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last update Last Updated: 2025-10-28 06:00:55

 美桜は視線を落とし、手の中の温もりを感じながら唇を震わせた。

 この手を握り返したら、もう後戻りできない――そんな気がした。

 けれど、心の奥に溜めてきたものが堰を切ったようにあふれ出す。

「……私は、西条の家に引き取られていたの」

「西条…なんてことだ! 僕はいちばん最初に西条家を訪ねたんだ。それなのに美桜は亡くなったと言われ…絶望したんだ。恩人を救えなかったことを心から悔やんだ。だから、君が生まれたこの国をよくしようと勉学に励み、今日までやってきた。それなのに…西条は僕に嘘を教えたんだな…」

 もっときちんと調べればよかったと後悔したが、彼はその時まだたったの12歳。

 絶望から立ち直るために海外で必死に勉強をし、浅野家に恩返しをし、日本を豊かにする礎を築いた。

 美桜をどれだけ忘れようとしても忘れられず、見合いを勧められては断り、ついには男性にしか興味がないのではないかという噂まで立てられる始末。これではいけないと思い、少し前に夜会を開いた。気が合う令嬢があれば、結婚を前向きに考えてもいいと思っていた所に、美桜に似た女性を見かけたのだ。

 やはり彼女を忘れることなどできない、と思っていた矢先の再会。

 そして知ってしまった真実。

 彼女を傷つけ、嘘を教えた西条には罰を与えねばならない。

「もう少し詳しく教えてくれる?」

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     その後、2人の様子を眺めていた館長がカメラから顔を上げ、うっとりと呟いた。「……まるで外国映画のワンシーンのようですね。これは、ぜひできあがった写真を、ここへ飾らせていただきたい」「えっ……か、飾る……ですか?」  美桜の頬が瞬く間に紅潮した。 一成は小さく笑い、館長に向き直る。「光栄です。ただ、彼女は少し照れ屋なんですよ。そこがまたかわいくて。今妊娠していますから、今日はここで写真に残せてよかった」「そ、そんなこと……!」美桜は慌てて首を振る。  しかも妊娠していると他人に告げるとは…まるで自分が父親化のような口ぶりで美桜は困惑した。 「君の美しさは誰もが認めている。現に館長がそうだ」 「はい。奥様や旦那様以上に素敵な夫婦は帝都中探してもおりませんよ」  あまりに褒められたため、かーっと顔が赤くなる。 一成が嬉しそうに頷いた。 「決まりだね。これで“帝都一美しい花嫁”の誕生だ。大いに飾ってみんなに見てもらおうじゃないか。僕だって、世界中に君のことを自慢したいくらいだ」 周囲のスタッフたちが思わず拍手を送る。  美桜は顔を真っ赤にして小さく俯きながらも、一成と過ごせる時間を幸せだと感じていた。

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