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第4話

Author: 別所三山
退院後、私はそのまま家に戻り、自分の荷物をまとめてマンションを出た。

笙介の連絡先をすべてブロックすると、私と連絡が取れなくなった彼は、あろうことか私の両親の元へ連絡を入れてきた。

母は私を窘めた。

「笙介はね、私たちが小さい頃からずっと成長を見てきた子よ。本当に心の優しい子だし、近所の方であの子を悪く言う人なんて一人もいないわよ」

――そう。他人はみんな、誰もが口を揃えて笙介を「いい人」だと褒めそやす。

だから私も、両親に勧められるがままのお見合いを受け入れ、彼と結婚してしまったのだ。

だが結婚して初めて思い知った。「誰にでも優しい大善人」の妻になることほど、この世で愚かなことはないということを。

私の決意が固いことを悟り、母もそれ以上は無理に説得しようとはしなかった。

ただ予想外だったのは、翌日からの大型連休で実家へ帰省する際、母が余計な気を利かせたらしく、私を迎えに行くよう笙介に頼んでいた。

車に乗り込んでから、助手席に見知らぬ女が座っていることに気がついた。これまで一度も見たことのない顔だった。

私がその女に視線を向けると、笙介は少し慌てたように弁解し始めた。

「静香、彼女は会社に新しく入ってきた同僚なんだ。彼女もS市の出身らしくて、俺たちが帰省するって聞いて、一緒に乗せてほしいって頼まれたんだ。

こういう大型連休は新幹線のチケットも取りにくいだろ?ちょうど通り道だし、ついでに乗せてやろうと思って。構わないよな?」

私は鼻で笑った。

「好きにすれば。あなたの車なんだから、誰を乗せようがあなたの自由よ。どうせ私たちはもうすぐ離婚するんだから、わざわざ私に許可を取る必要なんてないわ」

笙介は何か言い返そうと口を開きかけたが、結局何も言わずに口をつぐんだ。

車が高速道路に乗って間もなく、私のスマホが唐突に鳴り響いた。

実家の隣のおばさんからだった。

「静香ちゃん!あなたのおじいちゃんが商店街の入り口で車に撥ねられたのよ!今、救急車で病院に運ばれたわ!」

その瞬間、全身の血の気が引き、氷水に突き落とされたような感覚に陥った。私はおじいちゃん子で、誰よりもおじいちゃんに懐いて育った。もしおじいちゃんに万が一のことがあったら……そう考えるだけで頭が真っ白になった。

電話を切るなり、私はボロボロと涙をこぼしながら笙介に向かって叫んだ。

「お願い、もっと急いで!おじいちゃんが交通事故に遭ったの!」

笙介も顔色を変え、アクセルを踏み込んだ。

「落ち着け、急ぐから。サービスエリアには寄らずにノンストップで行けば、あと3時間で着くはずだ」

だがその時、助手席の女がお腹を押さえ、いかにも申し訳なさそうな顔を作って口を挟んできた。

「笙介さん、本当にごめんなさい……さっきからお腹が痛くて、次のサービスエリアでお手洗いを借りようと思ってたんです。あの、次のサービスエリアで私を降ろしてください。あとは自分でタクシーを拾って帰りますから……」

笙介は少し躊躇った後、こう言った。

「いや、いいよ。次のサービスエリアで少しだけ止まろう。その分、後でペースを上げて走れば、遅れた時間は取り戻せるから」

しかし、車を停めていた時間は、きっちり15分にも及んだ。

車に戻って走り出し、次のサービスエリアに差し掛かった途端、彼女はまたお腹を押さえて声を上げた。

「どうしよう、お腹下しちゃったみたい……もう一回、お手洗いに行かせてください」

笙介は、またしても車を停めた。

一分一秒と無情に時間が過ぎていった。私の心は業火で焼かれているように焦燥感で狂いそうだった。

――もう、待っていられない。

私は車のドアを勢いよく押し開け、涙を流しながら、少し離れた場所に停まっていたパトカーに向かって全速力で駆け出した。

警察に助けを求めるつもりだった。何がなんでも、一秒でも早くおじいちゃんの元へ駆けつけたかった。

だが、パトカーまであと少しというところで、再びスマホが鳴った。

「静香か、じいちゃんは大丈夫だ。ぶつかってきた人がえらく律儀な奴でな、念のためって病院で全身検査を受けさせられたんだが、医者からも異常なしって太鼓判を押されたよ。心配しなくていいからな!」

電話の向こうから聞こえてきたじいちゃんの元気そうな声に、私は全身の力が一気に抜け、その場にへたり込んで声を上げて泣き崩れた。

数分後、私は無言で笙介の車に戻った。

笙介はホッとしたように私を慰めた。

「ほらな、大丈夫だっただろ?おじいちゃん、日頃の行いがいいから神様が守ってくれたんだよ」

私は一言も返さなかった。

車内は静まり返り、不思議なことに、それ以降あの女がお腹の痛みを訴えることは二度となかった。

S市に到着した後も、笙介は相変わらずの「いい人っぷり」を発揮し、まずはその女を家まで丁寧に送り届けた。

わざわざ出てきた女の両親から大層な感謝をされ、笙介はすっかり気を良くした様子で、満面の笑みを浮かべて車に戻ってきた。彼はひどくお気楽な調子で聞いてきた。

「静香、次はどこへ行く?おじいちゃん、まだ病院か?先に病院へ迎えに行くか、それとも直接実家に帰る?」

笙介はそう言いながら、カーナビの画面を操作していた。

私は前方を真っ直ぐに見据えたまま、極めて静かな声で一言だけ言い放った。

「市役所よ」

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