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母の命を踏みにじった夫へ、私からの断罪

母の命を踏みにじった夫へ、私からの断罪

By:  楽野Completed
Language: Japanese
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結婚して7年。私は夫である警視正の淳に、千回以上も夫婦生活を求めた。 けれど、毎回彼の腰に足を絡めた瞬間になると、決まって幼なじみの遥香から電話がかかってきて、すべて台無しになる。 それでも結婚記念日の夜、淳はようやく「今日はちゃんと最後まで付き合う」と約束してくれた。 彼に押し倒され、あと少しで一線を越える――そんな時だった。 突然、遥香専用の着信音がけたたましく鳴り響いた。 「津村さん、ダンスの練習中にお腹ぶつけちゃって......私、もう子供産めなくなったのかな......」 その瞬間、淳の顔色が変わった。 彼は迷いなく私を突き飛ばし、遥香のもとへ向かおうとする。 私は慌てて腕を掴んだ。 「まず病院で診てもらったほうが――」 言い終わる前に、頬へ激しい衝撃が走った。 「遥香は俺が小さい頃から面倒見てきた妹みたいな存在だぞ!お前に人の心はないのか!」 怒鳴りつけると、淳は服もろくに整えないまま飛び出していった。 私が慌てて警察病院へ駆けつけた時、そこで目にしたのは、初めては必ず私に捧げると誓っていた淳が、遥香に跨がられたまま激しく体を重ねている姿だった。 彼の手は彼女の丸みを帯びた体をいやらしく撫で回し、下半身は淫靡な熱に濡れている。 怒りに震える私を前にしても、淳は面倒くさそうに眉をひそめただけだった。 「緊急だったんだ。放っておけるわけないだろ。 初めてくらいで騒ぐなよ。なくなったって死ぬわけじゃない。明日埋め合わせしてやる」 ――昔、私がほんの少し彼に触れただけで、半殺しにされかけたことがあったのに。 滑稽だった。 7年間、この結婚を必死に守ろうとしていたのは、私だけだったのだ。 なら、もう終わりにしよう。

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Chapter 1

第1話

結婚して7年。私は夫である警視正の津村淳(つむら じゅん)に、千回以上も夫婦生活を求めた。

けれど、毎回彼の腰に足を絡めた瞬間になると、決まって幼なじみの藤原遥香(ふじわら はるか)から電話がかかってきて、すべて台無しになる。

それでも結婚記念日の夜、淳はようやく「今日はちゃんと最後まで付き合う」と約束してくれた。

彼に押し倒され、あと少しで一線を越える――そんな時だった。

突然、遥香専用の着信音がけたたましく鳴り響いた。

「津村さん、ダンスの練習中にお腹ぶつけちゃって......私、もう子供産めなくなったのかな......」

その瞬間、淳の顔色が変わった。

彼は迷いなく私を突き飛ばし、遥香のもとへ向かおうとする。

私は慌てて腕を掴んだ。

「まず病院で診てもらったほうが――」

言い終わる前に、頬へ激しい衝撃が走った。

「遥香は俺が小さい頃から面倒見てきた妹みたいな存在だぞ!お前に人の心はないのか!」

怒鳴りつけると、淳は服もろくに整えないまま飛び出していった。

私が慌てて警察病院へ駆けつけた時、そこで目にしたのは、初めては必ず私に捧げると誓っていた淳が、遥香に跨がられたまま激しく体を重ねている姿だった。

彼の手は彼女の丸みを帯びた体をいやらしく撫で回し、下半身は淫靡な熱に濡れている。

怒りに震える私を前にしても、淳は面倒くさそうに眉をひそめただけだった。

「緊急だったんだ。放っておけるわけないだろ。

初めてくらいで騒ぐなよ。なくなったって死ぬわけじゃない。明日埋め合わせしてやる」

――昔、私がほんの少し彼に触れただけで、半殺しにされかけたことがあったのに。

滑稽だった。

7年間、この結婚を必死に守ろうとしていたのは、私だけだったのだ。

なら、もう終わりにしよう。

遥香の甘ったるい嬌声は、遠慮もなく廊下中に響き渡っていた。

外には野次馬が群がり、同情と嘲笑の入り混じった視線が針のように背中へ突き刺さる。

私は拳を握り締め、胸の奥で煮えたぎる屈辱と怒りを必死に押し殺した。

......

2時間後。

ようやく淳が病室から出てきた。

目元には蕩けた余韻が残り、首筋や胸元には生々しいキスマークが散っている。

結婚記念日に合わせて私が贈ったシルクのシャツには、鮮やかな血痕まで滲んでいた。

誰かが口笛を吹き、周囲が一斉に囃し立てる。

「おめでとうございます、津村さん!奥さんと初夜を迎える前に、先に遥香ちゃんをいただいちゃいましたね!」

続けざまに、私へ向けた嘲笑が飛んだ。

「あの美波(みなみ)ってほんと惨め。結婚7年で、幼なじみの一言にも勝てないとか」

「完全に都合のいい女じゃん。警視正の靴の裏を舐める資格すらねえよ」

私は視線を落とした。

かつて壊され、今も痛みの残る膝が目に入る。

記憶は遠い過去へと引き戻された。

当時の淳の夢を叶えるために、私は両親の家の前で三日三晩、土下座し続けた。

膝が血まみれになってもやめなかった末に、ようやく彼は警察組織に入る道を得た。

その後も、私は実家の人脈をすべて使って彼を支え続けた。

ただのノンキャリアの巡査長だった彼は、史上最年少で警視正にまで昇りつめた。

彼の周囲にいた人間たちまで、その恩恵にあずかって出世していった。

結婚式の日。

淳は私の前に跪き、目を赤くしながら誓った。

「俺は一生、美波を大切にするよ。絶対に悲しませたりしない」

なのに今の彼は......

7回目の結婚記念日に、幼なじみのために私をここまで踏みにじっている。

私に気づいた淳は、当然のように近づいてきて、キスしようとした。

体に染みついた遥香の匂いに吐き気が込み上げ、私は反射的に一歩下がる。

唇が空振りした瞬間、淳の表情が険しくなった。

「なんだ、その態度は?初めてくらいでいつまで根に持ってんだよ。7年もこうしてきたくせに、今さら?」

さらに言葉を重ねようとした時、乱れた服のまま遥香が病室から出てきた。

彼女は自然な動作で淳の腰に腕を回し、そのまま体を預ける。

「津村さん、またちょっと苦しくなってきた......もう一回診て?」

そう言いながら、彼女の手は当然のように淳の服の中へ滑り込んでいく。

淳は止めるどころか、私へ振り向き、まるで家政婦に命令するような口調で言った。

「美波、売店に行ってコンドームを買ってこい。遥香のケアにはまだ時間がかかる。今夜は一人で官舎に帰れ。命令が聞けないなら、二度と帰るな」

私は呆然と彼を見つめた。

まさか彼が、こんな侮辱を人前で平然と口にするなんて。

耳障りな口笛と下品な笑い声が響く中、淳は遥香を支えながら病室へ戻っていく。

――バタン。

扉が閉まる音が、胸を深く抉った。

胃の奥が激しくひっくり返る。

もう、この場所に一秒たりともいられなかった。

踵を返し、私は心が壊れてしまいそうなその場を後にした。

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第1話
結婚して7年。私は夫である警視正の津村淳(つむら じゅん)に、千回以上も夫婦生活を求めた。けれど、毎回彼の腰に足を絡めた瞬間になると、決まって幼なじみの藤原遥香(ふじわら はるか)から電話がかかってきて、すべて台無しになる。それでも結婚記念日の夜、淳はようやく「今日はちゃんと最後まで付き合う」と約束してくれた。彼に押し倒され、あと少しで一線を越える――そんな時だった。突然、遥香専用の着信音がけたたましく鳴り響いた。「津村さん、ダンスの練習中にお腹ぶつけちゃって......私、もう子供産めなくなったのかな......」その瞬間、淳の顔色が変わった。彼は迷いなく私を突き飛ばし、遥香のもとへ向かおうとする。私は慌てて腕を掴んだ。「まず病院で診てもらったほうが――」言い終わる前に、頬へ激しい衝撃が走った。「遥香は俺が小さい頃から面倒見てきた妹みたいな存在だぞ!お前に人の心はないのか!」怒鳴りつけると、淳は服もろくに整えないまま飛び出していった。私が慌てて警察病院へ駆けつけた時、そこで目にしたのは、初めては必ず私に捧げると誓っていた淳が、遥香に跨がられたまま激しく体を重ねている姿だった。彼の手は彼女の丸みを帯びた体をいやらしく撫で回し、下半身は淫靡な熱に濡れている。怒りに震える私を前にしても、淳は面倒くさそうに眉をひそめただけだった。「緊急だったんだ。放っておけるわけないだろ。初めてくらいで騒ぐなよ。なくなったって死ぬわけじゃない。明日埋め合わせしてやる」――昔、私がほんの少し彼に触れただけで、半殺しにされかけたことがあったのに。滑稽だった。7年間、この結婚を必死に守ろうとしていたのは、私だけだったのだ。なら、もう終わりにしよう。遥香の甘ったるい嬌声は、遠慮もなく廊下中に響き渡っていた。外には野次馬が群がり、同情と嘲笑の入り混じった視線が針のように背中へ突き刺さる。私は拳を握り締め、胸の奥で煮えたぎる屈辱と怒りを必死に押し殺した。......2時間後。ようやく淳が病室から出てきた。目元には蕩けた余韻が残り、首筋や胸元には生々しいキスマークが散っている。結婚記念日に合わせて私が贈ったシルクのシャツには、鮮やかな血痕まで滲んでいた。誰かが口笛を吹き、周囲が一斉に
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第2話
私は警察官舎へ戻る道を、一人で歩いていた。その時だった。遠くの街頭に設置された大型モニターが突然点灯し、表彰ニュースの映像が繰り返し流れ始める。画面の中央では、遥香が胸に新しい警察功績章を下げ、誇らしげに取材を受けていた。アナウンサーは興奮を隠せない声で称賛する。「藤原さんはまさに女性の鑑です!たった一度の強行作戦で重要情報の解読に成功し、長年はびこっていた密輸組織を壊滅へ導きました!その功績は極めて大きいものです!」私はその場で凍りついた。全身の血が一気に冷え切っていく。――あの密輸組織の情報は......もともと私が立案した作戦だった。チームを率いて一年間潜伏し、何度も死にかけながら、ようやく掴み取った成果だったのに。胸の奥から激しい怒りが込み上げる。淳は、ここまで卑劣だなんて。私とチームメンバーが命を懸けて積み上げた功績を、遥香の出世の踏み台にするなんて。その時、鋭い着信音が鳴った。ビデオ通話を開いた瞬間――映し出されたのは、淳が執務机の上に遥香を押し倒し、激しく腰を打ちつけている姿だった。遥香は甘く喘ぎながら、勝ち誇ったように笑う。「津村さん。美波さん、自分が命懸けで取った功績が私のものになっているって知ったら、怒るかな?あ......そうだ。コンドームも全部使い切っちゃったし、もし妊娠したらどうするのかな......」淳は熱を帯びた顔のまま、鼻で笑った。「怖がる必要はない。あの都合のいい女、俺のためなら命だって捨てる。離婚なんてできるわけないだろ。妊娠したら産めばいい。ちょうどあいつを母親代わりにできるし、むしろ感謝するんじゃないか?」下劣な会話と目の前の光景に、胃の中が激しくかき回される。画面の奥には、私が心を込めて整えた新居が映っていた。壁には、まだ私たちの結婚写真が掛かったまま。今ではそれすら、二人の背徳感を煽る道具にされている。込み上げる血の味を必死に飲み込みながら、私は低く問いかけた。「淳。国際密輸組織の摘発は、私とチームメンバーが一年かけて成功させた作戦よ。それを、そんな簡単に遥香へ渡したの?」私の声を聞いた瞬間、淳の動きが止まった。彼は慌てて遥香を押しのけ、スマホを掴む。まだ頬を上気させたまま、それでも私へ怒鳴りつけた。
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第3話
私は、この結婚を綺麗なまま終わらせるつもりだった。――まさか、その日の午後には、淳が緊急の生配信を行うなんて思いもしなかった。画面の中の彼は、皺ひとつない制服に身を包み、正義の警察そのものの顔をしていた。「俺と遥香は、生死を共にしてきた特別な絆で結ばれている。それを美波は、恩を盾に無理やり結婚へ持ち込んだんだ。俺の功績は、この命を懸けて手に入れたものだ。だが美波は、遥香が命の危機にあった時ですら、自分の欲望しか考えていなかった。結婚を鎖に使って、俺を自分だけの所有物にしようとしたんだ!俺は一人の独立した人間だ。誰かの戦利品じゃない!」一夜にして、私は愛を壊した最低の女にされた。逆に彼らは、「結婚に引き裂かれた悲劇の恋人たち」として祭り上げられていく。ネット上では罵倒が溢れ返った。【恩知らず】【警察の恥】【こんな女、辞めさせろ】果ては、匿名の連中が集団で官舎前に押しかけ、壁に「裏切り者は死ね」と落書きまで残していった。私はもう相手にする気力すらなかった。だがその日の夜、淳は部下を連れて家へ押し入ってきた。「美波!俺が配信でああ言ったのは遥香を守るためだ!なのにお前は、告発文を出して遥香を陥れたのか!遥香は今、停職処分を受けて精神的に追い詰められて、自殺しようとしてるんだぞ!お前はこんなことを望んでいるのか!?」彼はスマホのライブ配信を起動し、そのままカメラを私の顔へ突きつけた。「今ここで遥香に土下座して謝れ!全部お前の捏造だったって認めろ!俺にしつこく付きまとってたのもお前だって、皆の前で言え!そして二度と、俺と遥香の邪魔をしないって誓え!」あまりにも馬鹿げていて、笑いそうになった。「裏切ったのはあなたでしょう。功績を奪ったのもあなたよ!どうして私が謝るの?」私は人を呼ぼうとした。だが次の瞬間、淳は冷笑しながらタブレットを私の目の前へ突き出す。映像を見た瞬間、全身の血が凍りついた。病弱な母が、猛獣飼育施設の巨大な檻の上に、ロープで吊るされていた。檻の下では、5日間も餌を与えられていない三頭のトラが、苛立つように歩き回っている。牙の隙間からは涎が糸を引いて滴っていた。「お前以外に、こんな陰湿なことする奴がいるか?美波。謝らなければ、お前の母親はそこで死ぬ」ゆっ
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第4話
目を覚ました時、鼻を刺すような消毒液の匂いがした。ぼやけた視界の中で、真っ白な天井がぐるぐると回っている。起き上がろうとしたが、体はまるで自分のものじゃなかった。右脚は分厚いギプスで固められ、左腕には何重にも包帯が巻かれている。胸の奥を刺すような痛みに、視界がまた暗く揺れた。「意識が戻りました!」看護師の声が響き、すぐに医師と数人の看護師が病室へ駆け込んでくる。瞳孔の確認、血圧測定、名前の確認。「......美波......」自分でも驚くほど、声が掠れていた。「17日間、昏睡状態でした」主治医は五十代くらいの男性で、厳しい顔つきのままカルテを閉じた。「頭蓋骨骨折。右脛骨・腓骨粉砕骨折。肋骨三本骨折。さらに脾臓破裂。生きていたのが奇跡です」私は唇を震わせた。「......母は......?」その瞬間、医師の視線がわずかに揺れた。「申し訳ありません。到着した時には、もう......手遅れでした」低い声だった。「施設の職員があなたを発見しました。あなたは檻の横で血まみれの状態で倒れていて......お母様は......その......」「もういいです」私は目を閉じた。医師はしばらく黙ったあと、静かに肩を叩く。「今は安静にしてください。考え込みすぎないように」彼らが去った後、病室は死んだように静まり返った。私はベッドに横たわったまま、窓の外の灰色の空を見つめる。記憶が濁流みたいに押し寄せてきた。母が落下した瞬間。トラが肉を裂く音。淳が電話を切る前の、あの冷え切った声。胃の奥が激しく痙攣する。私は顔を背け、吐き出した。出てきたのは胃液だけだった。看護師が包帯交換に来た時、私はかすれた声で尋ねる。「......誰が私をここへ?」「病院に匿名通報が入ったんです。廃棄された飼育施設で負傷者がいるって」看護師は手際よく包帯を外しながら続けた。「警察手帳から所属が判明して、こちらから連絡を取りました。ただ......」「ただ?」彼女は少し言い淀む。「所属先の方は一度だけ来られました。でも、それっきりです。治療費も......今のところ病院が立て替えています」私は乾いた笑みを浮かべた。――本当に、徹底している。入院三日目。
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第5話
コール音が7回鳴った後、電話は繋がった。「......もしもし?」年老いてはいるが、威厳を失っていない声だった。「......おじい様」私がそう呼ぶと、電話の向こうは十秒近く沈黙した。「......美波、なのか?」「はい」私の祖父・木崎正雄(きざき まさお)の声が一瞬で張り詰める。「今どこにいる。何があった」「警察病院の入院棟です。307号室。おじい様、お願いしたいことが二つあります」その直後、電話の向こうから短く返ってきた。「待っていろ」......三日後、私は退院した。車は市街地を抜け、高速道路へ入る。夜明け頃に辿り着いたのは、人里離れた静かな療養施設だった。警察病院のような消毒液の臭いはなく、漂っているのは草木の青い香りだけ。独立した庭付きの建物に、二十四時間体制の介護スタッフ。リハビリ設備も完璧に整っていた。「正雄様のご手配です」祖父の補佐・寺田が低い声で言う。「ここなら絶対安全です。誰にも見つかりません」私はそこで、リハビリを始めた。右脚の粉砕骨折は重傷だった。最初の一ヶ月、私は立ち上がることすらできなかった。少し動こうとするだけで、電流みたいな激痛が全身を走る。それでも――立たなければいけない。毎日6時間。どれだけ痛くても、リハビリは一日も休まなかった。汗で病衣は何度も濡れ、膝には血豆ができ、奥歯が砕けそうなほど噛み締める。介護スタッフが見かねて声を掛けてきた。「美波さん、無理をなさらず、少しずつ......」「時間がないんです」私はそう答えた。二ヶ月目。杖をつけば十メートル歩けるようになった。三ヶ月目には杖を外した。まだ足を引きずってはいたけれど、自力で歩けるようになっていた。寺田は毎週一度、外の情報を持ってやって来た。「美波さんの元のチームは解体されました。昔の部下たちが何度か抗議したそうですが、全部揉み消されたようです」私は無言で聞いていた。「お母様の件は......事故扱いです。慰謝料として600万円ほど出ました。振込先は津村淳の口座です。『代わりに管理しておく』とのことでした」私は車椅子に座ったまま、中庭のアオギリの木を見上げる。葉は少しずつ黄色く染まり始めていた。「
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第6話
リビングの灯りが点いていた。私は窓際まで歩み寄る。カーテンは完全には閉められておらず、細い隙間が空いていた。――そして、見てしまった。ソファの上で絡み合う淳と遥香の姿を。遥香は、私のシャツを着ていた。淳は彼女に覆い被さり、まるで壊れ物を扱うみたいに優しく体を重ねている。「んっ......津村さん、優しくして......」遥香の声は蜜みたいに甘かった。「美波さんのシャツ、破かないでね......」「破れたら破れたでいいだろ」淳は気怠そうに笑う。「どうせあの女の物だ。それに今さらあいつの話なんかするな。白ける」遥香は媚びるように目を細めた。「でも、急に帰ってきたりしたらどうするの?」「帰る?」淳は鼻で笑った。「キャリアから転落したクズが?」遥香は楽しそうに笑い、さらに体を擦り寄せる。私は窓の外で立ち尽くしていた。怒りはなかった。ただ、虚しいだけだった。胃の中が激しく捩れ、私は堪え切れず身を折る。けれど何も吐けない。私は無言で立ち上がり、合鍵を取り出した。扉を開けた瞬間、リビングの二人が一斉に凍りつく。淳は慌てて遥香を突き飛ばし、急いでズボンを履いた。遥香も飛び起き、上着を掴んで羽織る。「み、美波......!?」淳は目を見開いた。「どうやって入った!?」「......ここは、私の家よ」私がそう言うと、遥香が吹き出した。「はぁ?美波、自分の立場忘れたの?今のあなた、ただの落ちこぼれじゃん。こんな家に住む資格あると思ってるの?」私は彼女を無視して、そのまま二階へ向かった。寝室の隅には、私の荷物が紙箱に乱雑に押し込まれていた。数着の服。何冊かの本。古いカメラ。そして結婚指輪。私は黙って箱を引き寄せ、荷物をまとめ始める。「おい、何してる?」淳が追いかけてきた。シャツの前は開いたままだったが、本人は気にもしていない。「離婚届にはもう署名したわ。この家はあなたのものになるんでしょう。私は自分の荷物を持って出て行くだけよ」「出て行く?」淳が笑った。「美波、お前、本気で自由に動ける立場だと思ってるのか?」彼は入口を塞ぐように立つ。遥香も横から回り込み、逃げ道を塞いだ。二人とも服は乱れたまま
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第7話
「いい考えだ」私は箱を持ち上げ、そのまま外へ向かって歩き出した。「待て!」淳が怒鳴る。遥香が勢いよく飛びかかってきた。腕を掴もうとしてくるのを、私は体を捻って避ける。空振りした彼女は数歩よろめいた。「避けるんじゃないわよ!」羞恥と怒りで顔を歪め、今度は拳を振り上げてくる。私は箱を床へ置き、片腕で受け止めた。六ヶ月のリハビリを経ても、まだ力は完全には戻っていない。それでも、遥香程度なら十分だった。襲いかかってくる遥香の腕を、私はそのまま力任せに捻り上げた。「きゃああっ――!!」悲鳴が響く。間髪入れず、彼女の膝の裏へ強烈なローキックを叩き込む。遥香は無様に床へと崩れ落ち、その場に跪いた。「貴様!よくも手を上げたな!!」淳が狂ったように怒鳴りながら掴みかかってくる。だが、私は迷うことなく右腕を振り抜き、その端正な顔面に強烈な平手打ちを見舞った。パァン、と乾いた衝撃音が静まり返ったリビングに炸裂する。淳は頬を押さえたまま、信じられないものを見る目で私を凝视した。――7年。私は初めて、反撃した。「お、お前......今、俺を殴ったのか!?」淳は狂ったように怒鳴り、拳を振り上げて殴りかかろうとしてくる。私はその腕を掴み、力任せに突き飛ばした。彼は数歩よろめき、壁へ激突する。髪は乱れ、見る影もなく狼狽えていた。「殺してやる!!」その時、外からサイレンの音が近づいてきた。淳は立ち上がり、怨毒に満ちた目で笑った。「法廷で会おう、美波」私は箱を持ち直し、そのまま階段を下りる。「そいつを止めろ!!」淳がまた叫ぶ。遥香は床から這い上がり、テーブルの灰皿を掴んで私の後頭部へ投げつけた。私は咄嗟に身を屈める。灰皿は壁へ激突し、砕け散った。――その瞬間、玄関の扉が勢いよく蹴破られた。武装した警察たちが一斉に突入してくる。銃口が、まとめて私へ向けられた。「こいつです!」淳が甲高い声で叫ぶ。「不法侵入に暴行!今すぐ拘束してください!」警察官たちが私を取り囲む。私は静かに箱を下ろし、両手を上げた。淳が近づいてくる。そして私の耳元で、悪意に満ちた声を落とした。「これで終わりだ。今度こそ、お前は一生外へ出られない」
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第8話
その一言一言が、刃物みたいに淳の胸へ突き刺さっていく。彼は床へ崩れ落ちたまま、全身を震わせた。「ち、違います......!あれは全部、美波が仕組んだデタラメです!」「捏造?」祖父は懐から分厚い書類の束を取り出し、そのまま淳の顔へ叩きつけた。紙が床へ散乱する。そこに並んでいたのは、淳自身の署名入り財務報告書。昇進関連資料。そして、彼と遥香の口座取引記録。「これも偽物だと言うのか?」淳は床に散った書類を見つめたまま、完全に顔色を失った。「申し訳ございませんでした......!全部、遥香が......藤原遥香が私を脅したんです!協力しなければ昔のことを全部暴露すると......だから私は仕方なく......!」彼は這うように私へ近づき、脚に縋りつこうとする。「美波!頼む、何か言ってくれ!7年間夫婦だったじゃないか!助けてくれ!」私は一歩下がり、その手を避けた。「私を土下座させた時、7年間の情なんて考えた?母がトラに喰い殺された時は?」「ち、違う......!」淳は泣きながら首を振る。「あれは事故なんだ!本当に事故だった!ロープが切れるなんて俺も――」「知らなかった?」私は静かにしゃがみ込み、ポケットから小型レコーダーを取り出した。再生ボタンを押す。部屋に、遥香の声が流れた。「大丈夫。ロープには細工してあるから、5分も持たないって」「あのババアが落ちて死ねば、慰謝料600万円は私たちで山分けよ」「美波は絶対発狂するだろうし、その時は津村さんが『精神異常』ってことにして病院へ放り込めばいいの」「そしたら私たち、堂々と一緒になれるじゃん」録音が止まる。部屋は墓場みたいに静まり返った。遥香は床にへたり込み、恐怖で下半身を濡らしていた。淳の顔から血の気が消えていく。驚愕。絶望。そして最後には、狂気だけが残った。「遥香!貴様!!」彼は突然飛びかかり、遥香の髪を掴んで殴り始めた。「俺を嵌めたんだな!」「ふざけないで!」遥香も完全に取り乱し、彼を突き飛ばす。「最初に言い出したのはあんたでしょ!?『あのババアは邪魔だ、早く死ねばいい』って言ったの、あんたじゃない!!」二人はそのまま取っ組み合いを始めた。祖父は何も言わず、その醜態
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