面倒見もいい。

ていうか、屋敷のメイドは、基本的にあの吸血鬼の性癖まみれの女しかいないので、私以外は綺麗な人が多い。

だから、そんなメイド達が、あの吸血鬼に血を吸われた後、貧血で動けなくなった時のヘルプ要員として、私が連れて来られたのだろう。

あの吸血鬼は、間違ってもゾンビの血とか飲まないし。

間違えることもないというか。

しかしながら、連れて行かれて良かったこともある。

あの吸血鬼の出張先は、何と海が真っ先にある大きな街。

宿泊先も、めっちゃ綺麗なオーシャンビュー。

あの吸血鬼が仕事の会談で、誰かと会っている隙に、私はメイドの仕事をサボって、一人、海で遊んでいた。

いやはや、さすが異世界、透明度の高いエメラルドグリーンの波がめっちゃ綺麗。

海辺の波と砂浜を縫うように、私はメイド服の裾を上げて、水の感触を楽しんでいた。

「……ン?」

だが、海辺を歩いていたら、不意に砂浜で奇妙なものを見つけた。

なんか、もぞもぞ、ピクピク動いてるのが遠目でも分かる。

エッ、何アレ…と、私は恐る恐るそれに近付いて行く。

「ヴー…」

「…怪我してる?」

そろそろと近くに寄って、砂浜に落ちていた適当な木の棒を手に持つ。

つんつんと、慎重に木の棒で、ソレを突ついてみると、急にブワッ!とソレは面積を広げた。

「うわっ!?」

「盗られたぁ、盗られちゃったァ…!せっかく貰った仕事ぉ!盗られちゃったァ!」

何やら、ブツブツと怒りの文句を垂れている。

よく耳を済ませば、仕事を盗られたとか、せっかく“報酬”が貰えたのにとか、そんなことを呟いてる。

オマケに、海水が傷に沁みて痛いのか、ぷるぷると震えている。

「…にしてもデカイな……。」

ソレに何かあったのは事実だが、特筆すべきは、そのデカさ。

体長何mくらいあるんだ、コイツ…。

しかも、私にも分かる言葉を喋る時点で、かなり知能が高いんじゃないのか…?

「あの双子…殺してやるぅ!」

「お、おい…」

私が見えてないのか、今は冷静な判断が出来ないのか。

ソイツは、尖ったギザギザの歯を剥き出して、くるりと方向転換した。

向きを変えたことで、ソイツの全貌が顕になり、私はあっと、思わず声を出してしまった。

薄々分かってはいたが、人間じゃなかった。

「に、人魚か、コイツ…?」

普段、海が見える場所に住んでないから、初めて見た。

こんな異世界にいそうな生き物。

上半身が魚で、下半身が魚。

けれど、パッと見魚というか…なんだろう、形的には、イルカっぽい。

背びれと尾びれが、それっぽい形してる。

明らかに人魚っぽいものを、この目で見る日が来るとは思わず、呆然としてしまった。

「ぎゃうッ!」

「うわぁ!!」

だが、突然人魚が叫びながら、砂浜をのたうち回る。

凄い勢いで海水と砂がこっちに飛んできて、私は叫び声をあげた。

尾びれでバッシン、バッシン砂と海水をしばくので、メイド服がめちゃくちゃになってしまった。

「おい何やってんだ、お前ェ!!嫌がらせか!!」

今度は私が怒りながら、のたうち回る人魚の背びれを引っ掴み、海水から無理矢理引き上げた。

食屍鬼なので、多少体が頑丈に出来てる分、人魚を引き上げるのも割と簡単に出来た。

パァン!と砂浜に人魚を叩き付け、仰向けにして、人魚の顔面を拝んでやる。

「離せ!離せ!痛い!痛いぃ!」

話せる割に知能はあんまり高くないのか、幼稚に叫び散らかす人魚。

しかし、あまりの痛がりように、そんな強く叩き付けた覚えはないぞ!と、何となしに自分の手を見て、一瞬背筋が冷たくなった。

その手には、自分のものではない真っ赤な液体がべっとりと着いていた。

「な、にこれ、血…?」

すん、と鼻を寄せれば、酷く鉄臭く、そして生臭い香り。

しかも、人魚はまだ痛い、痛いと砂浜でのたうち回っている。

ビタビタと暴れる尾びれを見れば、叩きつける衝撃から、赤黒い血が飛び散っていた。

私の靴に飛んでくる砂粒は真っ赤に染まり、今すぐ何か処置をしないとまずいことは、容易に想像が着いた。

「!?、離せぇ!痛い!痛いのぉ!」

「おい動くな!尾びれが千切れる!大人しくしてろ!」

慌ててメイド服の白いエプロンを取って、血が出ている尾びれを押さえ付ける。

よくよく見れば、尾びれには、何かに大きく齧られた痕があり、このまま暴れていたらブチッといってしまう。

人魚は離せと暴れていたが、私が止血しようと、慌てて尾びれをエプロンで縛っているのを見て、何か思う所があったらしい。

次第に大人しくなっていった。

とりあえずエプロンで患部を縛って、止血はしたけど、大丈夫だろうか。

布でぐるぐる巻きになった尾びれ見つめながら、人魚の隣に座り込む私。

「はぁ…モニカに怒られるなぁ。」

エプロンはもう使えないし、メイド服もめちゃくちゃ汚れてる。

この後モニカに怒られるんだろうな。

「すん、すん、オマエ、食屍鬼か。」

「嗅ぐな。」

遠い目をして、海の地平線を見ていると、人魚が近付いてきて、種族を言い当ててくる。

止血しただけでも、随分落ち着いたらしい。

興味津々な様子で、私を嗅いでくる。

「どこで働いてる?、食屍鬼は弱いから使い道ない。」

「うっせえぞ、何回も言われてるんだから知ってるわ。」

人魚の間でも食屍鬼は『使えない種族』って言われてんのかよ。

この五年間、モニカにすら食屍鬼は何かと不憫だと言われてきた。

理由は、食屍鬼が噛み付いた人間は、同じく食屍鬼になってしまう上に、吸血鬼のように、強くも賢くもないから。

なんなら、人間より知能が落ちる可能性すらあるらしい。

それを裏付けるように、買い出しでは人間から白い目で見られるし、屋敷のメイドからは嫌がらせされたりもする。

その度にモニカが助けてくれたから良いけど、やっぱ多少は心が荒むってもの。

口が悪くなってしまったのは、ご愛嬌だ。

「すん、この布からヴァンパイアの匂いがする。」

「だから、嗅ぐな!ってか、怖。」

何その凄い嗅覚。

メイド服嗅いだだけで、なんで私が、吸血鬼の下で働いてることが分かったんだ。

思わず怖くなって、私は人魚の顔を押し退けた。

「ぐふ、なんで助けた。今、オレ何も持ってない。」

顔を押し退けられながらも、不思議そうな顔をしている人魚。

「別に理由なんかねえよ。怪我してたから助けただけ。」

ていうか、私が生きてた世界では倒れてる人がいたら、まずは救急車だったし。

ここへ来てからも、モニカからは与えてもらうより、与えた方が手っ取り早いと教わったし。

仇で返してくるなら、ぶち転がすまでだが。

「オレ、オマエのことよく分からない。」

「他人だからな。ていうか助けてやったんだから、ありがとうくらい言えよ。」

「アリガトウ?ナニソレ。」

「自分に良いことして貰ったら、私達の間では“ありがとう”って言うんだよ。」

人魚だから仕方ないんだろうけど、やっぱ人間の常識に疎いな、コイツ。

不思議な発音で、ありがとうを何回も復唱する人魚に、私はクソデカため息を着いた。

「逆にお前んとこ、今までどうやって生きてきたんだよ。」

人魚の常識がよく分からないと、私はようやく落ち着いた状態で、ソイツの顔を見た。

結構良い顔してた。

滑らかな青灰色の体表と半乾きの短髪。

目は髪に隠れて見えないが、ギザ歯が映える顔というか、とにかく黙ってりゃカッコイイ。

「陸に住んでるヤツの仕事する代わりに、報酬貰う。」

「ふーん。」

「なんか欲しいなら、なんかしなきゃならない。助けて欲しいなら、代わりに仕事か報酬あげるか、どっちか。」

等価交換というやつだろうか。

なんにせよ、あまり関わり合いにならない方がいい気がする……。

「オマエ、オレを助けた。なんかしてやる。」

「いらないから早く帰れ。」

「なんで!オレ役立たずじゃない!食屍鬼より仕事出来る!」

「どーいう意味だコラ!顔近づけんな!」

なんだコイツ!としばらく押し問答してると、

「アンタ!こんな所にいたの!」

と、不意にモニカの声が耳に響いた。

見ると、えらく慌てた様子のモニカがこっちに近付いてくる。

「も、モニカ…あの、これ、」

ヤバい、怒られると縮こまりながら立ち上がれば、予想とは裏腹にモニカは私の腕を引っ張り、駆け出した。

えっ!?と駆け出すモニカに引きずられ、結局人魚とはそこでお別れ。

「あっ、食屍鬼ー!!」

背後から叫ぶ声が聞こえたが、それよりもモニカの様子がおかしい。

いつも仏頂面をして、ドンと構えている彼女の顔が、凄い青ざめてる。

「モニカ…?どうしたの?」

「事情は後で説明するから。今は黙って着いてきな。」

ピシャリ、と言い切られてしまい、私は何も聞けなかった。

予期せぬ嫌な感じに、私は黙ってモニカの後ろに続くしかない。

不安を押さえ込むように、今は懸命に足を動かした。

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    「ずっと思ってたけど、お前魔法使えるんじゃねえか、何で嘘ついたんだよ。」 ボロい住処から外に出てすぐ、ローザが不服そうな顔で私に呟いた。 魔法?と一瞬首を傾げかけたが、すぐに“あの時”の赤黒い線のことだと思い立った。 「いや、私にも分かんない……」 「発現したてってことか?」 「多分…。」 あの赤黒い線がなんなのか、私にもよく分からない。 ただ、私の感情に反応して、行動を起こしていることは少し理解出来た。 そうでなければ、ローザに噛みちぎられた指がなんの痕も残すことなく再生するはずがない。 というか、この跡形もなく怪我が再生する能力、レモンにボコられた時もそうだったような…? 「発現したてってことは、まだコムハニーそんなに食ってないのか、お前。能力に目覚めたばっかって感じだな。」 「そうなの…?」 能力や魔法は、コムハニーの摂取量で変わるってことなのかと、私はローザを見上げる。 そういえば、ローザに着けたあの細い傷、もう治ってるな。 魔法で治したのかな。 「コムハニーを初めて食った後も、継続的に摂取しないと、そりゃ魔法は発現しねえよ。ここへ来た時に、カウンターで貰ったのか?」 「ああ、一回だけ…ガスマスク付けた猫耳のオッサンに貰った。」 「キメラのオッサンか、最近出張ってること多いな。」 「そういや、元々は医者だって言ってたような…。」 “俺、ここの担当じゃねえもん。”って言ってたな。 最近出張ってるってことは、それだけ治安も悪くなってきてるってことなんだろうか。 「普段は医務室にいんだ。腕は良いぜ。なんせランカー直々に金積まれてるほどだからな。」 「ふーん。」 まあ金持ちの生まれだし、その金をたっぷり使って、たくさん勉強して来たんなら納得ではある。 「でも、マトモに診てもらえんのは、ソイツらの部下か娼婦ばっか。金とかコムハニー持ってないヤツは、基本追い払われる。」 「…まあ、うん。」 そこら辺は甘くないんだろうな。 私も多分、怪我した時とかは診てもらえないだろうから、気を付けよう…。 「でも、あのオッサン、最初はアラクネの種で通ってたはずなんだよな〜。キメラだって知ったの、俺も最近なんだよ。」 キメラって割と珍しめだから、なんかコンプレックスで

  • コムハニーゾンビ   9-1

    ドンドン、ドンドン。 ふと、目を開ければ、もう部屋は明るかった。 いつの間にか、眠ってしまったらしく、誰かがドアを叩く音で目を覚ました。 けど、ノック音は、いつもみたいな乱雑で乱暴なものじゃない。 ドアを軽く叩いてるだけのもの。 しかし、誰であろうと今日は出る気にはならなかった。 昨日のことがあってから、どうにも人と会うのが億劫になってしまった。 監獄から出たいと思うのに、監獄のスラム街に建つこの部屋から出たくない矛盾。 「……。」 「食屍鬼、食屍鬼」 「…。」 ドアの向こうで知っている声がして、思わず布の中で顔を上げた。 ローザの声がしている。 ずっとドアの外で私を呼んでいる。 「怒ってんのか?、周りのヤツらから聞いたんだ、俺、メルト起こしてたんだってな。それで、囚人と娼婦がお前使って、賭けやってたんだろ?災難だったな。」 「……。」 もぞ、と布の中で身じろぎしながら、私はローザの気だるげな声を聞く。 「お前がコムハニー持ってたおかげで助かったよ、正気に戻れた。」 あのままいたら、暴走して最悪死んでただろうから。と、ローザは何でもないような口調で呟いてくる。 なんで平然と、そういう生き死にの概念が話せるんだろう。 いや、ここは監獄なんだから当たり前か。 元の世界での価値観や、メイド時代での価値観と合わせちゃいけないんだ。 この場所はイカれてる。 改めてそう思った。 私は食堂とこの部屋しか行き来してないから、まだ本物の監獄を知らないんだ。 「出て来いよ。コムハニーくれたんだから、礼くらいはするよ。」 食屍鬼と、もう何回目か、私を呼び続けるローザ。 「食屍鬼?」 部屋にいないのか?と、ドアの向こうでわずかに、ペタリと何かに触れた音がした。 そうして少しの間の後、なんでもないように鍵をかけたドアが開く。 魔法でドアを開けたらしい。 やがて、キョロキョロと周りを見渡した後、隅っこで丸くなっていた私を見つけたらしい。 「何だよ、いるんじゃねーか。無視すんなよ。」 「………。」 ペロ、と薄い布を捲り、私の存在を確認するローザ。 だが、起き上がる気のない私を見て、少し面倒くさそうな顔をした。 「指食いちぎったの怒ってんのかよ。あんなのココじゃ日常茶飯事だぞ。俺なんか、舌噛みちぎられて死にかけたことあるし

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