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第五十一話

last update Huling Na-update: 2025-07-16 10:50:40

 川上の営業先での奇行を面白おかしく話す笠井と、それを困惑顔で黙って聞いている川上。それでも笠井にお喋りのネタにされるのは意外と平気らしく、オーダーした料理が運ばれてくる度に黙々と食事を続けていた。なんだか長年連れ添った夫婦を見ているような感覚がするのは気のせいだろうか?

「あ、そろそろデザートを頼んでいいかしら? ここのレモンシャーベットが美味しいのよね、確か?」

 そう聞いて来た笠井へと、川上が「ああ」と短く頷いてみせる。どうやら笠井も川上からこの店のことを先に聞いていたらしい。外回り中にはこういったお店のことを二人で話すことがあるのかと、ちょっと意外だ。オフィス内では二人が仕事以外のことを話しているのを見た覚えはほとんどないけれど、外では結構いろんなことをお喋りしているのかもしれない。

 平沼もメニューのデザートのページを見ていたが、まだドリンクが残っているからと注文しなかった。甘い物があまり得意じゃないからだろう。咲月は笠井と同じレモンシャーベットを頼んでから、スマホの画面をのぞき込む。時刻はもうすぐ二十一時になろうとしていた。何だかんだと三時間もここで食べ続けていたが、結局ドリンクは最後までウーロン茶しか頼まなかった。

 こんな頭が混乱しそうな時にお酒なんて飲んだら、何を喋り出すか自分でも自信がない。

 ――平沼さん、さっきのは本気なんだよね……?

 返事は別にいらないみたいだけれど、一方的に気持ちを伝えられて本当にそのままにしちゃっていいんだろうか? 咲月は向かいの席に座る同僚のことをちらりと覗き見る。ドリンクメニューのワインのページを見ながら川上と葡萄の産地について真剣に話しているが、飲み過ぎたのか顔が真っ赤だ。

 でも急に大変なことを思い出したと、ハッと顔を上げる。

「あー、俺、オフィスに自転車を置きに行かないと……飲酒運転になるし、押して帰るのも辛い」

「鍵を開けて、中へ入れておいた方がいいわよ。自転車の窃盗、多いらしいし」

「うっす。そうします……今日は歩きで来れば良かった……」

 来る時には帰

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