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Novels by 4時間移動

フルダイブMMOで現実改変できる『箱庭』アプリの話

フルダイブMMOで現実改変できる『箱庭』アプリの話

 モニターを見つめるユーザーの中には、自らを箱庭内のキャラクターに転移させる者もいた。  理想の世界をシミュレーションするという箱庭システム、偉大なる神の御業を模倣する、その実験を推進する適任者として選ばれし者たちであった。  今回イレギュラーとなったセーラやオルドは開発側から強制的に制御することが叶わなくなった。  本来起こりえない事が起こり、リセット機能は動作しなくなった。また、彼らをデータごと削除するコマンドもエラーが出て実行できなかった。  代わりに開発者が行った対策は、二人のイレギュラーを賞金首として箱庭内で抹殺消去する、というイベントプログラムを組み込むことであった。
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Chapter: 第十七話「ゲーミングマウス」
「|開発者のマウス《ゲーミングマウス》にゃ」 ミニオルドは衣服のポケットから秘密道具を取り出した。「そ、そのマウスは」「これを使わんとアップはできにゃい」 オルドは自慢げに、何の変哲もない白いワイヤレスマウスをカイの眼前に突きつけた。(なんてことだ、今までのオレの苦悩はいったい)「例えばこのハデス、不幸の元凶がもう復活ちている」 オルドは持参のマウスを操作してキャラクターデータのファイルを開く。「混沌の魔導師…ダニーさんも言っていた」「ダニーが来たんでちか?」「話すと少々長くなりますが…」「後でゆっくり聞きまつ。他言ちないように」(他にも箱庭に転移しているプレイヤーが残っているかもしれないからな……) そう独り言を呟いたオルドの声音は、ふざけるのを少し控えた真面目なものに変わっていた。「このハデスとセーラには深い因縁がある」「オルドさん、普通に喋れるんじゃないすか」「あー、ごほん、わつぃが今できることはかなり制限されている。アプリを使って弄れるのは個人の、ごく最近の記憶、強制できるのは直近の些細な行動のみでちゅ。でもハデスは果てしなく永く生きているからね、とりあえず奴の中のセーラに関する記憶はほぼ消去できるはずだ。何かと邪魔であろう」 話しながらオルドは完全に以前の口調に戻っていた。 消去→保存→元に戻す(アップロード) …… …… …… …… …… …… …… …… 転送完了。「これで奴の記憶からセーラに関わる情報があらかた消えたはずだ」「マジすか、こんなあっさりと…、オルドさん、他にオレ達に優位になるような改変はできますか? 悪魔の属性を中立に変えるとか」「昔はそれもできただろうが、アプリの機能が正常でない今は無理だな」「カイがむちゃくちゃ強くなるのは?」 マリアが口を挟む。「それは、別人にでもならぬ限り無理だ」「何らかの要因で能力ステータスの数値が大きく増えたり変わったりとかあり得ませんか」「ふむ、そういったバグも稀には起きるが、予測不可能だからな、ひたすら待つしかないだろう」 ──そして、三人はあれこれ可能性を探って、小一時間ほど話し合った。(オルドは全てを説明はしなかった) 期待した効果がすぐに望めそうもない事を理解したカイが肩を落としていると、室内に強烈な魔気が発生し、パトラが到着した。「
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第十六話「娘」
 セーラは戦っている混沌の魔導師、いや、冥王ハデスの痩せ衰えた薄暗い姿をじっと見つめた。 みすぼらしい黒頭巾と装束姿で、ジュリアンの鉾に身体を砕かれては再生し暗黒魔法や腐蝕魔法を唱えている。 しかし海神に対して効果は薄く、再び蹴散らされては再生し、切れ切れの衣がまるでボロ雑巾のようで哀れに思えてくる。 ハデスの体は細く骨ばっていて、よく観ると前歯も何本か無く、それで素早く動いているのが余計に哀愁を誘った。 闘いの趨勢は明らかにジュリアンに傾いているように思えたが、終わりは見えなかった。 あの落ちぶれたヨボヨボの老人が自分の父だと、あれほど葛藤しながら乗り越えたものをまた……自分はかつてあの父をズタズタに滅ぼしてその事を吹っ切ったはず、今さら情も無い、はず……。 セーラは母親の存在をあらためて考えてみる。 天魔融合体の内部には多くの天使たちが肉もそのままに眠っており、その中に自分とそっくりの顔をした天使がいて、自分の血縁、いやその天使から別れた一部が自分であると、直感したのだった。 先の大戦中、セーラはこの天使ルーテの記憶をも一部思い出せた。更にルーテと共存する女性の思いや苦悩も……。ルーテはそういった二重思考をする天使であった。『ガギィィィン!!』 気づくとセーラはハデスを攻撃するジュリアンの鉾を、天使の鉞で受け止めていた。「何のつもりだ、堕ちたか? 天使セーラ」 ジュリアンは薄く笑みを浮かべた。「あれ? わたし……」 その背後からハデスは呪文を唱える。« |業禍炸烈衝《スキッド・ロウ》 » 腐蝕弾が対象を襲う。 セーラ諸共、ジュリアンを攻撃するハデス。 ジュリアンは纏っている魔法の篭手で弾を振り払い無効化する。 飛び退いて腐蝕弾を躱すセーラにスルトが斬りかかり、パトラの無詠唱マジックミサイルが放たれる。 加護する光虫のヴェールが悪魔の攻撃を寄せ付けず、セーラは後方に着地する。「お前達は、天使を、やれ」 ハデスが二人の悪魔に命じる。 セーラのことをただの"天使"と呼び、まるで過去を忘れているかのようであった。(ボケちゃったのかしら……) セーラは少し心配になった。 命令するな、と言いながらここは従うスルト。パトラは不思議そうにハデスに目をやった。「待ってお兄ちゃん」「っと、なんだ」「この戦い、誰かの干渉を受
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第十五話「カイ、諦めきれない」
 その頃、オルドの塔 跡地では… カイは"箱庭システムで世界を自由に動かす"という野心を諦めきれなかった。 閉ざされた箱庭内の一キャラクターに過ぎない自分が、開発者と同じ次元に立つなど到底不可能な夢物語、しかしその片鱗を知る事ができたこの幸運をどうしても逃したくなかった。 どうにかしてシステムのアップロード機能だけは復活させるために、自分が出来ることを考える。 自分は主に氷系の魔法とその他少しの一般魔法を使えることしか取り柄がない。 情報源としては開発者の五人が最も有益なはずだが、オルドとダニーの他には接点は見込めなかった。「無理なのか…オレが一廉の存在になるのは、どだい無理な話なのかマリア…」 箱庭のメイン画面をマウスでいじりまくるカイ。 今やこのオルド専用の箱庭アプリはカイだけが自由に触れる。チャンスなんだ……。 マリアは丸椅子に腰掛け、むっちりした脚を組んで頬杖をつきながらカイの後ろ姿を眺めていた。「ねぇ…カイ。だから無理だよ。ダニーさんが言ってたでしょ」「オルドさんはこの状態でちょいちょい世界の改変を行っていたらしいんだ、開発者の権限なのか分からないが可能性は残されてるはずだ」「そんなこと言ったって、ずーっと何も起きないじゃーん、もう諦めてセーラのとこ行こうよ」「セーラは今どこに?」「空を飛び回って悪魔を探してる」「なら邪魔しちゃ悪い……」「ねーえ暇ー」 カイは何となくマリアのデータをダウンロードしてみるが、相変わらず記号の羅列が分からない。 これを読める人物がいればまた違うのだが……。 ふとカイは思い出す。 以前にオルドから、術者の命を触媒にして全ての仲間を甦らせる最強の回復呪文があると聞いた。 魔法とは原理が違うのだろうが、個人の何かと引き換えにアップロードを一つくらい出来ないものだろうか。「何とか…何とかしてオレも」 焦るカイ。「いいじゃないの。カイはカイでしょ」「……」 慰められて涙ぐんでしまうカイであった。「苦戦してまちゅねカイ」 「その声は! ちょっとかなり幼いがオルドさん??」 カイが振り返るとそこにはエンゼルマークのような幼児の天使が誇らしげに立っていた。「やっとここまで育ちまちた」「オルド様なの!? そんなに可愛くなって……」「あいつに魂を消滅させられたんじゃ」「わつぃが
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第十四話「冥府の神」
 セーラは街の惨状を見渡した。「これは……あなたがやったの?」 あちこちの建物から硝煙や粉塵が立ち昇り、血塗れで倒れている人々の山。「この街は悪魔どもに占拠されていた、私がそいつらを退治したのだよ」 セーラは警戒して答えない。ジュリアンの目が殺気に満ちていたからだ。「そして退治しなければならないエラーがまた一人」 ジュリアンは神器の鉾を構えた。「その武器は、アレフの時の!」 天使のフル装備を纏ったセーラは肩に鉞を担いだ。 彼女の周りには銀河に流れる星雲のごとく何匹もの光虫が集って飛んでいる。 その時、地獄の底から響き渡るような低い呻き声と、気も狂わんばかりの金切り声が重なって同時に聞こえた。(我は、不滅、なり……)「何っ!? この薄気味悪い声!」 セーラは思わず耳を塞いだ。 カイとマリアを置いてきて良かった。常人ならば耳にするだけで生気を吸い取られる。 声の主はポセイドンの威光によって退化させられ、胴体を引き裂かれた混沌の魔導師であった。 その肉体は崩壊と同時に、直ちに再生を始めていた。 顔半分と全身を再生しながら、フラフラと立ち上がる魔導師、そして他の特級悪魔二人も……。 ジュリアンは僅かな感情の乱れから、額に一筋の汗を流した。「死神め……」 セーラの手によってその魂を消滅させたはずの老いた魔導師は、転生ではなく再生をして蘇ったのだ。 彼奴の設定は、死の国を統治する冥府の神ハデス、超再生は考えられない事では無かった。「しかし……こんな短時間で…」 混沌の魔導師……初めはライナスがボスイベントとして操作していたが、度重なる改造の先で自我を持ち、修正不可のバグとしてそのまま放置された。 結果、このキャラクターは箱庭世界における冥界の王として、悪魔どもを率いるようになっていった。 幾度もシミュレーションを繰り返して造られる箱庭、その輪廻に内側から気づく存在は極めて稀だが、この、世界の遺物のようなバグに拠るならば、或いは……。「冥界の王よ…! 貴様はこの私が滅してやるぞ、何度でもな!」 ジュリアンは落ち着きを取り戻すように怒声を発した。 そして、第2ラウンドが始まる。(気の遠くなるほど、数多の生と死を繰り返してきた……我はこの無限の連鎖をまさに呪いと呼ぶ。 この呪われし魂を浄化するため、あらゆる手段を講じ、太古
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第十三話「断罪決行」
 海皇ポセイドンはその肉体を箱庭界に顕現させた。 正体は元々箱庭に設定され眠っていたポセイドン神に転移し、もてる全ての魔法装備でその身を包み、神器の鉾を手に再び箱庭内に降臨した暴走ジュリアンであった。 ジュリアンは機能の多くがエラーとなった箱庭アプリのせいで、システム側から制御できなくなった全ての悪を自分の手で削除する使命感を持った。 自身が神になったつもりで裁きを断行する決意を固めていた。 悪魔どもは片っ端から街を荒らし回っていたので、居場所はすぐに分かった。 混沌の魔導師とも合流しており、街を占拠し住人を狩りながら、あの天魔複合した異形の怪物とはまた別の所業を進めていた。 ジュリアンは奴らを始末してから、ライナスの痕跡も見つけ次第、潰して消去していくつもりであった。「神は常に冷酷非情に、悪を断罪する」 そして最後はあの四つ羽根の天使セーラとそれを加護する神を、自らが設定した神をこの手で…。 準備、装備、手段はあらゆるものを用意した。 負けるはずが無かった。私は真の神となった、この箱庭での海皇ポセイドンとして、相応しい力を持ち、行使できる。冥府の神ハデスとはいえ所詮はNPC、この力で抑えられぬはずはなかった。 ゆったりと歩き空間をワープしてジュリアンは現地に到着した。「ん? 誰だ貴様は」 がらんどうの鎧戦士たちを従えて街を暴れ回るスルトは、地獄の八本足の馬スレイプニルを手に入れ、黄金ではなく黒い甲冑で身を包んでいた。「神器…あいつ。やっぱり生きてた」 パトラは魔法使いらしからぬ踊り子のような薄い生地の服を身に纏い、家屋の二階から突き出た木板の上にちょこんと座っていた。「混沌の魔導師、消えてもらうぞ」 スルトらを差し置いて魔導師に目を向けるジュリアン。「外の者よ……我は不滅、我の意志とは無関係にな」 魔導師は不気味な二重音声で答える。「やはり、お前たちは危険だな」 ジュリアンが見下して言う。「旦那、あの武器には異常なパワーがある、神器ってやつだ」 云うや否やスルトはスレイプニルで更にスピードを増し海皇に斬り込む。 ジュリアンは神器ポセイドンの鉾を胸の位置で回転させ、天に翳すよりも素早く多方面にその威光が照射される。「まずい!」 スルトが事態を察知するも今度は間に合わない。 ジュリアンの全ての挙動はマジックアイテ
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第十二話「箱庭を愛した男」
「ふぅ…何とか終わったね」 セーラ達は地獄の餓鬼どもの処理を終え、木陰で麦茶を飲んで休んでいた。「ドワーフのおっさん凄かったなぁ」 特殊な浄化術で四人の中で一番たくさんの餓鬼を地獄へ送り返したのは、セーラに声をかけたドワーフの男であった。 彼は決められた役割と行動を終えると、口調も態度もがらりと変わり、自らをダニーと名乗った。 自分は箱庭の開発初期メンバーの一人であり、39歳で音楽教師をしているという。 カイは箱庭の操作方法をここぞとばかりにダニーに問い詰めたが、「リセットやアップロードという基本操作が出来なくなるという致命的なエラーを吐いた前例はこれまでになく、全く原因不明で我々開発者にも出来ることは少ない。修復出来ない以上、プレイヤーが箱庭システムを使ってやれることはさらに殆ど何もない。バグを利用したプレイやデータの閲覧ぐらいか」 と何とも残念な回答であった。「今回は久しぶりにジュリアンから箱庭の異常事態の知らせを聞いて来た。なるほど確かに異常だ、ソフトがここまで壊れたのは初めての事態だろう」 ダニーはアメリカ人がよくやるようなオーバーアクションで天を仰いだ。「他の二人はレポートを見てもいないかもしれない。ちゃんと読んだのは、招集に集まるのは、いつもボクとジュリアンだけだ。あと、たまにソロ。」 箱庭内では時間の流れが速く、何度も違った人生を試すことができる。 しかし権限を持った者の中に逸脱した行動や悪用をする存在がいると、これはもう何が正しいか間違いなのかも曖昧となり、混乱だけが支配する世界となる。「ジュリアンはいい奴だったが変わってしまった」「ソロは自己中心的な男で、壊れた箱庭が起こすバグで何か企んでいると聞いた」「ライナスはこの世でもっとも残酷で悪質な悪戯をする犯罪者だ」「それともう一人、箱庭の良心と呼ぶべき人がいた。ミシェルという女性だが、ライナスの操り人形のように彼に言われるがまま作業をし、ルーテという天使の担当を最後に今は消息不明だ。生きているか死んでいるか、ライナスとどんな関係だったのかも謎のまま…どうでもいい事だが」 ダニーはこの箱庭世界で何度も色んなキャラクターに転移していたらしい。 ジュリアンにもそういう時期があったそうだ。 通常、箱庭内で命を落とせばすぐに別のキャラクターへと転生する。 オルドのよう
Last Updated: 2025-11-11
魔天開祖

魔天開祖

 かつて大地には、高度な文明を築き栄えた国があった。  科学者達は、長く続く争いを無くそうと人々の善と悪の思念を制御する研究を続けてきた。  そしてついに、それらを別の空間に蓄積し隔離する術を生み出した。  しかし、その思念は人の手に負えぬほど膨張、暴走し、二つの異なる次元は全ての生命を飲み込んだ。  二つの次元はそれぞれ「魔」と「天」と呼ばれた。  魔と天のコメディバトルここにあり!
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Chapter: Another Storys①「狭間」
◆「私の罪は生きていること」 ヘドロスライムは幹部の新参ということもあり、部屋は城の片隅にあり小さく粗末なものであった。 魔物に転生する以前、ヘドロスライムは小さな王宮にメイドとして仕えていた。 貧民出の彼女は根本的に自分に自信がなく、その言動は常に欺瞞に満ちていた。 そして自分より弱い人間を操ることを好む、非常に自己愛が強い性格であった。 夫を二人持ち、それぞれに子供を作り、さらに複数の男と関係を持ち、性の快楽に溺れて毎日を過ごした。 それでも彼女の心は満たされなかった。「タチの悪い山賊達に脅されていて、殺されたくなければ200万ゴールドを持ってこいと要求されています…」 彼女は愛人たちにいつもこういった相談を持ちかけた。「貴方にもきっとご迷惑がかかりますわ。だから、もうお逢いすることは出来ません……」 そうして大金を巻き上げてきたが、自己嫌悪の波に飲まれた彼女は突発的に城の窓から身を投げた。 命は助かったが、頸椎を損傷し、彼女は首から下の感覚を失って寝たきりとなった。 二人の夫も愛人たちも彼女を見捨て、子供たちも去ったが、唯一残った愛人がいた。 その男に狂気じみた偏愛と屈辱を受けながら彼女は長い年月を生きた。 最終的にその偏愛の過程で彼女は窒息して息を引き取った。 死の直前、彼女はドス黒く濁った空と目映く光る太陽の中に幼い頃の自分の姿を見た。 駆けながら振り返り、楽しそうに手を振る自分の姿。「いつでもガッカリさせて、いつも迷惑だけをかけてきた、私は、受け入れる、永遠の解放、喜び、怒り、恨み、いたわり、感謝、感動、後悔、恐怖、絶望。そして悲しみ……」 ───悲しみだけが私の心に残る最後の感情か。心は最期まで無にはならないのか。 眩しい太陽の中心から一雫の露が彼女の身に落ちた。 全てを浄化する力、その一雫。 遥か向こう側の最奥に存在するは万物を支配する神か魔か。 新たに誕生した暗灰色に輝くスライムは激しい憎悪と悲しみを湛えながら、静かに笑った。 ヘドロスライムの部屋に轟音とともに激しい雷が落ち、手下の魔物たちが中に駆け込んだ。 ヘドロスライムは無傷であった。「ご、ご無事ですか」 驚きと恐怖に震えながら手下のぶよぶよスライムが声をかける。「大丈夫だ。"何も"ない」 その事実に彼女は何だか可笑しくなり、そのうち
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第12話「波紋③」
セーラは天を仰いで雨のシャワーを浴びていた。 装備を脱ぎ捨て、服はびしょ濡れであった。 木陰に隠れたカイはやましい気持ちになり、後を追ってきたことを少し後悔した。「……!!?」 セーラは恐ろしく巨大な二つの気配に気づき、キョロキョロと辺りを見回した。「やばい、ばれた」 カイがそう思った瞬間、大きな体躯をした魔物が二匹、空から飛び降りて地に着地した。 空を見上げるととびきり大きなグリフォンがばさばさと羽ばたきしており、数十匹の魔物が降りてきた。「あなたたち…」 セーラはその中の二匹の魔物をキッと睨みつけた。 その少し離れた場所の洞穴で野宿していたバルガも、気配を感じとり飛び上がった。「やべえ。幹部の誰かが俺を殺しに来やがった。やっべえ…やっべえええええ!」 オロオロするバルガを見て手下の小虎たちも「どうします? どうします? 」と、あたふたし始めた。「むっ?」 干からびた片腕の魔導師はすぐに察した。(あやつらめ……) 魔導師が他の幹部に詳しい話をしていないことには理由があった。 娘の身体を生み出す術はその触媒として、天使の頭骨が必要であった。体内に取り込み長い年月を共にして魔物の個体として育てあげた。 そのような話をすれば面倒なことになるだろう。 頭骨の持ち主は名前をルーテと言った。 ルーテは天界産の高級馬車の名前でもあり大変に希少な車種であった。 我らは馬車好きが集まる祭りに人間に化けて参加しており、そこで知り合った。 車のフォルム同様に美しい容姿をしたルーテはすぐに我が魔性を見抜いたが、離れてはいかなかった。 百年以上昔の話だが、車のマニアックな知識を嬉々として語るルーテの姿は昨日のことのように思い出せる。「こんなに車について深いお話ができたのは久しぶりで嬉しい。どうも有難う。貴方さまは内に多くの光を宿した良い魔物。天使の私が言うんだから間違いありません!」「良い魔物……?そんなものが存在するのか」「どんな生き物にも、植物にさえ善と悪の両面があります。この私にも。そしてそのどちらが強いか弱いかによってその人の色が違って見えるだけなのですよ。私は貴方さまのこと、好きです」 それから程なくして、我はルーテを殺して天使の頭骨を手に入れた。 最期の時、ルーテは少しだけ涙を流したが、説得も命乞いも抵抗もしなかった。
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第11話「波紋②」
 獅子の魔物と黄金の鎧騎士がチェスの駒ではさみ将棋をしていた。 台には巨大なゴーレムの頭部が使われている。 幹部の中では仲が良いほうの二人は、こうしてたまにボードゲームを嗜む。「盾を取りに行ったガネーシャも帰らないそうだね」 黄金の鎧騎士が駒を動かしてポーンを取った。「やっぱ君の手下は弱いんじゃない? アラブ系だし」「グルル! ガネーシャなどに期待したオレが間違いだった。今度はオレ自ら行ってやる」 獅子の魔物は指笛でグリフォンを呼ぼうとした。「待て、冗談だよ。恐らくガネーシャはエデンの盾を装備したその者に返り討ちにあったんだろう。ならばそいつが地上に降り立った稀少な天使でほぼ確だ。奴らパーティはどんな構成?」「戻った部下に聞いたところ、天使以外はゴミのようだな」「なるほど。だがボクも同行しよう。君の力なら敵が何人いようが関係ないが用心に越したことはない」 鎧騎士は取ったチェス駒を手のひらに乗せてジャラジャラと動かした。「君はこのルークのように直情的だからね」「ふん。いらぬ心配だ。オレ一人で充分!」「いや駄目だよ。君がいつかのように思わぬ深手を負って再生まで時間がかかると困る。君とは一番気が合うんだ。ゲームは弱いけどさ」「余計な一言を…付いてくるのは良いが手は出すなよ」「オーケー。あと斧のほうだけど、天の流れをくむ者に装備させないと錆びが取れないから一緒に持っていくよ」「お父様がまだ殆どお言葉を発せられないのはそういうことか」「長年手がかりさえ掴めなかったのに、最初の斧を探し当ててから盾もすぐに見つかった。とすれば悔しいがあいつの言葉は正しい。残りの装備も集めてもらうまで天使は泳がせて生かしておかなくちゃいけない」「グルルルル…天使は盾だけ奪い半殺し、仲間どもは八つ裂きにして殺す!!」「復讐に燃えて早くエンシェントマターを探してもらわないとね。最後の装備を手にした時が」 鎧騎士が獅子の魔物のキングをナイトで挟んで取った。「天使が死ぬときだ」◆ ガネーシャを倒した一行は戻る途中で突然の雨に見舞われたため、森の中でテントを開いた。「少し雨に当たってくるね」 セーラは一人で外に出ていった。「マリア、アレフ、後をつけてみないか」 カイがそう言うとマリアが激昂した。「馬鹿ね! セーラは戦いのあとの汗を気にしてるの! っ
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第10話「波紋①」
 話をしている間にレイたちは洞窟に着いた。「ここが魔物のボスのすみかやで」 一行は中へ入り、魔物たちを倒しながら進んでいく。だが突然現れた魔物に両腕を取られたレイは、身動きが取れなくなった。 それを見たカイが二人にささやく。「どうする? 逃げ出すなら今だぜ」「で、でもレイが……」「大丈夫さ。あいつはあのぐらい一人で切り抜けられる」 三人が迷っていると、レイが話しかけた。「ええよ、行っても。でも例えわい一人になってもこここの魔物は絶対に倒したる」 三人はレイの目に固い決意を見た。 アレフが魔物を剣で切り裂きレイを助けた。 レイが不思議そうに聞いた。「どうして逃げなかったん?」「ここの魔物退治までは付き合ってやろうと思ってね。逃げるのはそれからだ」 道中でレイがとつとつと話し始めた。「わてはじいさんに育てられた。でもじいさんは魔物に襲われて亡くなってもうたんや。何もできんかったわては悔しかった」 レイは話を続けた。「わては以前から自分がエデンの盾を装備できることを知っていたんや。でも天使の力は何も現れなかった。そんな時、ある人がこの朱い珠をくれたのや。この珠を使えば強くなれるってな。それからや、わてが変わったのは」 三人は黙って聞いている。「わては攻めてくる魔物を倒し続けた。そして呪文を覚え、ライオットまで使えるようになった。望んでいた天使の力を手に入れたんだ。わいはこの珠をくれた人に感謝しているよ」 話を聞いた三人は何も言えなかった。 やがて一行は洞窟の最下層にたどり着いた。 奥にはボスと思われる魔物がいる。 魔物は胡座をかいて象の頭を持っていた。 その不気味な魔物は話し出した。「わたしの名はガネーシャ。おまえたちが来るのを待っていた」 そう言うと突然ガネーシャは沈黙の笛を吹いた。 レイたちの呪文は封じられてしまった。 さらにガネーシャは爆裂呪文を唱え、レイたちに大ダメージを与える。 四人も応戦するが、ガネーシャの爆炎系の魔法によりダメージを受け続け、瀕死状態になってしまった。 勝利を確信したガネーシャは、勝ち誇ったように話しだした。「冥土の土産に教えてやろう。レイよ、おまえにその朱い珠を与えたのはわたしなのだ」「そ、そんなばかな!」「その珠は魔力でおまえの力を増幅している。つまりその珠の力がなくなれ
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第9話「二人の天使②」
街を追い出されたセーラは途方にくれていた。 彼女は天使であることにこだわってはいなかったが、自分の存在理由を否定されたようで悲しかったのである。 誰か相談できる人がいればと考えながら、ふと以前碧い珠の呪いを解いてくれたオルドを思い出した。(そうだ、あのおじいなら助けてくれるかもしれない) セーラはそう考え、オルドの家が近いミラの街へ飛行魔法で飛んで行った。 オルドに会ったセーラは、セテロの街での出来事を話した。「ふむ、事情はわかった。ちとその碧い珠を見せてくれんか」 セーラは珠をオルドに渡す。「ふうむ。よく見ると珠にくすみが見えるのう。多分魔物に細工をされたんじゃろ」「細工?」「以前の呪いのようなものじゃ。この細工をした魔物の近くにいると、碧い珠の力が封印されてしまうようじゃの」 そう言うとオルドは再び碧い珠を浄化してくれた。「ほれ」「おじいさんありがとう!」「あとお主は電撃の呪文を、不完全な形で覚えたようじゃな」「え?」「ちとじっとしておれ」 そういうとオルドはセーラに喝を入れた。 セーラの頭の中で不完全な呪文が消え去り、新しい呪文が浮かび上がる。「これでお主も電撃系の魔法も使えるはずじゃ」「それじゃ私、天使なの?」「そういうことになるかのう。まあ自信を持つことじゃ」 だがセーラには以前から気になっている疑問があった。 それをオルドに聞いてみる。「私、以前の記憶がないの。これも何かの封印なのかな」「おそらくそうじゃろう。だがわしにはその封印の正体はわからぬ。残念ながらわしにはお主の記憶を戻すことはできんのじゃ」「そうなんだ……」 セーラは肩を落とした。「それよりお主の仲間が気になる。早く行ってやるのじゃ」「はい!」 セーラは礼を言って再び飛行魔法を唱えて飛んで行った。「なぜあやつらが動き出したのじゃ」オルドはそう呟いた。 そのころマリアたちはレイと話をしていた。「この街にあるエデンの盾を狙って、以前から魔物たちが攻めて来てたんや」「この街には城壁があるじゃないか」「ああ。ただいくら周りに壁があるといっても、魔物たちを迎え撃つのは大変でな。ちょうどその住処がわかったんで、君らと一緒にやっつけに行こうと思うのや」「その前にセーラを返して!」「セーラ? ああ、あの偽物のことか。彼女のことはいま
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第8話「」
 東の大陸に着いた一行は、近くにある祠に入り中の人に話を聞いてみた。 するとこの近くのセテロという街に、エンシェントアイテムに数えられるエデンの盾があるという。 さらにその街には天使のような人外がいるらしいということがわかった。 セーラたちはセテロに向かった。 しかし、魔物たちもエデンの盾がセテロにあることを知り、街に攻めてきていた。だがこの街は、回りを山あいに囲まれた城塞都市であるため守りが固く、魔物たちの侵入を許さなかった。 街へ着いた一行は門兵に中に入れてもらった。だが既にこの街に魔物の一味が入り込んでいたことを、セーラたちは知る由もなかった。 中に入りあたりを見渡すと、街の一角に盾を持った少年がいる。彼が天使と呼ばれる人物のようであった。首から下げた珠は赤く輝いている。「あちらの天使さんは朱い珠なのね」「私の碧い珠と何か関係があるのかな」「まあまず情報収集してみよう」 一行は彼のことを街の人々に聞いてみた。 最近までは気の弱い普通の少年だったようである。しかしある日天使として目覚め、呪文やエデンの盾が使えるようになったという話であった。 人々に話を聞いているとき、一人の男が走ってきてセーラにぶつかった。「おっとごめんよ!」そう言うと男はにやりとして去って行った。「なによ、失礼な男ね。セーラ大丈夫?」「うん、大丈夫」「一通り聞き終わったから彼に話を聞いてみるか」 一行は少年に話しかけてみた。「わての名前はレイ。わてこそが魔王を滅ぼす天の使いや」レイはセーラの方を向いて話しかける。「君も天使と呼ばれている女の子やね。でもヒーローは二人もいらないと思わんか? そこで君が本物の天使であるかどうか試させてもらうよ。このエデンの盾を装備できるかな?」 レイは盾をセーラに渡した。 見ると古ぼけた盾である。 本当に天界産の盾なのか半信半疑ながらも、盾を装備しようとした。 しかし盾は岩のように重く感じられ、装備することができない。 そして碧い珠は何の変化もなかった。「やっぱり装備できないようやね。あとわいはこういう呪文も使えるんや」 レイが呪文を唱えると、あたりに電撃が走る。それは人外の物だけが使える電撃系の魔法、ライオットであった。「君はこの魔法を使えるかや?」 セーラはうつむいて黙っている。「さあみ
Last Updated: 2025-11-11
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