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第2話

Author: 花曇り
「今夜は美咲の帰国祝いがあるから、お前も一緒に来いよ」

寝室の入り口でカフスボタンを留めながら、亮は有無を言わせぬ口調で告げた。

私はデザイン画の修正をしていたので、顔も上げずに答える。

「今夜は仕上げなきゃいけない図面があるから行けない」

「お前が来なかったら、俺が周りにどう思われると思う?」

亮が近づいてきて、いきなり私のノートパソコンを閉じた。

「周りに聞かれたら、俺は何て説明すればいいんだ?」

「仕事で残業してるって言えばいいでしょ」

彼は眉をひそめた。「唯、いい加減にしてくれ」

「指輪の件はもう終わった話だろ。それに、お前は俺の婚約者なんだから、こういう集まりにはちゃんと顔を出してもらわないと困るんだ」

私は亮を見つめ、急に何もかも馬鹿馬鹿しくなった。

「わかった。行くよ」

店に着くと、個室にはすでに何人か座っていて、亮の友人である吉岡拓真(よしおか たくま)の姿もあった。

美咲は白いワンピースを着て、上座のすぐ隣に座っていたが、私たちを見るなり立ち上がる。

「亮くん、神崎さん、来てくれたんですね」

亮は美咲のために椅子を引いて座らせると、私の椅子も引いてくれた。ただし、そこは美咲から3席も離れた場所だった。

注文を取りに来た店員からメニューを受け取った私は、ひととおり目を通してからナッツサラダを頼んだ。この店に来ると、必ず注文するお気に入りの一品だった。

すると、注文されたメニューが書かれた店員のメモをのぞき込んだ美咲が突然、口元を手で覆う。

「どうした?」

亮がすぐに心配そうな顔をすると、美咲は申し訳なさそうにまばたきをした。

「私、ピーナッツアレルギーがあって……ごめんね、私のせいで頼めないものがあって……」

彼女はそう言ってから、私にちらりと目を向ける。

「神崎さん、気を悪くさせてしまったらごめんなさい。でも、わざとじゃないんです」

亮はたちまち不機嫌そうな顔になり、店員に向き直った。

「ナッツサラダはキャンセルしてください」

私は顔を上げた。「それ、私が頼んだんだけど」

「美咲はアレルギーなんだぞ。テーブルにピーナッツの入ったものがあったら、安心して食べられないだろ」

亮は苛立った口調で続ける。「ほかの料理に変えろよ」

「彼女がアレルギーなら、食べなければいいだけでしょ。料理は十品以上あるんだし、ピーナッツだけってわけじゃないんだから」

すると、亮はテーブルをドンッと叩き、全員の前で私を責めた。

「少しは人に気を遣えないのか?美咲は海外から帰ってきたばかりなんだぞ。それくらい我慢してやれよ」

個室が一瞬、静まり返った。

拓真がわざとらしく咳払いをし、場を取りなす。

「まあまあ、料理くらい変えればいいじゃないですか。神崎さん、ここは大目に見てあげてくださいよ」

私は拓真を一度見てから、険しい顔をしている亮に視線を戻した。

「わかった。変える」

ナッツサラダの注文が取り消されると、うつむいて「ありがとう、亮くん」と小さく礼を言った美咲の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。

食事が進むにつれて場も盛り上がり、何杯か酒を飲んだ拓真が、またふざけ始めた。

「亮、美咲さんが海外に行ってから3年も会ってなかったんだろ?せっかくの帰国祝いなんだから、ハグの一つでもしておけよ!」

美咲は慌てて手を振った。「やめてよ、神崎さんもいるのに、恥ずかしいじゃん!」

「神崎さんだって気にしませんよね?みんな、友達同士なんですから」

拓真がにやにやしながら言うと、その場にいた全員の視線が私に集まる。

私は湯呑みを手に持ったまま、何も言わなかった。

すると、亮は数秒ほど迷った末に美咲を抱き寄せた。

亮の腕の中にいる美咲は、頬を赤く染め、うつむきながらも嬉しそうに笑っている。

個室には拍手と冷やかしの声が響き渡った。

私は黙ってお茶を一口飲む。しかし、すっかり冷めたお茶は、舌に残るほど渋く、苦かった。

この瞬間、心の中にかろうじて残っていた何かが、完全に消えた気がした。

怒りも、悔しさも、もうなかった。ただ、すべてに決着がついたような、不思議なほど穏やかな気持ち。

食事会が終わり、レストランを出たところで、美咲が亮の袖をつかんだ。

「亮くん、今日はありがとう。今度は私にご馳走させて」

亮は彼女の肩を軽く叩く。「水臭いな。これからは、何かあったらいつでも連絡しろよ」

私は少し離れた場所に立ち、二人の会話が終わるのを静かに待っていた。

帰りの車内では、亮はしばらく黙って運転していたが、やがて唐突に口を開いた。

「お前、今夜の態度は何なんだよ。最初から最後まで仏頂面で、友達にどう思われるか考えなかったのか?」

「別に、そんな顔してないよ」

「拓真から聞いたけど、話しかけられてもろくに返事しなかったんだってな。そんなんだと、俺の婚約者は礼儀も知らないのかって思われるだろ」

私は車の窓に寄りかかり、次々と後ろへ流れていく街灯を眺める。

「もう二度としないわ」

亮は私が反省したと思ったらしく、声を和らげた。

「それでいいんだよ。来週には結婚式だし、これからは人前に出る機会も増えるんだから、少しは振る舞い方を覚えろよ」

私は何も言い返さなかった。

マンションの前に車が止まると、私は先に降り、そのまま歩き出した。

「おい、待てよ」

私は立ち止まらず、そのままエレベーターに乗り込んだ。

追いついてきた亮は、笑いながら「最近ますます気が強くなったな」と言っていた。

エレベーターのドアに映る自分を、私は無表情のまま見つめた。

亮、もう二度と、あなたに恥をかかせることはないよ。

だって、こんな集まりに一緒に出ることなんて、もう二度とないんだから。

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