Masuk——七月初旬のある日の午後。
(ぬぅ~暑い……。暑いよう……)
季節は、もう夏を迎えている。
薄手の長袖から半袖への衣替えも兼ねて、そろそろ部屋の中へ扇風機を設置しようか迷っていた。
最近、この時期の昼間は少しずつ暑くなってきた。
天気予報では、夏日に近い気温を示す日中も増えている。
けれど山奥の気候は平地と違い、朝と夜はまだ涼しい。
(長袖の服もそろそろおしまいかなと思ったら、逆戻りもするしどっちを着ればいいのだろう)
こんな心境で毎日迷うから困る。
特に雨が降ると冷えて肌寒くなるくらい、昼との気温の差が激しい。
ただこれから訪れるであろう厳しい暑さに耐えられるのだろうか?
そういわれたら、この先は絶対バテるに違いない。
身体が、なかなか外の気温に順応してくれないのである。
(暑さを凌ぎれるスタミナが欲しくなるし、そろそろつけたいなぁ……)
今のままだと身体がドロドロに溶けてしまうくらい、私は夏バテしやすい体質だから尚更だ。
夏を乗り切るために、簡単にスタミナのつくスパイシーなものが食べたい。
(うーん、夏といえば……。あっ、それに相応しいメニューがあるじゃないか!)
そうだと一人で相槌を打ちながら閃いた。
(夏……スタミナがガッツリつくスパイシーなもの……カレーだ!)
キャンプ飯の定番メニューの一つだけど、まだ作ったことがない。
先週の話には触れていなかったものだが……。
(前から気になっていたんだよね……)
それは恭弥さんとお買い物デートの際、ダッチオーブンを買ってみた。
最近は、スキレットと同じくIHで使用出来るものが増えた気がする。
我が家のキッチンについているコンロはIH仕様。
ガス火で調理をするときは、カセットコンロなどが必要になる。
もちろん、それぞれの良さはあるし逆も然り。
(でも外でやる時は、やっぱりガスコンロや焚き火で料理をしたい)
ダッチオーブンは、煮込み料理に使うだけじゃない。
肉や魚、野菜の蒸し料理にももってこいだ。
(今度の結婚記念日には、恭弥さんと一緒にダッチオーブンでローストチキンを作るのも良いなぁ……)
それは、後で彼とLIMEで相談しよう。
とりあえず、今日は家でいつも作っている基本のカレー作りに挑戦しようと思うのである。
◇ ◆ ◇
まずは家での下準備として、カレーに使う野菜を切ったりご飯を炊く作業だ。
お米はいつも通り、洗ってからメスティンで吸水作業を行う。
次は具材の野菜を切る。
具材として入れる野菜は、玉葱、人参、ジャガイモ。
ちなみに、今回のカレーに入れる肉は牛肉の薄切り肉。
家庭によっては、豚肉や鶏肉を入れる。
我が家では、私が小さい頃から「カレーライス」といえば大体牛肉カレーで自然と育っていた。
恭弥さんの家では、鶏肉や豚肉の日もあったみたい。
(きっと彼のお母さんは、料理が上手な方なんだろうなぁ……。よし、私も頑張って料理の腕を磨かなくては!)
そう思いながら、野菜を選んで手に取った。
最初に切る野菜は楕円形のジャガイモ。
男爵など色んな品種があるが、「メークイン」という品種のジャガイモが好きだ。
カレー以外にポテトサラダや肉じゃがなど、色んなメニューに使っている。
(うん、これぐらいのサイズで)
ジャガイモの皮をピーラーで剥き取り、楕円の形になっているのを一口大ぐらいのサイズに等分に切っていく。
次に切る野菜は、鮮やかなオレンジ色の人参。
多めに作るときは一本分の量になったりしているのだが、一人分って意外と難しい。
(一人分……今回の人参のサイズだと、尖っている方から四分の一ぐらいで充分だろうなぁ……)
人参は火の通りがジャガイモに比べて悪いので、少し小さめの乱切りに。
最後は、アラビアナイトに出てくる宮殿の頭部分のような玉ねぎのお出ましだ。
私は玉ねぎが大好きで、レシピに書かれている量よりも少し多めに入れている。
他にジャーマンポテトやグラタンを作るときも、カレーと同様だ。
(火が通ると甘みが出て美味しいから、つい増やしちゃう)
とはいえ、これも大体一人分くらいの量にするが少し多くてもいいんだ。
玉ねぎを半分に切った後、真ん中の芽の部分をとってくし切りにした。
野菜が切り終えた後、それぞれのビニール袋に分けて入れておく。
薄切り肉は切らなくてもちょうどいい大きさだった。
鍋へ入れられるから、そのままトレーごと持っていこう。
(分量的には一人分より気持ち多めにする方が、やりやすいと思った)
あとは市販のカレールーを二種類、お水、ローレル、塩胡椒。
隠し味として入れるあるものが揃えば完璧だ。
(よし、材料は揃ったし、タープや焚き火台の準備をしよう!)
いつもの服装に着替え……といいたいが、先ほど言ったように今日の昼間は夏日と少し暑い。
なので、今度は夏バージョンの服を紹介しよう。
黒のジーンズはそのまま変わりない。
上半身の服装は、黒にグラデーション色の翼のデザインが入ったTシャツを着る。
次に日焼け対策として黒色の腕カバーを着用する。
夕方や夜まで行う時は、少々冷えてくるので紺色の薄手パーカーも必要になる。
(あっ、そろそろコレも必要になるなぁ)
夏といえば、色んな虫が多く活動している。
なにより人間にとって最大の敵、蚊のことだ。
腕や足に刺されることが多い。
(刺されたら痒くてしようがない……)
そこで、スプレーで虫除けの対策もしないといけない。
先日、百均で服の上からでもかけても大丈夫なミストタイプのスプレーを買ってみた。
服の上から全体にそのスプレーをかけてみる。
匂いはシトラスっぽい柑橘類だった。
(虫除けスプレーなのに、アロマみたいないい香りをしてる)
靴を履き、服装もバッチリ準備できたし外へ出ようと立ち上がった。
(久しぶりに外へ出るから、日差しに気をつけないと)
——梅雨明けてから久しい初夏のキャンプを楽しむために……。
——気を取り直して……。野菜の下ごしらえが終わり最後は豆腐を切るのみ。(いつもの絹ごし豆腐で六等分に……)これでようやくひと仕事をした。「お? 出来た?」「うん」私はコクリと頷く。「じゃあ、鍋の出汁を作ろう」「うむ、作る」出汁を作るのは、私の役目と決まっている。そもそも私の実家で年に一回、カニ鍋をしていたから馴染みがある。私にとっては思い出の一品で、本当に正月の期間にしか出さないハレの日料理。出汁の調合や作り方は、私の父が作っていたのを見よう見真似で行うだけ。我が家の出汁は、昆布で出汁を取る。あらかじめ、土鍋の半分より少し多めの水に昆布一枚分浸していた。そこに塩を少々、薄口醤油とお酒をひと掛け。そしてコンロの火をつける。沸騰し始めたら白菜の芯や白ネギ、豆腐を先に入れ、次の食材を入れるタイミングを待つ。「空ー! 俺、取り皿とかガスコンロ出しておくぞ」鍋の食材を入れている合間に、恭弥さんが声を掛けてきた。「うん、ありがとう。あっ、こたつの電源だけ切っておいてね」「OK」(今日は新年最初の料理の振る舞いだし、彼のために美味しい鍋を作らなきゃ!)大切な人のために料理を振る舞うというか、もっと作ってあげたい気持ちがどんどん湧いてくる。(そろそろ、次の食材の入れ頃かな)昆布出汁のやさしい香りも、ほんのり漂ってきた。グツグツと食材が揺らぐ頃に、火の通りやすく青々しい部分と黄色みの
——夜鷹家、自宅内のリビング。「なんでやねん、それはないやろ!」「ワハハッ!」私達、夜鷹夫婦はリビング内の暖房にあたっている。ぬくぬくと家の中で籠りながら、テレビで今放送されている正月用の特別番組をボーっと鑑賞している最中だ。(やはり正月の時だからこそ、初笑いだからかお昼から漫才やバラエティ番組が多いなぁ……)今年最初を飾るハレの日、一月一日。新年の幕開けの日でもある。私も恭弥さんも、年末年始は仕事がお休み期間中。初詣は家の近くにある神社で無事にお参りを済ませた。今はこたつの中でのんびりと温まっている。毎年届く年賀状も無事に受け取ったし、お雑煮やお節料理もお昼ご飯も……。(ただ、キャンプができる日はまだまだ遠い先……)現在、庭キャンプは冬季休み期間である。冬用のキャンプ道具やテントを持っていない。それが一番の理由がそれだから。我が家の住んでいる山奥での外は、雪一面の景色。特に、朝と夜はマイナスの気温まで下がる世界。昼間でも一桁の気温には、流石に耐えきれない寒さだ。だけど、家にいるとやはり身体が鈍ってしまうのも事実である。しかし、夕刻になって晩ご飯の時間が近づくにつれて……。——ぐぅ~……。盛大な音が部屋の中で響く。「空、お腹空いただろ?」「……うん」隣にいる彼はクスッと笑いながら、私のお腹の空き具合を聞く。(うぅ、バレちゃったか……)「お腹が鳴ってたの、すぐわかったよ」
——ピピッ、ピピッ!スマホのタイマーが鳴り響いた。十五分の煮込みは、長く感じるような気もした。恭弥さんと話していれば、あっという間だと感じる。鍋の中に入っているローリエを取り除き、一旦火を止める。シチューのルーと牛乳を入れて再度火をかける。少し弱火にして、じっくりルーと牛乳を馴染ませるかのように混ぜていく。「おぉ、良い匂いしてきているね」「うん、クリーミーな感じがする」恭弥さんが鍋の中を少し覗き込みながら、シチューの完成を待ち望んでいる。(あ、そうだ! かき混ぜるのと同時に、忘れずにこれも入れておかないと)そう、彩りを足す役割をするブロッコリーのことだ。それも加えてかき混ぜていくうちに、とろみも出てきた。沸々と湧いてきたから火を止めることにした。「出来た?」「うん、あとはパンをスキレットで軽く温める」「そうだね、パンがあると更に美味しくなるしな」シチューの入った鍋は鍋敷きの上へコンロから下ろし、スキレットで切り分けていたフランスパンを二枚温める。パンをだんだん温めていくうちに、小麦とバターの香りが漂ってくる。(はぁ、特にバターの香りが美味しく感じる)恭弥さんは、私の心の中を覗いてニヤニヤしているような気がした。いやいや、そんなことよりもシチューの盛り付けをしないと!「恭弥さん、量はこれくらい?」「うーん、もうちょいだけ」パンを温めている間は、シチューをそれぞれのボウル型のお皿に取り分けていた。恭弥さんの分を入れ終わった後、自分の分も盛り付けてようやく完成。
焚き火の火が安定してきた頃。いよいよ、カセットコンロでシチューを作る準備だ。ちなみに我が家の使用しているダッチオーブンは直火、IHでも両方使える。オリーブオイルでダッチオーブンの鍋の底を馴染ませ、コンロの五徳に乗せる。——カチャンッ! ボッ!ツマミを全開に回し、火を付けた。ここからは、いつも家で作る感覚で手順を踏まえる。(鍋が温まったところで、まずは鶏肉から炒めよう)炒めているうちに鶏肉の透明感のあるピンク色から変わり、少し狐色の焼き目がついてくる。「おぉ、良い色ついてるなぁ~」恭弥さんが匂いを嗅ぎつつ、時折覗き見をしている。しかし、彼に料理をしている姿を見せていない。そのせいで、近づけてくるほど緊張してしまう。(今は意識しない……! 次はキッチンで切った野菜を……)火の通りにくい人参、玉ねぎを先に投入して木製のヘラで回し炒める。(玉ねぎはあらかじめ切った後でもまだ引っ付いているから、先に剥がしておいて正解だ)ここで皆さんに豆知識だが、このことはご存知だろうか?玉ねぎを食べている白い部分は、実はキャベツやレタスと同じく葉っぱであるということだ。ちょっと恥ずかしながら、私も最近知った知識だ。(野菜の知識は、私でも知らないことが色々ありそうだし勉強しなくっちゃ!)玉ねぎが半透明になったところで、ジャガイモを入れて軽く炒める。ここから煮込みタイムへ入ろう。水を具材が浸かる程度まで注ぎ、コンソメとローリエを加え蓋を閉める。少し弱めの中火にして十五分ほど、タイマーをスマホで設定
(さて、恭弥さんは必要な道具を全部、出してくれたかなぁ?)玄関から外へ出て、右側の端っこ付近にある収納庫へ向かった。すると、恭弥さんが既にタープを広げているではないか。そのタープは前回、クリスマスの時期に届いたあのヘキサタープだ。しかも彼はポールを一本にするため、分解されているのを組み立ててまで行なっている。「あれ? もう広げちゃったの?」「ん? あぁ、広げないとタープの端につけるロープを取り付けられないからさ。あとどれぐらいの広さかも知りたいし」今日初めて使う新品のタープだから、ロープの取り付けも全て一からやらないといけない。(あっ、そういうことかぁ……なるほど)パソコンに例えてしまうが、初期設定みたいなものだ。すなわち最初からある程度まで用意しておけば、後々楽に立てられる。幕の端についている輪っかは、六角形の角の数だから全部で六つ。ロープで通し、ペグなどで引っ掛けるところだ。他にも前後それぞれ金属の留め具みたいな穴の空いている部分がある。そこにはポールを立てて、布製の輪っかを通した紐はペグに引っ掛けて固定するものだ。通称「スタンダード」と呼ばれる立て方で、今回はそれに挑戦する。まず、広げたタープの幕にポールの金属が見える部分のみで前と後ろそれぞれ穴を通して一旦、直線上に寝かす。(最後に立てるためなのかな……?)次にポール穴がある箇所の布製輪っかにロープを通していく。寝かしていたポールから左右に大体四十五度ぐらいの斜め位置に二辺作りつつ、ポールの端に合わせてペグで位置を仮止めで打つ。「空、この辺で軽く打って」「ここ、だね」私はペグを地面に
——三月下旬の残り冬。今年もまた、春を迎え始めようとしてる。雪はまだ所々で少し残っている。それでも、二月まで山ほど積もっていたときと比べたらほとんど溶けていた。読者の皆さんとこうして出会うのは、久しぶりな気がする。冬の間、庭キャンプはお休みして部屋にある炬燵の中で暖まっていた。(だって、炬燵の中に温もりと睡眠の誘惑が……)でもその期間を終わりにしてそろそろ、今日から再開しようと思う。山奥の冬の朝と夜、寒さが残っては消える。お昼間にはようやく和らいでくれた。ただ天気次第では、三月でも雪が降ったりすることもある。だけどその雪は積もることなく一日経てば、すぐに溶けて水となって元通りの姿。そして……。「おぉ! 空、今日はすげぇ良い天気だぞ!」彼の掛け声から朝が始まった。——今日から、夜鷹家の庭キャンプご飯がまた新たに始まるのである。 ◇ ◆ ◇カーテンを開けて威勢のいい声をしているのは、私の旦那さんである恭弥さん。実は三月下旬から末日まで、仕事のお休みを取っている。「うぅ~ん……むにゃぁ……」「空、起きろー!」「まだ、眠ぅいょ……」彼に起こされるも、私にとっては「春眠、暁覚えず」といったこの頃。目が覚めているような……でもまだ寝ているようなと、あやふやな境界線にいる感じだ。特にカーテンを開けた日差しが、より暖かく差し込んでいる。その温もりのせいで、より心地のいい眠りを誘われて再び微睡に入りそうだ。「……せっかく良い天気だしさぁ、
今日もいつものトレーナーパーカーやジーンズ、ウインドブレーカーを着て外へ出る。最近は寒さも緩和されて過ごしやすくなったかなぁと思う。でも、私にとって夜はまだ少し寒い。(虫はそんなにいないけど、念のためにメッシュタープを立てておこう。おっと、少しだけ風も出てる)今はそよ風くらい弱いけれど、万が一と考えて備えることにしよう。外にある収納庫からタープと固定用の紐と重石と大物を運ぶ。その後に焚き火台、テーブル、ローチェア、木の棚、炭などの一式も
――大型連休に入る少し前のある日のこと。私はいつもの仕事部屋で、今日も原稿を書いている。唐突だが原稿を執筆している最中、こんなことを思ってしまった。(んー……アレ? そういや、最後に焼き魚や煮魚を食べた日って……いつだっけ?)なぜ、そんなことを言い出したのか?麺類や肉類、簡単な炒め物やスーパーで売っていた惣菜はよく食べている。しかし、最近は献立の中に自分で
(もうそろそろ、彼からメッセージ来るかなぁ……?) 淡い期待に……とふと思っていたら、ピコンっとスマートフォンからLIMEの通知が鳴っていた。そろそろ辺りは真っ暗になる頃だった。恭弥さんからメッセージが届いていたから、手に取って確認をする。恭弥さん「お疲れ。今、何してる?」私「今、晩御飯を食べてる最中。この後、星空観察するから暗くなるの待っているの」恭弥さん「そっか、なるほど。今日は
お湯を沸かしている間、私が星空を観察するようになったきっかけを振り返ろうと思う。それは、私たちが結婚する前のお話である……。 ——交際して半年くらい経った時のこと。「もしもし?」「空、今時間ちょっといいか?」「うん? いいけど、どうしたの?」恭弥さんから電話が掛かり、次回のデートの予定日を聞かれた。どうしても見せたいものがあるからと、彼の家でのお泊まりを招待してくれた。今はここ