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53.白影の重騎士

Author: 空空 空
last update Last Updated: 2025-09-03 22:13:56

 ここから一人抜け出すわけにもいかなくて、結局俺も二人の後に続く。

まるで俺が立ち入るのを待ちわびていたかのように、ボス部屋の扉は背後で閉まった。

「扉……」

 一瞬それが再び開けるか否かを確かめようかと考えたが、早く二人に追いつきたくてそれは諦めた。

ハナさんは……もしかしたらまだ揺れているのか、未だ何もしゃべらない。

カメラは回っているだろうに……その後姿はどこか落ち込んでいる様子ですらあった。

そんなんなら……本当に、入らなければよかったのに……。

しかしもう過ぎたこと、ボスは……もう俺たちの目の前に佇んでいた。

「これが……ここの……」

 倉井さんがその巨躯を足元から徐々に登っていくようなカメラワークで動画に収める。

このダンジョンと同じように、全身が白い結晶で構成されている。

人型の……騎士然とした見た目だが、今はその大剣を地に突き立て片膝を立てて彫像のように微動だにしない。

まぁ、それはともかく……。

「この感じなら……たぶん、このボスも……二つの時空にまたがって存在してますよね……」

「そうっぽいですね」

 俺の言葉に倉井さんは頷く。

さっき意見のすれ違いがあったばかりなのにまるで何も起きてなかったみたいな態度で接されるのは……本来ならありがたいことなのかもしれないが、今は正直どこかムッとしてしまった。

「うごかない……ね」

 ハナさんも、立ち止まってボスを見上げる。

ボスは……まるで何かを待ち構えているかのようにその影を落としていた。

まるでそれがこのボスの”領域”の境界線を引いているような感じがして……ほとんど無意識だけど、なんとなく誰もそこまで近づこうとはしなった。

 倉井さんは飽くまでさっきから態度を変えないのを貫いているが、俺とハナさんに関してはそうでもなく……いまいち気まずい時間が流れる。

ボス部屋に入ってなお、まだ戦いが始まらなかったのがその気まずさに拍車をかけている感じはあった。

「はぁ……」

 仕方なく空気を変えようと少し声を張る。

「もう。俺も分かりましたから……やるならもうやりましょう。戻るなら戻る。今ならたぶん……それも出来るはずですから……」

「みーちゃん……怒ってる……?」

「え……? 俺、が……?」

 声を張ったばかりに、どうやらそれを怒りの発散と勘違いされてしまったみたいだ。

と、思いつつも……自分で今の言葉の内容を振
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