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第三十四話

last update Dernière mise à jour: 2025-03-28 09:50:57

「二人はそんなに仲が良かったっけ?」

 咲月達が社長室の応接ソファーで作業していると、羽柴が二人の関係性が少し変わったように感じると首を傾げている。あくまでも同じ会社に勤務しているだけで、必要以上の会話は一切しない。確かについさっきまでの咲月と笠井はそうだった。けれど、飯塚というネタに出来る第三者が現れたことで、仕事以外の会話ができたのは大きい。咲月も笠井の人間的な部分が見れて、ちょっと親しみが湧いてきていた。

「泉川さんとは歳が離れてますけど、意外と話が合うかもって思ったところかしら」

「笠井さんのお話、ものすごく興味深かったです」

 会話の内容は決して教えられないけれどと、咲月達は顔を見合わせてクスクスと笑う。まさか自分のことを噂されてたとは思っていないらしく、羽柴は優しい目で二人の様子を伺っている。女性同士なのになかなか打ち解けないでいたことを、上司としてずっと気にしていたのかもしれない。

 咲月のデスクを移動させたのも、もしかするとスタッフ間の関係を考慮してのことだったんだろうか?

 和やかな雰囲気の中、笠井が思い出したように咲月へ提案してくる。

「そうだわ、来週の火曜のランチに泉川さんも参加してみる? ちょうど一人、都合がつかなくなったのよ。いろんな業界の人が来るから、勉強になることも多いと思うんだけれど」

 笠井が定期的に他の会社に勤める友達と待ち合わせて、ランチ会をしているのは咲月も知っていた。ちょっとした交流会だと聞いていたから、目を輝かせて頷き返そうとしたが、咲月が反応するより前に羽柴が椅子から立ち上がって止めに入ってくる。

「それだけはダメだよ。笠井さん、そういうのに咲月ちゃんを誘うのやめて下さい」

 勢いよく立ち上がったせいで、羽柴のデスクから落ちたボールペンがコロコロと床を転がっていく。それを慌てて拾い上げながら、羽柴がハァと呆れ顔で溜め息を吐く。

「休憩時間中の行動には口を挟むつもりはないけれど、笠井さんのランチ会は咲月ちゃんには……」

「あら、社長は彼女のこと、いくつだと思ってるんですか?」

「いや、ほら……泉川先
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