LOGIN両親から「出来損ない」と蔑まれ、嫁ぎ先でも妹と比べられ続けた令嬢、リプカ・エルゴール。 三日で婚約破棄され、家からも見放された彼女は、すっかり自信を失って、妹フランシスだけを心の支えとして生きていた。 しかしある日、大切な妹の窮地を救った活躍をきっかけに、その運命は大きく変わる。 その後、リプカのもとへ各国から六人もの「王子」が婚約を申し込んできたのだ。 突然始まった、政略と私情が絡んだ縁談を巡る騒動。 個性豊かな六人の“王子”たちに振り回されながら、リプカの運命は思わぬ方向へ動き出す……!
View More 古今東西、婚約破棄の
婚約破棄とは、通常、複雑な事情の末に起こる悲劇ではなかったのか?
エルゴール家の令嬢リプカは、その唐突な宣告に茫然としてしまった。
「な、なぜですか……!?」
心中では
リプカ・エルゴール。
背は低く、幼子のようで、髪は色気のない漆黒色。身体の起伏もほとんどない……。程々に整った顔の造りが、せめてもの生まれ持った
「どうして、こんなに突然に……」
小さな叫びに、リプカが
ハーレヴァン・エイルムメイティル。
彼はリプカが
「お前の妹、フランシスが来てくれれば文句はなかったのだがな」
その後も、才女で美しいリプカの妹、フランシスと比べるようなことをハーレヴァンは事あるごとに口漏らした。――むしろリプカに対して、そのことでしか口を開かなかったというのが正しいか。
あの美しいフランシスが我が元に来てくれればどれだけよかったか。リプカが何かに失敗するたびに、フランシスならば、フランシスであればそんなことは、と
二人の関係は、最初から冷え切っていた。
リプカはハーレヴァンに、人間とすら見られていなかった。であるから、婚約破棄の宣告は当然といえば当然の「なぜです、ハーレヴァン様! 至らぬ事の多い
三日で
――すると。
ハーレヴァンは途端に……額のみならず表情のあちこちに青筋を浮き立たせた、気でも違えたのではないかと疑う《鬼の形相》に
「リプカ。私は女中から、ある密告を聞いたのだ」
「み、密告? それはなんでございましょう……?」
「リプカ……リプカお前……」
ハーレヴァンは怒りに震えながら、言った。
「お前……その荒唐無稽な告発に、言葉を失うリプカ。
ハーレヴァンの馬鹿舌は有名な話であった。
肉を食っても、それが何肉であるのかも当てられない。どころか彼の舌にかかれば、紅茶の種類すら一緒くたであるようだ――という、もの笑いのタネにそんな噂が真実として広まれば、リプカの社交地位は底辺に落ちる。
しかし……。 嫁が夫の紅茶に汚水を混ぜたなど、いったい誰が信じるだろうか? もしそんな理由で婚約をふいにした、などという話が広まれば、むしろ信用が
であったのだから。
否定さえすれば、その場は収まりがついたかもしれなかったのだが――。「え」
もののはずみというやつだろう。
驚きのあまりの動揺を突いて出た声が、その突飛を現実に映す最悪の返答が、茫然と開かれたリプカの口から滑り出てきた。 「なんでバレたの……?」 ――それを聞いたハーレヴァンの表情たるや、仁王も身を引くが如しである。大広間にいた全員が身を凍らせる中、リプカは自分の失態を認めると、すんと真顔になり、続いて苦渋の表情で「ぐぐ、ぐ……」と詰まった声を漏らしながら、これから起こる様々を考え――。
やがて、全てを諦めた表情を浮かべると。
リプカは最後に、どうしても気になったことをハーレヴァンへ尋ねた。「ハーレヴァン様、あのあと、お腹はちゃんと下されましたか……?」
――ハーレヴァンの平手が一閃し、それを頬に受けたリプカはオペラのワンシーンみたいに、後方の壁まで勢い良く吹っ飛んでいった。
「…………」「…………」「…………」「…………」「あ、あーっ、お料理、美味しいっ! ね!」「ええ、とても。こういった香草を使用しない肉料理は、アリアメル方面では珍しいのですが――食べてみるものですね。美味しいです」「ウィザ連合の料理にも興味湧いてきた! 要所要所が独特でオモシロイな! ビビちゃんはどの料理が印象に残った?」「私はこの香草のスープがどうにも舌に合わなかった」「でゅぇ!? ――そ、そっか……」「確かにこの香草のスープは、舌触りからして独特ですね。あくまで習慣的な好みの問題で、合わない場合もあるかもしれません」「そ、そぅだねぇ……。……ク、クインちゃんはー……」「………………………………」「ぁう……うぅ、と……」「…………」「…………」「お、お料理、美味し……」「ええ、とても……」「…………」「…………」 カチャリ、カチャリ……。 食器が立てる音が虚しく響く。会話を主導して盛り上げようと頑張っていたアズも、今やガックシと俯き、ただ食事を口に運んでいた。 大勢で食卓を囲むと楽しいし、食事も美味しく頂ける。 そんな話を噂じみた伝聞として耳に挟んだことのあるリプカであったが――今日このとき、初めてその機会に恵まれて感じたことは、『地獄のよう』だった。 席にはフランシス、ミスティアを含めて、七人が食卓を囲んでいる。 始まる前は、所用があっての離席でクララが参加しないことを残念に思っていたリプカだったが、この沈黙に満ちた恐怖の食卓、その有り様を目にすると、むしろそれは、せめてもの幸いであるように思えた。 とてもじゃないが晩餐会とは呼べない凍りついた食卓には、必死で場を明るくしようとするアズの喋りと、あくまで冷静を失わないセラの、的確な受け答えだけがあった。 他の面々は、基本、無言。 ビビはこんな場でも我関せずと、マイペースに食事を進めている。 ティアドラは興味深げに、食卓の面々を観察していた。 ミスティアは、場の空気にすっかり恐怖し、セラの隣で縮こまっている。 そして、この地獄のような、重い沈黙の元凶――。「……………………」 ――クインは、死んだように光彩の失せた瞳で空虚を見つめながら、葬儀でも浮かべぬであろう闇を纏って、静かに、機械的に、食事を進めていた
話は、リプカの元へ集った六人の婚約者候補が各々抱える、それぞれの事情についての詳説へ移行した。 フランシス個人の知見、その内実。リプカにとってこれ以上なく信頼のおける――真実の内訳ともいうべき参考意見である。「まずねー、エレアニカ連合セラフィア領域の娘、クララ、だっけ? 彼女、ガチだから」 だらしない格好で紅茶を飲みながら、フランシスはのんべんだらりとした態度のままに、特に感情を強調するでもない、ただの世間話のような口調でそう切り出した。 リプカは目を見開き、どきまぎに押されて息を上気させながら、鼓動する胸をおさえた。「そ、そう……」 口にした声は震えている。 ――真実の内訳と表現してもいい、参考意見。 心の底から嬉しく思い、思わず未来を想像してしまったほど浮かれていたとはいえ――どこかでは、その唐突な奇跡に対する疑心もあったのだろう。 都合の良すぎる奇跡であると、心の片隅では。 私なんかに……。 その疑心が溶けたとき芽吹いたのは、雪解けを待ち、歓喜と共に背を伸ばす若草のような、力強く青々とした感情だった。「もうほんとしつこかったかんね。実はさあ、縁談禁止令を解いた理由の大半も、あの女にあるんだよね」「――え?」「ぜひ、リプカ様との縁談の許しを、つって、何度も頭下げてきてさあ。何回あったっけ、途中で私マジギレ一歩手前までいったかんね」 暴君じみた口調とは裏腹に、フランシスの表情は穏やかだった。「そしたら、どうしてお姉さまを好きになったか、とか、私は如何にリプカ様を愛するか、とか、滔々と膝を折りながら熱弁してきて。プチギレとうんざりを通り越して納得してきちゃって。目を見ても本気だったし……そのうち、さ。……まあ、そんな感じ」「……そう。そうだったの」 瞳に涙を浮かして――リプカは俯きながら、呟いた。(……。…………。……………………)(私を、好いてくれる人がいた) クララを想いながら、リプカは頬を伝いそうになった滴を拭った。 そんなリプカをちらと見て――フランシスは、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。「まあ後は、はっきり言ってお国の事情ね」 瞬間で表情を戻して、フランシスは話を続けた。「アルファミーナ連合の目的は、婚約と
両親への挨拶もそこそこに、フランシスは自室へリプカを招き、二人きりで、テーブルを挟んで向かい合った。 綺麗に整頓の行き届いた部屋。しかし長い間留守にしていたためか、僅かながらに人間味に欠ける空気感……私室であるのに、倉庫に似た乾いた印象を受ける。「それで、フランシス」 その空気に僅かばかりの寂しさと心細さを覚えながら、温かい紅茶を一口頂くと、リプカは早速、話を向けた。「あなたの企みは関係しないということは分かったけれど――でも、今回の一連は、あまりにも急すぎる。いきなり、こんな示し合せたようにどっと押し寄せるなんて。なにか理由があるとしか考えられないのだけれど……」「あー、それね」 はしたなく円形のテーブルに頬をつき寝そべりながら、フランシスは呟くように漏らした。「まあ、それは私の判断が関係している」「判断?」「うん。実は、お姉さまへの婚約話はね、私のほうで全部塞き止めて、無いものにしてきたの」「そ、そうなの……?」「そー。お姉さまは婚約破棄を交わしたばかりで、自由になったばっかだから、まだそういうのは億劫かなーっていうのもあったし、お姉さまはできるだけ私の傍にいてほしいっていうのもあったしー」 おそらく後半の主張こそ主だなと感じながらも、リプカは驚いていた。 フランシスが、あのフランシスが、自身の意思――我儘を撤回するなんて。 お姉さまはできるだけ私の傍にいてほしい。 その言葉からリプカは、フランシスが最近、実家に寄り付く暇もなかったという事情を思った。傍にいれないから、いいかなと思った、ということだろうか……。胸の奥に痛みが走る寂しさを感じながら、リプカはそんな想像を巡らせたが――。 続いて口にされたフランシスの答えは、リプカにとって意想外の理由であった。「でもさー、お姉さまさー、…………私を助けてくれたじゃん? あのとき」 ――あのとき。 リプカはすぐに察した。 フランシスが自宅で刺客に狙われた、あのとき。 リプカが助けなければ歴史が終わっていた、あの場面――。 フランシスは、テーブルにべったり頬を付けながら、ここではないどこかを見つめるようにして、続きを語った。「あの時さー、お姉さまを私だけのものにするのは、
「ごきげんよう。お、お姉さま、お疲れーん。お久しぶりのハグ。――相変わらずちっちゃ!」「ほっときなさいな……」 街中でもよく見かける、いたって普通の外見を装った馬車に乗って、フランシスは現れた。 見る者を圧倒する佇まいで座についていたフランシスだったが、門の内で待っていたリプカの姿を認めると、微笑みと――僅かばかりの疲労の色を浮かべて、表情を和らげた。(やっぱり、相当な無理をしているのね……) いくらこの子といえど、無尽蔵ではない。 世間には意外に思われるかもしれないが――これまで幾度と見てきた、フランシス・エルゴールの、疲労の色。――しかしさすがに、今回ほど色濃い疲弊は始めて見る。 過労への心配、そこから見える世界情勢の不安、フランシスのこれから――。 そんな心配を胸の奥底に隠しながら、リプカはただフランシスにモフられ続けた。「ハス。ハスハス。――はー、お姉さま成分補充」「私から何らかの成分が漂ってるみたいな見出しはやめて……」 そう言いながらも、リプカは引っ付くフランシスの背に手を回し、軽く添えた手で優しく抱き留めていた。 ――ふと、フランシスの背後、馬車の中から、見知らぬ二人が姿を見せた。 一人は長身の男性。 一人は細身の女性。 二人は地に降りるとすぐさま、リプカに恭しく礼をした。――リプカもおずおずと、首だけの中途半端な礼を返した。(――護衛) 腰を折る二人をじっと見つめる。(男性はかなり腕が立つ。足周りの肉が特に、戦う形に発達している。女性は、緊急時の臨機応変に長けているタイプに見える。そして、暗器の扱いに長けた者の体つきをしている――)「スターップ、お姉さま」 自然と目の前に立つ者の分析に思考を割いたリプカへ、フランシスは不機嫌な声を投げかけた。「私が目の前にいるのに、他のことに思考を割かないで」「あ、ええ、ごめんなさ――いや乱暴者の考えじゃないの、それ」「なに? なーにー? ご不満がー?」「はいはい、今は目の前の貴方に集中するわね。――フランシス」「なに?」「何か、隠し事なんかしてない?」「――してないわ。何もないわよ」「そう」 リプカは笑顔になった。「なら、よかった」 その笑顔を見て、フランシスもまた、|屈託《





