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第2話

Author: ピンクちゃん
背後から聞こえた言葉は、一言も漏れず、私の耳に届いていた。

景一はフランス語で、玲奈に言った。

「言っただろ、彼女は信じるって。

簡単すぎるさ。相変わらずチョロい女だ」

ドアが閉まった瞬間、胸の奥に、細かい針で刺されるような痛みが広がっている。そして意志まで折られていくようだった。

それでも私は、その嘘を暴かなかった。

19歳の頃、誰よりも私を愛し、海に向かって一生愛してると誓ってくれたあの少年が、まさか十年後の今、私の目の前で別の女と戯れている。

私がこの秘密に気づくことはない、と彼は確信していたのだろう。

そして私も上手く何事もないふりをしていた。

私が独学でフランス語を習得したことも、彼に知られていない。

……

自分の29歳の誕生日は、私が適当に過ごした。

もう何を願っても、叶わない気がしていたからだ。

それにろうそくに火をつける気にもならなかった。

玲奈が、SNSに投稿を上げていた。

そこには、二人が寄り添う影の写真があった。顔は映っていないが、距離の近さだけは明らかだった。

内容はフランス語で書いてある。

【彼女と私、どちらが上かなんて比べるまでもない。私たちは魂だけでなく、身体の相性も最高なんだから】

彼女はいつもフランス語で投稿していた。

誰もその意味を気にしない、けれど私は読めばすぐに理解した。

それでも私は取り乱して、景一を問い詰めるような無様な真似はしなかった。

ただ親友の安藤凛(あんどう りん)に電話をかけた。

「凛、離婚協議書の作成をお願いできる?」

……

景一が帰ってきたのは、翌朝だった。

「ただいま。昨日は本当に忙しくてさ」

彼はそう言いながら、プレゼントを差し出した。

「でも、誕生日忘れてたわけじゃないよ」

そう、きっと本当に忙しかったんでしょうね。首元のキスマークを隠す余裕もないくらいに。

景一は、私がすぐに機嫌を直す女だと知っている。

彼の怠りに怒りをぶつけることもなく、ただ彼の優しさに甘えるようにして、その関係は続いてきたのだろう。

この薄っぺらな仮面を被り続けてさえいれば、私たちはこれからも、何も変わらずに生きていけるかもしれない。

けれど、私はもう疲れてしまった。

もう平気なふりをして、涙や悔しさを我慢するのは続けたくないんだ。

だから私は、プレゼントを受け取らなかった。

以前なら、誕生日を重視してくれないことで怒っていたのに。

今は、忘れられていたとしても、何も感じない。

「どこ行くんだ?送るよ」

私の表情が少しおかしいことに気づいたのか、彼はそう言って車のキーを取った。

だがドアを開けた瞬間、私は助手席の下に残っている避妊具を見てしまった。

一瞬、頭が真っ白になった。

まさか、こんな形で証拠を突きつけられるとは思ってもみなかった。

景一は明らかに慌てた、急いで私の視線を遮った。

「悪い、助手席ちょっと汚れててさ。後ろの席に乗って」

私は何も気づいていないふりをして、言われた通り後部座席に座った。

景一はほっとしたように微かに息をついた。

そのとき、彼のスマホが鳴ってきた。

彼はバックミラー越しに私を一瞥すると、すぐにフランス語に切り替えた。

「どうした、ハニー?」

「静香さんって隣にいるんでしょ?」

「ああ」

「だからこんなに早く起きたんだ。彼女に付き合うためだったのね。」

「勘弁してくれよ。昨日は彼女の誕生日だっただろ、形だけでもやってやらないと」

玲奈の甘えた声を聞くと、景一の心はすっかり解かれてしまったようだ。彼は軽く笑った。

「もういいから、愛してるよ。

もし先に出会ってたのは君だったら、あいつと結婚するなんてなかったのに」

玲奈は納得していないようで、泣きそうな声で食い下がって来た。

「来てくれないなら、もう二度と会わないから」

景一は車を路肩に止めた。電話を切ると、申し訳なさそうに私を見た。

「悪い、静香。水野の担当クライアントにトラブルがあってさ。ちょっと対応しに行かなければならない」

彼は嘘をつくとき、いつも顔色ひとつ変えない。

まさか、ここまで本気で嘘をつくことができるなんて、私は今日初めて知った。

ならば、そんな彼を、私はどうして拒めるのだろう。

車が走り去っていくのを見ながら、私はただ立ち尽くしていた。

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