——数十分後……。
(ふぅ、食べたぁ……)
ポテトサラダとホットサンドを食べ終えた後、お腹がいっぱいになった。
けれど、昼食はこれで終わりじゃない。
(最後は、あのデザートが待っている!)
デザートを用意する前に、食べ終えたお皿などまとめて片付ける。
一度キャンプ部屋から出て、キッチンへ向かう。
昼食の締めは、先日に作ったお手製のプリンだ。
でもこのプリンは、スーパーの棚に並んでいるプラスチック製のカップのものではない。
ココット皿という約三~四センチぐらいの深さがある耐熱性の丸い陶器に入っている。
但し、今はカラメルが入っていない状態のもの。
(ここからがお楽しみ……)
先ほど下準備の際、プリンの上にザラメをかけてある。
それを今からガスバーナーの一つ、トーチバーナーで炙る。
(お寿司屋さんで魚の表面を軽く炙る時に使うものだけど、我が家でも使うとは思わなかったなぁ)
今回のプリンで、クレームブリュレ風にしてみたかったのだ。
バーナーのスイッチを入れ、火力を調整したらじっくりザラメに当てる。
火に当たったザラメの結晶が、一瞬だけ透明に溶けていく。
そしてまた一瞬、黄金色から今度はオレンジの色味ある茶色へと変化していく。
(慎重に……丁寧に……)
まるで化学反応を起こす、この瞬間を目の当たりで観察しているようだ。
でも、真っ黒にならないように細心の注意を払いながら当てていくのがポイントだ。
美味しそうな色加減になったところで、カチッとバーナーのツマミで火を消した。
(出来た! うむ、なかなかの仕上がり……)
真ん中は少しの焦げ茶色だが、周りはオレンジ色の艶があるカラメルが輝いている。
(ココットを持っても大丈夫かなぁ?)
そう思うのと同時にカラメルのパリパリ感が欲しい。
冷え固まるまで少し時間をおくことにした。
——五分ぐらい経った頃。
(そろそろ、大丈夫かな?)
カラメルの透き通るような透明の艶が見えている。
プリンの入ったココットを手で少し触ると、そんなに熱くなかった。
(いい感じになったし、部屋へ持っていっていただこう!)
こうして至福のデザートが完成した。
キャンプ部屋へ戻った後、チェアへ腰掛ける。
ココットを手にしたまま、パリッとガラスのようなカラメルを突き破りながらスプーンで一すくい。
そして、口に運ぶ。
(お、カラメルに少しほろ苦さが出てる。けど、プリンの甘さも補っているから丁度いい)
デザートは、やっぱり別腹だな。
私は、甘い物に目がないぐらいの甘党である。
食べるだけではなく作る方も好きだ。
手作りクッキーやホットケーキがほとんど。
昔は、時間やイベントがあればホールケーキやタルトを作ったこともある。
(今度は、庭で簡単にできそうなデザートを作ってみたいなぁ)
——ピコンッ!
そう思っていたら、スマートフォンから通知がきた。
(あ、恭弥さんからだ)
恭弥さん「今、休憩中。空、そっちの天気はどう?」
空「こっちは朝からずっと雨だよ」
恭弥さん「もう梅雨入りしたから雨の日が多いよなぁ。まさか、庭でキャンプが出来ないって悶々してたんじゃない?(笑)」
——ギクッ!
(うぅ……バレてる……。なんで分かったんだろう?)
遠く離れているはずなのに、なぜか恭弥さんに私の心情を読み破られてしまった。
ここは正直な気持ちでメッセージを打って答えることにした。
空「ハイ……ソノトオリデス」
恭弥さん「素直で宜しい(笑)」
(あっ! そうだ!)
せっかくだから、私が部屋でキャンプごっこをしているところの写真を撮って送ることにした。
(これが一番良いかな? よし、送信っと!)
数分後、恭弥さんから返信が来た。
恭弥さん「なぁに? 部屋で楽しく満喫してるじゃん!」
空「うん。梅雨に入ったからキャンプ出来ないし、部屋で雰囲気だけでもと思って」
恭弥さん「あぁ、確かに部屋でやるのも悪くないな」
そのメッセージの後、恭弥さんから写真が送られてきた。
雨上がりの後に差し込む、大きな虹の写真だった。
(綺麗……なんか神秘的な感じだ)
おそらく、彼のお気に入りである一眼レフのカメラで撮って編集した作品だ。
空「すごく綺麗だね」
恭弥さん「綺麗に撮れただろ? 本当に偶然だったんだけど、逃さず夢中になってシャッター切ってたわ」
空「うん、奇跡のタイミングだったんだね」
その偶然に『奇跡の作品が生まれる』という意味って、このことかもしれない。
恭弥さん「あっ、クライアントの人に呼ばれたからそろそろ仕事に戻る。また夜にメッセージ送るから」
空「うん、わかった。行ってらっしゃい」
(恭弥さんも、頑張ってお仕事に励んでいるなぁ……)
近々、風景の写真集を出すらしい。
それの打ち合わせだったり、購入特典用のポストカードの写真を撮ったりと詰めてるみたい。
私は、彼の写真は大好きだ。
何気ないものでも、色んなメッセージ性がある。
実は、私もこの写真集の中のメッセージを一部だけ担当している。
前回出した写真集も、おかげ様で好調に売れていた。
だから今回の写真集も恭弥さんから頼まれたから嬉しかった。
雪絵さんの仕事と同時進行で少しづつ書き溜めもしている。
(今度、打ち合わせの日程が合えばリモートで仕事を一緒に出来るから、楽しみだなぁ)
私も恭弥さんが出す写真集のサポート役だから、気を引き締めて頑張らないといけない。
ゆっくり昼ごはんを食べ終えた私は、次の仕事に精を出すことにした。
梅雨入りした雨の中のキャンプごはん、ごちそうさまでした。
(あとは、梅雨明けするまで大人しく待っていよう……)
——夏に向かう雨上がりの虹を見るのが、待ち遠しくなるこの頃である……。
——七月下旬へとうに入っていた頃。ここ山奥でも、お昼間になると蒸されるような夏の暑さが本格的に入ろうとしている。現在時刻はお昼を過ぎ、午後二時くらい。私は今日も原稿を眺めながら、校正の仕事をこなしている最中だ。今回の原稿は、来月にウェブ版で掲載する夏の風物詩をテーマにした作品を発表を設ける。その中の一つに、七夕が入っていた。七夕といえばお馴染みであろう、天の川をはじめ彦星と織姫の星が見える。(そういや、今日の天気ってどうだったかな?)スマートフォンに入っている天気予報のアプリで確かめることにした。テレビで流れる週間予報のように、色んな場所を一覧で並べている。一番上の欄は我が家の住んでいる地域に登録している。(今日の予報では曇り一つも無さそうだけど、念のために外を見て確認しよう)ひとまず、作業部屋の窓から確かめることにした。レースカーテンをチラッと捲り、窓の外を覗いてみる。雲一つもなく、清々しく爽やかな水色の青空。(これなら、今日の夜でも星空が充分観れそうだ!)しかし、一つ問題があった。机の上をチラッと見る。(どうしよう、原稿がまだもう少し残っている……)今日の朝からリモートで打ち合わせなどと他の仕事が色々ありすぎて、山積みに抱えている。そんな状態で、ご飯を作れる時間が余裕にあるのか悩む。夏を迎えているから、お日様の滞在する時間が長くなった。夜の焚き火もするなら、暗くならない時間帯に準備もしないといけない。山奥の夜は都会よりもかなり涼しい。寒くなる時もあるから、無いよりかはいい。
緩やかな坂道を登りきった後、ショッピング施設の入口の反対側にある裏手へ行く。そのまま真っ直ぐ行くと、カフェレストランの入口へ着いた。営業時間帯はまだカフェタイム……と言っても、あと一時間ぐらいで終わってしまう。メニューを確認してると、私たちを見かけた店員さんが扉を開け声をかけてくれた。「本日のカフェタイムで提供できるデザートメニューは、残りのドライフルーツのパウンドケーキのみになりますが……いかがでしょうか?」「あぁ、まぁ……とりあえず入ろうか」私はコクっと深く頷いた。恭弥さんは入りますとゴーサインを出し、カフェレストランコーナーへ入ることにした。「お席は空いてる所へどうぞ」(どこにしようかな……あ、ここにしよう)店員さんがそういうと良さそうな席を選ぶように、私は周りを見回す。景色も眺められそうな窓側の席へ指定した。「おっ、外の景色も見えるんだな」「うん、だからここにした」「いいじゃない?」そして店員さんが水を持ってきて早速、注文を取ろうとする。「ご注文はお決まりですか?」「デザートはパウンドケーキのみでしたっけ?」恭弥さんは、その店員さんに質問をかける。「そうですね、他の二つは生憎既に完売してしまいまして……」そう言って、店員さんは申し訳ございませんと頭を下げた。ちなみに完売した他の二つのデザートは、ガトーショコラとベイクドチーズケーキだった。
今日は恭弥さんとドライブも兼ねてのお出かけ。だけど……。「え~……今この辺だけどさぁ~……コレ、どこへ行こうとしてるんだ?」彼と、行きたい目的地の専用駐車場へ向かおうとしているはずだった。しかし、今はそこと別の駐車場付近に居る。コレはつまり、完全に迷ってしまった。車に搭載しているカーナビとスマホのマップアプリで検索したものを照らし合わせている最中だ。(曲がる場所が複雑すぎる……ナビでも難しいなんて)どうやら高速道路のジャンクションらしい所を通ると、すぐ目の前が目的地の駐車場。だが、そこへ辿り着くまで少々ややこしい……。というのも、曲がる場所を間違えてしまうと高速道路に向かう方向へ入ってしまうそうだ。「とりあえず、私も地図見ながら案内のサポートするからゆっくり前へ進んでみよう?」「ん……わかった」そんな訳で、少々不機嫌で難しそうな顔の恭弥さんは運転を再開。私も慎重にフォローをしないといけない。(とりあえず、道の曲がる場所を正しく誘導出来るのを頑張ろう)「恭弥さん、ここを左に……」「ん? ここ?」「そう、ここ」私は曲がるタイミングを伝えながらサポートをしていく。今日は前から行ってみたかった、隣の市にある大きな公園内のフィールドパーク。昨年九月頃にオープンしたものの、予定がなかなか合わなくて行けずじまいだった。(あぁ、やっと恭弥さんと予定の合う日が出来
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である