LOGINいつものように登校した田下春弥を待っていたのは、滅亡した世界だった。月を破壊した彗星によって地軸が狂い、極寒と災害に覆われた世界。そこで五人の高校生と出会い、彼らの「箱船」に迎えられる春弥。だが、暴力と恐怖が支配する共同生活の中、彼は元の世界へ帰るためのゲートを探し始める。仲間との絆、相次ぐ裏切り、そして明かされる衝撃の真実――。果たして春弥は、この終わりゆく世界から生還できるのか?
View More翌朝、俺たちは畑仕事に精を出していた。 校庭を鍬で耕し、畑を作る。これは全員がやる――わけだが面木と花香はいなかった。場にいるのは俺、いずみ、由那、墓川の四人のみ。あの二人はサボりったらしい。 校庭の土は硬く、中々ほぐれない。何でも以前はラストフィナーレによって発生した塩害が酷く、それを取り戻すために半年を要したという。最近になってようやく耕せられるまでに回復させたのだと。 ラストフィナーレ――破局的天変地異によって日本列島は一度あらいざらい流されたという。 潮汐力を失った海と超大型台風、それと大地震が重なって生まれた水害は大地を死滅させた。 さらにダメ押しとばかりに富士山が噴火。その灰が大地にふりかかり、現在宮一以外の大地で耕作することは不可能だという。 宮一の校庭だけは墓川がありとあらゆる手を尽くし被害を最小限まで食い止めたのだそうだ。もっともそれでも塩害やら火山灰やらが酷く、復帰まで半年を要した。 月がただなくなっただけ。それっぽっちのことで、人類は死滅したのだ。 しかし俺の落ち込みはそこではないし、まして畑仕事の疲れでもない。 昨日、黒い渦がなかったことだ。どうしてなかったのか。わからない。あそこにないなら一体どこにあるのか。探したい。あちこちくまなく探索したい。けれど墓川は勿論、面木や花香も認めてはくれないだろう。 その後悔が、ずしんと背中にのしかかっていた。 「そう気を落とさないでよ」 俺の横で鍬を振るういずみがなぐさめるように言ってくれた。彼女の栗色の髪の毛が風にゆられてそよそと揺れる。綺麗だった。 もっとも、それはただの同情であって、俺の心を癒すには足らない。 「う、うん。でも……俺は……俺は……」 「まあさ、そういうことを期待しちゃう気持ちはわかるって。私もさ、半年前は毎日そうだったよ。毎日泣いてた。みんなそう、最初は泣くんだよ」 「…………」 「春弥がこの半年どうやって生きてきたかはわからない。聞かない。でも春弥は記憶を壊して生きてきたんだと思う」 「そう、なの……か?」 俺の記憶はあるんだ。鮮明に。ただそれ
その後、俺たちは黒い渦を探して瓦礫の中をさまようこととなった。 一時間、二時間、いや、もっとだろうか。流石にそれくらいになると空は闇に染まり、不気味なほど真っ暗な世界が辺りを支配する。 ただ、対称的に星の輝きは凄まじかった。生まれてこの方一度も見たことのない満天の星空が圧倒的なまでに輝いている。 月明かりがなくても問題ないほどの、星々の宝石が空一面を覆っていた。 光害がない時代の空は、こうだったのだろうか。夜なのに前が見えるのだ。勿論夜の暗さはあって、そこは由那の用意してくれたライトのお陰で何とかなったが、それにしても明るい。 昔の人たちがライトもないのに夜道を移動できた謎が解明できた気分だった。 しかし。 「えーと、確か……ここら辺……あ、あれ?」 黒い渦は、どこにもなかった。 「何があると言うんだね?」 「ない……えと、た、確かに俺はここから来た! その、はずだ……」 記憶を辿る。俺がこの世界で最初に見た風景。それは確かここだったと思う。どこもかしこも瓦礫とひび割れた道路しかなく、目印らしきものなんかないけれど、それでも若干の違いはあって、それが合致するのはここのはずなのだ。 しかし、周囲をどれだけ探しても、黒い渦はどこにもなかった。 「何もないねー」 いずみがぼそっと言った――途端、 「ケッ、おいてめえ。人に期待させるだけ期待させやがって!」 面木がいきなり俺の頬にパンチを繰り出してきた! 「グッ!」 あまりに鋭くて、あまりに痛くて、何が起きたかわからない。気づいたら俺は吹っ飛ばされていた。後になってじんじんと頬に焼けるような痛みが走る。 困惑に頭をフラフラさせる俺。面木はそんな俺の胸倉を掴み上げ、ギロリと鷹のような視線でねめつけてくる。 「ぶっ殺してやる」 「やっちゃえ面木くん!」 花香がはやしたてる。やばい。まさかいきなり殴ってくるとは思わなかった。 と、墓川が慌てて俺と面木の間に割って入る。 「やめないか面木! だが田下くん。二度とパラレルワールドがどうと
「そしてその数少ない生還者が君というわけだ。どうして生き残ったかを、そして他にも生還者がいるのかを本来訪ねようと思ったが、その記憶喪失は恐らく他の精神的ショックも関連していると思う」 「墓川、それ以上は聞いちゃダメだよ」 「わかっている。僕もそこまでデリカシーのない男じゃない。だから君のことは問わない」 正直記憶が混乱しているとは思っていなかった。 だから聞かれてもショックはない。ただ、それは言わなかった。そんなことを言ったところで聞き入れて貰えるわけがないとわかっていたからである。 「だが、我々は生きていかねばならない。幸い彗星メギドは地球には激突しなかった。この荒廃はあくまで月を失ったことによる大噴火、大地震、大津波、台風、その他様々な自然災害が最大規模かつ全世界で同時発生したことによるものだ。無論尾が地球をかすめた際もかなり影響しているとは思う。あれだけで一億人以上が死んだ。一時的に酸素がなくなったからな」 「富士山まで噴火したからねー。もう富士山ないんだよ。燃え尽きちゃった」 「日本列島の三割が、海に、沈んだ」 いずみと由那が続いた。 日本列島の三割が沈んだ? 月がなくなっただけで? にわかには信じられない。 「本当に唐突だった。尾が大気をかすめ、酸素が一時的になくなって我々は酸欠になり、倒れた。意識を取り戻した後に待っていたのが、無数の天変地異だ。気づいたら世界は瓦礫に埋まり、助ける余裕もなかった」 墓川が苦しそうに言う。家族を助けられなかったことへの悔しさがにじみ出ていた。 ただ、そんな中にあって面木と花香は平然としている。 「ケッ、だからなんだよ。くだらねえ」 「ねー、くだらないよねー面木くん」 「月を失うだけでそんなになるんだ……」 「我々も知らなかったよ。月がそこまで大切なものだとは思わなかった。だが、それでも我々は生き残った。我々の目的は一つ」 墓川は一呼吸置き、キッと強く瞳を輝かせて、 「文明を再興することだ。水を引き、生き残った家畜を育て、農耕を行い、田下くん、君のような生還者を探して仲間を増やし、一から人類をやり直す
重くなった空気が不吉なガスのように充満していく。 そんな空気を、いずみが制した。 「ま、まあまあ。そうだ墓川、春弥は記憶が混乱しているんだから、もう一度この状況を教えてあげた方がいいんじゃないかな?」 助かった。おそらく場にいる全員がそう思ったことだろう。墓川はあからさまに顔色を明るめて、ぐいっと身を乗り出す。 「ふむ、それもそうだな。田下くん。ラストフィナーレは覚えているか?」 「いや、そのラストフィナーレとかいうのを含めて何もわからないんだけど」 「そうか、そこまで記憶が損傷しているか。なら最初から説明しよう」 墓川は深呼吸を一つして、ゆっくりと語り出す。 「全ては半年前のことだ。彗星メギドが月に衝突し、その尾が地球をかすめたことが全ての原因だ。覚えているかね?」 「い、いや……月にぶつかったのか? 地球じゃなく」 墓川は頷く。 「ああ、月にぶつかったんだ。彗星メギドだが、最初のニュースが七ヶ月前だった。ハワイにある小惑星地球衝突最終警報システムでアトラス彗星が発見されたことに端を発する」 「小惑星地球衝突最終警報システム? アトラス彗星?」 「ハワイにはさ、小惑星が地球に衝突しないか観測する天文台があるんだよ。アトラス彗星ってのはまだ固有名前のついてない彗星のこと。それも忘れちゃった?」 「いや、忘れたというか」 知らない。そんな出来事、俺の人生で一度だってない。しかも半年? 俺は四日前まではごく普通の世界で暮らす、平凡な高校生だったのだ。知るわけがない。 だからこそ、確信する。 この世界は――俺の世界ではないと。 墓川は続ける。 「そのアトラス彗星は当初は地球への衝突可能性は非常に高いと報道され、世界中がパニックになった。だがすぐさま衝突の危険性はないと撤回したのだ」 「陰謀論が湧いたよねー」 いずみがお湯でコーンスープの粉末を溶かし、由那に配りながら言った。各自回していけということだろう。 「ん」 と、由那が俺にコーンスープを差し出してくれた。 「あ、ありがとう