LOGIN塔を登ってきた者たちをひと目見て、ジュリアンは彼らが魔属の転生者であると即座に見抜いた。
しかも一般のモブモンスターではない、飛びきり上級レベルの怪物が転生した存在だった。 しかし、様子からして、恐らく過去の記憶を引き継いではいないように見えた。「何だあいつら……?」
怪しむカイ。 「子供…でも強い魔力を感じる」 「隣の女の子、可愛いわねぇ……」 冷静に分析するセーラの隣で、マリアは妖しい声音で呟いた。警戒する謎の訪問者にジュリアンが声をかける。
「この塔の主……が、たった今死んだので私がその代理だ」 「な、何を言うの!」 セーラが憤る。 「おいそこの二人! オルドさんを殺したのはその男だぞ! 騙されるな!」 カイが慌てて叫ぶ。 「やっぱりあの子、可愛い……」 マリアはパトラの事だけをじっと見つめていた。「君たちがここへ来た目的はわかる」
ジュリアンはカイ達の横やりに気を留めず続ける。 「君たちは来るべくしてここへ導かれた。知りたいことは全て答えてやろう。例えば君たちが今の姿で生まれる以前はどんな存在だったのか……とか」 一息にジュリアンが語りかける。スルトは剣の柄を握ったまま警戒を解かず聞いていたが、図星をつかれたパトラは動揺した。
「お兄ちゃん…」 パトラが兄に話しかける。 「気をつけろ。あれは人じゃない」 スルトはついに白金色の剣を背から抜いた。 「君たちの記憶をこの私が呼び戻してやろう」 「えっ?」 思いがけない提案にパトラの心は揺らいだ。 「今の平穏な生活は無くなるが、それでも」 「そんな話は、お前を信用できてからだな」 剣を構えたスルトは言葉を被せるようにそう吐き捨てた。ジュリアンの一連の言葉を聞いてセーラの直感が働いた。
(あの二人は…本当に魔族なのかもしれない)
「アレフ! いえジュリアン! あなたはこの世界を再びめちゃくちゃにするために来たというの!?」
ジュリアンは悲しげな目でセーラのほうをチラリと見た。 「真実を語るまでだ……」 「創造物だか何だか知らないけど、この世界はゲームじゃない、わたしたちはみんな必死で生きてるの!」 セーラのその言葉には答えず目を閉じるジュリアン。「どうやらどっちが悪者か、決まったな」
スルトが快活に言った。 「天使のほうに加勢するぜ、パトラ」 「……」 「どうした?」 「お兄ちゃん、わたし自分の正体を知りたい」 「何言ってんだ、あんなゾンビみたいな奴の言葉を信じるのか?」その時、突然ジュリアンが頭を押さえて苦しみ出した。
(かぐっ!)
ジュリアンはポケットから小瓶を取り出し、ジャラジャラと何らかの錠剤を大量に手のひらに出し、水なしでそれらを飲み噛み砕いた。
そして数秒の静けさ。
「スルト、パトラ」
ジュリアンはまだ名乗りもしていない二人の名前を呼んだ。 「な、何で俺たちの名前を」 「君たちの過去は魔に属する。世界を滅する魔神に仕える悪魔の幹部だ」 そう告げるとジュリアンはみたびポセイドンの鉾をその手に出現させた。「かかってくるが良い。戦いの中で全てが分かるであろう」
暴走したジュリアンと老いさらばえたハデスとの闘いは未だ続いていた。 本気になったスルトは、跨る8本脚の軍馬スレイプニルと下半身を同化させ、半人半獣、人馬一体、まさに黒い獣人ケンタウロスとなり、頭部には深紅の長い角が二本生えて、より邪悪で悪魔らしい姿に変貌した。 白金色に光る伝説の輝剣ジョワユーズを構え猛スピードで駆けてセーラに斬りかかる。 箱庭神の加護を受けているセーラの目にも残像が残るほどの速さで剣が振り下ろされ、セーラは避けられずにギリギリ鉞の柄の部分で受ける。 追って更に第二の斬撃が来る。(殺られる!) この悪魔に負ける気がするという焦りと悪寒がセーラに距離を取らせた。加えて天使の術『御霊の盾』で防御と回避の準備をする。スルトの周りの空気の流れを遅くする術もかけているのにまるで効果がないようであった。 逃げるセーラを目で追うスルトは剣を止めた。「お前は戦闘向きではないな。技や動きでも分かる。しかし天使が鉞とは…」 くくくっと笑うとスルトは剣を前方に突き出して飛び道具・ソニックブレイクをセーラに向けて放った。 残響音がこだまする衝撃波を盾と術で受け止めるセーラ。その隙にスルトは背後に回り、セーラの喉元に脇差を当てる。「仇敵セーラ。死が見えてきたな、これまでだ」 ──待てい! そこに幽霊のように緩慢な動きで左右に揺れながらバグったカイが降り立った。 妖しい気を放ちニタニタ笑いながら現れたカイの周囲には、ピシッと空気が軋む音が鳴り、画面ブレが多く入る。「カイ…なの?」 激しく老化したカイの見た目に、一瞬セーラは本人だと分からなかった。 遅れてマリアに抱かれたミニオルドがテレポートで到着する。「ヘラヘラしおってカイの奴、どんな副作用があるかわからんのに…」「カイ……あ、あんなんで戦えるの」「仲間か。何を笑っている? 気でも触れたか?」 スルトはセーラの喉元に当てていた刃を収め、いったん退いた。不自然に笑うカイにただならぬ雰囲気を感じていた。(氷羅よ 気に満ちよ)« 結晶封滅獄(フリージングコフィン) » カイはいきなりスルトに向けて氷系の封獄呪文を唱えた。 空気中の水分が一瞬で凍結し、あっという間に悪魔を封じる氷の監獄が出来上がった。スルトは愛馬スレイプニルと共に避けることも、声を発する暇もなく、決して溶け崩れるこ
「そうか、ダニーは自ら消滅を選んだか……」「でもまた転生できるんでしょ?」 ミニオルドの落胆の言葉に明るく返すマリア。「アプリにはダニーさんの名前が残っていなくて」 カイはずっと気になっていた事を話した。「彼はきっと次の器を指定しなかった、我々は選ぶことができる、転生する先を」「となるとダニーさんは箱庭内でそのまま…まさか」「リスク前提なんだ、箱庭への転移は。それを行うプレイヤーは殆ど居なくなった。物質的に消えるのだ、命が」 カイは恐る恐るもう一つ告白をした。 ステータスをバグらせようと、自分のデータを開いたままアプリを強制終了させたり、他にも色んな無茶な操作をしていた、その悪影響が箱庭界に出ていないか、と。「そんなやり方では恐らく何も影響しないから安心しろ」 そう言ってオルドは少々沈黙した。「カイ………そんなに強くなりたいか、どうしても」「なりたいっす」「話していなかった方法が一つある。箱庭は地球を模した星として生きている、前に話したな、命を触媒にした回復魔法のことを。それは箱庭システムにも当てはまる。お前の推測は半分当たっている、生体エネルギーつまり肉体と魂を、命そのものをアプリに転送すれば、箱庭の壊れたシステムを甦らせ、エラーの修復を可能にするかもしれない。もちろん命懸けのこの方法はまだ誰も試してはいない」「……」「命を全て捧げずとも個人のステータス改変くらいなら、生体エネルギーを大幅に使えば起こせるかもしれんな。通常のやり方とは違う、アップロードを必要としない外法、当然バグる可能性は大きい。ステが数値化できないものになったり、減ったり初期化したり、最悪、奇形な化け物になったりする覚悟がいる。ただしこの博打の成功例が全くないわけではない」「やります、オレ」 カイは即答した。「生体エネルギーって…死なないのよね?」 心配そうにマリアが確認する。「そこは加減する、だが結果は運次第だ」「目を閉じ脱力しろ」 早速オルドは開発者のマウスを操作して、カイの腕に浮き出たUSB端子口とノートパソコンを専用ケーブルで繋ぐ。 カイの元々血色の悪い顔色がみるみる土色になり、頬はげっそり痩けて萎み、目には赤黒いクマが深く刻まれていく。栗色の髪は全て白髪となり、縮んだ身体を包むローブがだるだるになった。 呪術など
「この地図は世界に隠されている秘宝を魔法で全て網羅してるの」「交渉のつもり?」 マリアが広げた魔法の地図をひょいと覗き込むパトラ。「バカね、悪魔は欲しいものは奪うのよ」 レアなマジックアイテムに心惹かれ、パトラはその地図を手に取って詳しく見たくなった。「ねぇ、一緒に旅をしない?」 マリアが思い切って誘いの声をかける。 ドキッとしたパトラは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。(ほら、これをこうして……)「そこの二人っ! コソコソ何してるの!」「わっ」 アプリを使って記憶の一部を消すか、直近行動の強制、こちらへの攻撃を辞めさせようとしていたオルド達だったが、すぐにパトラにバレてしまった。 パトラは男どもを御すると再びマリアと話し始めた。「死ぬのが怖いんだね。分かるよ、わたしも人間だった時は怖かった」「仲良くなりたいほうが強いかなぁ。だってあなた角も羽も尻尾もないし、普通の可愛い女の子じゃないの」「騙されちゃ駄目だマリア! 悪魔は人間に化けるのが上手い、少女の姿の本体はきっとグロテスクな化け物だぞ! 大蛇みたいな!」「うるさいなー、あのヒョロガリ…」 外野の声にイラッとするパトラ。「パトラちゃん、広すぎるこの世界を、自分の目で色々見たいと思わない?」 マリアはパトラに歩み寄って手を繋ごうとした。「この印の数が、全て未知の世界……」 パトラは魔法の地図に興味津々であった。地図を見ながらパトラは迷った。そしてこの女の言葉にも。「待て! 不用意に近づくと危険だマリア!」(女はいいとして、あいつは殺そうかな) パトラは片手に魔力を込めて、カイのほうへ向き直った。「く、来るか」「待ってよパトラちゃん」 後ろから止めるマリアに何故か後ろ髪を引かれるパトラ。「……いいわ、この地図をくれるなら見逃してあげる。魔導師に悪戯したことも」「えっ、いいのか、あいつの仲間じゃないのか」「わたしにとっては大したことでもない、それにもっと楽しそうな遊びを教えてくれたしね」 パトラは静かに微笑みマリアから地図を受け取る。「じゃあね、マリア、これありがとね」「一人で行っちゃうの?」 魔法の地図を手にしたパトラはマリアを連れてはいかず一人、炎衝飛行の呪文を唱え飛び去っていった。「旅立ったか。さすがマリア。上手くやったな、あの
「開発者のマウスにゃ」 ミニオルドは衣服のポケットから秘密道具を取り出した。「そ、そのマウスは」「これを使わんとアップはできにゃい」 オルドは自慢げに、何の変哲もない白いワイヤレスマウスをカイの眼前に突きつけた。(なんてことだ、今までのオレの苦悩はいったい)「例えばこのハデス、不幸の元凶がもう復活ちている」 オルドは持参のマウスを操作してキャラクターデータのファイルを開く。「混沌の魔導師…ダニーさんも言っていた」「ダニーが来たんでちか?」「話すと少々長くなりますが…」「後でゆっくり聞きまつ。他言ちないように」(他にも箱庭に転移しているプレイヤーが残っているかもしれないからな……) そう独り言を呟いたオルドの声音は、ふざけるのを少し控えた真面目なものに変わっていた。「このハデスとセーラには深い因縁がある」「オルドさん、普通に喋れるんじゃないすか」「あー、ごほん、わつぃが今できることはかなり制限されている。アプリを使って弄れるのは個人の、ごく最近の記憶、強制できるのは直近の些細な行動のみでちゅ。でもハデスは果てしなく永く生きているからね、とりあえず奴の中のセーラに関する記憶はほぼ消去できるはずだ。何かと邪魔であろう」 話しながらオルドは完全に以前の口調に戻っていた。 消去→保存→元に戻す(アップロード) …… …… …… …… …… …… …… …… 転送完了。「これで奴の記憶からセーラに関わる情報があらかた消えたはずだ」「マジすか、こんなあっさりと…、オルドさん、他にオレ達に優位になるような改変はできますか? 悪魔の属性を中立に変えるとか」「昔はそれもできただろうが、アプリの機能が正常でない今は無理だな」「カイがむちゃくちゃ強くなるのは?」 マリアが口を挟む。「それは、別人にでもならぬ限り無理だ」「何らかの要因で能力ステータスの数値が大きく増えたり変わったりとかあり得ませんか」「ふむ、そういったバグも稀には起きるが、予測不可能だからな、ひたすら待つしかないだろう」 ──そして、三人はあれこれ可能性を探って、小一時間ほど話し合った。(オルドは全てを説明はしなかった) 期待した効果がすぐに望めそうもない事を理解したカイが肩を落としていると、室内に強烈な魔気が発生し、パトラが到着した。「
セーラは戦っている混沌の魔導師、いや、冥王ハデスの痩せ衰えた薄暗い姿をじっと見つめた。 みすぼらしい黒頭巾と装束姿で、ジュリアンの鉾に身体を砕かれては再生し暗黒魔法や腐蝕魔法を唱えている。 しかし海神に対して効果は薄く、再び蹴散らされては再生し、切れ切れの衣がまるでボロ雑巾のようで哀れに思えてくる。 ハデスの体は細く骨ばっていて、よく観ると前歯も何本か無く、それで素早く動いているのが余計に哀愁を誘った。 闘いの趨勢は明らかにジュリアンに傾いているように思えたが、終わりは見えなかった。 あの落ちぶれたヨボヨボの老人が自分の父だと、あれほど葛藤しながら乗り越えたものをまた……自分はかつてあの父をズタズタに滅ぼしてその事を吹っ切ったはず、今さら情も無い、はず……。 セーラは母親の存在をあらためて考えてみる。 天魔融合体の内部には多くの天使たちが肉もそのままに眠っており、その中に自分とそっくりの顔をした天使がいて、自分の血縁、いやその天使から別れた一部が自分であると、直感したのだった。 先の大戦中、セーラはこの天使ルーテの記憶をも一部思い出せた。更にルーテと共存する女性の思いや苦悩も……。ルーテはそういった二重思考をする天使であった。『ガギィィィン!!』 気づくとセーラはハデスを攻撃するジュリアンの鉾を、天使の鉞で受け止めていた。「何のつもりだ、堕ちたか? 天使セーラ」 ジュリアンは薄く笑みを浮かべた。「あれ? わたし……」 その背後からハデスは呪文を唱える。« 業禍炸烈衝 » 腐蝕弾が対象を襲う。 セーラ諸共、ジュリアンを攻撃するハデス。 ジュリアンは纏っている魔法の篭手で弾を振り払い無効化する。 飛び退いて腐蝕弾を躱すセーラにスルトが斬りかかり、パトラの無詠唱マジックミサイルが放たれる。 加護する光虫のヴェールが悪魔の攻撃を寄せ付けず、セーラは後方に着地する。「お前達は、天使を、やれ」 ハデスが二人の悪魔に命じる。 セーラのことをただの"天使"と呼び、まるで過去を忘れているかのようであった。(ボケちゃったのかしら……) セーラは少し心配になった。 命令するな、と言いながらここは従うスルト。パトラは不思議そうにハデスに目をやった。「待ってお兄ちゃん」「っと、なんだ」「この戦い、誰かの干渉を受
その頃、オルドの塔 跡地では… カイは"箱庭システムで世界を自由に動かす"という野心を諦めきれなかった。 閉ざされた箱庭内の一キャラクターに過ぎない自分が、開発者と同じ次元に立つなど到底不可能な夢物語、しかしその片鱗を知る事ができたこの幸運をどうしても逃したくなかった。 どうにかしてシステムのアップロード機能だけは復活させるために、自分が出来ることを考える。 自分は主に氷系の魔法とその他少しの一般魔法を使えることしか取り柄がない。 情報源としては開発者の五人が最も有益なはずだが、オルドとダニーの他には接点は見込めなかった。「無理なのか…オレが一廉の存在になるのは、どだい無理な話なのかマリア…」 箱庭のメイン画面をマウスでいじりまくるカイ。 今やこのオルド専用の箱庭アプリはカイだけが自由に触れる。チャンスなんだ……。 マリアは丸椅子に腰掛け、むっちりした脚を組んで頬杖をつきながらカイの後ろ姿を眺めていた。「ねぇ…カイ。だから無理だよ。ダニーさんが言ってたでしょ」「オルドさんはこの状態でちょいちょい世界の改変を行っていたらしいんだ、開発者の権限なのか分からないが可能性は残されてるはずだ」「そんなこと言ったって、ずーっと何も起きないじゃーん、もう諦めてセーラのとこ行こうよ」「セーラは今どこに?」「空を飛び回って悪魔を探してる」「なら邪魔しちゃ悪い……」「ねーえ暇ー」 カイは何となくマリアのデータをダウンロードしてみるが、相変わらず記号の羅列が分からない。 これを読める人物がいればまた違うのだが……。 ふとカイは思い出す。 以前にオルドから、術者の命を触媒にして全ての仲間を甦らせる最強の回復呪文があると聞いた。 魔法とは原理が違うのだろうが、個人の何かと引き換えにアップロードを一つくらい出来ないものだろうか。「何とか…何とかしてオレも」 焦るカイ。「いいじゃないの。カイはカイでしょ」「……」 慰められて涙ぐんでしまうカイであった。「苦戦してまちゅねカイ」 「その声は! ちょっとかなり幼いがオルドさん??」 カイが振り返るとそこにはエンゼルマークのような幼児の天使が誇らしげに立っていた。「やっとここまで育ちまちた」「オルド様なの!? そんなに可愛くなって……」「あいつに魂を消滅させられたんじゃ」「わつぃが