Se connecterその声は決して大きくなかったが、冷ややかな朝の空気を切り裂くには十分だった。そこに懇願の響きはない。躊躇いもない。あるのは確固たる決意だけだ。息を切らして追いついたイラルドが、背後から声をかける。「奥様、それはあまりにも危険すぎます――」「私も行くわ」セレーネは真っ直ぐに前を見据え、より強い口調で繰り返す。「今度ばかりは、後ろでただ待っているなんてご免よ」ラミアは彼女を長く見つめた。まるで、言葉や恐怖よりもさらに奥深い何か――もはや無視することなどできない悪夢から生まれた、愛と決意を読み取ろうとするかのように。ジェイは長く息を吸い込んだ。簡単に口にするにはあまりにも重すぎる何かを、慎重に量っているかのように。やがて紡ぎ出されたその声は、低く断固としており、苦渋の決断に満ちていた。「奥様……もしあなたが同行されるとなれば、一体誰がここに残る子供たちを守るのですか?」その問いが、冷たい朝の空気に重く留まる。それは誰もが想像していたよりも遥かに深く、彼らの胸を突き刺した。セレーネは押し黙った。周囲の人々――ジェイ、ラミア、ビョルン、そして将軍たちを見回すと、皆一様に気まずそうな表情を浮かべていた。まるでその言葉によって、最初から目を背け続けてきた冷酷な現実を突きつけられたかのように。誰一人として、セレーネの目と長く視線を合わせようとする者はいなかった。ジェイはさらに言葉を継ぐ。ほんの一言でも間違えればセレーネが完全に崩れ落ちてしまうと恐れるように、その口調はひどく慎重だった。「ラミアは我々に同行します。アイレとルナも彼女を補佐することになる。ですから……子供たちを使用人だけに任せきりにして、本当に安全だと思われますか?」セレーネは彼を見つめ返す。呼吸が途中でつっかえてしまったかのように、胸が激しく締め付けられる。「あの子たちは、実家へ連れて帰るわ」やがて彼女は告げる。声は微かだったが、確かな決意が込められていた。「サイラーが守ってくれる」ジェイはゆっくりと首を横に振った。「奥様……若君とお嬢様の存在を知る者は多くありません。公爵閣下の高貴なる黒髪と赤い瞳を受け継いでおられるとはいえ、未だ正式なお披露目すら済んでいないのです。それが何を意味するか、お分かりでしょう」セレーネに分からないはずがなか
ジェイは長くセレーネを見つめていた。その瞳には、普段は見せない色が浮かんでいる――哀れみと入り混じった、深い敬意。この願いが決して弱さからくるものではなく、幾度も傷つきすぎた深き愛から生まれたものだと、彼は理解していたのだ。やがてシグが長く息を吐き出す。「それが奥様の願いであるならば……」ウルフも一瞬目を閉じ、再び見開いてから、「遠くから、追跡いたしましょう」と告げる。ピーターが静かに頷いた。「一切の干渉はせずに」エドワードとエリックも顔を見合わせ、同じように頷いた。セレーネは微笑まなかった。ただ声に出さずに感謝を伝えるかのように、深々と頭を下げる。セレーネはひどく覚束ない足取りで城へと戻っていく。これまで馴染み深かったはずの石の床が、どこか冷たく遠いものに変わってしまったかのようだった。背後で巨大な扉が次々と閉ざされ、自身の足音の反響だけがやけに大きく耳に響く。頭の中はパンパンに張り裂けそうなほどに満ちているというのに、なぜか胸の奥だけは空っぽだった。部屋に戻ったセレーネは、長い間微動だにせず立ち尽くしていた。夕暮れの風に揺れるカーテン。床を這う黄金色の光が、ゆっくりと色褪せていく。ベッド、化粧台、窓――目に映る全てのものがいつもと変わらないはずなのに、もはや自分のものではないように感じられる。ゆっくりとベッドの端に腰を下ろす。彼女の脳裏では、ただ一つの思考が絶え間なく繰り返されていた――ディリアンを手放すこと。言葉にすれば単純で、まるで解決策であるかのように響く。だが、さらに深く考えようとした瞬間、胸が激しく締め付けられた。できない。自分が弱いからでも、依存しすぎているからでもない。これほどまでに深く自身の人生に結びついた人間を手放すことなど、一時の決断でどうにかなるものではないのだ。うつむき、自身のドレスの布地をきつく握り締める。正直なところ、その痛みは今やひどく生々しく、粗暴で、残酷なものとして感じられた。血を流す傷ではなく、内側から確実に蝕み続ける何か。恐怖も、別れも、モルウェンナの狂気も、ヴィヴィエンヌの苦しみも、始まりは一つの呪いだった。なぜ自分たちがこんな目に遭わなければならないのか、理由さえ分からない。何も悪いことをしていない人たちの人生を壊すためだけにあるかのようだった。
計り知れないほど長く感じられた時間の後、小屋の中の空気はついに落ち着きを取り戻した。絶叫は重い喘ぎ声へと変わり、やがて息の詰まるような静寂が訪れる。木の扉が開き、ラミアが出てきた。ジェイとビョルンも戸口に姿を見せた。三人とも、長い嵐をくぐり抜けたように疲れ切っていた。ずっと外で待っていたセレーネが、すぐさま歩み寄る。「彼女の具合は?」抑えた声で問う。その答えが、自分の中の何かを完全に破壊してしまうのを恐れているかのように。答える前に、ラミアは長く息を吐き出した。「落ち着いたわ。体がひどく衰弱しきって……ヴィヴィエンヌは気を失っているの」セレーネはゆっくりと頷いた。過度な安堵を見せることも、悲しみを表すこともない。ただ小さく頷き、胸の内に留めておくべき事実をまた一つ受け入れたかのようだ。そして、少し後ろに立つジェイへと視線を移す。彼は沈黙していた。彼のような冷酷で強靭な男にしては、あまりにも静かすぎた。「ジェイ」セレーネが優しく、しかしはっきりとした声で問いかける。「あなた、彼女を心配しているの?」ジェイは一瞬だけ真っ直ぐに前を見据え、そして少しだけ顔を伏せた。「はい、奥様」その短い答えには、あまりにも多くのものが含まれていた。懸念、無力感、そして口に出すことすら恐れている恐怖。セレーネは再び頷いた。今度は先ほどよりも長く、ジェイの背負っている重荷を、言葉なしで全て理解したかのように。彼女は再びラミアへと顔を向ける。「ディリアンがあの女と結婚する湖がどこか、分かるかしら?」ラミアは静かに首を横に振る。「確実な場所までは分からないわ。でも……匂いを辿ることはできる。ディリアンの痕跡はまだ強く残っているからね」セレーネの目つきが変わった。怒りではない。ラミアの言葉を聞いて、決心が固まったのだ。ラミアを数秒間見つめた後、視線をジェイへと移した。「ジェイ」平坦だが重圧を込めた声で、彼女は告げる。「小規模な部隊を編成して、ディリアンの後を追ってくれないかしら?」ジェイは即座に顔を向けた。その目には驚きの色が浮かんでいる。「公爵閣下は、誰一人として後を追うなと命じられました」「分かっているわ」セレーネは一切の躊躇なく答える。「でも、彼をこのまま行かせるわけにはいかない。ジェ
その声は、単なる苦痛の叫びではなかった。ひどく掠れ、ひび割れ、まるで人間の体から何かが強引に引きずり出されようとしているかのような異様な響きを持っていた。セレーネは一瞬にして凍りつき、全身から血の気が引いていくのを感じた。心臓が胸郭を突き破りそうなほど激しく打ちつけ、呼吸が止まる。ビョルンが小屋の扉を凝視した。「ヴィヴィエンヌ様……」極度の緊張を孕んだ声で呟く。再び、絶叫が響いた。「ああっ――はあッ――うっ……!」今度は短かったが、より耳を劈くような悲鳴だった。それは、人間が到底耐えきれない苦痛の最中で、必死に呼吸をしようと足掻いている者の声のように聞こえた。セレーネはもう待たなかった。勢いよく、小屋の扉を押し開ける。扉が壁にぶつかって大きな音を立てると、薬草と血の生臭い匂いが鼻をついた。室内では蝋燭の火が激しく揺れ、木の壁に落ちた影も歪んで踊っていた。まるで禁じられた儀式の最中にいるようだった。ヴィヴィエンヌはベッドに倒れ込んでいた。その体は大きく弓なりに反り返り、指の関節が真っ白になるほどシーツをきつく握り締めている。髪は冷や汗で濡れそぼり、顔色は灰色に近いほど青ざめ、唇は小刻みに震えていた。喉の奥からは、ひどく重く、不規則な喘ぎ声が漏れ出ている。「あああッ――痛いッ――!」彼女は再び叫んだ。今度の声は先ほどよりも弱く、まるで深手を負った獣の悲鳴のように聞こえた。ベッドの傍らにはジェイが立っていた。顔を強張らせ、今にも爆発しそうな何かを必死に堪えるように顎をきつく引き結んでいる。その手はヴィヴィエンヌの手首を死に物狂いで掴んでいた――まるで、自分が手を離せば、この女が世界から完全に消え去ってしまうとでも恐れるかのように。反対側にはラミアが立っており、椀に注いだばかりのどす赤黒い薬液で手を血のように汚していた。魔女の顔からいつもの冷静さは消え失せ、深く眉を刻み込みながら、鋭く警戒に満ちた目を向けている。「反応し始めた」低く張り詰めた声で、ラミアが早口に告げる。「予想よりもずっと早い」セレーネは歩み寄った。胸が激しく上下している。「一体何が起きているの?」彼女は問う。これがメーガンの言っていたような、単なる「過労」などではないことはとうに理解していた。ヴィヴィエン
一方、冷たい雨に濡れた城の庭園で、ディリアンはゆっくりと顔を上げた。その視線が、上の階の窓――彼が痛いほどよく知る一点へと向けられる。彼らはそこに立っていた。セレーネ。ダグニー。ディヴリオ。彼の生涯の全てを形作る三つの影が、まるで別れの肖像画のように一つの枠の中に収まっている。胸が痛まないと言えば、嘘になる。ディリアンは胸の奥を鷲掴みにされたような痛みを覚え、息をひどく長く止めた。今すぐ前へ進み出て、大声で叫び、全てを取り消してしまいたいと願う自分がいる。しかし、だからこそ彼は行かなければならない。これこそが、彼がこれまでずっと先送りにしてきた全ての恐怖の終着点であり――彼らを同じ絶望の淵に引きずり込むことなく、彼自身が一人で立ち向かわねばならない結末なのだ。ディリアンの視線が、ほんの一瞬だけセレーネの上で止まる。遠く離れていても、彼にはその姿がはっきりと見えた。背筋を伸ばして立っているが、その体はひどく脆い。セレーネの腕は二人の子供を抱き寄せ、まるで彼女に残された最後の盾になろうとしているかのようだ。自らの胸が完全に崩れ落ちてしまう前に、ディリアンは顔を背けた。視線を、移す。モルウェンナへと。馬に跨がるその女の口元には、まるで全世界がようやく自分に平伏したとでも言わんばかりの、満足げな薄い笑みが浮かんでいた。髪が風に煽られている。その傍らでは、ラミアが全身を覆う赤いローブを纏って立っていた。あまりにも毒々しく、象徴的すぎる――まだ乾かない血のような、目に刺さる赤だった。ディリアンは生唾を飲み込んだ。そして、少し離れた場所に立つジェイへと顔を向ける。「ここのことは任せる」ディリアンは短く命じる。ジェイは彼を長く見つめ、その瞳に無言の問いを浮かべていた。「乗り切れるのですか?」やがて彼が尋ねる。ディリアンに躊躇いはなかった。「乗り切るさ」その答えは穏やかにこぼれ落ちた。自らの生涯の全てを背に去ろうとしている者にしては、あまりにも静かだ。ゆっくりと頷いたジェイだったが、視線を下に落とした瞬間、鋭く眉をひそめた。「なぜ、剣をお持ちではないのですか?」ほんの一瞬、ディリアンは沈黙する。彼の手は空であり、腰には見慣れた重みがない。これまで彼自身の延長として存在してきた、
セレーネが次に何かを口にするよりも早く、ディリアンはすでに歩き出していた。その足取りは力強く、一切の躊躇いもない。まるでとうの昔に下されていた決断を、ただ実行に移しているだけのようだった。回廊に立っていたイラルドやスヴェン、そして使用人たちは、反射的に後ずさって道をあける。誰一人として口を挟もうとする者はいなかった――彼を止めることなど誰にもできないのだと、全員が理解していたからだ。空気がひどく重い。セレーネは立ち尽くし、それから一歩前へ踏み出した。「今日、あの女と結婚するの?」と彼女は問う。その声は穏やかだった。本来なら激しく心を揺さぶるはずの問いにしては、あまりにも静かすぎた。しかし、その静けさこそが、ディリアンの胸をきつく締め上げるのだ。彼は再び足を止める。振り返ることも、顔を向けることすらもしないまま。「約束は明白だ、セレーネ」やがて彼は答えた。「俺は後戻りしない」返事は短く、揺るぎなかった。セレーネは言葉を失った。セレーネは生唾を飲み込んだ。指先は震えていたが、それでも彼女は背筋を伸ばして立っている。「それで、まともな別れの言葉もなしに行くというの?」彼女は言葉を重ねる。「このまま行ってしまうの?」ディリアンは長く息を吸い込んだ。それは何かが砕け散ってしまわないよう、必死に堪え忍んでいる者の呼吸だった。「俺は決して、お前の元から去るわけではないからだ」彼は低く告げる。「だから、別れの言葉など無意味だ」それは誓いのようにも聞こえたが、同時に、最も残酷な嘘のようでもあった。そう言い残し、彼は再び歩き出す。セレーネはその場に縫い付けられたように立ち尽くした。ずっと前から覚悟は決めていた。強くあらねばならないと、決して崩れ落ちてはならないのだと、自分に言い聞かせてきた。だが、遠ざかっていくディリアンの背中を見つめていると、どうしても胸にぽっかりと穴が空いたような虚無感に襲われる――まるで、自分の中から何かが無理やり引き剥がされてしまったかのようだった。その時、小さな声が静寂を破った。「パパ……?」回廊の端に、ディヴリオとダグニーが立っていた。ダグニーの顔は青ざめ、困惑に目を丸くしている。ディヴリオはダグニーの手をきつく握り締めていたが、彼自身も今何が
その朝、空気は凍えるほど冷たかった。いつも通り、セレーネはディリアンの姿を見なかった。もはや慣れきっている。夫が屋敷に戻らないことなど、今に始まった話ではない。かつては、城の執務が忙しいのだと自分に言い聞かせていた。だが真実を知ってしまった今、胸に残るのは嫌悪だけだった。心の傷はまだ癒えていない。それでもセレーネは、時間が自分を強くしてくれると、必死に信じようとしていた。しかし、その朝は違った。突然、公爵邸に父、モロー伯爵が現れたのだ。「ヴィヴィエンヌに、いったい何を言った?」低く、重たい声。逃げ場のない問いかけだった。「何を?あの娘が、何か
食堂の空気が凍りついた。セレーネの言葉は氷のように落ち、ヴィヴィエンヌの顔色を奪い、ディリアンを立ち尽くさせる。まるで、初めて彼女を知ったかのように。「これは、お前らしくないな」ディリアンが低く呟く。セレーネは薄く微笑んだ。「わたくしのほうこそ、驚いておりますわ。ようやく、あなたがわたくしを見てくださったのですから」「その言い方、恥ずかしくないの?」ヴィヴィエンヌが堪えきれずに割り込む。セレーネの視線は平坦だった。「お二人に合わせているだけですわ。それで動揺なさるのは、なぜでしょう?」ヴィヴィエンヌは顔を引きつらせ、勢いよく立ち上がる。そのまま足
――流産したばかり?混乱しているだけ?ヴィヴィエンヌは一瞬、言葉を失った。不快感を押し殺すように表情が強張る。ディリアンは彼女の手を無造作に振りほどき、そのまま振り返りもせずに歩き去る。取り残されたヴィヴィエンヌは、その場で静かに目を細めた。唇が歪み、怒りを噛み殺すが、やがてその端に、かすかな笑みが浮かぶ。――セレーネが本気で、離婚するつもりなら……胸の奥で、期待が膨らむ。「レヴェンティス公爵夫人、ね?」その称号を、舌の上で転がすように囁く。ずるりとした笑みが広がり、低く喉を鳴らして笑った。そして何事もなかったかのように、ディリアンの後を追う。…
外では、馬の蹄の音が次第に遠ざかっていった。一方、部屋の中では、セレーネが背筋を伸ばして立っていた。まるで、自分の心の壁に決意を打ち付けたかのように。今日から、この結婚は、もはや牢獄ではなく、戦場だ。セレーネは冷たいベッドの上に身を投げ出した。唇が震え、声はかすかな囁きになる。「わたくし、何か悪いことをしたのでしょうか」彼女は五年間、公爵レヴェンティスの妻として生きてきた。五年間、完璧な公爵夫人であろうと努力し続けた。怠けたことなど一度もない。学び、管理、準備、すべてを尽くした。夫の食事から領地の仕事まで、すべてを整えた。ただ一つ、認めてもらいた