第697話

貴仁の名前が出た途端、佳恵の顔色が一変した。

「でも......彼の心にはすでに他の女がいるの。たとえ私が彼の役に立てたとしても、私を好きになることなんて、絶対にない」

日奈は驚いた。まさか貴仁にすでに好きな人がいるとは。

以前、彼女が貴仁を付きまとっていた時、彼に「好きな人がいるから」と言われたことがあった。

そのときは、ただの口実だと思っていたのに......まさか本当に好きな人がいたなんて。

「誰のことが好きなのか、知ってる？」日奈は軽く尋ねた。

佳恵は膝を抱きしめながら、ぽつりと言った。

「......南雲華恋だよ」

その名前を聞いた瞬間、日奈の表情はひきつった。

「貴仁が好きなのが、南雲華恋だって？それ、本人がそう言ったの？」

佳恵は苦笑しながら答えた。

「言わなくてもわかるわ。彼が自分から誰かに連絡してるの、見たことある？私は見たの。しかも、華恋を見たときの彼の笑顔は、いつもと違うのよ」

日奈はどうしても信じたくなかった。

貴仁が好きな相手が、自分が一番嫌いな南雲華恋だったなんて！

「......なら、だからこそ、お前はハイマンの元に戻るべきなのよ！」

佳恵は困惑した表情で日奈を見た。

「まだ知らないのね。華恋は今、ハイマンのことを母さんって呼んでるのよ。たぶん、ハイマンが娘を思うあまり、華恋を養女として迎えたんじゃないかしら」

「お前が戻らなければ、華恋はずっとその立場を独占することになる。本来お前のものだった人脈や資源を、華恋が手にして、好き放題使うのを見ていられるの？」

佳恵は、心の中で大きく揺れ始めていた。

「でも......でも、父さんと母さんにどう話せば......」

以前、彼女は高坂家に残るため、泣いて縋りつき、「死んでも離れない」と言い切っていた。

今になって自分から出ていくなんて、まるで自分の言葉を裏切るようなもの。

「そのあたりは私が話してあげるわ」

日奈は機が熟したと見て、そっと佳恵の肩を抱きながら言った。

「佳恵、これからは何かあったら私に言って。私たちは恋敵だったかもしれないけど、今や共通の敵がいるの。だから手を組むべきよ」

佳恵は警戒心をにじませつつ日奈を見た。

「私たちが......手を組むの？」

「そうよ。私は君を貴仁の妻にする手助けをするのよ」

佳恵はまだ理性を保っ