Masuk「さて、そしてここからが……もう少し面白い話だ」
鹿間さんが表情を変えて言う。
そうしてこの部屋に入った時からあったソファーの上のバッグから銀色の腕輪を取り出した。
鹿間さんの腕に装着されているものと同じものだ。
「これ、なんだか分かるか?」
「インベントリ……」
鹿間さんは俺の返答にニヤリと笑う。
「ハハ、そうだな。ま通称だけど。正式名称は……あー、ボクも覚えてないや。まあそれはいいとして……こいつは明日からの七日間、今日を含めるなら八日間君のものだ。あぁもちろん、正式にクリーナーになればずっと君のものになるよ」
「こ、これが……本物の……」
絶対高価なものだろうに、鹿間さんは無造作に俺に手渡す。
見た目よりだいぶ軽量で、そのせいで逆に取り落としそうになってしまった。
「そう、それが本物のインベントリ。ダンジョンの空間歪曲・拡張現象を応用してのいわば四次元バッグだ。まだ謎の多い技術が使われてるから一般には出回ってない。クリーナーにだけ支給されるものだ」
「こういう場面で持ち帰って売っちゃう人とかいないんですか?」
「ハハハ、面白いこと聞くな。実はな……ウチじゃないんだが一回そんな感じのことが起きたみたいでな、それ以来この場で装着してもらうことになってる。一回装着したらこっちでしか外せないからな。あ、だから……どこに着けるかはよく考えろよ? どのくらいの直径まで対応してるか気になるとか言って頭にはめたらそのまま外せなくなったやつとかいるからな」
「えぇ……」
「……ちなみにそいつはウチで起きた話だ。しかも現役。流石にいったん外そうかって話になったんだが、案外気に入ったみたいでそのままだ」
「えぇ…………」
とりあえずここで装着するようになっているみたいだから、無難に利き腕の右腕にはめる。
接続部をロックしてからしばらくすると自動で輪が収縮し、ぴったりのサイズになった。
その仕組みも含めて、謎の多い装置だ。
「っていうか、やっぱり鹿間さんもクリーナーだったんですね」
「ん? ああ……そうだな。ダンジョンについての説明をせにゃならんのだから、よく知ってる当事者に任せるのが適任だろう? 因みに、ボクもこう見えてC級ね」
「こう見えてって……鹿間さん見た目からしてだいぶ強そうですよ……」
「ハハハハ、まぁな。けど結局は筋肉つけてもダンジョンでの強さはスキルやステータス……おっと、ちょうどいいそのインベントリの別の機能についても話そうか。C級とかB級とかいう等級が何を目安に着けられてるかもわかるしな」
「別の……機能?」
インベントリという名で呼ばれるくらいなのだからいわゆる「インベントリ」としての役割があるのは分かるのだが、こんな腕はにそんなに機能を詰め込めるものなのだろうか?
「まぁ聞いてくれよ。このインベントリにはレベルシステムというのがある」
「レベル……システム……?」
「ああ。なに、難しいことじゃないさ。この腕輪は覚醒したスキルも含めて装着者の能力値を評価する。そして数値化する。それがステータスだ」
「な、なんか……ゲームみたいですね……」
「だってわかりやすいだろ? それに……実際にゲームみたいな世界に飛び込んでいくわけだしな。まぁそれ故の問題というのもあるんだが……」
鹿間さんはそういって少し唸るように難しい表情を浮かべる。
しかし「それはまぁいいか……」と流して説明を続けた。
「で、ここから等級とかにつながる話になるわけだが……そのステータスの各数値を参照して総合力とでもいうべきか……それを今度はレベルという形で表現するんだ。10レベルまでがE級、20レベルまでがD級……そして21から49レベルまでがC級だ」
「あ……C級の範囲はちょっと特殊なんですね……」
「まぁそうだな。範囲が他より広いからC級内での実力差も結構あるし、人数も一番多い等級だ。そしてB級、こいつが50レベルから60レベルまでの範囲の等級だ。ここまでくればかなりの実力者……A級までいけばほとんど怪物だ。A級は61レベル以上な。レベルアップで昇級できるのはここまでだ」
レベルという概念まで出るとなると、ますますゲームじみてくる。
研修だというのに何の話を聞いているのだろうという気持ちにすらなって来た。
「っていうか、これより上もあるんですか?」
さっきの言い回しだとまるでA級より上があるかのような感じだ。
俺の質問に鹿間さんは深く頷く。
「ああ。ここからさらに高難易度のダンジョンをいくつも攻略したり、大きな功績をあげた者はS級クリーナーとして認定される」
「S……級……」
「日本国内ではまだ一人だけだ。ダンジョンもクリーナーと同じように等級で難易度が評価されるんだが……なんでもS級ダンジョンを何度も一人で踏破しているらしい。いつも基本的に一人で攻略に向かうらしいから、S級だってのに誰も名前と顔すら知らないんだ。どんな奴か知ってるのはそいつを抱えてる協会か、あるいは他企業だけだろうな」
あんまり上澄みの話をされると、こうして実際クリーナーになろうとしてみてもやっぱり違う世界の話のように聞こえる。
というかまぁ流石にそこまでの器じゃないか、俺は……。
ここで「いやそれでもわからんだろ!」とか思うほど自惚れちゃいない。
「さ、レベルについてもステータスについても話したな。じゃあ次に知っておいてもらわにゃならんのが……」
黙って鹿間さんの言葉を待つ。
鹿間さんは少し表情を変え、姿勢を正した。
それだけで空気がガラッと変わる。
「ダンジョンクリーナーはこの人間社会においては少し異質だ。乱暴な言い方をすれば人間の枠からは少し外れることになる。ダンジョンに対処するための重要な人材でありながら、野放しにしてはいけない者達でもある」
「は、はい……」
「だから、だ。そのインベントリには協会に位置情報を共有するようになっている。ダンジョン外でのスキル使用は基本的に認められていないし、もし使ったらすぐにインベントリから情報が行って協会から調査がある。場合によっては身柄も拘束する。まぁもしなれたらの話にはなるんだが、自分がどういう立場の人間になるのかということは肝に銘じておいてくれ」
「はい……!」
俺の返事を受けて、鹿間さんの表情がまた軟化する。
そして肩を鳴らしてから笑った。
「ハハ、ここら辺の話をすると一定数の人たちはその時点で辞退するんだけど、君にその確認は不要そうだな」
「まぁ位置情報をつかまれたからといって特に俺がどうってこともないだろうし……」
「ま、協会が個人情報を悪用することはないから安心してくれ。ボクの話すべきことは大体話させてもらったよ。最後にこれを渡しておこう」
そう言って鹿間さんはまたソファーのバッグから何かを取り出す。
そうして手渡されたのは、一枚のカードだった。
真っ白なそれには俺の名前だけがプリントされている。
「これは……?」
「会員カードみたいなものさ。あ、研修中はケースに入れて首から下げてもらうからなくさないでね。君が正式にクリーナーになれば、そのカードに等級が印字される。今はまだ何もないからブランクカードだ。身分証明に使えて……あと戦績もそのカードに記録されることになる。何級のダンジョンを何回攻略したとか、何人で攻略したとか……そういうのがスコアとして記録されるんだ。ウチにあるカードリーダーでそういう情報はみられるから」
「なる、ほど……」
ひとまずなくしてはまずいものだというのでさっさとしまっておくことにする。
そこでふと、ちょっとした好奇心が湧く。
「このカードってインベントリにしまっても?」
「……。うん。ダメとは言わないけど……おすすめはしないかな。まだよく分かってない技術だから」
「なるほど」
インベントリにしまうのはやめておくことにした。
「それじゃ水瀬君、挑むダンジョンと指導クリーナーさんが決まったら連絡するから……。これから一週間、頑張ってね」
「……! はい! ありがとうございます!」
思えばこんなに多くの言葉を他人と交わしたのは久しぶりだ。
俺の中で人と会うことのハードルが無駄に上がっているというのもあるだろうけど。
でも少なくとも、俺は今日やっと一歩目を踏み出せた気がするのだ。
海水を凍結させて、その頼りない氷の上によじ登る。そうしている間に、丁度駆け下りていく皐月の姿が見えた。 しかし、この場所は……。 海。海であることに間違いはないのだが、もちろん普通の海でないことは明らかだった。というのも俺はこの海を見たことがある。まさかこんな形で飛び込むことになろうとは思いもしなかったが。 ここは……廃都そのものだ。外縁から見下ろした、消滅したかつての首都。削り取られたか、あるいは何かに消し飛ばされたかのようにできたクレーター。ここはその巨大な穴に海水が流れ込んでできた海なのだ。「……」 正直、今起きていることは色々と前例やら思考材料が欠けていてよく分からない。だがおそらくあの”教室”はこの座標と重なって存在していたのだろう。未だ謎多き廃都の消滅。その地で暗躍していた、正体の分からない”先生”。何らかの関連性は感じないでもないが、結局は謎は謎のままだ。「水瀬……!」 皐月が海面に着地するのと同時に、廃都全域が凍り付く。俺の生み出した氷とは規模も強度も冗談かと思うほどの差だ。凍結をアイデンティティにしているわけでもないが、なんだかため息が出てくるようだった。「皐月! よかった。けどここは……」「廃都」「……だよな」 すぐに皐月に駆け寄って言葉を交わす。皐月は着地という一仕事を終えた後も警戒を解いていない。だがまあ当然それが用心しすぎということはない。俺たちがここに飛ばされた以上……居るはずなのだ。 完全にあの教室が崩壊したのか、空から無数の椅子や机が降り注ぐ。ぶつかったらまあ痛いだろうが、それ自体は特段危険でもない。ただ奇妙な光景ではあった。「水瀬……来てる。覚悟を決めておいた方が、いいかもしれない」 皐月はもう何かを感じ取ったようで、ただでさえ冷え切った空気の中冷たく言う。その冷たさは冷酷さから来るものではなく、思い覚悟から来るものだった。 そして俺にも……。「ああ、感じるよ。来る……」 そしてもうそこに彼女は、ハルはいない。あるのは敵意ではないが、決して親近感の湧くようなものでもない。 空が雷鳴に引き裂かれ、極寒の地に稲光が炸裂する。巨大な体は凍った海面に爪を立て、その四肢で力強く俺たちの前へ降り立つ。 教室という狭い空間から、そしてハルという一人の少女から解き放
引き裂かれた天井から青空がのぞく。その晴天を幾筋もの雷光が引き裂いた。いつの間にか先生は姿を消し、眼前にはただ一体のドラゴンのみが翼を広げている。「戦わなくちゃ……ならないのか……?」「とにかく……外でやったのと同じようにあいつを封じ込めてみる。水瀬はあの女の姿を探して! あの悪趣味な女のことだから……どこかで見てるはず!」 皐月は未だ新生を迎えたばかりのドラゴンにその手のひらを向ける。外で大量にあふれかえっていた魔物を凍結させたのと同じように、凍結を試みる。が……。 地を這う霜は雷に打ち砕かれ、氷の結晶はドラゴンの体を覆いきる前に容易く薄片のようになって砕け散っていく。もとより外で発生していた魔物とは大きさからして次元が違うし、その力も桁外れなのだ。ドラゴンは軽く身じろぎしただけだというのに、この空間全域が震えるほどの衝撃が伝わってくる。 先生は「元に戻すことは不可能」と言っていたが、それを素直に信じようとはもちろん思わない。だがその淡い期待が俺たちを苦しめているのもまた事実だった。 ドラゴンは意思の希薄な眼差しで俺たちを見つめる。目覚めたばかりで意識がはっきりしていないのか、それともハルがそうした意識や思考能力を放棄したいと願ったのか、それは定かでない。もう、確かめようがない。「……っ」 ドラゴンに攻撃の意思は見て取れない。だが、クリーナーとして……無防備でいるわけにもいかず、インベントリから武器を呼び出した。氷火の王剣。俺にとっては苦い記憶と結びついた炎と氷の性質を併せ持つ大剣だ。その刀身が帯びる淡い光が、白日の下に輝く。ドラゴンの攻撃意思にかかわらず降り注ぎ続ける雷で、体育館は既に全壊していた。今やここは屋外と変わりなく、雷はタイミングも位置も完全にランダムでこの空間全域に響き渡る。ただ、時間が経つにつれそれは苛烈になっている気がした。 ドラゴンは意思の灯らない瞳のまま、ゆっくりと立ち上がる。その翼で風を打ち、青空へ飛びあがった。「……っ!?」「水瀬……!」 風で巻き起こった砂塵に一瞬視界が奪われる。遅れて見上げると、空高く舞い上がった巨躯が空間の空を穿ち……。「な、まさか……!?」 俺と皐月が謎の少年の手を借りてやっと脱出できたこの空間が、ドラゴンの物理的干渉により……崩壊へと向かう。空
十歳の誕生日、あたしは靴を貰った。どこのお店でも売っているような、普通の靴。でも子供のあたしにとって……特別な日に貰ったその靴は、特別なものだった。大切だった。 やがてそれはボロボロになって。あたしが大きくなると、大きさも合わなくなって……。すぐに履けなくなった。それでも、ちょっぴり繕って……ずっと部屋の棚の上に飾っておいたんだ。けど……。「あの靴……いいかげんみすぼらしいから捨てておいたわよ。それより……あなたもそろそろお洒落とかした方がいいんじゃない? ねぇ、お母さん今流行ってるっていうやつ買ってきてみたんだけど……あなたに似合うかしら? ね、ほら……着てみて!」 突然、棚の上に並べてあった靴がなくなったのに気づいて……それを母に尋ねたときに返ってきた言葉だ。今でも、よく覚えてる。 誰でも経験するような些細な喪失。あたしは、その時泣きも怒りもしなかった。ただ「ああ、そうなんだ」って……なんかいろいろ、分かってしまったような気持ちになっただけ。 あの靴がどれだけ自分にとって大事かだったなんて、もう正確に思い出せないけど……この言葉を告げられた瞬間のことはいつまでたってもずっと……鮮明なまま。 時間とともに褪せていくこと。どうでもいいこと。取るに足らないこと。あたしが泣き叫んで喚いても、あたし自身が実際はそれに全く価値や意味が無いことをよく分かっていた。 でも、いつまでたっても忘れられなかった。 こんなことが、何回も繰り返された。その度に少しずつ、自分が大人になっていくような感覚がした。だから……大人になることは嫌なことなんだって、そんな気持ちが根を張った。「でもね、これは普通のことよ」「みんなそうやって大人になっていってるのよ」「社会に出れば、自分の思い通りにならないことばかりなんだから甘えてちゃいけないわよ」 誰に言われたわけでもないのに、心の中をこんな風な言葉が反響する。だからそう……。『……』 今まで通り、飲み込んで……。『…………』 痛みを痛みと思わないで……。『………………』 ちゃんと捨てて……。『……………………』 大人に、ならないと……。『……………………いやだ』「え、今あなた……なんて言ったの?」『ううん、お母さん……何でもないよ』 いやだ。「春、そろそろお前
重力から引き剝がされるように、異次元へと飲まれる。既に慣れ親しんだ感覚がいつもより重い。しかしそれは錯覚に過ぎず、ただ俺の心の不安が体さえも重く引きずっているだけだった。 一呼吸が終わらないうちに、光の奔流から吐き出され視界がひらける。次の瞬間、俺は体育館の床を踏みしめていた。「待っていましたよ」 俺が皐月の姿を捉えるよりも早く、冷たい声が耳元をかすめる。その確かに聞き覚えのある声に、内臓が縮み上がるかのようだった。この感覚は……恐怖に他ならない。 先生、俺たちができるだけ出会いたくない相手……。そして……きっと会うだろうという予感のあった相手……。 その声に呼吸は凍てつき、しかしこうなった今その顔を見上げるしかなかった。「今度は体育館に直通ね……。ま、何となくそんな気はしてたけど……まんまと私たちは誘われてきたわけだね」 皐月は先生と、それからその傍らに立つ春の方を見ながらため息を吐く。ただ、そのため息に絶望や失望の感情はこもっていなかった。「そういうわけだから、お誘い通りちゃんと来てあげたよ……先生……?」「ふふ……」 皐月の視線を受けて先生は笑う。春はただ縋り付くようにその腕に抱かれていた。「まぁ、わたしとしては別にどちらでもよかったのですが……手間が省けましたね。どのみちそこの忌々しい男は殺しますが……あなたはその限りではないのですよ?」 先生はこんな事態に至ってもまだ”慈悲深い指導者”を気取っているのか、皐月に憐れむような眼差しを注ぐ。それに皐月は言葉でなく、ただ中指を立てることで答えた。 決して臆さない皐月の姿に勇気づけられて、俺も先生と春の方へ一歩踏み出す。そして一目で作り物と分かる張り付いた微笑みを睨みつけた。「なぁ、今外で何が起こってるか……知らないってことはないよな? あんた、いったいみんなに、春に、何やったんだよ……先生……?」「先生……この立場と呼び名に関しては気に入っていましたが……あなたに呼ばれると不愉快極まりないですね。あなたが我が物顔で生きているだけで、今この瞬間わたしの聖域で呼吸をしているだけで気分が悪くて仕方がありません。ですが、あなたも所詮憐れな人形……わたしが何をしていたか、教えてあげましょう。そしてその上で全てを奪い去ってあげましょう」 先生もまた、こちらに一歩踏み出し
春の背中を追って凍り付いた地面の上を走る。自身の体重が足元に響く感覚が希薄で、妙な感触だった。ただもう流石に慣れても来たので足を滑らせるようなこともない。「春っ……!!」 交わした言葉も、共有した時間も少ない。それでも俺の声できっとその脚を止めてくれるだろうとその背中に呼びかけた。「……っ」 俺の声はその背中にしっかり届き、春をこちらに振り向かせる。その瞳は俺と、それからその隣に居る皐月を映した。「よかった……」 俺の声に反応してくれたことにひとまず安堵する。春の歩みも緩み、ややつまずくような形で氷の上を滑る。その前のめりになって転倒しそうになる背中に手を伸ばした。「春……見つけられてよかった。春も分かってると思うけど……今起きてることは普通じゃない……それで……」「それで、あの”教室”へ向かうのはやめて。黒幕はあそこの……先生だから」 焦りや感情が先行してしまっていた俺の言葉に、皐月が淡々と付け加える。春はアスファルト上に張った氷に踵を踏ん張らせてぎりぎり転倒を免れる。そして……。「分かってる。分かってるよ……そんなこと」 その肩に届こうとしていた俺の手を、春は振り払った。そしてすぐに、こちらから視線を外して再び走り出してしまう。「ちょ、春……!? だからダメだって……!」 とっさに引き留めようと言葉を吐き出すが、もう春は俺の声に応じない。どれだけ力を込めたとしても中学生の少女の腕力、しかしその明確な拒絶は物理的に伝わってくる衝撃以上の痛みをもたらした。「水瀬、悪いけど気遣ってられないから……ちょっと乱暴するよ……」 突然の拒絶に思考停止状態に陥ってしまっていた俺とは対照的に、皐月は冷静に手を下す。皐月は走り去ろうとしている春の背に手を伸ばすと、手のひらの中心から放出するように氷の結晶を撃ち出した。そのままの勢いで春を貫いてしまいそうな氷の結晶は、しかし命中する寸前で網のように広がり春に絡みつこうとする。が……。「……」 瞬間、鋭い光が氷に包まれた路地で跳ね返る。枯れ枝のように、血管のように大気を焼け焦がす、稲妻。それは一瞬だけ眩く輝くと、密度の薄い煙になった。電撃によって砕かれた結晶が、散らばって凍った地面を滑る。それは俺たちのつま先にこつりとぶつかって、役目を終えたようにすぐに溶けてしまっ
ビルの陰から、通路の奥から……人の背丈の1.5倍ほどの怪物が這い出して来る。それらは少し前までは確かにここにあったはずの日常を瞬く間にむしばんでいった。どこかで誰かの悲鳴がする。その声すら搔き消すように、クリーナーたちの放つ攻撃が迸った。 皐月はその状況に退屈そうにため息を吐く。「はぁ……どいつもこいつも大したことなさそうな奴ばっか。そんなに面白くなさそうだね」「お、おい……そんなこと言ってる場合かよ……」「大丈夫……。ただ、いくら元人間って言ったって……少しくらいは痛い目見てもらうけどね」 皐月は俺の言葉にそう答えると、眼前で繰り広げられる戦場へと一歩踏み出す。そのつま先がアスファルトを叩いた瞬間、そこを中心に花弁が開くかのように地面が凍結していった。「……っ」 初めてちゃんと見る皐月の能力に息をのむ。凍結、という点では俺の使えるものとも同じだが……その影響範囲はこの数秒にも満たない時間で俺のものを優に超えていた。 地表を伝って広がっていく凍結はその結晶を成長させながら都市全域に広がっていく。その氷の結晶は魔物たちの動きを制する檻となった。「ま、足止めするってだけならこれで十分でしょ。あとは撃ち漏らしを個別に処理するだけ……」 幾分か寒くなった廃都近縁で、あまりにもあっけなく場を収めて見せた皐月は悠々と残りの仕事を片付けるために歩き出す。先ほどまで魔物と交戦していたクリーナーたちも、突如凍結した魔物を前にその手を止め、その眼差しを皐月に注いだ。「おい、あれって……」「皐月無垢、だよな……?」 惨状が一転、瞬く間に静寂に包まれた都市にクリーナーたちが口々につぶやく声が響く。「水瀬、ほら行くよ。まだ自由に動けてる魔物も居るはず、それに……まだ魔物になってない人も、まだまだ居るはず。ここはまだ安全とは程遠いんだから、気を緩めないで」「あ、ああ……分かった……」 皐月は周囲の人々の注目にうんざりしたような表情を浮かべ、少し入り組んだ路地の方へ逃げるように駆けていく。俺も数センチの厚さの氷が張った地面の上で滑りかけながらもその後を追った。「なぁ、皐月……あの魔物たちって、その……戻れるのか?」 残党を探す皐月の後ろに続きながら、尋ねる。皐月はそれ自体にはさして興味なさそうに「さあね」と答えた。「……でも、あの先生が







