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9話

Auteur: 東雲桃矢
last update Date de publication: 2026-06-02 22:21:27

 とにかく、このままここにいては危険だ。じっとしていても現状は変わらない。それどころか、悪化する可能性だってある。ずっとクローゼットルームにいても、すべての部屋を探し終えたマーサが戻って来るだろう。そうなったら、今度は隠れられる場所などない。

 今のトニに必要なのは洋館の情報。アレクサンダーの噂も大事な情報ではあるが、まずは洋館の間取りをある程度把握しておきたい。何も全部把握する必要などないのだ。階段と隠れるのにいい部屋さえ分かればいい。

 トニは耳を澄ませた。向かいの部屋、屋根裏部屋の階段近くから物音がする。今出るのは危険だ。

 音を聞くのに集中していると、マーサが何かぶつぶつ言いながら、クローゼットルームとトイレと思われる小部屋の間にある廊下を通る。

 数秒後、後ろの部屋のドアが閉まる音がした。慎重に廊下に出ると、向かいにはドアが3つ並んでいる。近いのは真ん中と、トニから見て左側のドア。左のドアは、屋根裏部屋に繋がる階段の隣にあった。

(さっきマーサばあちゃんが入った部屋は、たぶん左だ)

 トニは左側の部屋に入る。1度入った部屋にすぐ戻ることはないと思ったからだ。なんとか見つから
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  • マーサ〜愛の老婆〜   11話

     客室に来たトニは、ヘアスプレーをウエストバッグに入れ、廊下に出る。足音を立てぬよう、慎重にかつ素早く移動し、クローゼットルームとトイレの間の廊下を進む。「トム、どこだい? おばあちゃんと遊ぼう」 少し離れたところからマーサの声が聞こえる。とっさに口を覆い、声が出ないようにする。「トムはかくれんぼが好きだねぇ。ここかな?」 マーサはどこかのドアを開ける。音からして、テッドの部屋の隣だろう。トニは素早く移動し、客室の向かいにある部屋に入った。 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、大きなベッド。それからドレッサーにクローゼット。ベッドの横には、小さな収納棚。棚の上には結婚式の写真と、トムと思われる男の子と3人で撮った写真。男の子はまだ赤ちゃんで、リビングにあった写真から連想しにくい。どうやらここは夫婦の寝室のようだ。 ベランダに続く大きな窓もある。トニは音を立てないように窓をゆっくり開けると、ベランダに出た。下を見下ろすとコンクリートの地面。花壇だったら飛び降りることも考えたが、これではほぼ確実に死んでしまう。それでも希望はあった。 トニはウエストバッグから紙とペンを出すと、紙に「Help」と書き、丸めて投げた。だが紙は虚しくコンクリートの地面に落ちただけ。7歳の力では、そんなものだ。 今度は紙飛行機にして飛ばしたが、敷地内で落ちてしまう。「うぅ……!」 うまくいかず、泣きそうになるが、ぐっと堪える。「冒険者の心得その5。いつでもクールにスマートに。パニックになった奴から死ぬぞ」 トニはアレクサンダーの教えを胸に、深呼吸をして自分を落ち着かせる。(他の方法で飛ばせばいい) 部屋に戻り、様々なものを漁る。だが、今回はあまりいい収穫がない。カーテンやタオルケットなどてロープを作って降りることも考えたが、結びつけられそうなものがない。ベランダは手すりがないタイプだし、ベッドは年季が入っていて、小さなトニが慎重に乗っても軋む。そんなものに命を預けられるほど無謀ではない。 トニはベッド横にある収納棚の引き出しを開ける。そこにはコンドームが入っていた。用途は知らないが、アレクサンダーが水風船の代わりになると言って、どこからか入手してきたコンドームを持ってきて一緒に遊んだ。その後、アレクサンダーはトニの母にものすごい剣幕で怒られていたが。(使える

  • マーサ〜愛の老婆〜   10話

     真ん中の部屋は、先程と違い、生活感がある。というより、溢れかえっている。 壁際には本棚が並んでいるが、本は数冊程度しかなく、船などの模型が並んでいる。どれもホコリを被っていることから、長らく掃除されていないのだろう。 マーサは以前、自分、娘、娘婿、そしてトムと暮らしていたと言っていた。それが真実だと課程して考えると、ここはトムの父親の部屋だろう。 男物の服が床やソファに散乱しているし、テーブルの上にはウイスキー、葉巻、ライターなどが転がっている。 隅にあるコート掛けの1番上には帽子がかけられ、よれたコートも何着かかかっていた。 手前にテーブル、奥にデスクがあるが、デスクには何も置かれていない。この部屋の持ち主が、不真面目でだらしない性格だったことは、7歳のトニにも察することができた。 部屋の奥に進んでみると、様々な資格の本が並んでいる。教師、電気工、会計士と、バラバラだ。本棚を見上げながら歩いていると、何かを踏んづけた。足元を見てみると、1冊の古びたノートが落ちていた。ノートには乱雑な字で日記と書かれており、右端にはテッドと書かれていた。トムの父は、テッドと言うらしい。(何か分かるかも) トニはノートを手に取ると、乱雑なテーブルの下に隠れた。散らばっている服やクッションなどをいくつか拝借し、簡単な壁を作る。全体を覆わず、自然に見えるように置くことを心がけた。服はテーブルの上に置いてカーテンのようにといった具合に。 ノートをめくると、表紙同様、乱雑な文字が並んでいる。『ノーマの婆さんに言われて、婆さんの家に引っ越した。俺はイデアルにある支社に異動した。イデアルの方が給料がいい。田舎町より店も充実してる。ノーマが来たがっていたのも納得だ。トムも喜んでいた』 どうやら引っ越した直後から書き始めたようだ。しばらくは新しい生活について書かれていた。現時点で得られた証拠は、マーサの娘であり、トムの母親である女性の名前はノーマであることと、テッドは学歴にコンプレックスを持っていたこと。それと、彼はマーサに苦手意識があったことくらいだ。 冒頭ではイデアルの給料はいいと書いてあったが、日記の内容からして、そこまで高いというわけでもなさそうだ。『トムは遊園地に行きたい、動物園に行きたいなんて、ワガママ言いやがる。クソ、何も知らない子供はお気楽でいいよな。イ

  • マーサ〜愛の老婆〜   9話

     とにかく、このままここにいては危険だ。じっとしていても現状は変わらない。それどころか、悪化する可能性だってある。ずっとクローゼットルームにいても、すべての部屋を探し終えたマーサが戻って来るだろう。そうなったら、今度は隠れられる場所などない。 今のトニに必要なのは洋館の情報。アレクサンダーの噂も大事な情報ではあるが、まずは洋館の間取りをある程度把握しておきたい。何も全部把握する必要などないのだ。階段と隠れるのにいい部屋さえ分かればいい。 トニは耳を澄ませた。向かいの部屋、屋根裏部屋の階段近くから物音がする。今出るのは危険だ。 音を聞くのに集中していると、マーサが何かぶつぶつ言いながら、クローゼットルームとトイレと思われる小部屋の間にある廊下を通る。 数秒後、後ろの部屋のドアが閉まる音がした。慎重に廊下に出ると、向かいにはドアが3つ並んでいる。近いのは真ん中と、トニから見て左側のドア。左のドアは、屋根裏部屋に繋がる階段の隣にあった。(さっきマーサばあちゃんが入った部屋は、たぶん左だ) トニは左側の部屋に入る。1度入った部屋にすぐ戻ることはないと思ったからだ。なんとか見つからずに部屋に入れたのはいいが、室内はベッド、デスク、クローゼットのみのシンプルな部屋だ。 生活感も感じられないことから、客室だと思われる。 トニは渋い顔をして室内をもう一度見回す。これではマーサが来た時に、対処できる自信がない。 隠れられる場所など、ベッドの下か、クローゼットの中くらいだろう。 一応デスクの下にはスペースがあるが、椅子が収まりきらずにバレるだろう。「冒険者の心得その4。武器は現地調達。なんでも使え」 アレクサンダーの言葉を胸に、トニは1番上の引き出しを開けた。中にあるのはペンとノートのみ。  トニはそれらを手に取ると、ベッドの下に隠れた。このままノートを持ち歩くのは危険だ。片手が塞がるし、落としたら見つかってしまう。できるだけ音を出さないように何枚か破くと、折りたたんで胸ポケットに入れる。 紙とペンがあれば、外部に助けを求めることができるかもしれない。 ノートを奥に押しやると、もう一度デスクに近づく。2段目の引き出しを開けると、ヘアスプレー、コーム、手鏡が置いてある。できればこれらを持ち歩きたいが、今の服は胸ポケットしかないし、胸ポケットにはペンと紙が入

  • マーサ〜愛の老婆〜   8話

     ドレスが落ちていく音は徐々に近づき、ついに隣のドレスも落とされてしまった。「どこだい、トム坊や」 そして、トニが隠れていたドレスも落とされた……。 だが、そこには誰もいない。マーサは次々とドレスを落としていき、すべてのドレスを落としきると、最後に落としたドレスを蹴り飛ばし、クローゼットルームから出ていった。 足音が遠ざかると、トニはドレスの山から顔を出す。「あ、危なかった……」 今になって恐怖が押し寄せ、体が震える。深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。 実は、トニのすぐ近くに、ハンガーから外れかかっていたドレスがあったのだ。胸元が大きく開いたデザインで、透明なストラップを肩に引っ掛けるタイプのドレスだ。ハンガーから外れかかったストラップ外し、ドレスのスカートの中に隠れ、マーサがすぐ近くのドレスを落とすのと同時に倒れ、ドレスの山み紛れ込んだというわけだ。体が小さいトニだからこそ出来た隠れ方だろう、「どうしよう……。こういう時は、とにかく落ち着かないと」 トニはもう一度深呼吸をしながら、アレクサンダーの言葉を思い出す。 「冒険者の心得その1。息と足音は殺せ。些細な音も立てるな、命取りになるぞ」 靴を脱ぐと、ドレスの下に隠した。これで足音は軽減されるだろう。「冒険者の心得その2。においをおさえろ。自然の中で匂いで目立つのは自殺行為だ。人間だって、匂いに敏感な奴もいるんだからな」 トニは自分の服を嗅いだ。微かにだが、あの薬草の匂いがする。音をできるだけ立てないように、慎重に脱ぐと、ハンガーのひとつからTシャツを1枚取る。女性ものとはいえ、大人のシャツを着ると、ワンピースのようになった。こんな恥ずかしい格好はできればしたくなかったが、今はそんなこと言ってられない。 生き延びるためには手段を選ぶなと、アレクサンダーもよく言っていた。「えぇと、他には……」 深呼吸をしながら、必死にアレクサンダーの言葉を記憶の海から手繰り寄せる。「冒険者の心得その3。情報収集をしろ。どんなに小さくてもいい。俺達みたいな力のない子供は、頭を使え」 トニは今の状況を整理し始める。イロイロでマーサに出会い、彼女の洋館に来た。お菓子やジュースをごちそうになったら、眠くなってしまい、起きたら魔法陣の上にいた。 きっと、マーサはジュースに睡眠薬を混ぜたのだろう。あ

  • マーサ〜愛の老婆〜   7話

    「うぅん……」 トニは独特な匂いで目を覚ました。お香のような、どことなく薬っぽいような、そんな匂い。 マーサの声が聞こえる。あの優しい声ではなく、地を這うような、おぞましい声。(この声、本当にマーサばあちゃんかな? 何が、どうなってるの?) ぼんやりした頭で考えていると、顔になにかが当たる。その何かから、独特な匂いがした。「何してるの、マーサばあちゃん」 「もう起きたのかい? まだかかるから寝てなさい」 寝てろと言われても、こんな匂いの中で眠れそうにない。それに床が固い。体を起こしてみると、乾燥した草が体から落ちる。これが匂いの原因だったようだ。見回すと自分がいる場所を中心に、魔法陣が描かれていた。 (アレク兄ちゃんが言ってたことは本当だったんだ!) 噂通りなら、このままここにいたら殺されてしまう。そんなのはごめんだ。 トニは力いっぱいマーサを押した。「ぎゃあ!」 彼女は尻餅をつき、腰をさする。トニはざっと室内を見回し、階段を見つけると、急いで駆け下りた。 「待てぇ! お前はトムになるんだ! その体はトムのものだ!」 声は聞こえるが、まだ追ってきてない。階段を降りてすぐのところにドアがあったが、その隣は廊下だ。あまり大きさがないことから、トイレだと推測できる。そうでなかったとしても、こんなに小さな部屋では、すぐに見つかってしまう。「待てぇ! トム、待つんだよ! トムと呼んだら返事をしたじゃないか! お前はもう、トムになるんだよ!」 よたよたとした足音と声が聞こえてくる。音からして、まだ階段にはついていないようだが、このままでは見つかる。一か八かで廊下を挟んで隣の部屋に入った。 どうやらクローゼットルームらしく、たくさんの服が並んでいる。ほとんどが女性ものだが、若い女性が好むデザインばかりで、マーサのものとは思えない。 奥にはボリューミーなドレスが並んでいた。(隠れるならここだ) トニはドレスの裏に隠れた。揺れたらバレてしまうから、迅速に、かつ慎重に。 ドレスの中に隠れた後に耳を澄ませると、マーサの声と足音が聞こえる。音からして、階段を降りているところだ。トニは自分の口を両手で押さえ、じっとする。「トム、どこにいるんだい? 顔を見せておくれ」 声も足音も近づいてきて、いよいよクローゼットルームに入ってきた。 「どこだい

  • マーサ〜愛の老婆〜   6話

     ふたりは雑談を楽しんだ。学校や家族のこと。好きなアニメだって。マーサがアニメに詳しいのは意外だったが、トムとよく見ていたらしい。今もトムの会った時のために、彼が好きそうなアニメの視聴を欠かせないと言っていた。 トニが父方の祖母であるマーサばあちゃんや、田舎町の話をすると、マーサは目を細めた。「私も、今はこんな都会に住んでるけどね。昔は田舎町に住んでたよ」「そうなの?」「あぁ、そうとも。トムくらいの頃は、私の野兎を追いかけ回したものさ。仕事をするために田舎町を離れて、結婚して、イデアルに来たんだよ」「へぇ……。僕にはよく分かんないけど、大変そうだね」 トニなりに想像してみるが、労働の大変さも結婚の喜びも知らないからか、イマイチピンと来ない。ただ、引っ越しはすごく大変だということは分かる。 マレディグからイデアルに来た時点で、すべての荷物をまとめ、今は祖母の家の屋根裏部屋に押し込んでいる。別の街に引っ越しが決まればそのまま持って行くし、イデアルに住むと決まれば、そのまま祖母の家に住むことになっている。 なんにせよ、トニはもう、引っ越しなんかしたくないと思っている。片付けだけでも一苦労なのに、その後掃除をしないといけないのだから。しかも母もキャロルも、トニがまだ7歳だと言うのに、「男の子でしょ」と言ってやたら荷物を運ばせるのだから、うんざりする。明らかに母の方が力と体力もあるというのに。「そうねぇ。新しい場所に慣れるのも、引っ越しをするのも、大変だったよ。けどね、それ以上に楽しかった」「げー、楽しい? マーサばあちゃんって、変なの」「あはは、私だって、引っ越しで荷物をまとめたりするのは好きじゃないよ。新しい町で、色んな人と会うのが楽しいのさ。もし、トムがここに引っ越すのが決まったら、新しいお友達作りを楽しむといい」「へぇ、そういうものなんだ」 相槌を打ったものの、やはりイマイチ理解できない。「トム、ボードゲームは好きかい?」 どう言葉を続けるか迷っていると、マーサが聞いてきた。オセロならトニの得意分野だ。何度もやったことがあるが、母にもキャロルにも負けたことがない。「うん、オセロなら得意だよ! ママにもキャロルにも負けないんだ!」 トニが誇らしげに胸を張りながら言うと、マーサは微笑み、トニの頭を撫でてくれた。「おばあちゃんとオセロや

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