——空き部屋を改め、キャンプ部屋にて。
(やっぱり、最初はコーヒーで一服してから……)
家の中でいつも使用しているヤカンに水を入れ、シングルバーナーで火をつけた後沸かしてる。
時折考え事しつつもクルクルとハンドルを回しながら、手動タイプのコーヒーミルで無心に豆を挽いている。
——シュー……。
(あっ、そろそろお湯が沸いてくる)
マグカップの上にフィルターを入れたドリッパーをセットし、粉状に挽いたコーヒーをその中に入れた。
(さて、お湯を入れるとしますかぁ)
ゆっくりとドリッパーの中のフィルター周りを注ぎ入れる。
一滴が、コーヒーの雫になりポタポタと落ちていく。
お湯はフィルターからちょっとずつ通過し、マグカップの中へ入り切る直前に二回目のお湯を注ぎ入れる。
お湯を二、三回に分けて、少しづつ継ぎ足す。
(コーヒーの香り、いい香りだ……)
これが、私のキャンプを行う前の至福のとき。
お湯を注ぎ終わったら、ドリッパーを外して受け皿に置く。
マグカップを手に取って一服する。
(はぁ~……やっぱりこの瞬間が好きだ……。何もかも忘れて落ち着ける時間っていい……)
コーヒーを飲んでホッとした後、ボーッとして心が休まる時間。
それが都会に住んでいた時でもできたら良いなあ……と思うこともあった。
今は山奥の中の田舎暮らしだけど、そんな時間を作れたのは嬉しい。
私にとって幸せな時間を作れたから叶っているんだなぁと。
(さて、そろそろご飯を作らないと! もうお腹がペコペコ……)
台所で作っておいたドライカレーの入ったパンは、ホットサンドメーカーで既に挟んである。
あとは焼く作業を行うのみだ。
コーヒーのお湯沸かした時に一度火を消したから、再度シングルバーナーを着ける。
(パンが焦げると苦いから、火力は心持ち弱火よりに……)
バーナーのツマミで回し、調整しておく。
メインディッシュのカレーサンドが入ったホットサンドメーカーを五徳の上へ乗せる。
大体の目安として、片面三分間ずつで焼いていこうと思う。
そのため、火の加減も大事だ。
(まずはこっちの面から……)
自分のスマートフォン内のタイマー機能を使い、三分セットして待つ。
(ちゃんといい焼き色になっているかなぁ……?)
焼き目の色味がわかるまで、まだ少しの辛抱だ。
——ピピッ、ピピッ!
タイマーの音が鳴った。
次はひっくり返して焼く面を交代し、再び同じように三分タイマーを設定した。
(カップ麺のときもそうだけど三分って、あっという間のようだけど意外と長く感じることもあるなぁ)
二回目のタイマーの音が鳴った。
反対にしていたホットサンドメーカーを元に戻す。
取っ手に引っ掛けていた金物の留め具を外し、いよいよホットサンドとのご対面の時が来た。
この瞬間が一番ドキドキする。
(どうか、上手く焼けてますように……)
ホットサンドメーカーのレバーを上げてみる。
煙が少し立ちこもっていくけれど、すぐに跡形がなくなっていた。
その先には、パンに黄金色とほんのり焦げ茶色の焼き目が付いていた。
(おぉ……良い感じ。これは大成功だ!)
焼けたホットサンドを木のカットボードに移し、ナイフで斜めに切った。
(うん、完璧! 我ながら上出来なもの)
カフェ雑誌やメニューの写真を想像しながら、美味しそうな盛り付けに出来上がった。
メインディッシュが揃ったところで、なるべく温かいうちにごはんをいただこう。
「いただきます」
私は、手を合わせて食事の合図を声に出した。
ホットサンドをいただく前に、まずはポテトサラダでひと口つまむ。
我が家のポテトサラダはじゃがいもときゅうり、ハムといった具材三つだけ。
今回はゆで卵を含めているから、四つの具材で少し贅沢なものになった。
だが、味はいたって家庭にあるシンプルなもの。
(ん! ピリッときてるぅ~)
味付けのメインはマヨネーズだけではなく、粒マスタードも使用している。
粒マスタードの辛味と粒のプチプチ感が、味のアクセントをつけてくれて堪らない。
じゃがいもの品種は特に決まってなく、全て潰しているわけではない。
少しホクホク感を出すために、適度な割合で残している。
ゆで卵はエッグスライサーで平等に細かくするときもあれば、あえて均一にせず、不揃いに潰したりとその日の気分次第で決める。
(うん、我が家のいつもの味だ……)
家庭料理には『いつもの味』って言える力がある。
それがすごく、食に対しての安心感があるなぁとしみじみ思う。
◇ ◆ ◇
さぁ、いよいよお待ちかねのメインであるホットサンド。
中身は先程述べた通り、昨日の晩ごはんとして作ったドライカレーだ。
合挽肉と細かくした人参や玉ねぎを炒め、市販のコンソメスープとカレールーで合わせた味に仕上げている。
斜めに切った片側の尖っている方から、一口食べてみよう。
——カリッ!
こんがり焼かれた端の部分を噛んだ瞬間から、勢いよく音を立てている。
(パンの耳付近のカリカリ感がいい! サンドイッチ用に使う八枚切りのものにして良かった)
今度はカレーのぎっしり詰まった部分を食べよう。
ドライカレーに限らず『カレー』というメニュー。
なぜか二日目のものが美味しかったりと不思議なもの。
余りものとはいえ、好きな食べ物の一つであるのは確かだ。
あと、煮物料理自体が大量に作るイメージでもある。
(なぜだろう……? 味が少しずつ染みるから奥深くなるのか……)
他にも、肉じゃがのような煮物やシチューといった煮込み料理も……。
そんな疑問を浮かんで出てくることは、時折ある。
自分で言うのはどうかと思われるが、まるで哲学のような疑問の持ち方みたいな。
だけど自分の中では、あまり深く考えずこう割り切っている。
(食べて、自然と幸せが出るんだから……もう、それで充分だ)
——とにかく美味しいものは美味しい、結論はこれに尽きるのだから……。
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?) 
——扉を開け、外へ出てみる……。(うっ! 眩しい……!)青空の天上から、太陽が燦々と眩しく照らしている。梅雨の期間、あまり外へ出ていなかったから尚更だ。目や肌へ日差しの刺激がより感じる。(今日はそんなにジメジメした湿気が少ないけど、これから先はもっと湿っぽくて暑くなるだろうなぁ)しかし、ここでへたれていたらダメと気合いを入れ直す。もちろん念の為、水分補給用のスポーツドリンクも用意している。この時期でも、やはり熱中症には気をつけたいことだ。(よし、行きますかぁ!)家の外の右端にある収納庫へ向かう。メッシュタープやローチェア、焚き火台などを出していつものように作業を開始する。メッシュタープを立て風に飛ばされないように、紐を引っ掛けられるフック付きレンガ調の重しもつけて固定していく。これからの夏は、日差しが強い。側面のうちの二面分だけメッシュの上から日光避けのシートも一緒に取り付けてある。(今日は出入りする面の遮光シート一枚を、屋根にして立てよう)その後、テーブルとローチェアを設置し、テーブルの近くにはトレー付きの焚き火台を置いた。今回も切炭をメインに使用するけど、そのためには着火の素が必要だ。下に乾かして傘が開いた松ぼっくりと細かい枝木、ナタで捌いた細めの木を山の形になる様に組む。(土台は出来たから、先にカレーの材料を持ってきた方が良さそう)キッチンからカレーのルーやカット済みの野菜やお肉、食器などをひとまとめておく。暑さ対策として、食材は保冷剤の入った小さいクーラーボックスに入
——七月初旬のある日の午後。(ぬぅ~暑い……。暑いよう……)季節は、もう夏を迎えている。薄手の長袖から半袖への衣替えも兼ねて、そろそろ部屋の中へ扇風機を設置しようか迷っていた。最近、この時期の昼間は少しずつ暑くなってきた。天気予報では、夏日に近い気温を示す日中も増えている。けれど山奥の気候は平地と違い、朝と夜はまだ涼しい。(長袖の服もそろそろおしまいかなと思ったら、逆戻りもするしどっちを着ればいいのだろう)こんな心境で毎日迷うから困る。特に雨が降ると冷えて肌寒くなるくらい、昼との気温の差が激しい。ただこれから訪れるであろう厳しい暑さに耐えられるのだろうか?そういわれたら、この先は絶対バテるに違いない。身体が、なかなか外の気温に順応してくれないのである。(暑さを凌ぎれるスタミナが欲しくなるし、そろそろつけたいなぁ……)今のままだと身体がドロドロに溶けてしまうくらい、私は夏バテしやすい体質だから尚更だ。夏を乗り切るために、簡単にスタミナのつくスパイシーなものが食べたい。(うーん、夏といえば……。あっ、それに相応しいメニューがあるじゃないか!)そうだと一人で相槌を打ちながら閃いた。(夏……スタミナがガッツリつくスパイシーなもの……カレーだ!)キャンプ飯の定番メニューの一つだけど、まだ作ったことがない。先週の話には触れていなかったものだが……。&