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2.クリーナー協会

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-04-19 18:02:58

 思い立ったが吉日という言葉がある。

そんなわけでダンジョンクリーナー協会に訪れた。

クリーナー協会はいつでも新たな可能性の芽を待ってるぞ!

みんなも要チェックだ!

 まぁそんな冗談はおいておくとして、実際クリーナー協会は来るもの拒まずの姿勢だ。

武術の有段者である必要もなければ、小難しい資格なども必要ない。

すべてはスキル覚醒するか否かということにかかっているわけだ。

 一応俺の居住都市はそこそこ規模が大きいので、協会の規模もそれに比例して大きい。

道は姉さんが教えてくれた。

あと事前にある程度電話で話を通しておいてくれたらしい。

何から何まで姉さんに頼りきりである。

「しかし……ここがクリーナー協会の建物だったとは……」

 見たことはあるが得体のしれない建物。

そういうのは誰しもあるものだろうが、ダンジョンクリーナーを志してその正体をはじめて知った。

 姉さんに知らされた約束の時間はもう迫っている。

もちろん遅れるわけにはいかないので多少恐る恐るといった感じでビルの中に入っていった。

 二重の自動ドアを抜けると、蛍光灯の無機的な光が俺を出迎える。

その白色の明かりと同じように、建物の内装もまた清潔感のある白色だった。

忙しそうに駆け回る人や、受付前の長椅子に腰かけて何かを待っている人。

やっていることは様々だがとにかくそこにはたくさんの人がいた。

雰囲気としてはなんだか病院のようですらある。

ダンジョンで出た怪我人の救護や応急処置なども協会で行われていると聞くし、あながちその印象は間違いでもないのかもしれない。

 時間に余裕があるわけでもないのでさっさと受付に向かう。

窓口がいくつかあるが対応中のところが多く、とりあえず空いているところに向かった。

「あの、すみません」

「はい。どういったご用件でしょうか?」

 俺が向かった窓口に居たのは若い男性の職員。

真っ白なスーツを一切の違和感なく着こなす真面目そうな人だ。

俺がスーツを着るとなぜだかどうしてもコスプレ感が否めない。

ここに来るのがある種の就職活動とはいえ、今この瞬間も俺は私服のままだ。

まあもともとスーツでするような仕事ではないし。

「あの、ダンジョンクリーナーの……研修?の方に申し込んだ者なんですけど……」

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。水瀬、です。水瀬 優……」

 しっかりした受付さんとは対照的に、しどろもどろになりながら受け答えする。

胸中が不安でいっぱいなのと、いまだこれといった社会における役割を持たない自分に負い目のようなものを感じているからだ。

「はい……はい。ただいま確認が取れました。担当の者が向かいますので、こちらを持ってお待ちください」

「あ……はい……」

 そう言って渡されたのは一枚のカードだった。

特に何が印字されているわけでもなく、目印とかにはなりそうもないけれど……。

 ひとまずそういう疑問はおいといて受付前に並ぶ長椅子の、一番端のやつに座る。

周囲を見渡せば他にも似たようなカードを持って座っている人がちらほら居た。

 そうして待っているとすぐに別の通路から誰かがやってくる。

筋肉質で大柄な、短髪の男性だ。

捲った袖から出た丸太のような腕には銀色に一筋の青い光が走った腕輪を身に着けていた。

「あれって確か……」

 その様をボケっと眺めていると、その男性はまっすぐにこちらに向かってくる。

あの人が担当者なのだろうかと緊張が強まった。

そして案の定、男性は俺の前で足を止める。

「君が、水瀬 優君……かい?」

 四十代手前くらいだろうか。

俺の名を呼んだ男性は、俺の顔を見てニカッとさわやかな笑顔を浮かべた。

◇◇◇

 男性……名を鹿間さんと言うらしいその人が、俺を別室に案内してくれた。

いわゆる応接間といったような部屋で柔らかいソファーに座らされている。

テーブルを挟んだ向かい側のソファーには鹿間さんが……というわけではなく、俺を座らせてから受付でもらったカードを回収すると「少し待ってて」と部屋を出て行ってしまった。

 そうして数分も経たないうちに再びドアが開かれる。

「ハハ、お待たせ。悪いね、待たせちゃって。……あ、コーヒー飲める? 飲めるよね」

「あ、はい……すみません」

「ハハハ、何もそうかしこまらなくても。緊張してる? そりゃしてるか」

 何をしに部屋を出たのかと思えば、どうやらコーヒーを持ってきてくれていたらしい。

それを俺の前に置くと、今度こそ鹿間さんは俺の向かい側に座った。

 いまだにどんな人かつかみかねるが、よく喋るしよく笑う人だ。

少なくとも悪い人……というか変な人ではなさそうなので少し安心する。

 鹿間さんは自分用のコーヒーを一口すすると、すぐに話し始めた。

「ではでは……改めまして、水瀬君を担当する鹿間です」

「あ、よろしくお願いします」

 鹿間さんのお辞儀に合わせてこちらも軽く会釈する。

それを契機にとばかりに鹿間さんはまた話し出した。

「さてさてじゃあ早速本題に入っていこうと思うんだけど……あ、研修費の方は水瀬君もう支払い済んでるんだね。じゃその辺の費用周りの話はすっ飛ばしていいか」

「はい……はい? え、研修費!?」

 お金かかるの!?

そしてもう支払われてるの!?

「ん? あれ……違った?」

「あ、いや……たぶんそうなんだと思います」

「……たぶん???」

 鹿間さんはよく分かってないまま「まぁいいか」と頷いた。

それをよそに俺の脳内ではイマジナリー姉さんが「グッドラック!」と親指を立てていた。

本当に姉さんには頭が上がらない。

「じゃまぁ、その辺の話は飛ばすとして……明日からの一週間、水瀬君にはダンジョンに潜ってもらいます。一日一つね」

「ダンジョンに潜っ……て、いきなり!?」

「はい。いきなりです!」

 俺のリアクションが新鮮なのか、楽しむように説明を始める。

「研修って言っても、要はスキル覚醒するかどうかってだけの話だからね。ダンジョンに潜らないと何も始まらないわけさ。ダンジョンですることなんて言うのは戦って勝つってことくらいだから、わざわざ教えることも特にないんだ。あ、もちろん最低限必要な知識は教えるからね!」

「はぁ……」

 言われてみればその通りのことなのだけれど、やっぱり感覚としては不思議な感じだ。

「さて、と……まずは研修の大まかな流れを教えさせてもらうね」

「はい……」

「まず研修っていうのは一週間、七日にわたって七つのダンジョンを攻略してもらうんだけど……その際には指導役のクリーナーと、そして君を含めた十人の研修生で行うんだ。指導役は毎回変わるけど、どれも経験豊富なC級クリーナーだから安心して。君たちの安全は約束するよ。そして研修生は、今回ボクが担当することになった十人……つまり同じメンバーで行うんだ。時には連携が必要になるからね。もしスキル覚醒者がこのメンバーから複数人出たらできるだけ同じ攻略隊になるように手配することになるから、仲良くなっておいて損は無いよ。そして最後に……一番重要なこと、要はクリーナーになれるかどうかに関わることなんだけど……」

「…………」

「この七日間……この七日間のうちにスキル覚醒すれば、そのままウチ所属のダンジョンクリーナーになります。そして目覚めなかった場合……ダンジョンクリーナーになることは諦めてもらうことになります。再挑戦の機会も与えられません」

 再挑戦の機会が無い、というところで息が詰まる。

以前いくつも経験してきた「試される場」。

この研修がそうだというのだ。

「えと……なんで七日、なんですか? 七日で目覚めない人はもうスキル覚醒はありえないってこと、なんでしょうか?」

 俺の質問に鹿間さんは首を横に振る。

「いいや。実際はね、だれでもダンジョンに潜っていればスキルに目覚めるんだ」

「じゃあどうして……?」

「環境がある程度整っているとはいえ、それでもダンジョンは死がすぐ近くにあるということを忘れちゃならない。華々しい話題の方が記憶には残りやすいかもしれないが、毎年かなりの死者が出てるんだ」

「……」

「七日間のうちにスキルに目覚めない人、そういう人のダンジョンに対する適応力ではまず生き残れない。だからこの七日間のルールは厳しく設定されているんだ」

 七日間……。

当然ダンジョンなどとは縁遠い生活をしてきたので、それがどのくらいの数値設定なのかわからない。

しかし、やっぱりどこか自信は持てないのだった。

「ま、そんな顔しないで! せっかくこうして足を運んでくれたんだから、今はもっと前向きでいよう。な? クリーナーになれるなれないは別にして、この研修自体いろいろ経験できるから! やっぱさ、ダンジョン内だからこそ味わえる達成感とか楽しさとかももちろんあるわけよ! これに関しちゃ気負っても仕方ないから……だからどうか、この七日間を楽しんでくれると嬉しい」

 あちこちで、慰められたり励まされたりしてばかりだ。

やっぱり俺は情けない。

けど、この人が担当者でよかったと、心からそう思った。

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