LOGINあれから一週間経ち――
「お兄ちゃん、お帰り」
「ノコ、ただいま」
いつものようにバイトから戻ってきた俺は、すぐにでも布団に打ち倒れたいのを我慢して、妹のノコのため買ってきたお土産をビニール袋から取り出した。
「わ、アイス! いいの? お兄ちゃん」
「たまにはいいだろ。ほら、溶ける前に食べな」
うちには冷蔵庫なんて贅沢品は無い。アイスの保管は出来ないので、すぐに食べなければいけない。
ノコは、さっそく蓋を開けると、大福型のアイスを食べ始めた。
それから、俺がただ黙ってニコニコ微笑みながら見ていることに気が付いたようで、首を傾げながら、こう尋ねてきた。
「お兄ちゃんのは? アイス無いの?」
「俺はいいよ」
「え、そんなのダメだよ。私だけなんて」
大福型のアイスは二個入りだ。そのうちの一個を、ノコは俺に向かって差し出してきた。
「食べて。私、一個で十分だから」
「本当に、俺はいらないよ。ノコが全部食べな」
「私、二個も食べられない」
まだ小学四年生だというのに、この気づかい。なんていい子なのだろう、ノコは。俺はじんわりと感動しながら、お言葉に甘えて、大福型のアイスを食べさせてもらった。
久々に食べるアイスは、ヒンヤリ冷たくて、甘さが口の中に染み渡って、実に美味である。
うちがもっと裕福だったら、こんなアイスくらい、毎日のように食べられるのに……。
とにかくお金が無い。10年前、ノコが生まれて間もない頃、俺がまだ6歳の時に、親父は蒸発した。それからほどなくして、母さんは亡くなった。一度は親戚が助けてくれたものの、途中から、このボロアパートの家賃を払うことすら渋り始めて、結局、中学に上がった俺は、バイトで生活費を稼がなければならなくなった。
もちろん、こんなガキの俺を雇ってくれるところなんて、正規のバイトでは存在しない。だから、違法な工事現場のバイトを頼るしかなかった。
だけど、重要なのは、生活費のことだけではない。
「けほ、けほ」
ノコが咳き込み始めた。
俺は慌てて、部屋の片隅に置いてある吸入器を手に取ると、ノコに渡してやった。
吸入器を使って、ノコは薬を吸い込む。すぐに、発作は収ったようだ。涙目にはなっているが、ノコはニッコリと笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
ノコは病気を抱えている。その治療費を稼ぐことは、生活費以上に大事なことだ。
けれども、昨今は物価も上がってきている。政府はまた増税を検討しているそうだ。生活費だけで家計は逼迫しており、治療費を捻出するのもひと苦労。
もはや、バイトだけでは回らなくなりつつある。
(やっぱり、Dライバー活動に活路を見出すしかないのか⁉)
ダンジョンライバー。略してDライバー。
3年前に世界各地でダンジョンが現れて、最初こそただ単に探索するだけの者達しかいなかったところへ、ある中国人がライブ配信に目をつけたことから、一気にブームとなったダンジョン配信。
これからはダンジョン配信だ! とばかりに、後に続く者達が現れた。個人勢は数えきれないほどいるけど、特に優秀な奴は企業にスカウトされ、公認ダンジョンライバーとして活躍している。
各国の政府は、特定の企業が力を持つことを危惧して、それぞれの国ごとにダンジョン攻略に規制をかけようとしているけど、なかなか法整備は進んでいない。
この日本においても、ダンジョンへ入るのに許可制を設けよう、という案が政府の中から出てきているけど、各大企業の反発もあって、なかなか話がまとまらずにいる。でも、いつかは法が整備されて、自由にダンジョンへと潜ることが出来なくなる日も来るだろう。
そうなる前に、俺は何としてでも、Dライバーとして名を上げて、お金を稼ぐ必要があった。
「ん? お兄ちゃん、電話来てるみたいだよ」
ノコに言われて、俺はちゃぶ台の上に置いてあるスマホを見た。
ブブブ、と震えている。
画面には、知らない携帯番号。俺のスマホには、クラスメイトですらかけてくることが無いというのに、いったい、どこの誰がかけてきているのだろうか。
「はい、もしもし」
電話に出ると、向こうから、女の子の声が聞こえてきた。
『あなた、
「どちら様でしょうか」
『まずはお礼を言っておくわ。この間は助けてくれてありがとう』
「えっと……マジで、どちら様?」
『忘れたとは言わせないわよ。一週間前、等々力渓谷ダンジョンで、ダイダラボッチから私のことを救ってくれたじゃない』
「あー、あの時のガトリング娘!」
俺の勝手な呼び方に、ガトリング娘はムッとしたようだ。
『やめてよ、変なあだ名つけるの。私はアナスタシア。
「思い出した! そうか、お前が、あの有名な『ガトリング・ナーシャ』か!」
『馴れ馴れしく『お前』呼ばわりされる覚えは無いけど、まあ、いいわ。助けてもらった恩もあるし、その無礼は許してあげる』
「で? 登録者数1万超えの大人気Dライバーさんが、俺に何の用?」
『ちゃんと会ってお礼がしたいの。今日の夕方6時とか時間取れないかしら』
一瞬、躊躇した。
昔の経験から、他のダンジョン探索者やDライバーとは関わり合いになってはいけない、と思っている。
だけど、御刀アナスタシアと言えば、最新鋭の兵器を作っている「御刀重工」の令嬢だ。つまり、大金持ちの娘。もしかしたら、お礼として大金を払ってくれるかもしれない。
我ながらゲスな考えだとは思うけど、わかってほしい、それだけ俺はお金に困っているのだ。
「いいよ。どこに行けばいい?」
こうして俺は、今絶好調で人気右肩上がりのDライバー・御刀アナスタシアと会うことになったのである。
「うわあああ、AKIRAぁ!」「落ち着け! まだ死んだわけじゃない!」 タックン軍団はすっかり混乱している。 その目の前まで迫ってきた大蛇は、角で突き刺していたAKIRAの体を、真っ二つに斬り裂いた。「あ、これは、死んだわ」 軍団員の一人が、放心した感じで呟く。 その彼もまた、大蛇の角によって一刀両断にされた。「下がれ! ゲートから出てきた奴だ! 君達の手には負えない!」 TAKUが刀を抜き、大蛇に向かって駆けていく。この上なく頼もしい姿だ。彼ほどの実力者なら、きっとあの大蛇にも難なく勝てるだろう。 そう思っていた。 気合いとともに、TAKUは刀を振り、大蛇の頭を斬り落とさんとする。だけど、その刃は、鱗に当たった瞬間、激しい金属音が鳴って、弾かれてしまった。「な⁉」 驚くTAKUは、大蛇に体当たりされて、吹っ飛ばされた。 幸い、角で貫かれることはなかったけれど、飛んでいった先は岩壁だった。頭から岩肌に叩きつけられたTAKUは、気を失ったのか、ガクリとうなだれて動かなくなる。「みんな下がって! 私が仕留める!」 続いて、ナーシャがガトリングガンを構えて、前へと進み出た。 タックン軍団が散り散りになって逃げ惑う中、ナーシャの銃口が火を噴いた。 大量の銃弾が大蛇の頭部へと叩きつけられる。けれども、大蛇にはまったく効いていない。全ての弾を跳ね返しながら、大蛇はゆっくりと間合いを詰めてくる。「嘘でしょ⁉ どうして、平気な
俺の「ダンジョンクリエイト」で作った階段を下りていくことで、あっという間に、崖下に辿り着いた。 岩肌から赤く輝く鉱石がいくつも飛び出している。ギラギラと輝く様は、まるで大地の太陽だ。「これが鉱石ね。恐らく赤く輝いているのは、伝説の金属ヒヒイロカネを含んでいるからに違いないわ」「ヒヒイロカネ?」「聞いたことないかな。古い伝説に出てくる希少な金属。これを含む鉱石のことを、ヒヒロタイトというの」「こいつを、各国は求めている、ってわけか」「どこも情報を隠していたから、確信は持てなかったんだけど、現物を見てハッキリしたわ。このダンジョンで獲得できるものは、ヒヒイロカネで間違いない」「じゃあ、さっそく採取しようぜ」 何か採取用の道具を持ってきているものだと思い、俺は呑気にそんなことを言ったが、「ちょっと下がってて」 ナーシャからそう言われて、これから何が起こるのかを察し、「お、おい、待てよ! 冗談だろ⁉」 慌てて俺は岩壁から飛び退いた。 直後、ナーシャのガトリングガンが火を噴いた。 銃弾が岩肌を削り、そこに埋まっているヒヒロタイトを次々とえぐり出していく。ひとしきり乱射したところで、ナーシャは銃撃をやめ、地面に散らばっているヒヒロタイトを回収し始めた。「はい、カンナも手伝って。ちゃんと持ち帰るだけにしてね」「危なかった! すごく、今の、危なかった!」「何よ、ちゃんと警告したからいいでしょ」「こんなやり方で鉱石採取するとは思ってなかったんだよ!」 文句を言う俺に対して、ナーシャの視聴者達は辛辣なコメントをよこしてくる。《:ざまあw》&nbs
「さっき、TAKUが言ってただろ。物質を変化させて――」「この間は、大地系のスキルだって言ってたじゃない。嘘をついていたっていうこと?」「そ、そうそう、そういうこと」「それも嘘ね。あからさまに動揺しすぎ」 ナーシャは、すっかりお見通しのようだ。 さらに、ナーシャの配信のコメントが俺に向かって飛んでくる。《:隠すな、ちゃんと説明しろ!》《:ナーシャたんに隠し事とか、マジありえん》《:結局、どういうスキルなんだよ》 俺は頭をガリガリと掻いた。しょうがない、ここは説明するしかなさそうだ。でも、誰でも彼でも教えていいものではない。「わかった、話すよ。ただ、配信は一旦止めてほしい」「なんで?」「とにかく、その条件が飲めないんだったら、俺はここで引き返す。これ以上お前と関わり合いになりたくない」「……わかったわ」 ナーシャは配信機器を掴むと、ボタンを押した。三つ全部、同じ操作をする。俺のスマホで確認すると、確かに映像と音声はストップしている。《キリク:おい、まさか、こっちまで止める気じゃないよな!》 すまん、キリク氏。俺のスキルは、世間に知られるわけにはいかないんだ。 容赦なく、自分の配信も止めたところで、俺は単刀直入に、自分のスキルについてナーシャに説明を始めた。「俺のスキルは『ダンジョンクリエイト』だ」「え」 案の定、ナーシャは固まった。 それから、険しい眼差しで、俺のことを睨みつけてくる。
突然、オンモラキの一小隊が、一斉に爆発に巻きこまれて、あっという間に全滅した。 なんだ⁉ と思う間もなく、次の攻撃が開始される。 轟音とともにミサイルが飛んでいき、また別のオンモラキ小隊を爆散させた。「何よ、あいつら」 不満げに、ナーシャは呟いた。 俺達がもと来たほうを振り返ってみると、十人ほどの重装備のパーティが吊り橋の上に立っている。彼らはみんなお洒落なスーツを着こなしており、どう見てもダンジョン探索者の風体ではないが、持っている重火器はロケットランチャーからマシンガンと、かなりえげつない装備だ。「まさか、あれは」 視聴者登録数100万超えの化け物Dライバー・TAKU率いる「タックン軍団」だ。ネーミングセンスは壊滅的であるけど、その爽やかな風貌や語り口と、華やかな戦歴から、いまや多くのDライバー達の憧れの的となっている。「やーやー、君達! 楽しそうに暴れているね! 僕も混ぜてくれよ!」 まるでホストのような見た目。明らかに染めたとわかる不自然に輝く金色の髪を風になびかせ、白い歯を見せながら、TAKUは馴れ馴れしげに俺達に近寄ってきた。「げ……最悪な奴がやって来た」 ナーシャは不愉快そうに呟き、ガトリングガンを下げる。もう戦う必要はなかった。あとちょっとで、タックン軍団の手によってオンモラキ達は殲滅される。無駄弾を打つ必要はない。「久しぶりだね、ナーシャ。相変わらずソロで潜っているのかい?」「そういうあなたは、相変わらず徒党を組んで戦うのが得意なのね」「勝率と生還率が上がるのなら、何だってやるよ、僕は」 もっともな理由だ。さすが登録者数
ギャアギャアとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。 空の向こうから、何百羽はいるだろう、怪鳥達が黒い雲のように群れをなして、俺達のほうへとまっすぐ飛んでくる。 ナーシャのボール型配信機材は、コメント読み上げ機能も搭載しているようだ。合成音声がスピーカーから流れてくる。《:来たぞ、オンモラキだ!》《:数が多いだけで大したことない、ナーシャたんなら楽勝っしょ》《:ツレの底辺ライバーはどうだろうな》《:見るからにひょろっちいし、楽勝でやられそうだな》《:それな》 俺は肩をすくめた。「ダンジョンクリエイト」のスキルを使えば、それこそ吊り橋に壁を作ることだって出来る。対象物に触る必要はあるけど、その条件さえ満たせば、不可能はない。質量保存の法則だって無視できる。 もしも俺一人だったら、ダンジョンの構造自体をいじって、どうにか撃退していただろう。 でも、ここでスキルを使うのは、あまりにも危険すぎる。今回は大勢に注目されてしまってる。万が一、「ダンジョンクリエイト」持ちだってバレたら、えらいことになってしまう。 幸い、俺と一緒にいるのは、あのガトリング・ナーシャだ。 火力の女神。圧倒的攻撃力。まず負けることはない。「よーし! 派手に行くわよ!」《:待ってましたー!》《:今日も無双頼みます!》 ガシャン! と重々しい音を立てて、ナーシャはガトリングガンを構えると、飛来してくるオンモラキの群れへと狙いを定めた。 たちまち、ガトリングガンの銃口が
というわけで、やって来ました、竜神橋ダンジョン。 ネット検索すると、ありし日の竜神橋の風景が出てくるけれど、いまやそれは古い情報。 見ろよ、この目の前に広がっている、異様な空間を。 こっちの崖からは、遙か向こうにあるはずの崖は見えない。常に白いもやがかかっていて、どれくらいの距離があるのかも不明だ。 そして、そんな空中に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた吊り橋。 いや、吊り橋と言っても、どういう原理で宙に浮いているのかが不明だ。上に乗ったらそのまま落ちてしまいそうな不安定さを醸し出しているけど、実際は、大丈夫だろう。 なぜなら、ここはダンジョンだから。 ダンジョン内では、常識は通用しない。時には物理法則だって捻じ曲がる。思い込みや先入観で挑むのは危険だ。「準備はいい?」 吊り橋の入り口前に立つナーシャが、こちらを振り返ってきた。彼女の背後には、フヨフヨと、3台のボール型配信機が浮かんでいる。あんな風にハンズフリーで配信できるのはうらやましいな……と思いつつ、俺もスマホを操作して、配信モードへと切り替えた。俺の場合、常に片手でスマホを掲げていないといけないのが、すごくめんどくさい。「オッケーだ。でも、ナーシャはそんな格好で大丈夫なのか?」「へ? 何か変?」「やたら軽装備というか、なんと言うか」 目のやり場に困る、というセリフは寸前で飲み込んだ。 ナーシャが着用しているのは、サイバーパンク風のレオタードアーマーだ。ボディラインがクッキリと浮き出る形の、かなりセクシーなデザイン。豊かな胸や尻がしっかりと強調されている。このコスチュームもまた、人気の一つだったりするのだろう。