「あぁ、そうだった!」
「なぁに?」
彼からの抱擁の余韻があるものの、恭弥さんから話を切り出した。
というよりも、きっとある音を聞かれたからかもしれない……。
「空、まだ朝ごはん食べてないだろ?」
(あっ……! バレちゃった……恥ずかしぃ……)
時折、空腹の音が静かに鳴っている。
音を立てないように耐えようとしても、我慢が限界だった。
「うん……。まだ、食べて……ない」
「ハハッ、そっかぁ。俺もなんだが、この様子だと空も外で食べようと?」
「うん。これから食べようと思って、準備に取り掛かろうとしてたら……」
私は、彼に聞かれたことを正直に答える。
なるほどな、と彼も私が外へ出た理由を聞いて納得した。
「じゃあ、一緒に今から庭で朝ごはん食べよう」
「……!」
私は嬉しさから思わず、コクコクと短めに頷く。
「メニューは……どうしようか。冷蔵庫の中、何がある?」
「えーと……確か、卵と厚切りベーコンとか……」
「うんうん。パンはある?」
「パンは……あっ、テーブルロールならある」
ひとまず冷蔵庫の中にある食材を、頭の中でイメージしながら思い出している。
「それなら、今日の朝ごはんは洋食でベーコンと目玉焼きにしようか」
(恭弥さんの作る……朝ごはん!)
私は再び頷きつつ、彼の料理に期待している。
「材料と今日の調理に使う道具はともかく、キッチンでサラダを作ったもので先に用意して持ってきて欲しい」
「わかった」
彼の段取りの内容を聞いてから行動に移そうとする。
けれどキッチンへ戻る手前、彼に確認したいことがあった。
「ねぇ、バターとかジャムはいる?」
「あっ、いるいる! 俺、パンにバターを塗って食べたいし」
「うん。それも一緒に持ってくる」
「おぉ、よろしく。その間にテーブルとか道具を用意しておくな」
「はーい」
私はすぐキッチンへ戻り、準備へと取り掛かることにした。
表面上の顔は彼に見られないよう、高揚するのを抑えている。
本人の前で見られると、なんとなく恥ずかしくなっちゃうから。
けれど心の中の表情は瞳を輝かしつつ、嬉しさのあまりに浮き立って小躍りもしている。
(どうしよ……今日は恭弥さんと庭キャンプ……。よし、張り切って用意するぞ!)
そう思いながらも、彼の顔を浮かんではつい顔が緩んでしまう。
(あぁ、いけないいけない! 気を取り直して……)
首を横に振り、改めてキッチンで下ごしらえから……とサラダを準備する。
まずは、きゅうり一本から斜めに切っていく。
千切りにされているキャベツをそのままサラダ用のボウルに入れる。
既に水洗いしたミニトマトと先程斜めに切ったきゅうりをキャベツに添えるよう盛り付けて完成。
(うん、これで完璧……!)
次はテーブルロールは……どうやってオシャレに出来るかなぁ?と考えている。
(ん! そうだ!)
私は、百均で購入したパン用の白いカゴを思い出す。
それを棚から取り出した。
ホテルやレストランなどのオシャレな飲食店みたいに並べてみることに。
(おぉ~、それらしさは出ている気がする)
あとは、ベーコンと目玉焼きの材料だけだ。
厚切りのベーコンは四枚入りのもの。
卵は、卵専用のプラスチックケースに入れておけば割れずに持っていけるから大丈夫。
(そうだった、忘れないようにバターとジャムも持っていかないと)
私は、再び冷蔵庫の中を覗いてみる。
バターは既に切り分けられているものだから、このまま持っていくとする。
問題はジャムの味を決めることだ。
(今回は何をしようかな……? 今の時期だと、苺のジャムが良さそう)
食材ものはこれで完了。
次は玄関内の収納室から、必要な道具を取り出す作業を行う。
(スキレットで目玉焼きを焼くなら、専用の蓋も用意しておこう)
ベーコンを掴むものは、フライ返しにもなるトングがいいだろう。
目玉焼きの時はお皿へ寄せながら移すときに、フライ返しが必要になるからだ。
それから、朝食に欠かせないであろうコーヒー用の道具一式も揃ってバッチリ。
これで、恭弥さんとコーヒータイムが出来る。
(食器類は揃ったし、こんなとこかな?)
必要な物が全て揃ったところで、外の様子を遠くから眺める。
彼がテーブルや椅子などをキレイに庭へ設置してくれていた。
私もそろそろ少しづつ、家の中で用意した荷物を運び出していこう。
(今日は久しぶりに、彼と一緒に朝ごはんが食べられるから嬉しい!)
やはり今もそんな感じで止まらないまま、ウキウキと私の心の中で踊っている。
「OK! 準備完了ー!」
彼もテーブルなど大きな道具を揃え終わり、調理できる状態にして準備万端だった。
「さてと、ちょっと一服したいからコーヒーでも飲もうか」
そう言って恭弥さんはコーヒー一式を取り出す。
ステンレス製ポットに水を入れ、シングルバーナーでお湯を沸かしてくれた。
いつもなら、一人だからコッヘルで水を沸かしていた。
でも、今日は二人で飲むから量は増える。
その違いだけなのに何故か、ウズウズしてて心の中のワクワクが止まらない。
「ん? どした?」
恭弥さんは、私の方に振り向いた。
「あ、いや……なんでも、ないの」
(はっ、しまった! 私の気持ちが見られるのは……)
普段は無表情な私なのに心の中のデレが、顔に現れてしまいそうになる。
彼と一緒にいるだけで、どうしても落ち着かない。
「……もしかして、二人でご飯を食べるのが久しぶりだから?」
私の頭を撫でながら、恭弥さんは尋ねた。
「……うん」
私は、恥ずかしながら答える。
けれど恭弥さんから見たフィルターでは、私はどうやら猫みたいらしい。
彼に頭を触れられるだけできゅぅっと、心が締まるような緊張が収まらない。
「もう少しで沸くから、そろそろドリッパーで淹れる準備をしてくれる?」
「う、うん」
恭弥さんの指示で、ステンレス製マグカップ二つの上にそれぞれペーパーを敷いたドリッパーを用意する。
その中にコーヒーの粉を入れた。
「よし、お湯が沸いたから淹れるよ」
そう言って、彼はお湯をゆっくり注いでいった。
全て入れ終わった後、二人でひと口飲んでひと息。
「あぁ……二人で飲む朝のコーヒーは良いなぁ……」
恭弥さんは安堵つきつつ、穏やかに呟く。
私も同様に思い、コクリとゆっくり頷いた。
再度、私はフゥーッとひと息入れて飲んでいく。
(彼の淹れるコーヒー……美味しい)
今回のコーヒーは、目覚めの朝に合うスッキリしたものだった。
——爽やかな自然と共に飲む、コーヒーを味わいながらブレックファースト・タイムへ……。
——タイマーの待ち時間、彼は私たちの出会いを語ろうと提案してくれた。「俺らって、初めて会ったのは何年前だっけ?」「確か……」そう、あれは出版社の創立記念パーティーのこと。「乾杯!」私は当時、編集社員としてまだ一年か二年目くらいの頃だった。重要な事情がない限り、全社員はそのパーティーへ出席していた。(うぅ……。コミュ障の私にとって雪絵さんがいないと心細いなぁ)しかし、当の本人は別の事情あってどうしても出られないという理由で欠席。彼女以外の仲の良い人は一人も居なくて困っていた。乾杯の挨拶など進行通りに進めた後、歓談会へとフリータイムになった。(どうしよう……。私から話しかけるのも……怖い)その時のことだった。一人の男性から、私が一人でいるのを見かけて声を掛けてきた。「ねぇ。君、一人?」「は、はい……」黒のスーツ姿に紅色のネクタイで締めていて、まるでバーテンダーの佇まい。そして彼の手には、ネックホルダー付きの立派な一眼レフのカメラも持っていた。彼の顔から、優しそうな目の眼差しと柔らかい微笑みを見せる。それが、後の夫・恭弥さんだった。当時の彼は、パーティーの出席者兼写真撮影の担当として呼ばれていた。私はふと、その当時のことで一つ疑問に思っていた。「そういえば、あの時、なんで声を掛けてくれたの?」「ん? あぁ、一人だったからのもあるけど……」「けど?」恭弥さんの顔を少し覗き込むと、なぜか少し頬が赤い。「
——次の日の午後。いよいよパーティーの当日がやってきた。恭弥さんは外の収納庫で、キャンプの道具を取り出してメッシュタープなど設営に勤しんでいる。私はキッチンでの作業として、二品のメニューを庭で料理できるように材料の下準備をする。(恭弥さんの料理は楽しみ! だけど、私の作る料理は……大丈夫かな?)緊張も相まって手が少し震えるけど、ひとまず調理から始めなきゃだ。まずは、ローストチキンの下ごしらえから。(えーと、鶏肉に使う調味料はコレだけかな?)……というのもチキンをスパイスやオリーブオイルにつけて、ある程度寝かさないといけないからだ。私は手袋をはめ、鶏肉をフォークで何箇所か突いてからポリ袋の中に入れる。その中にオリーブオイルやハーブソルト、胡椒、ローズマリーを加えて揉みこんでしばらく置いておく。次は、野菜を切る作業に入る。(昨日買った野菜だけど、皮も食べられる新じゃがを選んだんだね)新じゃがをしっかり水で土落としをして、食べられる一口ぐらいのサイズに切っていった。人参はジャガイモよりも少し小さく乱切りにし、ブロッコリーは軸から切り落として小分けに切っていった。野菜も、ジップ付きの袋にまとめて入れた。(ローストチキンに使う食材の準備は完了。次は、パエリアの下ごしらえ……)量の少ないものを作るのは、意外と容易ではなかったりする。玉ねぎをみじん切りにしておいてから、パプリカを切る。(パプリカは四分の一以下ぐらいしか使わないから残りは冷凍しておこう)
——ある記念日の前日。私と恭弥さんは、今スーパーで食材を買いに行っている。なぜなら、夫婦にとって重要なイベントの準備をしている最中だ。それは……次の日に行う私達の結婚記念日。いつもならレストランで予約を取ったりしている。けれど、今年はちょっとした事情があった。 ◇ ◆ ◇ ——遡ることある日、私が晩御飯を食べている時間。この日のおかずは、人参やジャガイモの入った煮込みハンバーグ。リビングでテレビを見ながら、のんびりと頬張っていた。その最中にピコンっと、スマホから通知音が鳴った。(あっ、恭弥さんからだ)恭弥さん「空、今LIMEしても大丈夫?」私「うん、大丈夫だけど……どうしたの?」何となくだけど、彼がちょっと焦っているような気がした。そして、次のメッセージを見て腑に落ちた。恭弥さん「いつも予約しているレストランなんだけど、今年は臨時休業で予約取れなくなったんだ」私「え? そうなの?」恭弥さん「なんか、オーナーシェフが言うにはお店の設備点検らしい」恭弥さんが予約をしようとしているレストラン。その店は仕事関係も含め、私達が懇意しているイタリア料理のカジュアルレストランだ。夫婦で営む一軒家の小さなお店を構え、コース料理を売りにしている。味は一級品なのに、値段が手の届く範囲のリーズナブル。なんでもオーナーシェフは、下積み時代にホテルや有名料理店で修行を積んでいたらしい。オーナーの奥様も、パティシエのスタッフとして店を手伝っている優しい方である
——カシャッ、タンッ、タンタン。(うん、この写真がいいからこれにして……送信っと!)私はスマートフォンのカメラで、出来上がったカレーライスの写真を数枚撮る。写りのいいいものを選択して、恭弥さんにLIMEで送った。もちろん、メッセージも添えて……。(あとは返事が来るまで待つ……その間冷めないうちに食べてしまおう)彼からの返信を待ちながら、カレーライスを食べることにする。「いただきます」手を合わせて食事の挨拶をした後、カレーの皿に添えた木製のスプーンを手に取る。カレーとご飯の狭間の部分をひと口分すくって口へ運ぶ。(おぉ! ガラムマサラをかけたことで、ピリッとしたスパイシーさが増してる)でもそんなに嫌な辛さはなく、大人なら誰でも食べられる辛味が良い。それも加え奥にある甘みや酸味、旨味といったコクのハーモニーが上手く調和されている。(くぅぅ~、やっぱりカレーは美味しいから最高!)一口食べるごとに、どんどん食欲が増していく。時折、カレーに添えた甘めの福神漬けで食感を変えるととまらない。これを食べて、今年も夏バテから乗り越えられたらいいなぁと思っている。——カレーライスを半分くらい食べた頃……。ピコンッ!スマホからメッセージの通知がきた。(あっ、恭弥さんからだ! どんな返事が来たかなぁ?) 
——扉を開け、外へ出てみる……。(うっ! 眩しい……!)青空の天上から、太陽が燦々と眩しく照らしている。梅雨の期間、あまり外へ出ていなかったから尚更だ。目や肌へ日差しの刺激がより感じる。(今日はそんなにジメジメした湿気が少ないけど、これから先はもっと湿っぽくて暑くなるだろうなぁ)しかし、ここでへたれていたらダメと気合いを入れ直す。もちろん念の為、水分補給用のスポーツドリンクも用意している。この時期でも、やはり熱中症には気をつけたいことだ。(よし、行きますかぁ!)家の外の右端にある収納庫へ向かう。メッシュタープやローチェア、焚き火台などを出していつものように作業を開始する。メッシュタープを立て風に飛ばされないように、紐を引っ掛けられるフック付きレンガ調の重しもつけて固定していく。これからの夏は、日差しが強い。側面のうちの二面分だけメッシュの上から日光避けのシートも一緒に取り付けてある。(今日は出入りする面の遮光シート一枚を、屋根にして立てよう)その後、テーブルとローチェアを設置し、テーブルの近くにはトレー付きの焚き火台を置いた。今回も切炭をメインに使用するけど、そのためには着火の素が必要だ。下に乾かして傘が開いた松ぼっくりと細かい枝木、ナタで捌いた細めの木を山の形になる様に組む。(土台は出来たから、先にカレーの材料を持ってきた方が良さそう)キッチンからカレーのルーやカット済みの野菜やお肉、食器などをひとまとめておく。暑さ対策として、食材は保冷剤の入った小さいクーラーボックスに入
——七月初旬のある日の午後。(ぬぅ~暑い……。暑いよう……)季節は、もう夏を迎えている。薄手の長袖から半袖への衣替えも兼ねて、そろそろ部屋の中へ扇風機を設置しようか迷っていた。最近、この時期の昼間は少しずつ暑くなってきた。天気予報では、夏日に近い気温を示す日中も増えている。けれど山奥の気候は平地と違い、朝と夜はまだ涼しい。(長袖の服もそろそろおしまいかなと思ったら、逆戻りもするしどっちを着ればいいのだろう)こんな心境で毎日迷うから困る。特に雨が降ると冷えて肌寒くなるくらい、昼との気温の差が激しい。ただこれから訪れるであろう厳しい暑さに耐えられるのだろうか?そういわれたら、この先は絶対バテるに違いない。身体が、なかなか外の気温に順応してくれないのである。(暑さを凌ぎれるスタミナが欲しくなるし、そろそろつけたいなぁ……)今のままだと身体がドロドロに溶けてしまうくらい、私は夏バテしやすい体質だから尚更だ。夏を乗り切るために、簡単にスタミナのつくスパイシーなものが食べたい。(うーん、夏といえば……。あっ、それに相応しいメニューがあるじゃないか!)そうだと一人で相槌を打ちながら閃いた。(夏……スタミナがガッツリつくスパイシーなもの……カレーだ!)キャンプ飯の定番メニューの一つだけど、まだ作ったことがない。先週の話には触れていなかったものだが……。&