——ある休日のこと。
寝室の窓には生成色をベースに薔薇と蝶の柄の入った遮光カーテンで閉めている。
けれど朝の日差しが、完全に閉ざされていないカーテンの隙間から入ってきた。
その温かみのある光から私の顔に当たる。
何気なく目を覚ませようとしていた。
(うぅん、今……何時だろう……?)
布団の中でモゾモゾ動いてから、チラッと時計の針を見てみる。
時刻は、もう朝の8時半をとうに過ぎていた。
平日だと、大体六時半を目安に起きる。
だがペースを崩したくない私は休日であっても、そろそろ起きる時間である。
「ふあぁ~……」
むくりとベッドから起き上がり、小さなあくびを一つ。
目を擦った後でも瞑ったまま、腕を上へ伸ばし肩周りをリラックスさせる。
ちょっとだけ夜更かしもしちゃったから、僅かな眠気は残っている。
(ん~……なんか今日は深くゆっくり眠った気分だなぁ……。けど、休日だから罪悪感なんて一切なし)
私は寝ぼけながら、寝室から出てリビングへ向かう。
(んーと、今日の天気はどうだろうか?)
私はひとまず、今日の天気予報を調べることにした。
スマートフォンに入っているアプリでチェックする。
昨夜テレビで放送していたニュース内の天気予報からは、曇り時々晴れと聞いていた。
リビングの窓越しで見ると、雲の量はそんなに多くない。
(うーん、この量だと三割といった程度かな?)
確かに、所々だけど白い雲が見えている。
それでも青空が広がっていることに変わりなく、爽やかな気候っていう雰囲気はしていた。
(いい天気……。朝のこれからは何をしようかな?)
と、午前中の予定を考えようとしたが……。
——ぐぅぅ……。
空腹だと言わんばかり、お腹の虫が底から鳴ってる。
(そりゃあ、そうだわ……)
まだ朝ごはんすら食べてないから無理もない。
今、さっき起きたばかりだから仕方ないんだ。
そう思った途端、なぜか頭の中から閃きがピーンときた。
(あっ! 今日は、庭で朝ごはんなんていいかも!)
この前ホームセンターで、IHヒーターでも使えるスキレットを買ったことを思い出した。
いつか、それを使って調理をしてみたかったものだ。
いつもの朝に比べたら、スッキリしたかのように頭が冴えている。
(よし、こうなったら今すぐ行動だ! 早く準備しよう!)
私はこっそり右手の拳にガッツを入れ、急いで顔を洗いながら目をよりスッキリ覚ませる。
日焼け止め対策をした後、庭キャンプ用の服装に着替えて準備万端だ。
(外での朝ごはん、楽しみ!)
心の中でスキップするかのように踊っている。
ウキウキしながら玄関へ行き、いそいそと靴を履いて扉を開けた。
——ガタンッ!
「……ん?」
外へ出ると、いつの間にか家の隣に車がある。
おまけに収納庫付近から、ガチャ、ガチャと何かの音を立てている。
(えっ……アレ? まさか誰か勝手に侵入したとか? えぇ? いや……どうしよう)
そんなことを、不意に想像してしまった。
今にも冷や汗や顔を青くなりそうにもなる。
けれど、せっかく庭で朝ごはんを食べる計画がなくなるのは悲しい。
覚悟を持って恐る恐る収納庫の方へ、忍び足で近づくしかない。
「ちょっ……え?」
——見覚えのある後ろ姿に思わず……。
「えぁ? え?」
私は素っ頓狂に声を出してしまった。
てっきり、どこか一泊してから昼頃くらいに帰ってくると思っていたからだ。
朝に帰ってきたことの驚きの方が大きい。
「きょ、恭……弥さん?」
戸惑いながら、彼の名前で呼ぶ。
私が外にいると気づいたのか、彼は私の方へ振り向いてきた。
彼は何事もなかったかのように笑顔で挨拶を交わす。
「あっ! 空、おはよう。目は覚めた?」
そう、その声の正体はもちろん聞き覚えのある人。
正真正銘、私の旦那のこと……恭弥さんだった。
職業は写真家兼フォトグラファー。
この家とは別の地方に、現像や制作する仕事場があってそこで暮らしている。
「いっ……いつ、帰って来てたの?」
ゴニョゴニョとしたハッキリ言えない声で、恭弥さんに尋ねた。
朝帰りといっても、彼の仕事場は車で約二時間半以上は掛かる。
つまり、深夜もしくは早朝から出発していることになるだろう。
「んーと、確か……朝の7時過ぎぐらいかな。いやぁ、まだ起きてなかったし起こすのも悪いと思って」
彼はあっさりした返事で答える。
だが私の行動を見て、少し笑いを堪えている。
(んもぅ……。密かにガサゴソとやられたら、流石にビックリするよ……)
安心感への解放に私の呆れ心が出たのか、頬が少し膨れて困った表情が自然と出てしまう。
それを見かねたのか、彼は何かを思い出し……。
「そういや、言い忘れてたね……」
「……?」
恭弥さんは私の元へ行き、手を伸ばして彼の身体へ抱き寄せてきた。
「はわぁ……!」
「ただいま、空」
彼の忘れていたことは、帰宅した時に掛ける言葉。
思いがけない行動だったからか、きゅーっと胸が締めつけられる。
私の胸の鼓動がより早く響いている。
「……おかえりなさい」
彼の前では、どうしても頬の赤みが緩んで隠しきれない。
嬉しさもあるけれど、そっと彼の行動に甘えたい気持ちもあるからだ。
恥ずかしさも出ていたが、ゆっくり目を瞑ってそっと寄り添いながら応えることにした。
——また、あなたに触れられるのが嬉しいから甘えを許してしまう私がいる。
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?) 
——扉を開け、外へ出てみる……。(うっ! 眩しい……!)青空の天上から、太陽が燦々と眩しく照らしている。梅雨の期間、あまり外へ出ていなかったから尚更だ。目や肌へ日差しの刺激がより感じる。(今日はそんなにジメジメした湿気が少ないけど、これから先はもっと湿っぽくて暑くなるだろうなぁ)しかし、ここでへたれていたらダメと気合いを入れ直す。もちろん念の為、水分補給用のスポーツドリンクも用意している。この時期でも、やはり熱中症には気をつけたいことだ。(よし、行きますかぁ!)家の外の右端にある収納庫へ向かう。メッシュタープやローチェア、焚き火台などを出していつものように作業を開始する。メッシュタープを立て風に飛ばされないように、紐を引っ掛けられるフック付きレンガ調の重しもつけて固定していく。これからの夏は、日差しが強い。側面のうちの二面分だけメッシュの上から日光避けのシートも一緒に取り付けてある。(今日は出入りする面の遮光シート一枚を、屋根にして立てよう)その後、テーブルとローチェアを設置し、テーブルの近くにはトレー付きの焚き火台を置いた。今回も切炭をメインに使用するけど、そのためには着火の素が必要だ。下に乾かして傘が開いた松ぼっくりと細かい枝木、ナタで捌いた細めの木を山の形になる様に組む。(土台は出来たから、先にカレーの材料を持ってきた方が良さそう)キッチンからカレーのルーやカット済みの野菜やお肉、食器などをひとまとめておく。暑さ対策として、食材は保冷剤の入った小さいクーラーボックスに入
——七月初旬のある日の午後。(ぬぅ~暑い……。暑いよう……)季節は、もう夏を迎えている。薄手の長袖から半袖への衣替えも兼ねて、そろそろ部屋の中へ扇風機を設置しようか迷っていた。最近、この時期の昼間は少しずつ暑くなってきた。天気予報では、夏日に近い気温を示す日中も増えている。けれど山奥の気候は平地と違い、朝と夜はまだ涼しい。(長袖の服もそろそろおしまいかなと思ったら、逆戻りもするしどっちを着ればいいのだろう)こんな心境で毎日迷うから困る。特に雨が降ると冷えて肌寒くなるくらい、昼との気温の差が激しい。ただこれから訪れるであろう厳しい暑さに耐えられるのだろうか?そういわれたら、この先は絶対バテるに違いない。身体が、なかなか外の気温に順応してくれないのである。(暑さを凌ぎれるスタミナが欲しくなるし、そろそろつけたいなぁ……)今のままだと身体がドロドロに溶けてしまうくらい、私は夏バテしやすい体質だから尚更だ。夏を乗り切るために、簡単にスタミナのつくスパイシーなものが食べたい。(うーん、夏といえば……。あっ、それに相応しいメニューがあるじゃないか!)そうだと一人で相槌を打ちながら閃いた。(夏……スタミナがガッツリつくスパイシーなもの……カレーだ!)キャンプ飯の定番メニューの一つだけど、まだ作ったことがない。先週の話には触れていなかったものだが……。&