お湯を沸かしている間、私が星空を観察するようになったきっかけを振り返ろうと思う。
それは、私たちが結婚する前のお話である……。
——交際して半年くらい経った時のこと。
「もしもし?」
「空、今時間ちょっといいか?」
「うん? いいけど、どうしたの?」
恭弥さんから電話が掛かり、次回のデートの予定日を聞かれた。
どうしても見せたいものがあるからと、彼の家でのお泊まりを招待してくれた。
今はここを拠点にして本格的に住んでいる。
けれど、その当時は彼曰く別荘という形で買ったそうだ。
「お待たせ、恭さん」
「おう、お疲れ」
駅前の待機所で恭弥さんの車を見つけた。
窓を軽くコンコンとノックで合図をする。
すると彼は窓を開け、私を覗くような姿勢で労いの言葉を掛けてくれた。
「大分……待った?」
「いや、俺もさっき来たところ。ほら、助手席に乗って」
「うん」
恭弥さんは笑顔で私を招いてくれた。
彼からの指示に助手席用の扉を開け、車に乗り込んだ。
私のお迎えをしてくれた後は、外食で夕飯を済ませることにした。
そして、そのまま恭弥さんの運転で約二時間程の距離を駆けていく。
——二時間が経った頃……。
エンジンを止め、車が止まっていた。
どうやら、ようやく目的地である彼の家に着いたらしい。
すやぁ……と車の中で気持ちよく寝ていた私に、恭弥さんは声を掛ける。
「空、起きてー。 ほら、俺ん家に到着したよ」
「んん……」
彼の声と温かい手で、寝惚ける私の肩をポンポンされた。
目尻を少し擦りながらようやく覚ませ、私はひとまず車から降りることに……。
(うぅ……冷える……)
外は山奥の気候らしく伝わる冷えで、手が少し凍え悴んでいる。
降りた後何気なく、その場で夜空を見上げる。
すると、無数の星があちこちとキラキラしてて煌めいていた。
(これが、本物の星空……。凄い……なんて綺麗なんだろう……。美しいプラネタリウムをそのまま観ているみたい)
——その輝きが、まるで私を喜んで歓迎してくれるかのように……。
「すごい、綺麗……」
あまりの感動に、私は思わず呟いた。
後ろから恭弥さんが現れ、横に並びそっと私の肩を彼の身体に寄せた。
「星……綺麗だろ?」
「う、うん!」
「これを見せたかったんだ」
「恭さん……」
「俺も初めてここへ来て見た時は、空と同じように感動したもんだ」
彼は夜空を見ながら微笑ましく話す。
やはり外の空気から寒さが増して伝わり、身体まで影響している。
自分の手を温めるように、私は息を吐く。
「ん? 寒くない?」
「少しだけ……でも大丈夫だから」
「ホント?」
都会の方が、寒さはあまりないため手袋やカイロを持っていない。
彼は私の仕草に気づいたのか、そっと横へ寄り添う。
夜空の方へ指を差しながら尋ねた。
「なぁ、空。星座とかわかる?」
「え? うーん……」
私は首を傾げたり横に軽く振る。
「見ただけでは、やっぱ難しいよな」
「うん……どれが何かって言われたら」
私は正直にコクンと小さく頷いた。
無数の星があると、どれのことかさっぱり見分けがつかない。
学校で理科の授業の時、星の見分け方を学んではいるが……。
知識だけ知っていても、経験のない私にはまだ難しかった。
いや、それよりももっと緊張していることがある。
(恭弥さんが、私の隣に……)
彼が私の傍に寄り添ってきたことだ。
胸の鼓動が早くなってドキドキしている。
「じゃあ、俺が教えてあげる。アレが……」
恭弥さんは少しでも寒さを凌げられるようにと、彼の上着を覆い私の隣を離さない。
輝きが放って目印となる星を起点にする。
そして、星座を指でなぞるように教えながら示してくれた。
恭弥さんとのひと夜に未来を夢見て……。
◇ ◆ ◇
——……ハッ!
(ふわぁ……。寝落ちしてしまいそうになってた……)
目の瞼がうつらうつらと、重くなっていたことに気がついた。
ボコッ! ……ボコボコ……
いつの間にか、もうお湯が沸いていた。
コッヘルからお湯の沸く音を立てて激しく鳴らしている。
(それに……ちょっとドキドキする夢を見てた。なんとなくあの思い出を回想しているなんて)
入っているお湯が沸きすぎて溢れない内に淹れておこう。
耐火手袋を着用し、コッヘルを持ちカップ麺へそっと注いだ。
その後、スマートフォンから時計アプリをタップしてタイマーを選択する。
3分間の設定してポチッとセットを押す。
(ふぅ……危ないところだった……)
でも、食べられるまでもう少しの辛抱。
蓋をして、紙蓋の上にお箸を押さえに乗せて待つのである。
◇ ◆ ◇
——ピピピッ……ピピピッ……。
スマートフォンでセットしたアラームから3分経ったことを告げた。
(よし、3分経った! これで食べられる!)
長かったようなあっという間のような……。
蓋を開けると、容器から熱々の湯気が立っている。
同時にカレースパイスの香りもふわっと漂ってきた。
(うーん、カレーのいい匂い……。よし、冷めないうちに食べよう!)
「いただきます」
他人から見ると、澄ました顔だから熱いのは平気そうと見えるのかもしれない。
けれど、実は猫舌なのである。
熱々のものをいきなり食べるのが苦手で、火傷をしてしまう。
麺にフーフーと吹きながら軽く冷まして食べるのが、私のスタイルということだ。
スーッと麺を啜る。
(ん~……温かい……。身体に染みるぅ……)
カップ麺の味が美味しいのは、当然のように変わらない。
でも外で食べると、いつも食べている時より不思議なことで別格になる。
健康上の理由で普段スープは、お腹がいっぱいになりすぎて膨れちゃうから飲み干せない。
今回の選んだものは、カレー味でもあっさり系のカロリーカットタイプを買ってみた。
(これなら、飽きもせず最後まで飲み干せそう)
春とはいえ、まだまだ寒さが残っている。
このスープの温かさから体全体を巡り、染み渡るのが感じられる。
——でも、たまには一人じゃなく二人のご飯の温かさが恋しくなっちゃうのである。
緩やかな坂道を登りきった後、ショッピング施設の入口の反対側にある裏手へ行く。そのまま真っ直ぐ行くと、カフェレストランの入口へ着いた。営業時間帯はまだカフェタイム……と言っても、あと一時間ぐらいで終わってしまう。メニューを確認してると、私たちを見かけた店員さんが扉を開け声をかけてくれた。「本日のカフェタイムで提供できるデザートメニューは、残りのドライフルーツのパウンドケーキのみになりますが……いかがでしょうか?」「あぁ、まぁ……とりあえず入ろうか」私はコクっと深く頷いた。恭弥さんは入りますとゴーサインを出し、カフェレストランコーナーへ入ることにした。「お席は空いてる所へどうぞ」(どこにしようかな……あ、ここにしよう)店員さんがそういうと良さそうな席を選ぶように、私は周りを見回す。景色も眺められそうな窓側の席へ指定した。「おっ、外の景色も見えるんだな」「うん、だからここにした」「いいじゃない?」そして店員さんが水を持ってきて早速、注文を取ろうとする。「ご注文はお決まりですか?」「デザートはパウンドケーキのみでしたっけ?」恭弥さんは、その店員さんに質問をかける。「そうですね、他の二つは生憎既に完売してしまいまして……」そう言って、店員さんは申し訳ございませんと頭を下げた。ちなみに完売した他の二つのデザートは、ガトーショコラとベイクドチーズケーキだった。
今日は恭弥さんとドライブも兼ねてのお出かけ。だけど……。「え~……今この辺だけどさぁ~……コレ、どこへ行こうとしてるんだ?」彼と、行きたい目的地の専用駐車場へ向かおうとしているはずだった。しかし、今はそこと別の駐車場付近に居る。コレはつまり、完全に迷ってしまった。車に搭載しているカーナビとスマホのマップアプリで検索したものを照らし合わせている最中だ。(曲がる場所が複雑すぎる……ナビでも難しいなんて)どうやら高速道路のジャンクションらしい所を通ると、すぐ目の前が目的地の駐車場。だが、そこへ辿り着くまで少々ややこしい……。というのも、曲がる場所を間違えてしまうと高速道路に向かう方向へ入ってしまうそうだ。「とりあえず、私も地図見ながら案内のサポートするからゆっくり前へ進んでみよう?」「ん……わかった」そんな訳で、少々不機嫌で難しそうな顔の恭弥さんは運転を再開。私も慎重にフォローをしないといけない。(とりあえず、道の曲がる場所を正しく誘導出来るのを頑張ろう)「恭弥さん、ここを左に……」「ん? ここ?」「そう、ここ」私は曲がるタイミングを伝えながらサポートをしていく。今日は前から行ってみたかった、隣の市にある大きな公園内のフィールドパーク。昨年九月頃にオープンしたものの、予定がなかなか合わなくて行けずじまいだった。(あぁ、やっと恭弥さんと予定の合う日が出来
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?)