「もう暗いし、美咲を一人でタクシーに乗せるのも危ないから、俺が送っていくよ」亮は私の顔も見ずにそう告げると、美咲の手を引いて車の助手席に乗せた。美咲は振り返り、私に向かって愛らしく微笑む。「神崎さん、ごめんなさい。帰りはご自分でタクシーを呼んでいただけますか?」私は小さく頷いた。「大丈夫です。気をつけて帰ってくださいね」車のドアが閉まり、エンジンがかかると、赤いテールランプはあっという間に夜の闇へ消えていった。11月の夜風は、刃物のように頬を刺してくる。私はコートの前をかき合わせ、道端で15分ほど待って、ようやくタクシーを拾った。寒さに震える私を見て、運転手が不思議そうに尋ねてきた。「お客さん、こんな寒い日に彼氏さんは送ってくれなかったんですか?」「別の人を送っていきました」私が淡々と答えると、運転手は一瞬言葉に詰まり、それ以上は何も聞いてこなかった。マンションに帰り着くと、玄関で靴を脱ぎ、そのまま腰を下ろしてスマホを取り出した。そして、結婚式場に電話をかける。「お電話ありがとうございます。雲上ブライダルホールでございます」「1週間後に結婚式を予約している神崎唯と申しますが、挙式と披露宴をすべてキャンセルしたくお電話いたしました」電話の向こうで、数秒ほど沈黙が流れた。「神崎様、挙式まであと1週間ですので、契約上、頭金のご返却ができかねます……」「承知しています。返金は結構ですので、すべてキャンセルしてください」「かしこまりました。差し支えなければ、キャンセルの理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」私は少し笑って答えた。「結婚したくなくなったんです」夜の11時半、玄関の鍵が開く音がした。帰ってきた亮からは、甘ったるい香水の匂いが漂っていた。彼がいつも使っている香水ではなく、美咲がつけていたものと同じ匂いだった。パソコンに向かっている私を見て、亮は一瞬足を止めた。「まだ起きてたのか?」「作品集を整理してたの」亮はまだ私が機嫌を損ねていると思ったらしく、脱いだコートを無造作にソファへ放り投げた。「いつまでも拗ねるなよ。来週には結婚式なんだから、指輪のことくらい気にするなって」それだけ言うと彼は寝室へ向かい、着替えもしないままベッドに倒れ込む。私はパソコ
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